念願の自己紹介
レジスの横に立ち、私は見回しします。
何個かの空席は除いて、頭の頂点しか見えないのが不思議です。照れ過ぎですよ。そんな状況なので、ヘアスタイルや服装からしか判断できませんが、男女の比率は同じくらいです。
この貴族学院は貴族の子息が将来のために一生の友を見付ける場ですので、もしかしたら、生涯の伴侶をも見出だす場になっているのかもしれません。だから、男女比率を意図的に合わせているのだと推測しました。
あっ、あのバカ、サルヴァだけは顔を上げていますね。でっかい体が小さな机に合っておらずで余計に目立っていますし、私を見ながら何だか満足した顔でうんうん頷いています。バカは相手にしてはいけませんね。
なお、取り巻き二人は見当たりません。
「よし。朝の会を始める前に転入生の紹介だ。皆、ちゃんと前を向け」
教壇の真ん中に立つレジスが言いました。私はその横に凛として立っております。
「一昨日、昨日と少しだけ見ただろうが、こいつはメリナだ。ブラナン王国からの留学生だが、気兼ねはするなよ。野蛮なブラナンの連中でも、いきなり襲ってくることなんてないからな」
この私が野蛮な訳がないのですが、王国に対する偏見は少し気になりました。
「これまでに学校に通ったことはないって事だから、皆、色々と教えてやってほしい。宜しく頼む。俺たちの新しい仲間だ。歓迎してやろう!」
レジスは熱っぽく語りました。
昨日、あそこに座るバカに妹の乳で脅された人間には見えません。
きっとサルヴァをぶち殺したいくらいに憎んでいるでしょう。しかし、その感情を跳ね退けて、私の紹介を凄く頑張っているんだなと思いました。素晴らしいです。大人です。褒め称えてあげましょう。
「それじゃ、メリナ、自己紹介だ」
うむ、遂にこの瞬間が来ましたね。2日遅れです。本当、アデリーナの言う通りにしたばかりに、大変な時間の浪費をしてしまいましたよ。あいつの口癖である「あなた、処刑です。処刑」と今度言ってやりたいです。
しかし、今は目の前の仕事を片付けましょう。
「はい。メリナで御座います。さぁ、私に注目で御座いますよ。お顔をあげましょう」
私の呼び掛けに徐々に応えるクラスメイト達。うんうん、素直で良いですね。
「王国の街シャールで竜の巫女をしておりました。王命で留学してきまして、ここでも日々精進して、より立派な人間になりたいと思いますので、宜しくお願い致します」
完璧。
この上なくパーフェクツ!
生まれて初めての出来事かもしれません!
私、ちゃんと成長していますっ!
高揚した私はサービス精神が出てきました。
「はい。それでは質問コーナーです。皆さんからの質問に何でもお答えしますよ。では、あなた、そこの細い顔の少年! 私に質問しなさい」
最前列の廊下側端っこの少年を指名致します。
「えっ、えぇ?」
「早くなさいっ!」
「え、えーと、歳は何歳ですか?」
……ふぅ、困ったものですね。
私に興味津々なのでしょう。いきなり歳を聞かれましたよ。答えは16歳ですが、レディーに歳を尋ねるとは子供ですね。
「秘密です。はい、次、あなたっ!」
その横の女の子を指差します。体がビックゥてなりました。すみません、大きな声を出してしまいましたね。
「……好きな食べ物は有りますか?」
お前も子供かよ。幼稚だし、貴族がするような質問じゃないですよ。その答えを知って、お前は毎日、私にその食べ物を供えるのですかね。
さて、お肉が本当の回答ですが、しかし、私は場を盛り上げる才能も有るのです。それを見せましょう。そして、今の娘の失態を挽回してやるのです。
「人間です。二の腕とか美味しいです。グハハハー」
………………。
……うわっ! 滑った!!
教室がシーンって、静まり返りましたよ!
質問した女の子が泣きそうです!
そして、私も泣きそうですっ!!
は、早く次に行かなきゃ!
「はい! 次! 隣の賢そうなあなたっ!」
教壇の真ん前、賢そうな髪型、つまり、髪の最前戦が後退しつつある男を指名します。
「……何か自信のある事はありますか?」
おっ!
いいねぇ! さすがハゲ! 賢いっ!
そういう私の内面を知ろうとする努力は評価高いですよ。
「愛です。私の聖竜様への愛は誰にも負けません。聖竜様の為なら、全人類を殺すことも厭いません」
今度も教室内に沈黙が走ります。
しかし、これは先程と違い感銘を受けた証でしょう。
あっ、しまったなぁ。
愛もそうでしたが、脇と下腹部の毛をちゃんと処理していると言えば良かったです。あー、折角の自慢のチャンスを逃してしまいました。皆さんは生えるがままでしょうが、私は万全です。
きっと、そこの大人しそうな読書好きっぽい女の子も下も脇もボーボーなんです。ちょっと微笑ましいです。無知って怖いですね。半年前の私、恥ずかしいです。
その後も次々と質問に答えていきます。
「夢は御座いますか?」
「はい。聖竜様と二人きり、いえ、二匹きりの地上の楽園を作りたいです」
「……ひ、人を殺したことがあったりとか?」
「はい。5人、いや、もう少し、いや、あー、数えてないから人数は分からないです。あっ、もちろん、正当防衛ですよ」
「な、な、何か苦手な物は、ご、御座いますか?」
「難しいですねぇ。あっ、魔法詠唱は苦手です。だから、いつも無詠唱なんです。あと、負けるのは苦手です。負けるくらいなら死んだ方がマシですが、死ぬのは嫌なので、勝つまで食らい付きます」
「どうしてレジス教官を殴ったんですか……?」
「へ? 殴ってませんよ? ねぇ、教官?」
「あぁ。何を言ってるんだ?」
「ほら。……おかしな事を言ってると、ポカッてあなたを殴ちゃうぞ」
羽のように軽い私の冗談に質問者の男子か震え上がったのは、大変に乗りが良くて好ましいと思いました。
「よし、メリナ。そんなところで良いだろう。お前の人となりは皆に分かって貰えたと思う」
そうですか? もっと楽しみたいのに残念です。
「俺から補足な。皆と違って、メリナは既に貴族の当主だ。だが、クラスメイトには違いないのだから敬う必要はない。向こうの王様もその旨で公証書を出されている。メリナも庶民っぽく振る舞っているだろ?」
そうなんですよね。実は私、公爵なんです。両親ともに森の中の村に住んでいて、どちらかというと賎民に近いのですが、アデリーナ様が王様に就任した時の混乱に乗じて、私も一代公爵に任命されたんです。
どこかの街の統治者になっているみたいですが、他人に任せているので、全く実感がありません。
一代公爵の意味もよく分かっていなくて、たぶん、子孫に継承できない爵位なんだろうなって想像しています。偉くはなさそうです。
「メリナの席だが――」
「そいつは俺の隣だ」
サルヴァのバカが私に横へ来るように指示してきました。側頭部に拳をめり込ませて欲しいのでしょうかね。
「メリナ、いや、竜の巫女よ」
偉そうに。何様のつもりなんでしょう。
「お前に気付かされ、俺は昨日一日考えた。心を入れ換えよう。クラスの皆よ、済まなかった。二度と『乳を見せろ。味見させろ』とは言わん。王と天に誓おう」
絶句です。それ、自ら傷口に塩どころか毒を塗ってますよ。誓われた王は大変に迷惑だと思います。でも、その王がアデリーナ様の事なら大変に面白いので歓迎かもしれません。
「そ、そうか。サルヴァ、お前の気持ちは分かったが、今はメリナの席の話だ」
ほら、レジス教官も怯んでおりますよ。
「そうです、バカ野郎。私の席に勝手に座っているんじゃありません」
私は窓際の一番後ろが良いと最初から思っているんです。なのに、何故にお前が座っているのか不思議でしたよ。
私はツカツカとヤツに向けて歩きます。
「ふっ。俺は自分の愚行を悔いている。何と恥ずかしい言動をしていたのかと。詫びとして、これからは自ら乳を出す。揉んでも良い。まずは巫女、お前からだ」
…………歩きながらも耳を疑いました。
何たる挑発と侮辱でしょうか。アデリーナ様が私に向けた数々の悪行と比較しても遜色のない、いえ、気持ち悪さでは断トツです。
おい、こらっ!
服を捲し上げようとするなっ!
急がないといけない理由ができたのもあり、早速、近寄った目的を実行します。
私はヤツが座る椅子の裏を爪先で蹴り上げる。軽々とサルヴァごと宙に浮かんだそれに対して、続けて正拳突き。
全開だった窓の外へと放り出しました。ゴミを排除です。
死んではいないでしょう。精々、肋骨が数本逝ったくらいだと思います。
これは慈悲です。一応、反省の態度を見せていたのだから。
振り返ると、レジスと視線が合います。お互いに戸惑いしかありません。
「あっ、すみません。私、クラスを変えてもらいたいんですけど可能ですか? マジキモいんで」
「……俺だって変えて欲しいんだ」
レジスの心からの言葉が聞こえました。
「私もです!」
「ぼ、僕も!」
今までの不満が溢れたのでしょう。クラス中が大騒ぎとなりました。