メリナの話術
またもやお説教部屋ですよ。全くどうして私はこんなに不幸なんでしょう。竜神殿でもアデリーナ様からちくちく小言を喰らったり、アシュリンに怒鳴られたり、私の周りには怒りん坊が集まって来ますね。
それで、今回は何故ここに呼ばれたかと言いますと、さっきのゴミ掃除の件です。
ゴミが二階から落ちたせいで、下にあった花壇を荒らしたのは凄く反省しています。美しい花が咲いていたのにごめんなさい。
「だからですね、さっきから謝っていますよね、私」
目の前のメガネババァに私は強く主張します。
「あなたの謝罪には心が篭っておりません! そもそも、クラスメイトを二階から突き落とすって、問題にならないはずがないでしょ!」
突き落とすって、両手で押し出すイメージですが、拳による突きでもそう表現して良いのか分かりませんね。
「でも、私がやった証拠はないんですが、聞いてください。あいつ、胸を出して『乳を見せてやろう。揉んでも良い』と言ったんですよ。マジ頭おかしいです。例えば夜道で出会ったんだとしたら、殴り殺されてもおかしくないですよ」
「ここは学校です」
「だとしたら、余計におかしいじゃないですか」
正論。私は正しい。間違いないです。
「そもそも王族の方がその様な低俗な物言いをされるはずがありません。貴女の国とは違うのですよ」
「ご自分でお聞きになれば信じますか? マジヤバイですよ。全身の毛穴がぶわって広がりますよ」
「ふぅ。全くブラナン王国の方は強気で強情ですね。それが目上に対する態度ですか? 貴族としてのマナーは身に付けておられないのですかね?」
その冒頭の溜め息は気負けし始めた兆候ですよね。
よし。更に押す!
「ここは貴族学院で立場に関係なく交流するって言っていたのに、あいつだけ、贔屓にされていましたよ。王家だから退学にされないって。私、ビックリしました。女子生徒に胸を出せって破廉恥もここに極まれりなのに、問題視しないって有り得ないです。この諸国連邦の未来のために、ヤツを駆除致しましょう。ブラナン王にもそう伝えます!」
ん?
もしも私が再度の退学になったとしても、サルヴァの愚行を言い訳にすればアデリーナ様も理解する可能性が有ります。
「それは不可抗力でしたね。よろしい。その様なキモイ国家は粉々に粉砕しましょう。最終兵器である巫女長を投入します」って。「そ、それはお止めください! 彼らにも慈悲をっ!」と私は答えると、それから「ご心配なさらず。全責任は私が負います。メリナさんはお疲れ様でした。聖竜様の下でごゆっくり愛をお語りになって下さい」と続くのです。ワンダフルです。
「そ、それはレジス先生の指導力の無さで御座います! 当学院とは何ら関係ありません!」
おっと、思考を戻さなくては。
なるほど。やはりアデリーナ様にまで話が行くと不味いと思ったか。くくく、戦闘で弱味を見せてはなりませんよ。
「私は退学でも構いません!」
ここで私はメガネババァとの間にあるローテーブルを握った拳で叩く。ダンッと真っ二つに割れました。少々、演技に力が入ったようです。構いません。そのまま続けます。
「でも、でも、私はナーシェル王家に忠実な貴族達がその王家の末端の愚者に虐げられるのは許せないです! 分かりますか、私が怒っている不条理をっ!」
いやー、本当に喋りがうまくなってますね、私。やはり場数を踏めば、人は成長するものです。
「あっ、そう。じゃあ、あなた、退学処分ね」
……あれ?
そう来ましたか。中々に冷静な人です。
「えー、残念です」
「えぇ、こちらも大変に残念です」
満面の笑みで言うとは、かなりの性悪ですね。でも、アデリーナ様がご理解するだろうとの確信から、私は余裕の面持ちで御座います。
仮に今、テーブルにティーカップがあれば静かに啜りながら、目を閉じるくらいの心境です。
まぁ、現状のテーブルはきれいに折れて、両側から谷みたいになって斜めに傾いていますけどね。
……はっ!!
アデリーナが理解するだとっ!?
私はとんだ勘違いをしてるのではないでしょうかっ!?
あいつの事です! 「退学までは分かります。それは許します。しかし、メリナさん、デュランから与えられた館を拠点に好き放題遊ばれた様ですね。食っちゃ寝の生活でしたよね。私の指示を覚えておりませんか? 貴族学院の生徒と交流しろと言ったのです。誰が殴り殺してこいと申しましたか?」って、長々と説教した挙げ句に折檻ですよ。
くそ。ちょっと偉いからって生意気です。
一ヶ月前もそうです。私が寮の庭で頑張っている蟻さんを応援していたら、アデリーナが働けと罵倒したんです。魔物駆除の仕事なんてアシュリン一人で十分なのに理不尽でした。あいつ、絶対、努力している他人を虐めて楽しむ最低な女です。
「やっぱ退学は無しで」
「はい? どの口で?」
チッ……。どうせ退学ならこいつの腸を引き千切ってやりますか。
一瞬では終わらせません。うーんと苦しんでから死ぬのですよ、あなた。道連れです。先に地獄で待っていなさい。
「ちょっとお待ちください、サンドラ副学長」
突然に扉が開きまして、現れたのはショーメ先生です。彼女はデュランからのスパイですね。
「サルヴァ殿下からの言付けです。『メリナに罪はない』との事です」
お前、外から部屋の状況を観察していただろ。
……ふぅ。うん、まぁ、私も熱くなりすぎました。ここらで矛を収めましょうかね。
「…………罪がない?」
「さすが拳王メリナさんです。拳の力で、サルヴァ殿下を矯正されたのかもしれませんね」
くそ。ショーメは絶対に拳王って言いたかっただけだと思います。
「……本人はどこに?」
「保健室で魔法治療中で御座います。急いで来て頂けますか。意識を戻しております」
ショーメ先生はすぐに戻りまして、私達もとりあえず立ち上がります。
「メリナさんでしたか? 私を甘く見ないことです。いずれ学校を辞めて貰います」
言葉とは裏腹に悔しそうな顔で、私は溜飲を下げております。
保健室なる部屋に入ると、サルヴァがベッドに横たわり、その傍らにショーメ先生とレジス、それから知らない女の人がいました。
服が汚れても良いように、白くて薄い布のマントみたいな物を身に付けておられまして、珍しい水色の長い髪が目立ちます。
その人のブツブツと呟く声の他に、バカの苦悶と浅い呼吸が聞こえてきました。回復魔法で治療中ですね。死ななきゃ魔法で全快なんですから、本当に大袈裟です。
私はボーと見ていました。窓の外を。今日も天気で嬉しいです。
あれ? 治らないね。
そういうスタイルの拷問が始まっていたのでしょうか。恐らく、そこの水色の髪の人も乳を狙われたのでしょう。その憎しみからですね。そんな印象を持ちました。
「ダメかもしれません。肋が折れて、痛みで呼吸が出来ないようです。骨を接ごうとしましたが、砕かれた破片はどうしようもありません。……すみません」
おぉ、素晴らしい切り捨て方です。そうであれば仕方ないと私も納得しました。
しかし、残念ながら、私はバカを復活させて証言してもらわないといけません。
近付きたくはないので、ここからで良いでしょう。
はい。そこのバカを回復させてください、ガランガドーさん。
小難しい言葉で詠唱した方がカッコいいんですが、私の魔法はこれだけ。ガランガドーさんが何とかしてくれます。
無詠唱であることを驚かれることも多くなって来ていましたが、詠唱句を覚えたい気持ちはあります。ちょっと、あれ、何だか憧れます。
サルヴァは穏やかな顔になりました。そのまま葬式に出せそうですが、残念、生きています。
「まぁ、意地悪は止してください。でも、さすが、ベラ先生ですよ。先日のレジス先生と同じように口では無理と言いながら、ちゃんと治してくれますね。ありがとうございます」
はいはい。些細は良いとして、私の無罪をサルヴァに証言させなくてはいけません。
「大丈夫でしたか、サルヴァさん。私に席を譲るために、机を抱えて窓から外へ下りるって、とってもビックリしましたー」
分かるだろ? 私は皆の背越しに睨み付ける。
「お、おう……。心配してくれて感謝する、巫女よ」
ちゃんと自分から机ごと落ちたと言ってくれました。ただ、私を巫女と呼ぶのが、若干、いや、かなりキモいんだけど。
これで終わりでは御座いません。私にはまだやり残した事があります。副学長とショーメ先生が喋っている隙を突いて、サルヴァに近付き、耳元に口を持っていって囁きます。色々と我慢です。
「おら。今から命令することを実行しろ」
「な、何だ、巫女よ」
「副学長に『乳を見せろ、味見をしてやる』と言え。質問には答えん」
そうです。副学長もその恐怖を知れば、私の気持ちが理解できるだろうと考えたのです。
「し、しかし、王と天――」
「知らん。天は砕いて、王は殺せば?」
「……ゴクッ」
お前、昨日までの勢いで言うだけだろ。早くしなさい。
「レジス教官、とても気持ち悪い予感がするので帰ります」
「あ、あぁ」
私は先に保健室を出ます。
副学長の驚きの声が聞こえて、実行したことを知ります。
満足した気分で教室に置いたままのお弁当を回収して、昨日の山で美味しく頂きました。ここをメリナ山と名付けたいくらいに気に入っています。お弁当も美味しい。
メリナの日報
好きな食べ物は「人間の肉」じゃなくて、「お前達だっ! グハハハー、食らえ、デスビーム! ビビビー」なら盛り上がったかな。
次は外さないもんね。