奇襲
小太りなボーボーの人、ヨゼフって言うのでしたね、彼は私の足下で転がっています。私の強打で壁に吹き飛び、跳ね返ってそこにいます。
イルゼさんの転移でどこかに移動して、私は目の前にいたヨゼフを即座に殴り付けたのです。他愛も御座いません。目を見開く暇もないくらいの速攻で決めました。
「メリナ様が敵でなくて良かったと思いますよ。一切の弁明を許さずに、これですか。暗殺者としては世界一流ですね」
ショーメ先生が私を誉めてくれました。なお、暗殺者云々は戯言なので聞き流します。
「さて、こいつをどうすれば良いですか? 裸にひんむいて聖女のお屋敷に吊るしておきましょうか。聖女イルゼに逆らえば、こうなるぞと」
「メリナ様、ナイスアイデアで御座います! そして、鳥に啄まれて朽ちていくんですね」
私に対しては全肯定マシーンのイルゼさんが嬉しそうに言います。気持ち悪いです。私、無条件で肯定してくる人って好きじゃないんです。何か裏があるみたいに感じてしまうんですよね。
「イルゼ様、似たような事を私も考えております。ヨゼフには民衆の前で聖女様に忠誠を誓ってもらいます。それが出来ないなら、社会的にでも死んで頂きますね」
ショーメ先生はそんな事を言いながら、ヨゼフの頬をペチペチと叩きます。
完全に半殺しするつもりで私は心臓の上を殴ったので、そんな物では起きませんよ。
なので、無詠唱で回復魔法を唱えます。
「くっ、何が起き――メリナ、様?」
ショーメ先生が傍にいるにも関わらず、気を戻したと同時に私への言葉を吐きました。
「……そうですか……。きっと、私を殺しに来たのですね」
物分かりが良くなっていますね。
「そうではないのですよ。聖女を差し置いて政をしようとしているでしょう? それをデンジャラスさんは良しとしていませんので、私が協力しているのです」
「クリスラ様ですか……。それも存じております」
ヨゼフは立ち上り、それから悠然と服の埃を落とします。この部屋は彼の執務室らしく、書類棚や華美な事務机などもあり、清潔な感じなのですが、彼の癖なのかもしれません。
「さて、枢機卿ヨゼフ・カザリン・デホーナー。用件を言います。次の大典礼で聖女様に忠誠を改めて誓い、デュランを纏めあげるのです」
ショーメ先生が静かに告げました。
「クリスラ様時代の女中フェリスであったかな。暗部である事を隠そうともしないとは嘆かわしい」
……半年前の彼は暗部について詳しくない様子でしたが、出世した今は違うのかもしれません。
「暗部は既に私の味方に付いている。善界のフェリス。名前通りなら『何も求めない』であろうにな」
名前? 何でしょうかね。デュランの宗教書からの話題だと思いますので、それほどまでには私の興味は惹かないかな。
「どちらかというと、私は『裏切り』の方が似合っていますので」
それを聞いてヨゼフはクククと笑います。
昔は、ちょっとビックリさせただけで「ヨゼフ君はー、もう帰りたいなー」とか幼児退行する程までにストレス耐性が低かったのに、人は成長しますね。
「従う気はないのですね?」
「無論。王無き今、王国を率いる者を見出ださなくてはならない。それは聖女ではない。優秀で、冷徹で、しかし心の奥に慈悲を残す者を選びたい」
アデリーナ様では宜しくないのかな。王無きという文句が非常に気になりました。
「それがマイア様の叡知ですか?」
ショーメ先生が冷たく言います。
「マイア様の叡知は、こんな下らない事ではないよ。素晴らしい魔法術式理論、そこから導かれる世界の理。精霊が何故に人間の願いを叶え、魔法の力を与えるのか。何故に人は死に、精霊は死なぬのか。そして、魂とは。残念ながら、私の記憶力ではそこまでしか許容されなかった」
敵に囲まれているのに、ヨゼフは平静を保っています。以前より豪華になった赤や青の絹服を何重にも着ているため、余計に彼を立派な者へと見せていました。
「メリナ様を推挙したクリスラ様は偉大で御座います。私のような小者をメリナ様はマイア様の下へと導いて下さいました。感謝しても、し尽くせません。ただ、あの様に聖女決定戦を穢す必要は無かったと私は思います。あれが唯一の欠点で御座いましょうな。さて、しかし、イルゼ様はどうでしょうか。聖女決定戦では一撃で伸され、聖女となってもアデリーナ・ブラナンという偽王に操られる。教会内から不満も出ましょう。私が謀る必要もなく、聖女不要論は――ぐっ!!」
ここで、ヨゼフが吹き飛びました。
デンジャラスの攻撃です。瞬間移動みたいに懐に入って、喉元を深く直突きしたのです。
殺す気でした……。
「えっ? どうしますか? このまま死なします?」
「すみません、メリナさん。体が勝手に動いたのです。助けてやってください」
なんて言い種でしょう……。それはナーシェルの二人も同様に思ったようでした。
「……どんな体なんでしょうか……。呆れるしかありませんよ」
「今の攻撃、俺には見えなかった。恐るべし、デンジャラス……」
小声の呟きが聞こえてきました。
さて、半ば、いえ、ほぼ命の灯火が消えていたヨゼフでしたが、私の回復魔法で完全復活しまして、立ち上がります。
「……続きをどうぞ」
またもや、ショーメ先生が冷たく言い放ちました。
「もう良いでしょう。私の生殺与奪は聖女の方々に有ります。殉教者として後世に名を残すのも一興で御座いますからな」
そんな時、高速でこちらへ向かってくる者が居ました。場所的には屋根を掛けているのか。
そいつは、私達がいる場所の真上へと来ると豪快に天井をぶち破って突入してきました。
まず、ショーメ先生が投げナイフで応戦します。しかし、前面に掲げられた大きな盾で防がれました。
そのまま着地し、盾でショーメ先生を殴ります。当たったように見えましたが、先生は跳ねたのでしょう。空中で回転してから両足と片手を床に付き、そのまま、すぐに臨戦態勢に戻りました。
相手は細い体付きのスピードタイプかな。それにしては大きな丸盾を持てるのですから、コリーさんみたいにパワーも併せ持つのかもしれません。相手の体には服代わりに布が巻き付いています。
デンジャラスが迎撃に入ります。
突然の敵も負けじと殴ったのですが、それを片方の掌でがっしりと受け止め掴みます。そこから、デンジャラスは別の腕を振るって側頭部を狙いました。
その攻撃は背中を反らされることで避けられました。そして、その無理な体勢から、何らかの反撃に出ようとしているのでしょう。足に魔力が溜まります。そんな物が通用するとでも思っているのでしょうか。
「うっらーー!!」
私は背後に回り込み、背骨を破壊しました。余裕です。最近の私はまた強くなっていまして、成長を感じます。
虚を突かれた敵は床に沈みました。
「ショーメ先生、これも暗部ですか?」
「はい。第4序列、瘧のルスカですね」
デンジャラスはこの会話の間にも執拗に倒れた暗部の人の顔面を馬乗りになって殴り続けていました。ヤベーです。勝負は完全に付いているのにおかしいです。
追撃にしても魔法とか忘れてしまったんですかね。そうだとすると、マリールとの約束が守れなくなってしまいますよ。結果、私の蟻の巣オブジェが破棄されてしまいます。大変な事態です。
「ボーボーの人よ。マイアさんに聖女を守りなさいと言われたら、受け入れますか?」
「私のことをボーボーの人と呼ぶとは、メリナ様は人が悪い。あれは私が叡知を知る前の出来事でしたな。今思えば奇貨でしたが、未熟な私は狼狽えましたな。アントンの女装如きで、私は何と矮小な者だったのでしょう」
あー、真実に気付いておられましたか。
「答えは?」
「私の意思で何とかなるものでは御座いませんが宜しい。行きましょうか」
ふむ。では、許諾頂いたので向かいますか。
って、イルゼさんはマイアさんの所に行った経験がないから、このままではダメですね。
と言うことで、私は腕輪をまた借りまして、マイアさんのお家へと皆で移動しました。
デンジャラスさんは殴るのに一所懸命でしたので、殴られている人も合わせての転移です。