クラス対抗戦の終結
もはや戦場に敵はおりません。
満足感に浸る私は胸を張って周囲を眺めます。
まだ残っていた上級生の方々も私の大変に高貴な姿を見て平伏していきますね。なお、骨折していたデンジャラスさんとオリアスさんには回復無法を唱えて治療済みとしています。それでも、重傷者と見なされて運営の方に率先して連れていかれました。その2人に対してショーメ先生は座ったままです。軽傷と言うか怪我してないですものね。
あっ、忘れていました。後ろにいる桃組の2人が残っていました。
「ボスー! 凄かったですよ!」
ビーチャの声援が聞こえます。手を控えめに振って、私はそれに応えます。恥ずかしいでしょ。バカが騒ぐなと思いました。
でも、観客のパン工房の人達は皆、笑顔で勝利目前の私を祝ってくれている事が分かります。
しかし、次の瞬間、同じく応援席に座っているハンナさんが急に血相を変えて教えてくれました。
「メリナ様、油断しないで! もう一本、肉が用意されていますよ!」
肉? ガランガドーさんが醜態を晒すことになった竜専用の誘き寄せ肉ですか。
余裕で対処できます。目を瞑るだけで誘惑を立ち切ることが可能ですし、視界が無くてもレジス教官とサブリナを転がすことなど余裕で御座います。寝ているシェラの足の裏を嗅ぐことの方が難しかったくらいですよ。
「さてさて、猛烈な強さを見せてくれたメリナに対して、残った気高き桃組の2人はどう対応するのか!?」
「策は有るみたいですが、彼らでは中々に厳しいでしょうね」
はい。肉さえ見なければ良いので楽勝です。でも、彼らに戦意があるのなら戦わなくてはいけなくて、私はサブリナを殴り倒す必要が出てきました。弱い者いじめみたいで気が進みませんね。
「任せな」
私の迷いが分かっているかのように、自ら座り敗北したショーメ先生が立ち上がりながら言います。言いっぷりからすると、まだフロンが操っている状態みたいです。いつも飄々としているショーメ先生でも魔族の術に抵抗できないのが怖いところですね。
「レジス教かぁ~ん、私と良いことしましょ~よぉ。ねぇ、ここはメリナに譲って欲しいなぁ。お、ね、が、い」
ショーメ先生、体の自由が聞かないだけで意識があると思うんです。そんな舐めきった声を出すなんて、後で殺され兼ねませんよ。
「そ、そうですか、ショーメ先生……。そういうことであれば、私も吝かではないです!」
あらあら、見事に騙されていますね。仮にショーメ先生がレジス教官に気が有ったとしても、これでは幻滅でしょう。
「うふふ、じゃあ、優しぃく座らせて上げるね。待っていてねぇ」
クソみたいに甘ったるい声を出して、ショーメ先生は近付きます。私は念のために目を瞑っているので見えていませんが、腰をフリフリしているのも間違いないでしょう。
が、突然、レジス教官が動いたのが分かりました。
「お前っ! 誰だ!? ショーメ先生は俺のことをレジスさんと呼ぶし、どんな生徒を呼び捨てにしない!!」
魔力的に判断するに、レジス教官はタックルでショーメ先生を押し倒して動きを封じたようです。この可能性も考えてか、または、咄嗟の判断でか、フロンは避けずに素人の攻撃を受けたのでしょう。そして、レジス教官は自分も横倒しになったことで敗退です。
彼らは体が絡んだまま、暫し沈黙が続きます。
「すみません、レジスさん。私です、私。上に乗られたままですと、ちょっと重いです」
フロンの呪縛が外されたようですね。いつものショーメ先生の喋り方でした。
「あっ、すみません! ショーメ先生が何やら変な雰囲気でしたので!」
「いえ、大丈夫ですよ。目的は達成できましたし」
そっか、ショーメ先生的にもこの展開、レジスの敗退は望むところなんですね。良かったです。
レジス教官から離れたショーメ先生は、またこちらに歩いて戻ってくる様子です。
また、ずっと寝転んでいたフロンの体も動いて、私の方へとやって来ます。
「とんだ茶番をやってくれたものですね」
「そう?」
「安心して下さい。ほんの少ししか怒っていませんから」
「誉めてくれて良いんだけど? 戦場なら殺してたよ?」
「うふふ、何でもありの戦場なら私も違った手を使いましたよ」
「そうなんだ? 私も人間離れした手を使うけど?」
「それは楽しみですね」
「ええ。ホンと楽しみ」
いやー、何ですかね。交わす会話と違って、今すぐにでも殺し合いが始まりそうな空気なんですけど。
「あのー、すみません。もう眼を開けて良いですかね? お肉、無くなりました?」
私は恐る恐る聞きます。下手をすると巻き込まれて、こちらにも災いが降り掛かってくるかもしれないから。
「良いですよ。レジスさんに隠して貰いましたから。では、私は退場します」
「それじゃ、私も行くから。化け物、あとはちゃちゃっと終わらせなよ」
2人は去っていきました。結果、残るのは水色の髪の少女サブリナ、私の友人のみです。仕方御座いません。殴り飛ばしましょう。
「メリナ、あなたが世界平和を望むって本当なの?」
近付く前に尋ねられました。先程のデンジャラスさんとの殴り合いの中で私が叫んだ夢についてです。
「はい、もちろん。勝てば、デンジャラスさんにお願いします」
「その世界に諸国連邦も含まれますか?」
「含みましょう。お任せください」
私の答えを聞いてサブリナは健やかな笑みをした後に、静かに座りました。
私だけが立つ会場は静寂に包まれました。
「おぉ! 遂に優勝者が決定しました! メリナです! やはり、この女性は強いっ!! そして、最後は言葉だけで打ち倒す! 力だけではないことを証明してくれました!」
パットさんの絶叫が響きまして、遅れて歓声が轟きます。パン工房の方々がとても喜んでくれているのが分かりました。
さて、もう終わりです。戦いの中で多数の負傷者が出ているものですから、私は広域の回復魔法で完治させます。彼らはクラス毎に集められて、閉会の挨拶を待つのでした。
ようやく準備が完了したところで、即席の壇上に立つメンディスさんに呼ばれて、私もそこへと向かいます。先ほどまで戦っていた方々の眼が私に注がれました。
「皆のもの、今回の優勝者が、ここにいる竜の巫女メリナであることをナーシェル第2王子であるメンディスが認定する。この者が諸国連邦の民でないことを恥じる必要はない。このメリナ・デル・ノノニル・ラッセン・バロはブラナン王国の公爵ではあるのだが、今後は一生を諸国連邦に捧げる旨の勅旨をブラナン女王アデリーナ・ブラナンから受けている身であり、謂わば、我ら王の新しき臣民でもあるのだ」
……勝手なことを……。アデリーナ、その計画が如何に愚かなものであったかを思い知るが良い。
メンディスさんの演説が私の怒りを再燃させている中、メンディスさんが私に勝利の挨拶を促して来ました。
「皆様、お疲れさまでした。また、ご観覧のご家族、関係者の方々も、お忙しい中、お越し頂きありがとうございます。私達生徒の成長を感じて頂いたのではないでしょうか。さて、今回のクラス対抗戦にて私は確信しました。未来の諸国連邦を担う王族、貴族のご子息達の無限の可能性を。これは大変に誇って良いことだと思います。偶然と幸運が合わさって、私はここに立つ身となっておりますが、次回は異なるやもしれないと感じたのです。私、ブラナン王国ではかなり優れた人間だったのですが、諸国連邦の方々の中ではその才能が埋もれてしまうかもしれませんね」
いやー、スラスラとどうでも良い言葉が出てきますねぇ。成長を感じます。
しばらく私は諸国連邦の方々を誉めそやすことに費やします。上手く扇動しないといけませんから。
「さて、長らくお喋りしてしまいましたが、優勝者の望みをデンジャラス先生が叶えてくれると申しておりましたので、お願いしましょうか」
ジロリとデンジャラスさんを見ますと、厳かに頷かれました。
良し。行けそうですね。
「それでは、私は世界平和を願います。つまり、世界の敵であるブラナン王国女王アデリーナ・ブラナンを討つのです! さぁ! 討つのです!」
私の宣言の後、誰一人も物音を立てませんでした。
もう一回くらい強く言っておくかと息を吸ったところで、メンディスさんに背中を押されて壇上から下ろされました。苦情を言おうとしたら、すっごい勢いで睨まれました。
(ぎっくり腰なるものになってしまいました……。辛い……)