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留学の提案

 アデリーナ様の部屋の前まで来ました。

 古びた新人寮なのに、この部屋だけは豪華絢爛でして、扉も複雑な彫りとかも入って無駄に重厚な装いです。

 過去に何回かお呼ばれしましたが、入室するだけなのに変な緊張感が有ります。


 さて、覚悟をしてノックをしますか。

 私は何も悪いことはしていません。仕事ぶりも極めて優良ですし。だから、今日は怒られないはずです。


 頑張れ、私っ! さぁ、勇気を振り絞って扉を開けるのです!



「メ、メリナ、来ましたよ……? 何のご用でしょうかね」


 はい。完璧。若干噛んだのは仕方御座いませんが、私は完璧なレディーです。


 肩を少し越したくらいのセミロングの柔らかそうな金髪を煌めかせて、これまた艶光りする豪勢な机に座って、アデリーナ様は私を見詰めてきます。


「あら、いらっしゃい。先にアシュリンから書類を預かっているでしょう? お渡しください」


 へいへい。

 今日は温和な雰囲気です。良かった。もう怒られないと分かったので、手は震えません。


 私は丁重に封筒をお渡しすると、アデリーナ様はペーパーナイフでスッと開封しました。


 アデリーナ様の所作を見て思います。それ、良いな、格好いいなと。

 何か貴族っぽいですもん。あれをマスターすれば、私の淑女っぽさが更に磨き上げられます。今まではビリッと手で破っていましたが、野蛮すぎましたね。中の書類が破損してアシュリンさんに怒られることも度々ありました。大したことも書いていない紙如きで心が狭いなと思ったものです。



 アデリーナ様は封筒の中身を広げて一読します。


「さすがアシュリンです。記載ミスもなく、ウィットも感じさせる記載ですね。あとは、私の推薦状と合わせて、出来上がりで御座います」


 アデリーナ様はとても綺麗な封筒に2枚の紙を入れ直し、蝋封までしました。おぉ、何か、やっぱりカッコいい。私の様な庶民出身者にはない気品が有ります。羨ましい限りです。


「はい、メリナさん。大事に持っていて下さい」


「何ですか、これ?」


「メリナさん、最近の貴女、怠惰に過ぎると思いませんか?」


 っ!?

 私はアデリーナ様の心無い言葉に衝撃を受けました。私の日々の艱難辛苦をご存じないとは、相変わらずのクソ野郎様で御座います。


「そんな事ないですっ! 私、ビックリしました! 誰ですか、誰の讒言ですか!?」


 そいつをボッコボッコにして、2度と告げ口しないように心に恐怖を植え付けてやります。


「カトリーヌさんです」


 オロ部長かっ!? これはきっつい!

 カトリーヌさんこと、オロ部長は私の部署の部長をされている方で、中々の強さなのです。蛇の獣人というか、大蛇に手が生えた化け物みたいな姿で、異常な戦闘力を誇ります。気を抜いたら、こっちがボッコボッコ、若しくは一飲みにされそうです。

 何よりオロ部長は誠実な方なので、そんな人に怠けていると思われているとなると、私は本当にダメ人間なのかもしれないと一抹の不安が生じました。


「そんな訳で、カトリーヌさんからの提案でメリナさんには学校で常識を学んで貰おうかとなりました」

 

 …………学校?

 正直、読み書きは支障なく出来ますし、魔法もそれなりに得意です。

 それに気品も周囲に迸るくらい有ります。回数は少ないですが、貴族様だけのパーティ会場に私が入ると、皆が黙ります。つまり、私に視線を向けることさえ避けるくらいに眩しい気品を私は持っているのです。


「あと、これは私の事情でもあるのですが、先日、国王が交替したばかりでしょ? 他国が少しばかりざわついておりまして、王国の力が健在であることを示したいのですよ。それで、私の心強い友人であるメリナさんに協力願いたいと考えております」


 それと私の学校と何か関係あるのでしょうか。凄く疑問です。


 あと、王様の代替りですが、その現王が目の前にいます。実は、アデリーナ様はこの国の新しい王様なのです。王様なのに、王都に滞在せず、遠く離れたシャールで竜の巫女を続けているのです。

 つまり、仕事をサボっているのはお前だ、アデリーナっ! しかし、気の弱い私にはそんな言葉は発せられないのでした。


「行ってもらう学校は、ナーシェル貴族学院。諸国連邦の中心地であるナーシェルはご存じですか? その学院には弱小国家群の貴族のご子息、ご令嬢の方々が通っておられます。メリナさんには彼らと友誼を結んで頂く事を期待しております」


「私が交流することと、王国が健在であると示すことは、どう繋がるんですか?」


「うふふ。ええ、メリナさんを知れば王国に逆らう気持ちなど粉々に吹き飛ぶでしょう」


「まぁ、そんなに私は魅力的だと評価されているんですか。ちょっと照れてしまいます」


「えぇ、大いに照れるべきで御座いますね。私なら自殺ものです」


 その自殺、今すぐ手伝いましょうか?



 しかし、私が人間的に飛び抜けて優れていることは薄々気付いていましたが、王国を代表してしまう程だったとは恐ろしささえ感じてしまいますね。


 でも、私はお断りしないといけません。



「すみません。聖竜様のいらっしゃる神殿を離れる事は出来ません。お慕いする聖竜様の傍でお務めする、それこそが至上の喜びを私に与えて下さいます」


「竜の巫女としては、完璧な言葉で御座いますね。はい。メリナさん、聖竜様からのお手紙です」


 えっ!? えぇ!?

 聖竜様、文字書けるの!?

 凄いです! やっぱり、只の竜ではないですね!


 聖竜様は地中深くにお住まいで、普通の人はお会いできませんが、特別な私は何回かお目にかかっています。

 で、聖竜スードワット様は小山くらい大きいのです。でも、アデリーナ様が手渡してきた手紙は普通の人間サイズでした。

 どうやって書いたんだろう? 人間なら小麦の粒に文字を刻むくらいの感覚ですよ。さっすが、聖竜様は多才で御座います。


「偽物だとお思いですか、メリナさん? 本物ですよ。ルッカに頼んで持ってきて貰いました」


 いえ、そんな疑いはしてないです。だって、間違いなく聖竜様のお匂いが染み付いていますもの。香ばしいです。


 ちなみに、ルッカさんは聖竜様の取り次ぎをしている、イヤらしい格好をした魔族です。でも、子持ちの未亡人なのだから、そんな服装をしないで、もっと落ち着いたらと私は思います。聖竜様もお困りではないでしょうかね。なお、私の部署の後輩でも有ります。


 まぁ、ルッカさんのことはどうでも良いのです。


 何と書いてあるのか、とても気になります。これは家宝ですよ。

 手紙をビリッと開封した結果、中身が少し千切れました。これは不可抗力なので気にしません。手紙とはこういうものです。



 そこには、可愛い子には旅をさせろ的な言葉がつらつらと書いてありまして、聖竜様の私への愛が文章中に詰まっておりました。

 例えば、お土産には甘いものが良いですなんて、遠い異国の風習で恋人同士で甘味を贈り合う風習があると聞いたことがあります。つまり、聖竜様も私と運命の繋がりがあると認めていらっしゃるのです。愛の告白ですね。


「……私、感動です。えぇ、留学に行かせて頂きますっ!」


「ありがとうございます。では、出発しましょうか。準備も万端で御座いますね」


 いや、万端も何も今聞かされたばかりなのですが……。そもそもですね、ナーシェルなんてどこかも知りませんし。

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