拳王の真髄
ガランガドーさんは今日も絶好調です。もちろん、私も同様でして、先程の大魔法の使用にも関わらず、魔力切れによって体が重くなることも有りませんでした。
魔法を使えば魔力を当然に消費するのですが、過去に何回も大量消費することで、私の体が鍛えられ、魔力総量がとても増えているみたいですね。
猛るガランガドーさんはとても速くて、物っ凄い風圧を顔面に受けています。風避けの為でしょうが、ショーメ先生は後ろから私のお腹へ手を回し密着してきます。私がレジス教官ならだらしない顔をしていたことでしょうが、私は女性ですので、何とも思いません。
「メ――ナ様、接敵――あと――で――っ!」
「あー!? 聞こえないです!! ショーメ先生!!」
こんな状況で喋ると空気が口の中に留め処もなく入ってきて、死にそうになるのです。経験した事があります。だから、下を向いて言ったのですが、私の言葉はショーメ先生には届かなかったようです。私が風切りの爆音で彼女の声を判別出来なかったのと同じですね。
突然、体が傾きます。
「わ、わわ! ガランガドーさん!?」
真っ直ぐだった進路を彼は弧を描くように変化させたようで、それが故に、大きな遠心力が襲ってきましたのでした。
振り向くと、ガランガドーさんの羽先から白い雲筋が出ています。青い空にこれは目立ちますし、下から見る人は感動するかもしれませんね。
目立ちたがり屋の彼のことです。無駄に魔法を使って出しているのかもしれません。
死竜の目の前まで、あっという間に来ました。生意気にも、やはり聖竜様ほどの大きさを持っていますね。
四本足で胴体が太め。黒い皮膚に長い尾と首。オーソドックスなドラゴンです。
目の前を横切ったガランガドーさんに反応して、ギョロリと眼を動かしました。
『主よ、我の咆哮では彼奴に魔力を補充するのみである。別の攻撃が良かろう。下りて貰えるか?』
了解です。ガランガドーさんも物理攻撃したいって言っているのですよね。それには、我々が邪魔だと。
『邪魔ではないが、危なかろう。むっ!? 主よ、掴まっておれ!』
ガランガドーさんは死竜の下から裏へと回ろうとしました。当然に相手も長い尾で迎え撃ちます。それをガランガドーさんは錐揉むように直角に上へと避けたのです。
「ひゃー!!」
私はすっとんきょうな悲鳴を上げてしまいました。ショーメ先生が動じていないのは流石です。暗部というものは、そういう恐怖に打ち勝つ訓練を受けているのでしょうかね。
とはいえ、死竜の背中の後方をガランガドーさんは取りました。ここまでの猛スピードも幾分か緩めましたね。
しかし、それにしてもデカイ。学院の校舎よりも大きいかもしれません。空に浮く島があるが如くでして、忌々しいです。聖竜様を真似しているみたいで腹が立ちます。
「降りますよ、ショーメ先生!」
「承知!」
先に飛び降りたのはショーメ先生。それに私も続きます。
私達を尾で払うだろうとは推測していました。そして、思った通り、鋭く振られたそれは、正確に先を行くショーメ先生を狙います。
避ける動作もせずに、呆気なく視界から消えるショーメ先生。ペチッて効果音が相応しい光景でした。
しかし、その先生は幻影です。
あれを囮にすることを、私は分かっていました。組んでの戦闘は始めてですが、何となく先生の考えが読めます。
そして、囮と言うからには目的があって誘いなのです。
死竜が次に狙うのは私。しかし、囮を撃った後なのですから、尾の位置がはっきりしていまして、私に向かってくる方向は予測しやすくなりました。
飛び降りる前から、そこまで理解しての行動です。もしかしたら、アシュリンさんという本能のみで破壊していく戦闘スタイルの人と長く組んでいたから、他人に合わせるのが上手くなっているのかもしれません。
死竜の二撃目は私を狙う。最早、高速移動する壁の様なそれを、万全の私は拳を持って迎えるのです。当たり前ですが、足場は構築済みです。
どちらの方が強いか、その少ない脳ミソに刻むが良いのですっ!!
「お肉の分際で――」
私は気合いとともに、左足を大きく前に倒し、頭の後ろへと右の拳を後ろに振るう。自然と姿勢は沈みます。
巨大な尾が前から迫るにも関わらず、私は怯まない。
久方ぶりの全力でして、意図せず拳に炎が纏います。私の荒ぶる心が現れた様です。
「――逆らうっなーーーーっ!!」
大声を張り上げながらの攻撃。その叫びのような声には魔力を乗せてあり、魔力の塊を形成します。
竜の尾はまずはその塊に当たる。黒竜も魔力の集合なので、双方の魔力干渉によって生じた衝撃波が周囲を襲い、私の顔にも猛烈な風が吹き付けます。髪がボワッと後ろに靡きました。
しかし、予期していたこと。
続く、私の拳には何ら影響は御座いません。
竜の尾を受け止めた魔力の塊も纏めて叩くイメージで、腕を振り切る。フルスイングです。
轟音とともに尾は弾け飛び、その方向は体の向こう側にある頭部。竜は自らの頭を鞭のように激しく打たれたのです。そのまま、意識を失ったのかもしれません。地上へと墜落しました。
私の拳は絶対に竜の尾に負けないと思っていました。しかし、単純に殴るだけだと点での攻撃に過ぎず、私の腕は巨大な尾を貫通したとしてもそれまでで、全体としては、尾は止まらずに私の体を打ったでしょう。
だから、私は魔力の塊を利用して、点ではなく面での攻撃にしました。
「ガランガドーさん、やっておしまいなさい!」
会心の一撃で満足した私は彼に命令します。遙々、こんな辺境まで来てくれたのです。彼にも良いところを上げないといけませんからね。
「感謝する、主よ! 受けよ、紛い物っ! 冥界に棲まう真の死竜である我が怒りを!!」
住んでないですよ、ガランガドーさん。あなたは、今、シャールの竜神殿でペット的な暮らしをしていますよ。
疑問は有りますが、ガランガドーさんはノリノリです。長い口の部分を尖端にして回転しながら鋭く急降下します。羽先から出る雲みたいなものも二重螺旋になって空に残ります。
彼は倒れた黒竜の首を狙った様でして、呆気なく切断致しました。
血がドクドクと地面に池のように溢れていました。
「あの巨竜を一撃で御座いますか……。メリナ様のお力を拝見でき大変に光栄でした」
ショーメ先生が背後に立っていました。その気配絶ちは中々の技量でして、例えば闇夜で相対した時には苦労しそうです。竜神殿にもここまでの戦闘力を感じさせる人は数えるくらいしかいません。一度勝ってるので侮っていましたが、できるだけ敵にはしたくない人ですね。
さて、私は竜の死体から魔力回収をしながら、先生に言葉を返します。肉を削いでステーキにしても良かったのですが、元は私の魔力だと思うと食べる気はしなかったのです。何だか共食いみたいな気持ちになりそうだったので。
「えぇ。でも、楽しかったです。思いっきり殴ったのは久々です。良い運動になりました」
「もしも神がいるのだとしたら、その方にさえも勝ってしまいそうですね」
何を仰るのかと思えば……。神とは聖竜様です。聖竜様はお強いので、私では敵いません。以前にちょっとした間違いで首を焼き落とした事がありますが、すぐに復活されました。今思えば、あれは聖竜様のドラゴニックブラックジョークですね。私は涙をポロポロ流すほどに心配したんですよね。
黒竜を骨だけに戻した後に、私達は地上へ舞い降ります。周りはいつの間にかナーシェルの兵隊さん達もやって来ていまして、ショーメ先生が手を挙げて挨拶されました。私はペコリと彼らに頭を下げました。
「し、死竜を殴り倒されたのですか……? たった二人で……。この目で見たとは言え、信じられません」
軍団長らしき人の言葉です。顔から血を流されているので前線で戦う胆力もある人なのでしょう。なお、ガランガドーさんは彼の言う数に含まれていませんでした。これは、かなり不満を溢すでしょうね、ガランガドーさん。
「いいえ、信じるのです。この拳王メリナ様の偉業を。彼女はブラナン王国を魔王から解放した英雄! そして、この度、死竜の復活を予期し、慮ったアデリーナ・ブラナン女王が親愛なる諸国連邦に遣わされ、見事にその役目を果たされたのです」
ショーメ先生が偉そうに喋ります。
「……良いんですか? 諸国連邦は王国ではなくデュランが押さえておきたいって、ショーメ先生は言っていましたけど?」
私は小声で訊きます。今の発言だと王国の影響力を増したいという意図を感じました。
「はい。私は居場所のないデュランを裏切ったのです。アデリーナ様に付きます」
あっさりと朗らかに先生は私に告げました。
「思うところは有ります。しかし、今のデュランが一枚板でないのは事実でして、外から修正するのも大切でしょう」
でも、次の句は寂しそうな雰囲気も有りまして、故郷を想う気持ちはやはり強いみたいです。
そんな中、周りの兵士達は自分達の鎧や盾に武具をぶつけて、音を出します。
ガシャンっ!とか、ガンっ!とか。勝利の祝い方にしては、粗野ですね。うふふ、蛮族みたい。
バタバタと違う方向からも音がして、目を遣るとガランガドーさんでした。彼も調子に乗って、左右の羽を背中側で拍手をするように何回も打ち付けていました。
だいぶ人間の生活に慣れてきたなぁ。沁々思いますよ。
「拳王メリナ様、万歳!! 拳王メリナ様、万歳!!」
軍団長らしき人が叫びます。
それに呼応して、部下の方々も声を張り上げます。
「拳王! 拳王! 拳王!」
何これ? とても嫌なんですけど。
ショーメ先生まで連呼していますが、煽りなんでしょうね。
私はとても渋い顔になりました。
メリナの日報
アデリーナ様へ
ガランガドーさんがアデリーナ様に恋心を抱いていますが、お付き合いは許しません。
私の目の黒い内は、うちのガランガドーさんを貴女には差し上げられませんので、悪しからず。
お早めに絶縁を申し出てください。
メリナの一生のお願いです。
間違っても、私と親族になりませんように。




