因縁
扉を開けると、少しの木々と枯れ葉が積もった地面が目に入りました。敵はその部屋の真ん中に陣取っていて、こちらを見据えています。
がっしりした体格の半裸の男でして、見えている上半身の筋肉は鍛え抜かれて色んな凸凹が気持ち悪いくらいに目立っていました。
半裸なのが上半身で良かったです。下半身なら即座に処刑でしたね。
「てっきり、ここにもヤナンカが居るのかと思っていましたが、あれがビャマランですか?」
ショーメ先生に尋ねたのに答えたのは前方の敵でした。
「如何にも、俺が蘇芳のビャマランだ」
発達した筋肉に日焼けした肌も合わさって、一見はパワータイプの格闘家にも思えますが、人々を操る魔法を使える程の魔力も持った男です。中々の強敵だと見なしましょう。
デンジャラスが私達より一歩前と出ます。踏み締めた枯れ葉が鳴きました。
「ビャマラン。お久しぶりです」
「これはこれはクリスラ様。何たる格好をされておられるのですか。聖女であったのに、晩節を自ら汚されるのは痛ましいですな」
「聖女を軽んじる今の暗部の者にしては殊勝な言葉です。安心なさい。中途半端な姿ですが、近々、舌ピアスと全身入れ墨を入れる予定です」
いや、今より汚してどうするんですか……。
「暗部は、聖女無しでデュランをどう導くつもりですか?」
「王国の体制が変わった為に、我らも変革する必要があると言うのが頭領の意思です。王都タブラナルは没落し、新たな王都としてデュランが栄えるのも悪くありますまい」
デンジャラスはゆっくりと歩んで行きます。対するビャマランは構えもせずに突っ立っていました。
「その新たな王都に聖女は居ますか?」
「それは頭領のみが決めます」
「あなたの中では?」
「暗部は頭領の意思が最優先です故」
二人の間合いが徐々に詰まっていきます。
「ビャマラン、あなたは何らかの魔法でデュランの民を操っておられましたね?」
「聖女を敬わない者を無くすためです」
「心内の真偽は別にして、それは聖女を愚弄する考えだと私は指摘せざるを得ません」
元聖女であるデンジャラスの格好は良いのか、それは品性を貶めるのではないのかと思いました。しかし、彼女自信は一点の曇りもなく、自分の姿に疑念がないようです。それが怖いですね。
「そして、良いように孤児を利用していましたね?」
「孤児院に勤めておられたクリスラ様ならば、そこを疑問と思われぬはずですがな。ご成長されましたな」
「その言葉、私にも同じ術を掛けていたと解釈致しました」
デンジャラスは静かに返答をしながら、足下の枯れ葉達を踏みます。
そして、一気に速度を上げビャマランの懐に入ります。
数度の殴打。
しかし、相手も優れた遣い手なのでしょう。ヒットはしましたが、大きく後ろにジャンプして躱されました。二人の動きで生じた風で落ち葉が舞います。
「古来からの風習で御座いましょう。デュランの歴史は多くの人々の犠牲に成り立っております」
「自らの意思による献身でなく、他人による贄であったならば、彼らの気高さを否定することになります」
「だからこそ秘匿されていたのですがね」
「……承知しました、ビャマラン。言葉では貴方と相通ずることはないでしょう。後は拳で語りましょう」
拳で語り合うとか、発想がマジで野蛮ですね。
「クリスラ様は変わられましたな。後ろのシャールの娘の影響ですかな。忌々しいと頭領は表現しておりましたぞ」
デンジャラスが動きます。同時にビャマランの後方の落ち葉が燃え上がります。デンジャラスが得意とする透明な火炎魔法です。それが、枯れた葉に引火してそう見えたのでしょう。
敵の後退を遮断したデンジャラスの拳はビャマランの胸に入ります。それを意に返さず、彼は反撃を試みてデンジャラスの顔面を殴りに行きました。
寸前で頭を振って躱し、デンジャラスはがら空きの脇腹へ外側から一撃を喰らわしました。
「ガハッ!」
堪らず、ビャマランが口を開けて空気を漏らします。
追撃のチャンスです。しかし、デンシャラスは動きませんでした。逆に距離を取ります。
口許を吹いた後、ビャマランが喋ります。
「暗部にとって毒は日常茶飯事なのですが、表しか知らぬクリスラ様は慣れておられなかったのかもしれませんな」
……毒? どのタイミングで?
「眼が痛むでしょうなぁ。ご安心くだされ。じきに意識も失いましょう」
眼か。ならば、あの「ガハッ」の時ですね。唾に含んでいたと思われます。
「ショーメ先生、解毒魔法を行きましょうか?」
「デンジャラス様の勝利を信じてお任せましょう」
うむ、ならばそうしましょう。戦闘中の他人の下手な手助けは用意した策を潰すことも有りますからね。
「デュランはマイア様を崇める街。そして、聖女とリンシャル様が民を導く街。クリスラ様、聖女だけではないのです。しかし、リンシャル様は聖女にしか会わない。何故でしょう?」
それは転移の腕輪でしか行けない空間に存在していたから。
デンジャラスは答えません。
「実在しないのではないのでしょうか。聖女の幻想、または偽り。そんな所でしょう。実際に暗部はリンシャル様の名を借りて暗躍してきた事実があるのはご存じですな」
「愚かな……。教義を否定するとは……教会の裏にいる者としても罪でしょう」
デンジャラスは静かに答えます。
「我慢強いですな、クリスラ様。並みの人間なら、痛みで七転八倒するというのに」
「私の子達を思えば何てことは有りません」
「終わらせて差し上げますかな。それが偉大な聖女であった貴女への手向けとなりましょう」
ビャマランが初めて一歩前に出ようとした瞬間に、デンジャラスが大きく息を吐き出します。次いで、体中から魔力が放出されました。
気合いなのか気負いなのか。息を整える効果は有りますが、体内の魔力が減るので余り良い手ではないと思います。
しかし、現れたのは魔力の光で輝くデンジャラス。
闘気ってヤツです。歴戦の優れた戦士のみが纏う強者の証し。アシュリンさんも出来るので有難味は全く御座いません。
「聖女を辞めて正解でした。ここまで暗部が腐っていたとは思っておりませんでした」
「腐ってはいませんかな。叡知に向かう合理を突き詰めただけ。綺麗事だけでは世は進みませぬ」
「ほざけっ!! お前の合理に私の子達は殺されたのか!?」
暴れん坊の格好をしているデンジャラスは、しかし、今までは昔と変わらぬ丁寧な口調でしたが、心の叫びが口から飛び出したのでしょう。
消えるデンジャラス。速度が速いのでは有りません。魔法による転移です。無詠唱での転移魔法をデンジャラスが使用した事実に私は驚きます。聖女決定戦で私と対戦した時も見せなかった技でした。デンジャラスの切り札なのでしょう。
転移先はビャマランの懐。
連打を剥き出しの胸に打ち込みます。が、勝つには軽い! 私なら今ので貫いて絶命させることができたでしょう。
ビャマランは下がりますが、後ろの炎の熱を感じたのか止まります。そして、デンジャラスの追撃を予期して腕を上げます。防御体制でしょう。
そのガードの上からも執拗に叩くデンジャラス。鉄器を拳に装着しているため、ビャマランの腕に血が滲んできます。しかし、十発くらい撃ったのに致命傷は与えられていませんでした。
遂には動きに慣れたビャマランが器用にデンジャラスの腕を取る。それだけの実力が彼にはあったのでしょう。
「気は済みましたかな、クリスラ様。往時の破壊力は無かったですな。もう毒が全身に回りましょう」
「貴方が勝てると思わせてあげたのですよ。慈悲です」
デンジャラスは再転移。場所はビャマランの背後、燃え盛る落ち葉の近く。いえ、片足は炎の中に有りますので、革ズボンを履いているとは言え、熱いと思います。
そこから、一気に心臓の裏を狙っての拳を放ちます。ビャマランが吹き飛び、螺旋に巻いた魔力の光を腕に纏ったデンジャラスが見えました。
静かに拳を合わせ、眼を閉じて勝利に感謝しているようでした。いえ、もしかしたら、デンジャラスが子と表現する孤児院の子供達の冥福を改めて祈っているのかもしれません。
「デンジャラスさん、解毒魔法を唱えますね」
「結構です。転移の際に体外に放出しました」
……そんなマネが出来るのですか。
「さてと。まだ終わりでは有りません」
まさか……。
デンジャラスは予想通り、もう動かないビャマランを仰向けにした後に、その上に馬乗りし、顔面を殴り始めました。もう勝負は決着しているというのに……。
「止めなくて良いんですか、ショーメ先生?」
「オリジナルの蘇生術なのかもしれませんね」
「えぇ!?」
「嘘ですよ、メリナ様」
「分かりますよ。冗談でも、あれを蘇生と言える先生の性根にビックリしたんです」
「お褒め頂き感謝します」