パーティの終わり
凄いです。まだ闇の住民どもの踊りは続いています。いえ、火が真ん中にあるから明るいんですよ。でも、動く人影はまるで悪魔のようです。皆さん、踊り狂っていますね。ラインカウさんの17歳の誕生日を祝う垂れ幕も、いつの間にか火の中に投げ込まれていました。
「……メリナ嬢、一体、これはどういった状況なのか?」
オリアスさんです。扉を開けた瞬間に異様な雰囲気に負けて退出されたのですが、考え直して果敢に戻って来られたのです。私なら帰宅していますよ。
「ラインダンスですよ。知らないんですか?」
「……俺の知識とは大きく違う……。最新のダンスなのだろうか。何分、こういうのは疎くて。危うく放言して恥を掻くところであった。感謝する、メリナ嬢」
「いえ。どう致しまして」
オリアスさんは頭が弱いので、適当にあしらえますね。
「メリナ、殿下には正直に言っても構わないと思いますが」
うわぁ、サブリナは良い子ぶりますね。ダメですよ、そういう所がダメだって何回言わせるんですか。
正直に言ったら、あのダンサー達全員が気分を悪くされるんですよ。だったら、オリアスさんを誤解させた方が被害が少ないんです。こんな簡単なことも分からないんですかね。
「しかし、もう良い時間であろう。あの踊りはいつ終わるのだ?」
そうですか。オリアスさんも忙しい中で来てくれたのだと思います。ならば、あの狂乱を止めましょう。
私は楽団の近くに向かいます。打楽器以外の奏者は既に踊りの輪の中に入っておりますので、人数は少ないです。
「リズムアップしてラストスパートですよ」
私の言葉に応え、ズンダカダンがズンダダダンに変わり、更に最後はズタダタダタダになりました。
ダンサー達の動きも激しくなっていますが、突然の転調、ダン、ダン、ダッダッダンで察せられ、皆で一際高く跳ねた後にポーズを思い思いに決め、そのまま静寂となりました。
乗りに乗りすぎてヤバイ。私が伝授したとは言え、この短時間、且つ、ぶっつけ本番でこの一致団結した動作が出来るとは諸国連邦の貴族、恐るべしです。
照明が付くと、皆さん、爽やかに額の汗を拭っておられました。火は危ないので、私が出した魔法の氷で消化しております。また、力尽きて倒れる人も多数で、回復魔法も使いました。
席に戻っている私の傍へラインカウさんがやって来ます。
「メリナ閣下、感謝致します。ここまで体を動かしたのは久しぶりで、色々な悩みが吹き飛びました」
笑顔です。一点の曇りもなく笑顔です。
「良かったです。末代まで今の踊りを大切になさってください」
「ブラナン王国との友誼の証として、勿論、私が責任を持って、そうさせて頂きます」
……絶対にこいつをアデリーナ様の前に出してはいけないと瞬時に判断しました。私の出任せを真面目な顔で言い放ち、アデリーナがニヤリと私に向けてキモい笑みを浮かべる事が確定したからです。
「おぉ、オリアス。来てくれたのか」
オリアスさんに気付いたラインカウは親しげに話し掛けました。
「あぁ。遅れてすまなかった。……ラインカウ、少し気が晴れた様子だな」
「まぁな。詰まらぬ事とは言わないが、俺は色々と執着していたんだろう。エナリースにも謝らないといけない」
「そうか。それは良かったと思うぞ。最近のお前は自分を見失っているように見えたが、今は目に力を感じる」
「……ふっ、踊りを止めるとな、殺されると思ったんだ……。だから、息が切れても、疲労で足が上がらなくても、涙や汗で前が見えなくても、俺たちはやり遂げた。知っているか? 体力の限界を越えると、光に包まれて、全ての苦がなくなるんだ。あぁ、まるで、神に愛され、その腕に抱かれたような恍惚。あれが生の喜びなんだろうな……」
うん、完全にイカれたんですね。もう説明しなくて良いです。
「成長したのだな。また友人として宜しく頼む」
「あぁ」
2人は握手をして友情を確かめます。青春ぽくて、凄くむず痒いです。
そして、ここで大きな扉が静かに開くのが見えました。
お酒様と竜のお肉ですっ! もとい、執事の方ですっ! しかし、手ぶらなのが気になります。命を賭けてでもお肉を入手すると言ったのに、なんて有り様でしょう。万死に値すると私は思いました。
「メリナ閣下、アバビア公爵家のご威光は陰ることなし。このヒューバート、ご用命を果たしました」
おぉ! やはり出来る紳士ですよ、彼は!
ベセリン爺に通じるものを感じます!
「大ホールにて調理を開始しております。ご案内致します」
うふふ、涎が止まりません。早く向かいましょう。
「ヒューバート、よくやってくれた。父に代わり、その大任の労を犒らおう」
「……ラインカウ坊っちゃん、一皮向けられたご様子で。これはもう、明日からはラインカウ様とお呼びせねばなりませぬな」
「神に抱かれたからな。……死の恐怖の先を知れた」
怖いですよ。お前は恐怖に耐えきったみたいですが、今度は矛先を変えて、私に恐怖が襲ってきています。気味の悪い発言はここまでにしなさい。
ということで、執事の人を急かしてお酒様と竜の肉が待つ場所へと足早に向かいました。
先導する執事の人の後ろを先程の会場にいた全員がぞろぞろと行列していくのです。散歩に出た孤児院の子供達みたいに思えました。
さて、新しい会場は先程の誕生パーティ会場よりも広くて豪華で、この公館で一番良い部屋に思えました。白黒の敷石が交互に並んでいたり、窓枠にも細かい装飾が入っていたりと贅を尽くした感じで御座います。
そこに私達は入って行ったのですが、既に多くの客も来ております。執事の人が公爵家に繋がる関係者を急遽集めたそうです。
その先客の中にエナリース先輩とアンリファ先輩もおられました。エナリース先輩はピンク色のドレスでして、髪飾りも大きな宝石の付いた物で気合いを感じます。
もしも先輩が先輩でなければ、「交際を断るのに、男の気を惹くような格好をするな。淫乱か」と、私は突っ込んでいたでしょう。
エナリース先輩は他の方の邪魔にならないように壁際に移動します。そこへ目掛けてラインカウさんがしっかりとした足付きで向かいます。私も成り行きを見守る為に付いていきます。
「エナリース、来てくれたのか。……正直、嬉しいぞ」
ラインカウさんはそこで言葉を止めました。そして、2人の間に沈黙が続きます。何故かエナリース先輩の横にいるアンリファ先輩がドギマギしていました。
「しかし、すまなかった。お前に相応しい男にはなれていない。身を引こうと考えている。お前の未来に祝福を祈る。とはいえ、今日のパーティは楽しんで欲しい」
アンリファ先輩の顔が明るくなりました。
そして、エナリース先輩が遂に答えます。
「ごめんなさい! ラインカウ様とはお付き合いできないです!」
ん? 私はサブリナに先輩が追い討ちをした意味を確認したくて振り向きます。その間にも2人の会話は続いていました。
「あ、あぁ。そうだな。すまなかった、エナリース。お前から断る必要はない。今までのことは俺の非礼だ」
「私、婚約者がいますし、ラインカウ様は強引な所が余り好きじゃないので、ごめんなさい!」
「分かった、エナリース。十分に分かっている。友人として、これからはお前を見守り、力を貸すことになるだろう」
「お誘い、次からは断ります! どんなに言い寄られても私の気持ちは変わらないです」
「落ち着け、エナリース。それで良い。もう良いんだぞ……?」
「お父様やお母様とも相談しました! もう学校を辞めても良いと言ってくれました」
「いや、なんだ……その、そこまで追い詰めさせて申し訳ない。ご両親には私からも謝罪しておこう」
ラインカウさんの済まなそうな態度や言葉なんざ、一切考慮していないですね。
困惑の中、サブリナが私の巫女服を引っ張って来ました。そして、私だけに囁きます。
「耳栓。エナリース先輩は耳栓をしています」
っ!? 本当だ! ラインカウさんとの会話が全く繋がらなかった訳はそこですか!?
エナリース先輩、社交を大切にされるという貴族として、その行為は許されるのですか!?
サブリナが近寄って耳栓を取りまして、エナリース先輩は落ち着きを取り戻しました。
ラインカウさんは再度の丁重に頭を下げた謝罪をしてから、オリアスさんを連れて離れていきました。
ずっと続いていた悩みが解決したエナリース先輩はお昼よりも素敵な笑顔で、私達に話し掛けてくれます。
「良かったぁ。もっと脅されるかと思ったんだよ。アンリファの『耳栓をしてるから、聞く耳は御座いません作戦』がとっても効いたね」
「うんうん。でも、やっぱり一番はエナリースの勇気だよ。私、感動したよ」
「もぅ、私は足が震えていたんだから、助けて欲しかったよ、アンリファ」
生暖かい会話をされていますが、私はチャチャを入れません。アンリファ先輩が言うように、エナリース先輩が自分よりも立場が上の人に断りをしたことは立派だと感じているからです。学院の生徒は出身と関係なく平等だと副学長は言っていましたが、実際にはそんなことは有り得ません。エナリース先輩のように武力を持たない方は、卒業後の事や両親の関係を考えたら、うまく立ち回る必要もあったでしょう。私がアデリーナ様に逆らうようなものです。
さて、私の興味は次に移ります。
竜のお肉では御座いませんよ。それは既に執事の人からお皿に分けて貰っていますから。エナリース先輩とラインカウさんの会話の時からモグモグしていました。肉汁がジューシーで美味しいです。
「マールデルグさんはいらっしゃいませんか?」
「そうだよ、エナリース。可愛い後輩に紹介して上げなきゃ」
「えー、照れるなぁ。でもね、メリナ、私のマールデルグ様を取っちゃダメだよ。うふふ、どこにいらっしゃるかな?」
エナリース先輩は嬉しそうで、私も楽しみになります。
「あー! あそこだよ、エナリース」
アンリファ先輩の指す方向を私もサブリナも見ます。
「あれ? 執事の人ですか?」
「その人も素敵な人だけど、違うよ。その横」
「でも、あれ、ショーメ先生ですよ」
なお、兄である剣王の戯れ言のために、サブリナはショーメ先生に敵対心を持たれていました。今、スッゴい鬼の表情をしているかもしれませんので、彼女の顔は視界に入らないようにしています。
「もぅ、メリナはわざと焦らすのね」
「ほら、その後ろでお皿の料理を取ろうと背伸びしてる人がエナリースの婚約者のマールデルグ様だよ」
……子供だ。10歳くらいの男の子です。あれに恋愛感情は湧かないだろ……。
「あの足がブルブルしている姿から必死さが伝わってくるよね、エナリース」
「きゅんとするね」
「マールデルグ様は果報者だよね。私もあんな殿方が――」
「すみません、喉が渇いてきたので失礼しますね」
うん、他人の趣向は理解できませんね。もうどうでも良いです。あんな子供相手ならラインカウさんも冗談だろと思ったのかもしれません。……いや、わざわざ、自分の誕生パーティに呼んだんです。どうするつもりだったんでしょう。大人気ないですよ。
さて、その後は最上のお酒様を巡って、ショーメ先生と夜な夜な死闘を繰り広げたのでした。
メリナの日報
ショーメのヤツ、許しません。
館の外にお酒様を人質、いえ、酒質に取って私を誘きだし、その上で川に流すなんて!
竜のお肉では水分が足りないのですよ!
アデリーナ様、すんごいお仕置きをショーメにお願いします!
ただ、竜のお肉を用意したらしいので、それに免じて命までは取らなくて結構です。慈悲をもって、四肢を折るくらいで勘弁してあげてください。忠実なる僕であるメリナの切なるお願いです。