仕切り直し
メイドさんに連れられて職員室に向かいます。
彼女の歩く後ろ姿は、背筋も伸びていて綺麗ですね。穿いている灰色のスカートも裾が広がらないタイプでして、出来る女っぽいです。そして、目立つのは白いシャツに仄かに浮かぶ黒い乳当ての紐。セクシーです。
風格の割に童顔の彼女なのですが、それも合わさってアクセントとなり、とびっきり破廉恥な気がします。
私の服は神殿の同僚の親がやっている服屋から支給されています。薄給の私には到底買えない品質のものが無料なのは大変有り難いことです。
しかしながら、おパンツはやって来るのに乳当ては見たことが御座いません。巫女には格別の贅沢品だという判断なのでしょうか。
しかし、メロンとも形容される別の同僚のシェラがおしゃれ乳当てを身に付けているのは知っています。あんなには大きくないのですが、私だって付けてみたいと思うのは、おしゃれ乙女としては当然の事だと思うのです。無地の肌着もそれなりの贅沢品だとは思いますが、やはりレディーにはおしゃれ乳当てですよね。
見せ付けたい訳じゃなくて、見えないところにも気遣っている自分が好きなのです。
そう、ちゃんとボーボーの処理をしている様に。何気に脇も剃っている私はシティガールです。
「メリナ様、じっと私を見られてどうしましたか?」
振り向きもしないのに、メイドさんは私に不躾を指摘します。
「あっ、すみません。下着が透けて見えているのでやらしいなと思っていました」
何だか恥ずかしくて、羨ましい感情は伝えませんでした。
「殺されるのかと思いましたよ。これはですね、殿方へのアピールなんです。こんな簡単な事で、結構、殿方は便宜を取り計らって下さるようになるのですよ。単純で御座いますよね」
この人、腹黒いっていう表現に当てはまらないですね。簡単にその黒さを見せて来ます。少しくらいは取り繕いしたらと思います。
「そういえば、メイドさん。何とお呼びすれば良いですか?」
「今の名前はフェリス・ショーメです。初対面ということで、ショーメ先生とお呼び下さい」
今の名、か。幾つか偽名があるんだろうなぁ。スパイですもの。私も他の名前とか欲しいです。
「大変に失礼ながら、他人の前では私はメリナ様の敬称を『さん』にさせて頂きますね」
「えぇ、了解です」
さて、テクテクと歩く中、私はふと気付きます。このナーシェル諸国連邦はデュランの西部に有ると聞きました。場所も知らされずに留学に出された現実に戦慄しましたが、それ以上に気になることがあります。
「ショーメ先生、このナーシェルはシャールの西にある国と一緒ですか?」
「いいえ、違いますよ。あちらは王国に対抗できるほどには国力が御座います」
「良かったです」
「どうか致しましたか?」
「いえ、昔、知り合いのおっさんが戦争で捕虜になって、無理矢理お尻を掘られたっていう話を思い出しまして、そんな国なら滅んでしまえと思ったわけです。怖いですよね」
スラリとした美男子とか美中年とかでなく、むしろ恰幅の良いと表現した方が良いゴツくて、むさいおっさんに突っ込んだのです。
聞いた時はビックリしましたよ。絶対にその国には近寄らないと決意しましたもの。
そのおっさん、ヘルマンさんと言う軍人さんなのですが、彼は剣に刺されたみたいなものだと豪快に笑っていましたが、本当にお気の毒でした。
でも、まぁ、何にしろ、ここがその国でないのであれば一安心です。
「無防備な相手に、突然、背後から背骨を砕く少女も恐怖かもしれませんね」
「常在戦場という言葉が有りますよ? 私、その言葉が好きです。ほら、レジス教官はそれを体現して、生徒に教えてくれたのです」
「メリナ様は速戦即決で御座いますからね。しかし、まさかダメなお手本にされるとは彼も思わなかったと思慮致します」
「えー、昔、ショーメ先生も私にナイフを投げてきましたよ。急所へ同時に三本で殺意満載でした」
「そうでしたか? 覚えておりません。そうであれば、謝罪します。あれ? それ、あの時にもう謝罪済みの気がしますよ、私」
軽口を叩き続けていたら、いつの間にか、私達は職員室に着きました。
私は別室で待機します。
やがて、ショーメ先生がやって来ました。
「メリナ様、入学おめでとうございます。レジスさんの『殴られた記憶が本当にない』との証言が決め手でした」
やった!
遂に私、学生さんになったのですね!
目標達成です! 明日からは登校しなくても良い気になってきました!
「もう卒業みたいなお顔をされていますね? 暗部の人間としての職業柄、私は人物分析が得意なので御座いますが、メリナ様は欲しいものを手に入れると、途端に興味を無くすタイプで御座います。また、欲求に素直なダメ人間ですので、お気をつけください。学校に来なくなる未来が見えます」
っ!? 私を獣みたいに言った!?
お前、一瞬とは言え、聖女だった私に吐いて良い言葉では御座いませんよ!
言うならば、元上司ですよ!
それを社会の落伍者みたいに蔑むなんて!
弱肉強食という社会の常識を鉄拳制裁で学びたいと申しているのですか!?
「メリナさん、もうそろそろ授業が始まります」
「はい。ショーメ先生。ありがとうございます」
互いに話のトーンを変えます。「さん」付けは他人が入室してくるという合図だと私は察しました。
粗暴な性格だと勘違いされたら、また退学に戻ってしまいますからね。
「すまなかった、メリナ。急に俺が倒れたから入学の手続きが出来ていなかったみたいだな」
担当教官であるレジスです。
「いえ、構いません。大変でしたね、教官。私、何事かと心底心配致しました。では、改めて皆への紹介をお願いします」
私は彼について部屋を出る。
教室に入ると、初日と違って静かです。
クラスメイトの皆さんは、レジスと共に入って来た私を見た瞬間に、一斉に目を伏せました。
私の気品が眩しすぎたようです。貴族のパーティーに出席した時と同じですね。
そんなに恥ずかしがらずに良いのですよ。私も普通の人間です。ほぼほぼ毎日、うんちもしますからね。皆さんと同じですから。
あっ、でも、脱臭魔法で無臭の一物ですので、残念、皆様の様な一般人とは違ったかもしれませんね。
さぁ、面を上げて、憧憬の眼を私に向けなさい。