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積極性

 私達はデュランにある聖女の館の跡地に築かれた仮設の建物の中にいます。ミーナちゃんが大剣で切り刻んで破壊し尽くした聖女の館ですが、その石材を使用しておりまして、応急的に造ったにしては綺麗で、白くて艶々の外観でした。

 まるで皆の世界平和への希望を一身に集める私達を祝福するみたいですね。よく見たら石にヒビが入ったりしていますけど。



 円卓に主要人物が着席しています。このテーブルも大きな凹みとか傷とかが目立ちまして、うふふ、ミーナちゃん、やり過ぎたねと、彼女の未熟が故の失態に私は微笑みを隠せません。


 ここにいるメンバーはデュランの人がイルゼさん、デンジャラスさん、ショーメ先生で、諸国連邦はメンディスさん、タフトさん、サルヴァです。

 名前を忘れましたが、サルヴァの妹は来ていません。


「お前を制御できるのはアデリーナ女王だけみたいだな」


 集まって早々のメンディスさんの憎まれ口です。まるで、私があのブリブリ大王よりも格下みたいで非常に腹立たしいですが、私は淑女ですので沈黙です。

 片足がカタカタカタと鳴るだけです。


「おい! 止めろ! 真顔で足を震わせるな」


「すみません。アデリーナを思い出す度にストレスを感じているみたいです」


 さて、残りは私とフロンになります。ガランガドーさんはお外でバーダの子守りを頼みました。バーダは気侭(きまま)に放浪するクセがあるからです。



「皆様、先に申しておきます。今回の件、デュラン側の責任者はイルゼではなく私となります」


 デンジャラスさんが真っ先に喋りました。


「ふん、引退した聖女が率いたことにして、敗北時の報復が街に来ないようにするつもりだな」


「どう捉えて頂いても構いません。この事態は私が招いた面が大きいですので」


 もうデュラン陣営の中では話が付いているみたいで、イルゼさんも口を挟みません。



「諸国連邦は迅速に展開する。ブリセイダが軍を率いてこちらに向かっている。その上、死竜殺しの英雄様のご威光はナーシェル王家を上回るようでな、諸国も快く兵を出してくれたそうだ。先の内戦で反乱軍の中心だったシュライドやギャバリン両王国が特に戦意旺盛だとさ。皮肉なものだ」


 メンディスさんは投げ遣りに言った後、顔を引き締めます。


「しかし、ここに至っては仕方有るまい。俺も覚悟を決めている。デュランの近くに野営地が欲しい」


「分かりました。ヨゼフ枢機卿に相談し、彼から案内させます」


「助かる。さて、諸国連邦の代表は俺だが――」


「すまぬ、兄者。その代表を俺にしてくれぬか。いや、今回の件の全てを俺が仕組んだことにして欲しい」


 メンディスさんの言葉を遮り、サルヴァは真剣な眼で彼を見ながら、そう言ったのでした。


「そうしたところで、お前は何をする?」


「何もできぬ。思慮深く慈悲深い兄に、苛烈で勇猛な妹に、遥かに劣る俺だ。しかし、だからこそ、死んでも誰も悲しまぬ。ブラナン女王アデリーナが怒りを鎮めぬ時は俺を切り捨てれば良い。兄者に迷惑しか掛けて来なかった俺の最後の恩返しをさせて欲しいのだ」


 それを聞いて、タフトさんが静かに立ち、深く頭を下げられました。そして、そこから静かに跪いて口を開きます。


「サルヴァ殿下、私が(かしず)くのはメンディス殿下のみですが、臣民として私は貴方を敬愛致しましょう」


 続いて、メンディスさんもサルヴァに語り掛けます。


「……サルヴァ、お前の心意気はよく分かった。素直に誉めてやる。王家の一員である自覚を持てたお前を、俺は非常に嬉しく思う」


「おぉ、兄者!」


 サルヴァの感動は分かります。今まで貶されて生きてきた彼が初めて兄に認められたのでしょうから。


「正直、最近サルヴァを良く言うものだから、タフトの眼が鈍ったのかと思っていたぞ」


「その様な訳は御座いませんよ」


「うむ。そこのバカの影響だろうな。バカとバカが反応すると、利口になるのか。勉強になる」


 一言多い男ですね。


「ちょっと待ちなさい、メンディスさん。今、私をサルヴァと同類のバカ扱いしましたよね?」


「無用な戦をブラナン王国に仕掛けたのだ。バカという表現で抑えたことを感謝して欲しいものだ」


 チッ! 全くこいつは口だけ野郎ですよ!

 また私の魔力で廃人になりますか?



「話が脱線してるわよ。はい。私はサルヴァが大将で問題なしよ」


 フロンが話題を戻します。


「クソババァも良いわよね?」


 こら、無駄に挑発するんじゃありません。デュラン側は機嫌良しの状態なんですよ。



「お仕置きが必要ですね。昨日の借りも有りますし」


 ほら、ショーメ先生が怒っておられますし、イルゼさんもちょっと眉を上げました。


「あら? 今でも来なさいよ」


「うふふ、泣き言も言わせず終わらせますよ?」


 本当にショーメ先生とフロンは仲が悪いですね。同じ淫乱枠ですので、本能的な同属嫌悪を抱いているのでしょうか。



「止しなさい、フェリス。私はクソババァで構いません。何せデュランを危機に陥らせているのですから。フロンさんに同意で、私もサルヴァさんを代表に掲げることに支障は御座いません」


 デンジャラスさんはいつもデュランの街を一番に考えます。前王が赤い巨鳥になって王都の住民の命が全部吸われそうになった時も、見過ごして相対的にデュランの街が栄える選択を取ろうとされました。

 今回もサルヴァが先頭に立つことにより、デュランが隠れ、アデリーナ様、いや間違えた、アデリーナの怒りの矛先が諸国連邦に傾くようにしたのです。



「……サルヴァ、お前が代表になったとしてもナーシェルがアデリーナ女王の威信を傷付けた事実は残る。俺が許されるとは思えぬな」


「グハハ! そうであっても一番の汚名を被るのは俺だ」


 サルヴァの言葉にメンディスさんは少し視線を下げて沈黙します。それから、弱々しく答えました。


「……分かった。対外的にはお前が代表だ。……すまんな」


 さて、結論が出ましたね。私もホッとしています。望外にも真の首謀者が決まったのです。これで「私は悪くないです」とアデリーナに弁明できます。

 あとは、この流れに乗っかるだけ。景気付けをしてやりましょう。



「サルヴァよ、その志に私は大変に感動しました」


「おぉ、巫女よ! 共に戦おうぞ!」


 ばか野郎。そこで「はい、そうですね」って言ったら、私も共同責任者にされるんでしょ? 私は分かっていますよ。


「お前に教えることはもう有りません。拳王の称号、継いで貰えませんか?」


「お、お、ぉお……」


 何で泣きそうな顔なんですか。


「……師匠……。畏れ多いが、拳王の名を継承させて頂く」


 はい。大した物ではないですよ、それ。アシュリンさんが適当に書いた嘘の経歴ですから。



「さて、それでは、戦況です」


 ショーメ先生が本題に入ります。


「旧情報局の転移網を使ったアデリーナ女王により、今回の事態は王国中に知れ渡っております。既にデュランに向けて、東から王都タブラナル、南からアナマサチン、ナドナムの軍勢が出立しております」


 ショーメ先生はテーブルにとても大きな地図を広げます。そして、騎馬や兵隊の形をした黒い像を置いていきます。


「この中で最も強力なのはナドナムです。十数年前にナーシェル王家に嫁いだ聖娼が暗殺された事件がありましたよね?」


 サルヴァの母親の件でしょう。ナドナムは娼婦がいっぱいる神殿があると聞きました。とんでもない宗教です。

 

「彼らはそれを彼らの神に背いた行為として見なしており、断罪する好機だと今回の事態を捉えております。戦意が非常に高いわけです。そのため、ナドナムの軍を止める必要があり、デュランの正規軍は南へと向けます」


 デュランに白い兵隊像が置かれ、南方に向く街道へと進められます。


「皆様方、この軍は私、イルゼが率います。崇拝する対象は違いますが、ナドナムとの聖娼長とは以前にお会いして知己ですので。何とか正面衝突だけは避け、出来れば仲間に引き込みたいと思っています」


 聖女イルゼさんは立派になられました。自分の役割を果たそうとする気合いが全身から溢れてますね。あと、聖女と売春宿の元締めで交わされる会話はどんな物なのか面白そうです。


「もう一方のアナマサチン軍については私がデュランの特殊部隊を率いて足止めします」


 特殊部隊って言うのは暗部のことでしょう。植物の難しい名前が付けられた人々で、少数精鋭ですが、並の兵士では敵わぬレベルの集団です。敵が多数でも何とかなるのでしょう。

 別の南の街道にフードを買った像が置かれます。もうお亡くなりになった暗部の頭領を模した物ですね。



「タブラナルの軍はどうする? ブラナン王国の王都であるからには軍勢は最大ではないのか?」


「アデリーナ女王の代となり、王都軍は弱体化されました。それもあり、王都軍はデュランまで辿り着けないと判断しております。なぜなら、」


 ショーメ先生は王都の北に赤い像を配置しました。それをデュランに向けて動かして、王都軍らしき黒い像にぶつけます。


「メリナ・デル・ノノニル・ラッセン・バロ公爵軍が当たります」


 っ!? 何それ!?

 赤い像はもしかしてコリーさんですか!?

 一度も足を踏み入れた事がありませんが、私の領地らしいラッセンの地で私の代官をしてくれている方です。とても義理堅くて信頼できる赤毛の女性です。交際相手がクソ野郎であることだけが玉に瑕の人です。



「それで、諸国連邦はシャールに向かえと言うことか。デュランは自領の防衛で都合の良いことだ」


「メンディスさん、退却の道を確保するのは大事でしょうに。また、王国から諸国連邦に抜ける街道はデュラン経由しか御座いません。反攻を受けた場合は、デュランが諸国連邦の盾になることをお約束します」


 デンジャラスさんが静かに答えました。


「兄者、先鋒を任されたのだ。戦士の誉れであるぞ!」


 サルヴァの言葉にもメンディスさんは苦虫を潰したような顔を続けていました。

 


「そう巧く事が運べば良いな。デュランの神の祝福を頼もう」


 やっと口を開いて出た言葉は皮肉に聞こえました。


「メンディス殿下、必ず成功します。何故なら、こちらには神に等しき方が味方なのですから」


 聖女イルゼは笑顔で言いました。

 リンシャルのことでしょうが、あいつ、頼りにならないと思うな。


「ん? 誰の事だ?」


「現人神メリナ様です」


 いや、笑顔が怖いですって、イルゼさん。メンディスさんの顔もひきつっているじゃないですか。


「聖女イルゼはここに宣言します。諸国連邦とデュランは合邦し、神聖メリナ王国を樹立します。マイア様の許可も取りました」


 お前っ!! その無駄な積極性は直しなさい!

 傷口に塩を塗ってくるスタンスですか!?


「おぉ! 新たな時代の幕開けに相応しい国名であるな!」




メリナの日報


 急転直下で真犯人が分かりました。

 アデリーナ様に逆らった首謀者はサルヴァでしたよ。

 ほら、アデリーナ様が学校で教師の真似事をしている時に何か反感をかったんですよ、きっと。


 何だか妙に偉そうとか、薄く笑う癖が気持ち悪いとか、私をいじめ過ぎとか。


 安心してください。そんなアデリーナ様でも謝ったら許して上げるって、サルヴァが言ってましたよ。私も謝りますから、ね。

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