祝福と呪い
とりあえずアデリーナ様に着席を促されたので、素直にソファに座りました。そして、アデリーナ様が茶を淹れるのを待ちます。あの人、女王様なのにちゃんと自分で私の為にお茶を用意するのは偉いなぁと、そこだけは感心致します。
白磁のポットからポコポコと四人分のお茶が注がれました。それから、マイアさんが代表してアデリーナ様に邪神の眷族について説明を致します。
その間、私は優雅にティータイムです。お茶菓子も出して欲しいです。
「邪神の肉にそんな効果が御座いましたか?」
「はい。私も本当かどうかは分かりませんが、クリスラの額の眼が間接的な証拠となります」
「私自身は異状を感じておりません。マイア、あなたの目を以てすれば、私の変化を捉えるだろうでしょうか?」
「邪神の魔力が体に残っていれば分かります。それは即ち、メリナさんと同じ様に邪神が顕現する門扉に体が変化した事を意味しますが」
「宜しい。私の体をご確認ください」
アデリーナ様が立ち上がります。
それに対してマイアさんが体全体を上から下へと眺めます。
「アデリーナ様、全裸になった方が見易いかもしれませんよ」
「あの雌猫みたいなセリフを吐くのはお止しなさい」
ふむ、そうですね。アデリーナ様が裸になったところで、大して面白くないです。あぁ、派手な下着を無駄に履いてるなぁと感想を抱くだけですね。
「どうでしたか?」
アデリーナ様は着席し、茶を少しだけ口にしてからマイアさんに尋ねられました。一片たりとも動揺してなくて、不満ではあります。
「……残念ながら、邪神の魔力が残っておりました」
「そうですか。メリナさんと同じで御座いますか……」
ふん。相変わらず、冷たい表情ですね。私と同じなんだから、もっと光栄な顔をしなさい。生意気です。
「続きを聞きましょう。どこの体部で、どういった変化でしたか?」
「足です。ただ、形状などに変わりはなさそうでして、すみませんが、靴を脱いで頂けますか? 詳しく観察したいと思います」
「分かりました」
アデリーナ様は身を屈め、靴紐をほどきます。靴下も身に付けていたみたいで、それも脱いで畳みました。
「ここで良いで御座いますか?」
「はい。私がそちらに向かいます」
私もローテーブル越しにアデリーナ様の足を確認します。アデリーナ様の肌はホクロやシミが一切ないのですが、普段見えないその場所も綺麗に真っ白でして女王の気品を感じました。
デンジャラスさんも私と同様に異常の兆候が無いのか、見ておられました。
……しかし、アレですね。女王と言っても人間。この距離でも少し感じますね。
「何を笑いましたか、メリナさん?」
「いえ、何て言うか、はっきり申し上げるのが困難です……すみません。ぷふ」
「何を笑った!?」
「いや、だから、私の口からはちょっとねぇ……。デンジャラスさん、お願いしますね」
「へっ? えっ、私ですか? ……何も感じませんでした。ささ、マイア様の調査を急ぎましょう」
うまく誤魔化したが、私には分かりましたよ。デンジャラスさんも感じ取りましたね、この異変。空気が一変したヤツ。クイーンズスメル! 酸っぱいですよね!!
「こ、これは!?」
屈んでいたマイアさんが立ち上がり、口許を手で覆いながら驚きます。しかし、あれは、さりげなく鼻を保護したのです! 私は、伝説の大魔法使いの叡知をここに見たっ!!
「……どう致しましたか?」
「アデリーナさん、説明致します。説明しますが、一度着席しましょう」
「分かりました。靴は履き直して良いで御座いますか?」
「……いえ、脱いだままでお願いします」
マイアさんは大変に利口です。アデリーナ様がご自分で気付かれるように臭いを広げようとしているのでしょう。
皆でもう一度お茶を飲みます。私は茶を吹き出さないように、聖竜様が私の魔法で燃え落ちた時の光景を必死に思い出していました。
「さて、気を確かにお願いします、アデリーナさん」
「はい」
「では。あなたの足は大変に臭くなる変化をしています」
っ!? ……ギャハハハ!! 言っちゃったよ!!
いつだったか、あっ、王都のパン屋に見習いに行った時の紹介状だ。私はアデリーナ様に、「メリナは獣人です。足の裏だけが竜の獣人です。大変に足臭です」と虚偽の侮辱を受けたのです!
ざまぁです! うふふ、アデリーナ様が足臭になられたのですね!
「えっ……アデリーナ様は竜の獣人になられたのですか……」
私は悲哀を込めた眼と口調で呟きます。もちろん、心の中は大爆笑で御座います。
「お気を確かに、アデリーナ様。足が臭すぎて、今以上に人が寄り付かないと思いますが、決して気を落とさずに……。あぁ、聖竜様、どうしてアデリーナ様にこんなにも辛い試練を……」
私は手を組んでお祈りします。もちろん、心の中では万歳三唱です。
アデリーナ様は無言でした。余りの事態に声も出ないのでしょう。
「アデリーナさん、あなたの願いは……メリナさんの様になること。そして、邪神はその願いを聞き入れ、足の裏の汗腺をメリナさんと同じにした」
は??
「……アデリーナ女王、どこかで記憶のある臭いと思ったのですが、確かにそれはメリナさんと同種です」
デンジャラスさんまで!?
何ですか、それだとまるで私の足の裏まで激臭って言うんですか!?
「……屈辱です。大変な屈辱で御座います……」
アデリーナ様、お怒りはご尤もです。しかし、私も非常にご立腹ですよ!
「確かに私の願いはメリナさんの様な強さを得る事だったかもしれません。しかし…………この足の裏の臭気が強さの秘訣だと言うのなら! 私は返上致しますっ!!」
「女王、お手伝い致します。デュランは常に王の側」
ここでデンジャラスさんが自分の価値、いえ、デュランの未来のために、アデリーナ様に阿ります。
「邪神からしたら祝福なのでしょうね。自分の眷族になった者への」
「……極悪な呪いとしか思えないで御座いますね」
「えぇ。祝福と呪怨は表裏一体。…………はっ! アデリーナさん! 反対に何かを失っていませんか!?」
「どういうことで御座いましょう?」
「後天的に憑いた精霊は祝福を与える際に、何かを奪うと大昔の文献にあったのを思い出しました。元からいた精霊の影響を小さくする目的ではと推測されていました」
「……アデリーナ女王、王国の安寧では御座いませんか? 王のもうひとつの願いだった絶対的な統治者になること。それが、この諸国連邦の侵攻によって揺らいでいるのでは?」
デンジャラスさんの質問にアデリーナ様は口に指を持っていき、沈思黙考のポージングです。そして、しばらくして答えます。
「……なるほど。しかし、今の状況は私の意図通りでしたが、その思考をしている事自体が私への呪い? 断定は出来ませんが、有り得る話かもしれませんね。……そうですね。他にも手段は合ったのに国を分断する悪手を取ったと、今は判断できます」
「やはり、そうでしたか。ご安心を、アデリーナさん。私が邪神を祓う術を考えます」
「お願い致します」
アデリーナ様は深々とマイアさんに頭を下げました。
しかし、こいつら、何を丸く収まった顔をしているのでしょうか。
「認めませんよ、私は。アデリーナ様の足の裏の臭いは強烈でしたが、あんな物が私と同じなんて絶対に認めません!」
私の発言です。当然の理屈です。
「そのセリフ、そのままそっくりお返ししますから」
「じゃあ、実際に嗅いで下さいよ! 私、絶対にあんな臭くないです! 聖竜様の部屋と同じの崇高な香りです!」
「望むところです。マイアの仮説が間違っている期待を込めて、いえ、その仮説を認めたくない自分の為に、メリナ、お前の足を嗅いでやります!」
私も裸足になりました。
それから、椅子の向きを変えたアデリーナ様の前に、自分の椅子を持っていて座ります。互いの足を伸ばせば充分に届くくらいの距離です。
「同時に行きますよ」
「無論」
足を相手の鼻へと近付けます。目の前に迫る足の指がここまで恐怖の対象になるとは思いませんでした。思わず、体が震えそうです。
「「くっさぁー!!! 死ねっ!!」」
私もアデリーナ様も叫びます。
そして、自分の足を持ち、自分の鼻へと運びます。涙が出そうです。
「「くさっ!!! 死ぬぅー!!」」
この国の女王と公爵が何をしているのだと、国民の方は思われるかもしれません。
私はこの行為に後悔致しました。
何より、アデリーナ様と同じくらい臭い事実を認めざるを得なかったから。




