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AYA  作者: 華井夏目
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邂逅

 あれからどれくらい経ったのだろう・・・宮本は息を切らして、傍にあった花壇の淵に泥の様に座り込む。端末の時間を見るとまだほんの僅かしか調べてないのに一時間が過ぎていた。


 こんな調子では、全ては回り切れない・・・くそっ!こんなところで時間をくってる場合じゃないのに。


「人が集まる所ってなんだよ。そんなところ、あり過ぎてわかんねぇよ!」


 大体、相手の容姿も分からないのにどうやって見つけ出せばいいんだ。


 何一つとして情報が得られない自分の不甲斐無さに苛立ちが隠せない。この調子じゃここに来た意味が・・・・いや、落ち着け。考え直すんだ。人ごみ・・・ここ名古屋で人の集まる場所・・・商店街?・・・遊園地・・・


「観光地・・・駅・・・イベント・・・?」


 いくら考えようにも、今いるのは自分が生まれるずっと前の世界。人が集まる場所や行事なんて皆目見当がつかない。調べようにもどうすればいいのか――


「―――それでは今日の天気予報です。山中さん?」


 頭を抱えた宮本の耳に路上テレビの音が入ってくる。目を向けると天気予報士が今日の天気を解説していた。話によれば今日は一日中晴れるようだ。十一月で外は寒いが雨よりかはずっといい。


 そんなこと思っていると、ふと宮本は予報士がいる撮影現場に目が留まる。テレビの撮影からか予報士の後ろに人だかりができている。


「――と、今日も寒い一日となるため、温かい格好でお過ごしください。」


 そう言って予報士が手を振った次の瞬間、野次馬の後ろが光った。それと同時に爆発音がテレビ越しに聞こえる。


「えっ・・・何?」


 予報士がそう声を漏らした。野次馬もそれにつられるようにざわめき始める。カメラが爆発した場所を拡大して撮影するが、土煙が立ち込めていてよく見えなかった。


 テレビに映る予報士と野次馬、小窓に映るスタジオのアナウンサー、そしてその映像を見る周囲の人たち、誰もが唐突の出来事に困惑している。


 一同が混乱する中、テレビから乾いた音が聞こえた。そして、その音の少し後に、何かが倒れる音がした。だが、煙しか映らない映像からでは何が起きたか理解できなかった。


「・・・山中さん?何が起こったのでしょう?」


 アナウンサーが混乱した状況を把握しようと予報士に尋ねる。だが、その声に予報士はなにも応えなかった。・・・いいや、答えることができなかったのだ。


 ぐらりと画面が揺れる。ガシャンという音とともに、カメラはある物を捉える。それは地面に倒れた山中と呼ばれた予報士、そして広がる赤い何か・・・


 一瞬の間の後、宮本の顔から血の気が引いたのがわかった。まさか――


「きゃぁああああああああああああああああああああ!」


 その悲鳴にようやく全員が理解した。あの乾いた音は銃声で予報士が撃たれたのだと。そして、今まさに血を流して倒れたのだと――


「山中さん!?山中さん!?」


 驚愕したアナウンサーが必死に予報士に呼びかけたが返事はなかった。依然として地面に横たわって動かない。動揺が収まる間もなく再びあの乾いた音が響く、それも何度も。


「うぁああああああああああああああああああ‼」

「逃げろ!早く!」

「どいて!」

「やめて・・・やめて!いやぁあああああああああああああああああああああ‼」


 様々な怒声と足音、そして銃声がテレビから流れる。映像は依然として変わらないが、混乱と恐怖は嫌というほど伝わってくる。また画面が揺れる。恐らく誰かが落ちたカメラを蹴り飛ばしたのだろう。そして、人の手から放れたカメラは別のものを捉えた。


 映し出されたのは、地獄のような光景だった。横たわる無数の人と悲鳴を上げ逃げ惑う人達、鳴り止まない銃声、一人、また一人と人が倒れていく。


 混乱する人々のその奥に晴れない土煙の中を歩く人影が写った。その人影はカメラに迫るように近づいてくるが、その姿が鮮明になろうとした瞬間、映像がスタジオに切り替わってしまう。


「え~、只今中部テレビ前にてテロが行われたと思われます。中央テレビ前でテロが起こったものと思われます。周辺住民は直ちに避難を行い、屋外へ出ないようにしてください。なお状況は現在確認中です。繰り返します―――」


 アナウンサーの声が空しく木霊する。余りにも衝撃的な映像が流れ周囲の人たちは、そのほとんどが言葉を失っていた。僅かに喋っている人たちもいるが、たった今流れた映像が現実のものだと受け入れきれていない様子だ。


 無理もない、レンズ越しとはいえ人が殺される様を目の当たりにしたのだから。それも一人や二人じゃない、数え切れないほどたくさんの人が。


 宮本は理解した。あいつこそ自分が倒すべき相手だということを。


 とにかくすぐにあの場に行かなければ。だが流石に場所がわからない。宮本は近くにいた人にテレビに映ったあの場所を尋ねた。


「あのテレビに映った中部テレビってどこだ⁈」


「えっ・・・確かこの大通りを道なりに行ったとこだけど――」


 その言葉を聞くなり宮本は走り出した。静止する声が聞こえた気がしたが、宮本は足を止めなかった。




 かなりの距離を走ったと思う。喉が痛くなるほど息を切らした宮本はようやく目的の場所にたどり着いた。現場にはまだ警察が到着していないようで、未だ混乱した状態が続いている。


「どいて!」

「押すなって!」

「早く行ってよ!」

「ママ!ママぁぁ!」

「邪魔だよ!お前!」


 誰が何を言っているかもわからない阿鼻叫喚が現場を包み込んでおり、宮本もそれにもまれていると辺りに爆発音が響いた。音がした方からしてテレビ局内で爆発があったようだ。


 まだあいつがいるかもしれない。確証はないが、何かしらの手掛かりはつかまなければならない。そう思いながら宮本は足を踏み出した。


 逃げ惑う人の波に逆らいながら局に近づいていくと、テレビにも映された地獄のような光景が現れた。いや、これは最早〝地獄のような〟といえる優しいものではない。眼前に広がるはまさしく〝地獄〟そのものだった。


 宮本が立つ場所の僅か一メートル先から、おびただしい数の人達が横たわっている。そこには一切の人種の差別などなく、男性、女性、老人、子供に至るまで手に掛けられ、重なり合うようにして倒れている彼らからは鮮血が溢れ出し、一面に広がって真っ赤な海を造りだしていた。


 最悪はそれだけでは止まらず、横たわった血塗れの人々の中には脚や腕が欠損している者までおり、それが現実だと証明するように誰とも知れぬ腕や脚がそこら中に転がっていた。周囲は血の臭いと何かが焦げた臭いが充満し、不快な悪臭となって鼻を突いてくる。


 吐き気がした。


 呼吸は荒くなり足がすくんだ。眼前に広がるこの世のものとは思えない凄惨な状況と空気中を漂う悪臭は、宮本の正気を削るには十分過ぎるものだった。


 怖い。このまま進めば、自分もいずれこうなってしまうのだろうか。彼らと同じ苦痛を受けるのだろうか。怖い。こわい。コワイ。死にたくない。しにたくない。シニタクナイ。こんなところで、こんなカタチで――


 理性を蝕む恐怖の中で宮本の脳裏を男の言葉が頭をよぎった。


『元の世界を取り戻す』その為に自分は過去へ飛んだ。こんな事になるとは予想だにしなかったが、それでも自分はあの世界を取り戻すと決めたのだ。死ぬかもしれないと分かった上でここへ来たのだから、今さらできないと言って戻る訳にはいかない。怖くてできなかったなんて言えない。


 戦え、戦わなければ終われない。宮本は激しい動悸で息のできない自分にそう言い聞かせ硬直した足を無理やり動かし、その光景から目を逸らして逃げるようにテレビ局に入った。


「早く局の外へ!」

「誰か手を貸してください!」

「嘘だ・・・こんなの、嘘だ・・・」


 だが、テレビ局の中は更に酷い光景が広がっていた。阿鼻叫喚はさることながら、散乱する肢体と薬莢、四方を塗りつくす鮮血、崩れ落ちた柱に埋もれた手。瓦礫の山の奥からは局内に残された職員が我先にと外に出ようと逃げてくる。


 再び吐き気に見舞われながらも宮本はその人らを横目に更に奥へ進もうと歩を進める。が、宮本は誰かに腕を掴まれ引き留められた。


「おい何してる、早く出ろ!」


「離して、俺は中に行かないと。」


「馬鹿言うな!死ぬぞ!さっさと出ろ!」


 男は言うことの聞かない宮本の手を強引に引っ張って外へ逃げようとする。その優しい行為に必死に抵抗しながら宮本は男に声を荒立てた。


「離せ!」


「いいから来い!」


 男の力は予想以上に強く、入ってきた正面口に引きずり込まれる。大人の力に宮本が負けそうになっていると奥から人が現れる。


 いや、人自体は奥から溢れるように出てきてはいるのだが、その人は他と比べて明らかに異質だった。長髪で黒いセーラー服に黒のロングコートを着た女の子のようだが、顔をガスマスクで覆っている。そして何より異質なのは、その人は両手に自動小銃が抱えているのだ。


 それを見て宮本は確信を得る。


 ――間違いない。あれが男の言っていた〝アンドロイド〟だ。――


「このっ!」


「おい!」


 宮本は男の制止を無視して腰に掛けていた銃を抜き取った。


 〈生体認証、宮本 透様。適正ユーザーの使用を確認。ロックを解除します。〉


 銃から音声が流れ、カシャンという音が鳴る。宮本は片手で銃を構えて引き金を引くと閃光が走り、同時に金槌で手を撃たれたような衝撃が右手に伝わった。その衝撃で宮本は体が仰け反り、弾丸はあらぬ方向へ飛んでいき局の壁に風穴を開けた。


 銃の反動で体勢を崩した宮本は男を巻き込んで倒れ込んでしまう。だが、そのおかげで宮本の手を掴んでいた男の手がようやく解かれた。


 男から解放された宮本は体制を直し、今度はグリップをしっかりと両手で握って銃を構えた。宮本に気付いたアンドロイドも自動小銃を構えこちらに銃口を向ける。


 だが、すぐにアンドロイドは銃を下ろしその場から立ち去っていく。


「逃げた?・・・何で?」


 理由は分からないが、とにかく早くあいつを止めなければならない。考える間もなく走り出そうしようとした時だった。後ろからぞろぞろと人影が入ってくる。よく見れば制服を着た警官たちだった。これで多少は自体が収拾すると宮本が少し安堵した途端、突然警官の一人が拳銃を宮本に向けて叫んだ。


「武器を捨て投降しなさい!」


「は?」


 宮本は思わず低い声が漏れた。


「早く武器を捨てろ!」


 そう言って警官たちは宮本を包囲した。はっきり言って意味が解らなかった。


「止めるのは俺じゃなくてあいつだろうが!こんなことしてる間に逃げられるぞ!」


 そう言って宮本は警官らを説得するが警官達は「武器を捨てろと言ってる!」の一点張りだった。


 どうやら自分を犯人だと思っているようだった。何を言っても聞く耳を持たない。ようやくアンドロイドを見つけたというのに、これでは本当に見失ってしまう。


 だけど、この警官たちが邪魔で追うにも追えない。強行突破しようにも数が多い上に全員が銃を持っている。宮本一人で抵抗できるとは到底思えなかった。


 宮本はそのまま成す術なく警察に拘束された。


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