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死竜

 朝から街が騒がしい。私はその外の喧騒で目が覚めました。明るさと空腹具合からして、まだ早朝ですよ。


 とはいえ、起きてしまったものは仕方ありません。お着替えをしてから、顔を水で洗うために部屋を出ます。



 吹き抜けの幅広い階段の下にベセリン爺が女中さん達に何か言っているのが見えました。

 私は上から手摺り越しに挨拶をします。


「おはようございます」


「お嬢様、おはようございます」


 いつもの様に嗄れてはいるものの、ゆっくり丁寧な口調で返してくれました。ただ、爺の顔は少し汗が滲んでいて焦りみたいなものが見えました。


「どうしましたか?」


「ここ、ナーシェルに竜が迫っているとのことです。私が至らないばかりに把握が遅れ、先ほど道行く者に聞いたばかりです。お嬢様の避難が遅れたこと、心よりお詫び致します」


 あぁ、昨日、ショーメ先生が言っていた件ですね。久々の竜のステーキ、楽しみにしています。あと、交尾の方法を調べないといけません。


 きっと戦闘になるでしょうが、余裕だと思います。


 あっ、もしも竜の攻撃が流れ矢的にでも館を襲い、結果、爺や女中さんが傷付いては大変なことです。

 私は彼らに「本日の仕事はお休みです」と伝えました。


 それから、シャールから持ってきていた金貨袋を彼ら一人ずつに配りました。



「こんなにも頂けません」


 爺や女中は代る代る、そう訴えますが、私は首を横に振ります。


「私には無用のものです。恐らく、今日には決着が付くと思いますが、仮に宿泊を要する場合はお使いください」


 私の好意を断り続ける彼らでしたが、最後には私の熱意に負け、受け取って頂けました。



 そのまま、私達は館の前で別れます。彼らはメリナ山の向う側、幾つかの国を通ればデュランがある東方へと向かうのです。もちろん、王国まで逃げることはしなくて森に身を潜めるらしいです。

 同じように避難する街の方々がいっぱい居ますので、強盗とかに襲われる心配もないでしょう。



 私は貴族学院へ向かいます。ショーメ先生とそこで落ち合うことを昨日、約束しましたので。


 道順が分かりませんが、山から何回か街並み自体は眺めていましたので勘で進みましょう。



 私は凄いです。何事もなく、私は学院の庭に到着したのです。成長を感じます。

 ショーメ先生はまだ来ていなくて、私は校舎の屋根に上がって、そこで二度寝を開始しました。


 魔力感知的に、我がクラスの教室には人が居ると知っていますが、知らなかったことにしましょう。3人ですので、サルヴァと彼の取り巻きだった2人でしょう。

 まる一日経ったのです。酷い惨状になっていることが想定されます。床とか汚物が付いているかもしれませんし、サルヴァが手で受けている姿も見たく有りませんので。



 空の明るさ的に、ショーメ先生は少し遅れてやって来ました。いつの間にか、私の寝ている枕元に立っていたのです。どれだけ私が寝ていたかは不明です。お昼ではないです。


「意外に早起きですね、メリナ様。お待たせしました」


「お気になさらず。私、もう少しで寝ていたいですので。おやすみなさい」



 しかし、遠くで戦闘の音が聞こえました。起きざるを得ません。

 腹に響く重低音は爆発系の魔法でしょう。それが人間によるのか、或いは竜によるのなのかは分かりませんでした。



 私とショーメ先生はその音の方角に目を凝らします。

 見えました。宙を舞う白い何か、恐らくは竜の周りに火炎がぶつかったり、黒い煙が上がったりしています。


「やって来ましたね。ご準備は宜しいですか、メリナ様?」


「はい。でも、ちょっと遠いですね。そう言えば、ちょくちょく襲われるのですか、ここの街は?」


 何だか避難も慣れた感じだったんですよね。街の人たちも声は上げていますが、混乱はしていませんし。


「いいえ。数十年に一度です。しかし、それに備えて諸国連邦の方々は訓練されていますので、ある程度は被害が緩和されるでしょう」


 ふーん。私はまだ全貌が見えない竜に興味が有りまして、遠望ではあるものの、観察に入ります。


「この地の魔力は多くがあの竜、普段は姿を見せないのですが、あれに吸われています。そして、蓄積する魔力が一定量を越えると、あんな感じで竜として顕現します。我々、デュランはその魔力量を推測し、ベストのタイミングで兵を出し、諸国連邦に恩を売って参りました」


 ショーメ先生は私がほぼ聞いていないにも関わらず喋ります。


「メリナ様があの傍若無人な火柱魔法をあの方角に向けて放つものですから、一気にその顕現可能量を越えたので御座います」


 まぁ、ここに来て私の所為ですか。

 大丈夫です。きっとバレません。


「今回はデュラン側の準備も整っておりません。魔力の弱い原住民の方々では少々厳しい戦いでしょう」


 そうですね。魔法で攻撃していますが、空中の竜はビクともしていません。それに、徐々にこちらへ近付いています。



 あれ?

 あの竜、私が思っていたものと違いますね。



「ショーメ先生、あの竜なんですが、なんか骨しかない感じですか? スケルトンな感じに見えます」


「はい。死竜バーダルンム。骨だけの存在です」


 えー、じゃあ、ステーキも交尾観察も無理じゃないですか。全く使えないヤツです。

 早起きした甲斐が御座いません。



「興味を無くしました。もう滅ぼしますね」


「はい。お願い致します。……えっ、この距離ですが?」


 ショーメ先生は私が詠唱準備に入った事を知り、驚きます。初対面とかじゃないので今更でしょう。私なら余裕です。



 ガランガドーさん、聞こえますか?


『ぐがぁ、ぐがぁ、ぐがぁ』


 ……おいっ! 起きなさい!!


『ぐふ、ぐふふ。ダメだよ、アディ。そこはそんな風に触る所じゃないんだ……。そう、もっと優しく包み込むように舐めて――』


 殺すぞっ!! 起きろ!


『……主よ、何であろうか。此方は何事もなく平和である』


 平和か!? お前、その夢は平和なヤツだったのか!? なんか、とってもダメな感じに思えましたよ!


『むっ。同族であるな』


 無視しやがった……。お前、さっきの寝言、アデリーナ様に伝えるからな。


『主よ、些細なことを申すでない。我は主の寝言を他に漏らしておらぬぞ』


 チッ。シャールに戻ったら折檻ですよ。



『どのような魔法を望むのだ。我は多忙であるため、短時間で終えたい』


 酷い発言です。

 お前は寝ていた上にそれとは、主従関係を忘れてしまっていますかね。

 ガランガドーよ、私はあそこに見える死竜を私の精霊にしたいと思うくらいですよ。



『むっ、死竜とな。死を運ぶ者の異名を持つ我こそが真の死竜である。紛い物など蹴散らせてくれよう』


 ようやく殺る気になってくれましたか……。

 しかし、その異名、自称ですよね? 恥ずかしくないのかな。

 まぁ、良いです。


 炎を下さい。骨をも蒸発させる熱量で、かつ、ナーシェルの方々に被害を出さない感じでお願いします。


『承知した』


 いつもの通り、私の体をガランガドーさんに委ねる。

 そして、詠唱開始です。



『我は夢幻の瓊筵(けいえん)を守りし英武と成り得た者。郁氛(いくふん)にして宏遠たる我が天子の佐命を果たさん。宛然、豎子(じゅし)と侮る勿れ。其は昔日にも届かぬ高明へと到り、袞衣(こんい)を身にする定め。求むるは燁然(ようぜん)。純然たる燦然。炎々たる燭光(しょっこう)。雲煙と雷火は沈静せし亡者であり、霊残も無し。然らば、亡匿をも許さぬ槍戟とならんと、劫火は閔惜(びんせき)鸞車(らんしゃ)を弾むかの如く。指斥は猛りて嗤え。迸るは、死竜の災い』


 これまでの私の魔法でも最大級の光線が放たれました。一瞬で遠方の白い骨を貫きます。

 たぶん当たっていますよ。


 眩しくて目を閉じて、光が収まった後には――巨大な黒い竜が現れていました。


 もしかしたら、聖竜スードワット様に匹敵するかもというサイズ感です。


「……メリナ様?」


「ちょっと待ってくださいね、ショーメ先生」



 ガランガドーさん、あれ、何ですか?



『ヤツは我と同質。我が魔力を喰らい、真の姿で顕現したものと思われる。……気に喰わぬな』


 えぇ、ガランガドーさんの魔力って言うか、私の魔力です。それを喰らっただと!

 何て無礼なヤツですか!?

 私があいつの肉を食いたいと思っていたのに!



 黒竜の羽の一薙ぎで、大きな土煙が発生します。現地は恐らく、暴風と石礫で大混乱に陥ったでしょう。

 そして、急加速、こちらへ迫って来るようです。



 ガランガドーさん、こちらに来なさい。


『……仕方あるまい。強者と矛を交わすは竜の喜び』


 ショーメ先生の隣に私は魔力を練ってガランガドーさんの体を構築します。もう何回もしているので、慣れた作業でして、素早く出来ます。

 サイズは自由自在に調整できるのですが、今回は戦闘です。大きめに調整しまして、王都の地下で見た象と呼ばれる獣と同じくらいにしました。



「……召喚魔法まで無詠唱で御座いましたか?」


『弱き者よ、主を侮る勿れ』


 驚くショーメ先生に隣のガランガドーさんが反応しました。

 うん。ちゃんと来ましたね。


『背に乗るが良い』


 私だけかと思いきや、ショーメ先生もガランガドーさんに乗り込んできました。

 まぁ、戦力になるから良いかな。


「レッヅゴーです、ガランガドーさん!」


『おうよ!』


 勢いよくガランガドーさんは飛び立ちました。勢いが良すぎて、校舎の屋根の半分が削れたことは内緒です。


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