取引
私の悪い予感は当たったようで、女教官は人気の少ない庭の端、木々に囲まれた地点へと私を連れていきました。
少しだけ耳が現れる程度のショートヘアー。うなじが丸見えで、場合によっては、それを断ち斬る必要があるので丁度良いです。
貴族学院断頭殺人事件が発生。犯人は可憐な少女、私です。動機は入学したいから。第三者からすると不思議な感じかもしれません。
殺人事件は、時にそんな下らない理由で起こるものなのですね。実感いたしました。
女は振り向きます。私も魔力感知を使い周囲に人がいないことを確認します。
「メリナ様。お久しぶりで御座います。相変わらず、殺気を隠さないのは変わりませんね」
っ!?
誰だ! 何故、久しぶりって言ったんですか!
早く名乗りなさい! 私は狼狽しておりますよ!
「あら、私をお忘れで御座いますか?」
微笑みの表情を変えずに女は私に問う。友好的に見せて、明らかにこちらをバカにしているかの様な仕草に思えました。
既に魔力感知を用いて、過去に出会ったことがないか私は調べておりますが、念のためにもう一度。
……やはり、結論に変化なしです。
こいつは嘘をついている。私は出会ったことがありません。
「竜のステーキ。毎日お届けしましたのに」
あっ! そのエピソードでピンと来ました。
昔、デュランに滞在した時にお世話になったメイドさんだ! 名前は、あー、デュランの偉い人だったクリスラさんが呼んでいるところを聞いた事があるけど、忘れました。
過去の魔力の質から変わっているという疑問は有りますが、メイドさんの顔を思い出しました。いやー、服装が全然違うから分からなかったなあ。
このメイドさんは、半年ちょい前にお世話になりました。聖女決定戦という名の殺し合い――みたいなものに参加させられたことがあります。私は見事に勝ち抜いて、当時の次代の聖女となったんですよね。うんうん、懐かしいです。数日に渡る大会でしたので、このメイドさんが料理とかお掃除とか、私の身の周りの面倒を見てくれたのでした。
クリスラさんは当時の聖女ですね。デュランで一番権力を持っていました。彼女から私に譲位された聖女の地位は、その場でイルゼさんに譲ったんです。
最初は私もなりたかったんですよ、聖女に。何か凄く女性っぽくて私の理想かもとか思ったりもしました。でも、デュランの街の料理は油っぽいのが中心でして、毎日暮らすと胃に凭れるんです。だから、去りました。
「お久しぶりですね。どうして、こんな所に?」
なお、このメイドさんは武闘派です。暗殺や情報収集などを担当するデュランの暗部という組織に入っているそうです。
「メリナ様の監視です。と言うのは嘘でして、私はこの諸国連邦の動きを調べております」
この諸国連邦はデュランの西にある山脈を越えた先に位置していて、動静調査の任務に入っているそうです。
女スパイ、カッコいいです。でも、捕まったら、色々エロエロされるんですよね。大変です。
「序でにイルゼ様よりメリナ様を助けるように命じられております」
序でって、酷いなぁ。この人、慇懃無礼なのが変わってないです。
「まさか入学即退学だとは思っておりませんでした。コンタクト出来ず、申し訳ありません」
「それは分かりましたが、何故に校門前で学生証確認なんてされていたんですか? 持たない私が去る可能性も有りましたよ」
「他の先生方が、あの集団の中で違う方向に動く者をチェックしておりました」
なるほど。学校に入ろうとしていたのに、人物確認している状況を知って戻る人間がいれば、そいつはかなり怪しいですものね。
「メイドさん、魔力の質が前と違っていますね。もっと黄色かったと思うのですが、今は水色です」
「私は暗部ですので、そういった技も習得しております。ほら、シャールのアシュリン・パウサニアス。彼女も魔力の質を変えられるで御座いましょう?」
アシュリンか……。
爆発的に魔力を高める技は見たことがありますが質まで変えたのは見たことがないですね。
しかし、あの脳ミソ筋肉に出来て、私が出来ないのは気に食わない。いずれ身に付けましょう。
「さて、入学の件ですが可能です」
「えっ! そうなんですか!?」
「はい」
メイドさんは説明してくれました。
実は私、まだ入学手続きが完了していない状態だったのです。入学よりも先に退学になったヤツがいると教官の中では笑い話になっていたそうです。
初日、アデリーナ様からの推薦状を受け取った学長は入学許可の印を押しました。その後に事務手続きを終えて、晴れて入学となるのですが、レジスが殴り倒された事件で中断されたままでした。
だから、メガネババァの退学宣告も無効と言うか、そもそも私は部外者です。
教官同士で行う会議、職員会議というらしいのですが、昨日のそれは紛糾したらしいです。
学長は大国の王であるアデリーナ様からの推薦状を重視しており、私の入学手続きを進めるように主張しました。
メガネババァ、彼女は副学長らしいのですが、そのメガネは、レジス並びに生徒二人への殺人未遂罪をもって入学不許可、並びに、治安組織への通報を提案します。メガネの人は副なんとかに成りやすいのですかね。副神殿長も眼鏡でした。ということは、趣味も同じな予感がします。仲直りの品を用意しても良いかもしれませんね。
さて、私の入学の話に戻ります。まだ職員の結論は出ていませんが、どちらにでも調整できると目の前のメイドさんは言います。
「この諸国連邦は、その成り立ちの性質上、多数の意見を尊重します。ですので、我らの思うがままに操れるのですよ。では、メリナ様のご意志を確認させてください」
…………メイドさん、腹黒いなぁ。
私、分かりましたよ。王都の情報局が王国中に網を張る様に組織されていたみたいに、この諸国連邦にはデュランの暗部の手の内の人達がたくさん住んでいるのです。だから、多数派工作なんて、どうにでもなると彼女は言っているのです。
彼女の問いに対する私の答えは決まっています。
「何でも良いので、入学させてください!」
そう学校に入ってしまえば、アデリーナの折檻を受けなくて済むのです。
「はい。了解しました。……ところで、アデリーナ様からはどの様な指示が出ているのですか?」
「えー、指示とかないですよ。この学院の人と交流を持てば、王国に逆らおうなんて思わないから、よろしくって感じでした」
メイドさんはニコニコ顔のまま、沈黙します。何を考えているのか分からないです。不気味では御座いません。過去に一度、殴り勝ちしているから。
「なるほど。王の目的を察するに、一番可能性が高いのは諸国連邦に関与してデュランの影響力を弱化させる事で御座いますね。延いては王国内のデュランの重要性の低下。それは困りました」
チラッとメイドさんは私を見てきます。
「困りました。あー、困りました。助けてくれる人はいないかなー。デュランの街庫を支える属国の間接支配が崩壊しちゃう。困ったなー」
……こいつ、態とらしい。
何だか分かりませんが、私を頼ろうとしていますね。
私が呑むはずがありませんっ! アデリーナ様に逆らうなんて、恐ろしすぎますよ。お仕置きされちゃいます!
「あー、こないだの聖女譲位式の時くらい困ったなー。クリスラ様が折角譲ったのに、譲られた聖女様が、その瞬間に引退したからなー。あの後、クリスラ様がイルゼ様を殺そうとしたから、止めるの大変だったなー」
えっ。そんな事があったのですか……。
クリスラさん、血迷い過ぎですよ。
「前代の聖女にもう一度聖女をやらせるから死ねって、クリスラ様がイルゼ様に迫ってたもんなー。イルゼ様も同意して自殺しそうだったしー。二人を説得するの大変だったっけ。で、今も困っているから、今度は助けて欲しいなー、その引退した聖女様に」
こらこら、チラチラとこちらを見るでない。
「もう、アレかなー。王にぶっちゃけた方がいいかもー。すみません、王が派遣した留学生、いきなり教官と王家の子息の仲間を殴り殺そうとして困ってます。あと、あいつ、退学してますよ、サボってますよって」
……貴様、良い度胸してやがるな。
私が素直に脅しに屈すると思ったのでしょうか。とんだ甘ちゃんですよ。
生きてデュランの地を踏めると思うなよ。ここで死なす。
私は腕に力を込める。癖のあるヤツだが、勝てない相手ではない。
「拳王、怖いなー。私の姿を見なくなったら、拳王メリナ様の仕業だから、王だけでなく聖竜様に伝えてって遺言していて良かったー」
……私が拳王と辱しめられるだけでなく、そのふざけた二つ名が聖竜様に伝わるっ!?
それはいけません!
私はメイドさんの取引に乗りました。
「感謝致します、メリナ様。シャールに戻られた際には、デュランは聖竜様とメリナ様のご婚約を応援致します」
その言葉を聞いて、私はがっしりと握手としました。