準備完了
黒一色の巫女服は異国では悪目立ちしてしまうという理由で、自室に戻って用意されていた服に着替えました。普通に見えて、でも上等な生地の服です。貧しい村人が着ているような粗末な物では御座いませんが、それでも私は巫女服の方が良いのです。巫女服こそが竜の巫女である私に相応しい、そう強く思います。
そもそも、ナーシェルという場所は知りませんが、所詮は異国の蛮族どもです。男女ともに上半身が裸でゴブリン並の服装でしょうから、普通の服を着ていても目立つんじゃないでしょうかね。
そう考えると、ふつふつと行きたくない思いが溢れます。
あと、この新人寮に私は住み続けていますが、そろそろ出た方が良いのかもしれません。気心の知れた同僚と同室でとても良い雰囲気でしたが、今日のようにアデリーナ様の滅茶な命令をバックれることがしにくいからです。
が、しかし、今回は従いましょう。私には聖竜様に甘い物を用意する使命があるので御座います。
背負い鞄に着替えと少しのお小遣いを入れて、神殿の中庭に向かいます。そこには大きな池が真ん中にあって、とても風光明媚な場所です。参拝客の方がベンチに座ってゆっくり出来る所でもあります。
アデリーナ様に指定された集合場所はそこにあります。
途中、馬くらいの大きさの漆黒の竜に出会いました。ガランガドーさんと言いまして、私のペットみたいな物です。竜では有りますが、聖竜様では御座いません。聖竜様と比較すると道端に落ちている鳥の糞と同じくらいの価値です。
しかし、彼の体色が偶然にも巫女服の色と同じであることに眼をつけた、経営戦略本部の巫女さんが、聖竜様の従僕と称して一般公開されています。
竜がお手軽に見ることが出来ると一時期は盛況でして、かなり神殿の財政的には潤ったそうです。完全に客寄せです。彼、自称は「死を運ぶ者」とかで結構痛々しい性格をしているのですが。
今も貴族様か大商人の子供を背中に乗せて、中庭一周の旅をしております。なお、有料で結構な価格がします。飛行モードを所望すると更に三倍で、私の月々の給金よりも高価になるのです。
「ガランガドーさん、私、留学に行くんで付いてきてください」
『主よ、大変に心苦しいが、我はここの仕事に忙しい。何、心配は要らぬ。主の魔法発動の手伝いくらいはここからでも出来よう。我に距離など関係ないのであるからな』
なんだとっ!?
ほぼ私の奴隷のガランガドーさんが逆らうだと!?
このガランガドーさん、様々な経緯が有りますが、要は私の体内から生まれてきたドラゴンでして、私の魔法行使を手伝ってくれる方なんです。
「マジで魔法の方は大丈夫なんですか? 私、魔法無しで生きるなんて不可能ですよ」
『いや、主は人間離れした数々の技があろうに……』
人を化け物みたいに言うなんて、ほんとにこいつは、一度消滅しないといけませんかね。
『主よ、我には夢がある』
「何ですか? 言ってみなさい」
珍しい。精霊でも夢を持つことがあるのですね。
『……少し照れ臭いが人化の術を覚えるべく努力しておる。そして、アデリーナ嬢との恋を成就したいのである。だから、主と遊ぶのは少し避けたい』
……はぁ!?
殺すぞ、ボケッ!!
よりによってアデリーナだと!?
何かよく分からないけど、私から生まれたお前が結ばれたら、私とアデリーナが親族になりそうな気分で、非常に怖いんですけどぉお!?
冠婚葬祭の度に、あいつが近くに寄ってくるのが不愉快で、耐えきれないんでけどぉお!!
『……主よ、それでは、さらばだ』
念話を終えると、パタパタとガランガドーさんは飛びます。後ろに乗っているガキが喜びの声を上げていて、それを見ると、血溜まりを作るような鉄拳制裁は出来ませんでした。
なので、怒りは心の叫びとなります。
人と竜が愛を語るだとっ!?
そんなのは、私と聖竜様だけの特権ですよ!!
アデリーナとガランガドーみたいな二流の生物どもに達成できるとは思いません!
とは言え、私はアデリーナ様に指定された集合場所に急ぎます。もう完全に忘れるところでしたが、私には聖竜様の為に甘い物を買いに行くという絶対的な目的があったのです。
聖女のイルゼさんが立っていまして、私はお辞儀をします。彼女は白基調の服でして、竜の巫女とは違います。
シャールから馬車で数ヵ月の距離にあるデュランという街で信仰されている宗教における聖女さんで、簡単に言うと異教徒のボスです。なので、聖竜様の命令があれば、即座にぶっ殺しても構いません。
ただし、数ヵ月前に私の友人になりまして、私の人徳もあって、かなり友好的な人物でも御座います。イルゼさんはアデリーナ様と同じくらいのお歳で、また髪も同じ金色ですが、良い人です。
たまに気持ち悪いくらい私を称賛してくるのが欠点ですかね。
「お久しぶりです、メリナ様。アデリーナ様から、もう出立できるとお聞きしていましたが、宜しいですか?」
「はい」
見送り無しなのかよっていう軽い不満は感じました。
そんな気持ちが通じたのかもしれません。唐突にアデリーナ様は背後からやって来ました。
「はい、メリナさん。筆記用具です」
「要るんですか?」
「……貴女、学校に何をしに行くつもりだったので御座いますか?」
「この天才メリナが蛮族から学ぶことなんて無いんですけど」
私の勝手な想像ですが、毛皮で片胸だけ隠してウホウホ言っている連中から、私は何を学ぶと言うのですか。むしろ、私が教師側ですよ。
「……黙って持っていきなさい。それから、私から見たら貴女の方が蛮族ですよ」
「笑えそうで笑えないジョークですね。私はウホウホ言いませんよ。どちらかと言うと、うふふです」
「ナーシェルの方々を何だと思っているんですか。私の前では等しく人民は同じで御座います」
「路傍の石コロなんですよね」
「さぁ。他人の前では申せません」
ほぼ同意してますよ、それ。
「へいへい。小煩いアデリーナ様から離れる生活は寂しい様で心ウキウキです」
「減らず口は止しなさい。あと、これ、日報用のノートです。毎日お書きになって下さい。命令です。後日回収して状況を確認します」
まぁ、何て強引な人なんでしょう。しかし、日記くらいは引き受けてやりましょう。
「アデリーナ様、私が学校で苛められたりしたら、その蛮族を殺して良いですか?」
「ダメに決まっております。そんな時はクラスで一番強いヤツを殴り倒せば、大体解決します」
あっ、実力行使はオッケーなんですね。明言してくれてありがとうございます。
「んー、心配が尽きないですが、了解しました」
「では、イルゼ、宜しくお願いします。メリナさん、それではお元気で。学校に通わずにサボっていたらお仕置きです。泣き喚いて失神するまでのお仕置きですよ」
「……マジですか?」
この私が失神するような拷問なんて考えも及びません。
「マジで御座います、うふふ」
クソがっ! 私に冷や汗を掻かせるなんて上等です! 下手したら殺されそうなので、従ってやりますよっ!
「では、お行きなさい」
アデリーナ様の言葉を受けて、イルゼさんが私の手を無言で取ります。その後、風景がガラリと変わりまして、私は豪勢な装飾品に囲まれた一室に転移したのでした。




