家庭訪問
気持ちの良い朝です。私は食卓の一番偉い席に座り、朝御飯を待っております。今日も学校はお休みの日ですので、ゆっくり出来ます。
週に2日も休めるのは最高ですね。巫女見習いの時なんて、一日たりともお休みを貰った記憶がないですよ。ただ、仕事らしい仕事をした記憶も特にないのですが。
ベセリン爺が持ってきたパンとスープと卵をグチャグチャにして焼いた料理を一気に食べ終え、私は食後の茶を待ちます。
今日は何をしよっかな。何を選んでも楽しそうです。休日、大好きです。
昨日は聖竜様が売春婦になる悪夢の様な幻覚を見ましたが、最近の私は頑張り過ぎなんですよ。村に居た頃はこんな刺激的な毎日では御座いませんでした。精々、野犬を殴って村から追い払ったり、大人の狩りを手伝ったりするくらいが仕事でして、基本的には気ままに生活していたのです。晴耕雨読って言うか、晴遊雨読です。
しかし、それにしても昨日の幻覚はビックリしました。余りにもリアル過ぎたのです。
うーん、もしかしたら、私は悪い病気かもしれませんね。アシュリンさんでさえ、昔、精神を病んだと聞いていますので、より繊細な私も知らずにノイローゼになっていたとしても、おかしな話では有りません。
これは巫女さん相談室への案件で御座いますね。
「あっ、爺。お茶を持ってきて貰ったばかりですみませんが、茹で玉子を10個お願いします。――いえ、昼ごはんじゃないです。食べ足りないので今から食べるんです」
そう言えば、私が気絶から目覚めたら裸だったんですよね。何も纏わない姿で聖竜様の部屋の床に仰向けで寝転んでいたのです。
誰かが布を被せてくれていましたが、焼け石に水です。
悪戯にしても度が過ぎていますし、笑えません。誰も止めなかったのでしょうか。こんな下品な事をするのはフロンくらいですが、あいつは猫になっていたし。全員が犯人でしょうか。ならば、一匹ずつ、容疑者をぶっ殺して行くしか――あっ、ガランガドーさんの時も私が復活したら裸でしたね。そして、昨日も精霊を呼び出すような事を言っていました。
なるほど、やはり私は天才です。
私はここでカップを優雅に持って、茶を飲みます。とても熱いので、ズズッと啜ります。どうしても音が出てしまいますが、熱いのが悪いのです。
ふむ、精霊の仕業ですね。私のもう一匹の精霊は闇の邪神ではないかとアデリーナ様は言っておりました。その件は無事解決したのでしょうか。邪神などと聖竜様を差し置いて不遜にも神を名乗るヤツです。生意気を言っているようなら、私も参戦したいものですね。
でも、聖竜様は凄かったなぁ。シャールからナーシェルまで凄く離れていると思うのに、私をここまで転送してくれました。あの聖女が持つ転移の腕輪なら可能ですが、聖竜様の魔法もそれに負けていなくて、私は嬉しいですよ。
さてさて、今日の予定か。
んー、何か忘れている気がします。
私はベセリン爺が持ってきた卵を食べながら考えます。ちゃんと卵の殻も取ってありますし、塩の入った小皿まであって、爺が極めて有能であることに感謝します。
あっ、クリスラさんだ。マリールが透明な炎を見たいと言っていましたね。あの時点では帰る時にイルゼさんにお願いすれば良いと思っていましたが、直接帰宅したので会えませんでした。
んー、どうしたものか……。
ガランガドーさんに頼れば何とかなりそうですが、彼はまだ親子水入らず中でして、でっかい湖の上空を飛んでいるそうです。バーダちゃんの事を思えば、それを邪魔するのは気が引けます。
目を上げると、テーブルの向こう側、出入りの扉横に黒服のベセリン爺が見えました。そこで私の様子を見つつ、いつでも命令に従えるように待機しているのです。アデリーナ様とか客がある場合は会話を聞かないように部屋の外で待っておられまして、その辺りの弁え方がまた好感を与えます。
「爺」
「何用で御座いましょうか、お嬢様」
「フェリス・ショーメの家はご存じですか?」
「ショーメ様で御座いますか……。大変に申し訳ございませんが、存じ上げておりません。不甲斐ない爺をお許しください」
「そうですか。では、レジス教官の家はご存じですか?」
「はい。馬車でご案内致しますので、少々お時間を頂きたく存じます」
残りの卵を飲み込むように平らげて、私は屋敷の前で馬車を待ちました。馬車は敷地内にないんですよね。馬の厩舎もないので、近くの貸し馬車屋さんで長期レンタルしているのかなと思っています。
あと、ショーメ先生の家は知っていても以前の関係から正解を言えないのかもしれませんね。
レジス教官の家は学院近くの普通の家でした。地味です。彼も貴族だと思っていたのですが、何の変哲もない普通の石造りの二階建てです。
爺を帰らせた後に、私はそこをノックしてレジス教官を呼び出します。彼は眠そうな顔で明らかに起き立てでしたが、私が「ショーメ先生の家を訪問したい」と伝えたら、心強く快諾してくれました。
着替えを待っていると家の中から「ヨッシャー! 嗅ぐぞ! 感じるぞ! ショーメ先生の部屋の匂いを全身に浴びるぞ!」と気持ち悪い決意が聞こえてきました。私は人選を間違えたのかと危惧するしか御座いませんね。
出てきた教官はテカテカの艶がある高そうな一張羅を身に包んでおりまして、顔には男のクセに白粉まで付けていました。
「ふっ。今日は良い天気だな」
いえ、普通です。雲がたまに太陽を隠す程度の普通の天候です。
「ショーメ先生の家が何処か分かっていますか?」
そうです。私はそれを心配しています。ショーメに逢いたいと気が逸る余り、理性的な判断が出来ていないのが明らかです。
「わはは。メリナ、あまり教師をバカにするなよ。既に把握済みだ。帰宅するショーメ先生を密かに家まで見守った事もあるからな」
それ、ダメなヤツですよ。教師がすることではないです。
しかも暗部というデュランの暗躍集団に所属していたショーメ先生が気付かないはずがないので、泳がされた結果です。憐れです。
しかし、レジス教官の意気込みは空回りすることなくショーメ先生の屋敷に着きました。
こじんまりとしていますが、門や壁に囲まれていますし、整備が行き届いた庭には噴水さえある家でした。シャールだと、それなりの役職に就いている中級程度の貴族のお屋敷の感じですね。
「綺麗な家だろ?」
我が事のようにレジス教官が胸を張っていました。それを無視して、私は門扉を押します。
「おい、メリナ。こっちに通用口があるんだぞ」
「あっ、そうなんですね」
「全く。取り次ぎもなく無断で入るなんて盗っ人って思われても致し方ないぞ」
お前は性犯罪者と見なされても言い訳無用ですけどね。サルヴァもそうでしたが、諸国連邦の男気はそんな異常性を見せるのが重要視されるのでしょうかね。久々に蛮族どもめと思ってしまいましたよ。
「あら、レジス先生。メリナさんもご一緒ですか」
ちょうど館の扉が開いて、中からショーメ先生が出てきました。タイミングが良すぎるので、絶対に魔力感知で私達が向かって来ていたことを把握していたのだと思います。
今日は落ち着いた服装でして、休日は男を惑わす必要がないからかもしれません。
「おお、ショーメ先生、こんな所で奇遇ですな」
お前、ここはそいつの自宅の敷地内だぞ。奇遇も何もないだろ。
「本当に奇遇で御座いますね。ちょうど私に来客が有りまして、その方がメリナさんに用があったのですよ」
「なるほど! これはひょっとすると、僕とショーメ先生は運命で導かれているのかもしれませんよ」
「うふふ。レジスさんは愉快です」
「あはは、いつでも僕は陽気ですからね」
ショーメは嫌みを言ったんだと思いますよ、レジス教官。
さて、私に用がある客がショーメ先生の所に来ているのですか。誰でしょう。
私は魔力感知の範囲を広げて探ります。
あっ。クリスラさんだ。元聖女のクリスラさんです。これは凄く幸運でした。デュランまで迎えに行くの、大変に面倒だと思っていましたので。いやー、懐かしい人に逢えますね。マリールの件を置いても楽しみです。
ショーメ先生の案内で屋敷の中へと入ります。レジス教官が深呼吸を何回もしているので緊張しているのかと思ったら、ショーメ先生の生活臭を堪能しているそうです。
ちょっと、いえ、かなり理解できないですね。変態です。
私は彼を放置してショーメ先生に続きました。