デンジャラスの決意
「メリナお姉ちゃん、ありがとう。ミーナ、ひやりとした」
剣を背中に担ぎ直したミーナちゃんはぺこりと私に頭を下げました。
「いえ。でも、私の助けは要らなかったみたいですね」
「ううん、フェリスさんとかメリナお姉ちゃんが邪魔してくれなかったら、ミーナ、困ってた」
困る? 刺されていたかもって事かな。
「本気を出さないと行けなかったかも」
なるほど。こんなに幼くから自負が高過ぎますね。これは一度、上には上がいることを知る必要があると思います。そうでなくては、高慢ちきなクソガキが誕生してしまいますよ。
「ミーナちゃん、構えなさい。私が恐怖というものを教えて差し上げましょう。三日三晩、おねしょをするくらいのやつですよ」
そんなセリフを吐いたら、後ろからデンジャラスに頭を軽く叩かれました。
「子供になんて言い種ですか。健やかに育つのを助けるのが大人の義務ですよ」
聖女になる前は孤児院の先生だった彼女が私に苦言を弄します。荒みきった格好をしている癖に説教とは信じ難いですよ。
「ミーナ、あなたもまだ幼いのですから、先陣を切るのは私達、大人に任せなさい。分かりましたか?」
「うん。おばちゃん、分かったよ」
「おば…………ちゃん?」
デンジャラスが絶句しました。これは強烈ですね。確かにミーナちゃんのお母さんよりも歳上ですから、ミーナちゃん的にはデンジャラスはおばちゃんの域でしょう。
しかし、そうであっても、悪意なき本音。大変に質が悪い。
「メリナさん、真の恐怖を叩き込んであげなさい。子供には鞭も必要です。戦場に立つ覚悟というものも学ばなくてはなりません。あと、口の利き方とかも」
「言っていることが真逆になりましたが、デンジャラスさん的には有りなのですか?」
「デンジャラス様、それは後に致しましょう。まずは、次の拠点です」
珍しくショーメ先生が場を納めました。この人、立ち回りが上手です。
『お疲れさまでした。では、次の場所に転送をしますね。ここにはミーナを置きます』
マイアさんの声が頭の中に響きます。聖竜様も同じ術を使っていました。だけど、聖竜様と違って、これは嫌ですね。恐らく同系統の魔法ですから、聖竜様と同様にマイアさんは私の思考さえも読めるんだと思います。
「ミーナちゃんを一人にして良いんですか?」
あえて、口に出して言います。
『大丈夫です。ミーナは洞窟で道を塞がれても3日は生き残れるように訓練しています』
「1人は嫌だけど、ここは明るいからミーナ、頑張るよ」
本人が良いと言っているので構いませんかね。
「少しお待ちください、マイア様」
その断りはショーメ先生のものでした。先生は地面に転がる首に近寄ります。体と同じい茶色い布が顔を隠すようにぐるぐると巻き付けられているのを取りました。
やはりヤナンカの顔です。しかし、私が知っているヤナンカとは違い、私と同じ黄色い肌でした。
「……頭領がこんなにも弱い……のですか?」
ショーメ先生の呟きは私やデンジャラスにも考えさせる意図があったのだと思います。
「メリナさんが強すぎるという可能性も有りますね。それでも違和感が有りますか、フェリス?」
「今の転移と攻撃の技量なら、正直、私でさえも勝てる気がしました」
ふむ。普段は下らない冗談を言いますが、本質的にショーメ先生は仕事に対して真面目です。今のは真意でしょう。
ヤナンカが手を抜いたか、先生が思い違いをしていたか、そんな所でしょうかね。
疑問が消えていないままですが、私達はマイアさんの転送を受け入れて、新たな拠点を襲うことにしました。今回は大木に出来た虚の中に有ります。
また転移魔法陣を通過して、白い廊下を歩みます。
「そう言えば、昨日の若夫婦とか冒険者一家とか、誰かに操られていたんですよね?」
ここまで発言して幽霊の仕業だったかもとの記憶が甦り、私はブルッとします。全てを破壊して終わりにしたい衝動さえ出てきました。
「メリナさん、そうです」
「暗部と謂えど、デュランを守るべき組織であるのに許されないこと、かもしれませんね」
いや、操られているのを知りながら、瀕死の状態にまで殴っていた人がそこにいますよ。そっちは許されるのでしょうか。
「で、それは偵察の為だとお二人は言ってましたよね?」
「……それがどうなされましたか?」
ショーメ先生の確認に私は答えます。
「何の偵察だったんでしょう? デンジャラスさんですか? でも、あんな場所に私達が出るなんて予想できないですよね」
「……普段から操っているのですよ、多くの人を。いえ、潜んでいると言った方が良いかもしれません。個別の目的ではなく、あらゆる物事を広く知るのも暗部の仕事です。広い意味での偵察だとお考えください。彼らは行動認識まで変えられていましたようですね」
「メリナさん、わたしも聖女を辞めてから知りました。民に魔力を入れて、意思に反して利用したのでしょう。暗部としては必要悪なのでしょうが、私は許せません」
喋りながらコツコツと床を鳴らしながら進みます。
「そんな大それた事、よくも今まで発覚しませんでしたね。暗部が出来て五百年くらいでしたか?」
「覚られないように隠蔽されていたのです。例えば、操るための魔力は被害者の魔力と同化したり、奥深くに置いて感知されにくくしたりなどです。叩けば分離したり、浮き上がったりしてきます。逆に申しますと、それで気付きました」
デンジャラスさんのあの狂気染みた攻撃には理由が本当に有ったと言うのですか……。驚愕です。
昨日の私は罪無き一般人がデンジャラスに殴られた後に「浄化されました。聖女の慈愛です」とそれっぽく喋ったのですが、あながち嘘ではなかったと言うことか。自分の勘の鋭さにも驚きますよ。生まれながらの淑女である私ですから、観察眼も人並み以上に優れた物が有ったのでしょう。
「メリナ様、昨日もお伝えしましたが、蘇芳のビャマラン。今は彼がその役目を暗部で果たしております」
「第二序列でしたか? ショーメ先生より偉いんですね」
「そうですね」
澄ましたお顔でショーメ先生は答えまして、序列は全く気にしていない様子でした。
デンジャラスが続いて補足します。
「彼の花言葉は裏切り、不信仰。聖女を裏切っていた人物としては打ってつけと言うか、言葉に力が宿ると言うかですね」
「そんな花言葉の花の名前を洗礼で与える方がおかしいですね」
「蘇芳には2つあって、染料になるものとは別に観賞するための別種の物があるんですよ。彼は染料になる蘇芳の方で、花蘇芳とは別なんです。だとしても、本人は花言葉でからかわれて大変だったでしょうが」
うーん、そんな風習を無くせば良いんじゃないかな。本人の実力とは関係のないところでマイナス要素が人生に纏わりつくのは良くないことだと思います。
「貴族には誕生花はないのですよ」
私には付けられておりますが……。
「フェリスの言う通りで、あくまで姓を持たない方々の識別目的が第一で、戸籍台帳に記載する為ですからね。花を愛した心優しき聖女ラナエが目を失った後に考案したものです。あくまで、花言葉はそこから派生したお遊びとと思いください」
たまに出てくる敵は居ますが、ショーメ先生とデンジャラスが的確に露払いしてくれまして、ドンドンと突き進みます。仕事場であろう個室とかは無視です。そこに誰かがいるのは魔力的に分かりますが、敵対しないのであれば見逃しています。
「あっ、デンジャラスさんは姓を返上したと言っていましたが、誕生花は貰ったんですか?」
「シャクナゲですよ。暗部的には杜鵑のクリスラになるのでしょうね」
シャクナゲ……。これもどんな植物か分かりませんが、私のペンペン草とは違う高貴さが、その名前からさえ漂っています。
「高嶺の花とも言います。デンジャラス様に相応しいお花ですね」
以前のデンジャラスなら、ですね。しかし、高嶺の花とは……。くぅ、悔しいです! 元聖女の権威からちょっと良い感じのお花の名前を頂いたんですね。きー、悔しいです!
「花言葉は――」
「分かりますよ。危険、ですよね?」
「よくご存じで。以前に聖女決定戦に備えて学ばれましたか?」
それ以外に思い付かないでしょ。ここで安心安全なんて花言葉だったら、その外観で何を言っているのだと大笑いですよ。
「話を戻しますが、貴族でないデュランの者の大半にビャマランの魔力が入っているように思います。フェリスは知っていたのでしょうね」
「それが暗部の仕事ですから」
「私の子達は勇敢に魔物と戦い、散っていきました。それは憐れだと思っていませんでした。彼ら、彼女らは孤児である境遇を憎むことなく、自らの意思で悲惨な人生を変えようと立っていたと考えていた為です。しかし、そこに暗部の小細工があり、彼らの意思がねじ曲げられていたのなら……私はそれを決して許しません」
デンジャラスの静かな怒りが肌が沸き立つ魔力となって現れます。剃った頭からも魔力が迸っていて、私は笑いを噛み殺すのに必死でした。
「笑って死地に向かいデュランの街の安泰を守り、マイア様の叡知に誰かが近付く事を心から望んだ彼らの犠牲は純粋であるべきでした」
ショーメ先生は目を伏せていました。私と同じく笑みを殺しているのか、デンジャラスに暗部の秘密を隠していたことを悔やんでいるのかは分かりませんでした。
「この先にビャマランがいたとしたら、私が戦います」
仮定としてそう言いましたが、既にデンジャラスは魔力感知でその存在を把握しているんでしょうね。
大きな扉の前に来まして、その先にヤナンカとは別の魔力を私も感じました。




