入学希望
ランチボックスはもう少し小さくて良いと館の女中さんに告げましたので、今日のお弁当は片手で持てる大きさです。お肉多めとの要望も伝えていますので、期待が持てますね。
それに容器が藁編みの四角い箱でして、見た目も可愛らしいです。私に相応しい。
可愛らしいと言えば、昨日の日報はポエム調に仕上げました。かなり上手に韻を踏めたのでリズム感とパッションに富んで、アデリーナ様も出来の良さに驚かれるのではと楽しみです。嘘も書いてないし。
たかが日記にポエムを書く。私は才能の塊ですね。
さて、今日もベセリン爺同伴のもと、学院へと向かっております。昨日はドキドキしましたが、二日目となると覚悟が付くというか、慣れてしまいますね。もしかしたら、私、退学者じゃないんじゃないかなって気分にさえなってきました。
「お嬢様、お顔が晴れやかですな。爺は安心致します」
「嫌ですわ、ベセリン爺。学校で学んでいるだけなのに不安になるなんて。どれだけ過保護なのでしょう」
「わははは、年寄りの心配症でしたな。申し訳御座いません。お嬢様が大切なお人であるとの想いからですので、ご容赦願います」
「まぁ、爺ったら。おほほほほ」
ほら、私、貴族ゴッコを楽しむくらいに余裕です。
馬車が止ります。箱馬車なんですよね。だから、お外の景色は見えません。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「それではごきげんよう」
なんと返答すれば優雅なのか分からなかったので、万能の貴族娘言葉である「ごきげんよう」を使いました。
神殿の礼拝部にいる本物の貴族の娘さんが言っておりました。
「おほほ」、「まあ」、「ごきげんよう」。この3つだけで家来との会話は間に合うと。
神殿の新人寮で同室のシェラから頂いた助言です。
感謝はしても表には出してはいけないとも言われました。どうしてか不思議だったんですが、不埒な輩だと「こいつは簡単に御せる」と勘違いさせてしまうかららしいです。もちろん、昔から働いていて気心も知れた古株に対してなら、素直になって良いらしいのですが。
庶民な私には礼を言わないなんて難しいです。何かしてもらったらお礼を言いたくなります。
さて、馬車を下りて、門の向こう、長い並木道を通り過ぎた先にある校舎を見ます。決意を持って、キッと目を鋭くします。
今日も潜り込みますよ。通学しますよ。毎日通う私は良い子です。だから、入学させてくれないかな。
校門の前は人でごった返していました。人を隠すならば人の中とよく言ったもので、私は安心してその中に紛れております。
「学生証の確認をしています。事前に出しておいて下さい。忘れた方はクラスと名前をお伝えください」
皆に呼び掛ける女教官の声がしました。
「めんどクセーな。何だよ?」
「昨日、不審者が出たらしい。その対策だろう」
「不審者? なんだ、それ? おっぱい見せろって毎日言ってるヤツか?」
あぁ、確かに不審者ですね。
「あれは素性がはっきりしている。昨日、その取り巻きが襲われたらしい」
「んだよ、バカ同士の喧嘩かよ。迷惑な話だな」
「うむ。ゴミが我々に迷惑を掛けるなど言語道断だ。あの様な落伍者集団を学院が排除せんのは納得いかん」
「おいおい、王家の方をゴミとは恐れ知らずだな」
「ふん。ナーシェル王家だけが王家でなかろう」
「それでも、王家は敬わないといけないぜ」
「ならば、お前は俺も敬わなくてはならんな」
「えぇ、こんなに敬ってるのにか。ビックリするぜ」
盗み聞きすることにより状況は把握しました。
これは検問です。私の通学を阻止せんと学院が動いたようですね。
無駄です。
選択肢は幾らでも有ります。例えば、強行突破。女教師を殴り付けても構いませんが、そこのレンガ塀を破壊するだけでも良いです。また、ヒョイとジャンプすれば軽々と乗り越えられます。
少し知恵を使った感じにするなら、大木か校舎に火球をぶつけ、その混乱に乗じてダッシュする手も有ります。
しかし、ここで私は疑問が生じます。
こんな手間の掛かる方法で私を探す必要があるのかと。
魔法を使えば良いのです。また、ちょっとした実力者であれば身に付けているはずの魔力感知を用いると、もっと早いです。
人の顔を見分けるよりも簡単に遠くから個人を判別できるはずです。
この検問には別の意図がある?
いや、しかし、よく分かりませんね。
魔力感知の技を知らないのか。
ここの国の人々は魔法が得意ではなさそうです。やはり、その可能性が一番高い。
学生達はカードを出して次々と門の中へと進んでいきます。思考を巡らせていた私も流れに逆らうわけにも行かず、前へ前へと押されていました。
ここで私は発想の転換に至ります。
正直にもう一度入学したいと言えば良いのではないかと。そもそも、私は大国の王の推薦で転入してきたのです。あのメガネババァは「政治的な立場や身分を越えて友情と博愛を育む場」だと言っていましたが、それは建前。何故なら、彼女は大国である王国に対して劣等感もしくは嫌悪感を抱いているのが明らかで、それが原因の一つになって、私の処分が極端なものに裁定されたと感じ取っているからです。
そこを突いて交渉すれば、再入学のワンチャンが有り得ます。きっと、そうです。
さぁ、歩きましょう。そして、私の用を堂々とあの女教官に伝えるのです。
私の真摯な眼差しは、気品に溢れる余りに目立ったのでしょうか。
若い女教官も私を見ていました。
私は胸を張って彼女に言います。
「私、入学希望者です。名前はメリ――」
相手は私の名乗りを途中で遮って答えます。
「はいはい。お聞きしていますよ。私がご案内致します」
教官としては新人かなと思う年頃の彼女は、あっさりと朗らかに答えて来ました。
あれ?
何かおかしいな……。
私の侵入を遮るために学生証の確認をしていたんじゃないのでしょうか。女教官の体内の魔力に変化はなく、不意打ちを狙っている訳でもない。
少し戸惑った私に対して、彼女は優しい表情のままです。
いや、微笑みはしていましたが、作り笑いと言うか、張り付いた感じの印象を持ちました。
……罠か? ならば、受けて立ちましょうかね。