過去
眩い光が徐々に薄れていくのを感じて宮本がゆっくりと瞼を開けると、目の前には今までいた校庭ではない景色が広がっていた。
むき出しになった地面と何台ものショベルカー、それと数十人ほどの作業服を着た人たちがポカンと口を開けて宮本を凝視している。恐らく、突然現れた自分に驚いているのだろう。
突然起きた事に困惑する作業員の一人が恐る恐る口を開き沈黙を破った。
「君、一体どこから出てきた・・・・・」
そう漏らした作業員はこれでもかと引きつった顔をしていた。その心情は概ね察するが気遣ってはいられない。宮本はその作業員に一つ確認を取ろうと声を掛ける。
「あの、今日は何年の何月何日で――」
「ちょっと、君。」
宮本の言葉を遮って現場責任者の風貌の男が宮本の前に現れた。そして、その責任者は不機嫌な声で宮本に言った。
「君がどんな形でここに入ったかは分からんが、ここは立ち入り禁止だ。出て行ってくれ。」
強い口調で追い出そうとする責任者に宮本は先ほどの作業員と同じように尋ねた。
「わかった。すぐ出てくから、今日は何年の何月何日か、あと今何時か教えてくれる?」
「はあ?」
「いいから。」
責任者は宮本の態度に困惑しがらも丁寧に答えてくれる。
「二〇一五年、十一月の六日。今は・・・十時十五分だ。これでいいか?済んだならさっさと出ていけ。」
「はい、ありがとうございます。」
作業員二人に礼だけ言ってその場から立ち去る。宮本は彼が嘘を吐いていないか確かめる為に近くにあったコンビニへ立ち寄った。そこで売られていた新聞の日付を確認すると彼が言った通りの日付が印刷されている。どうやら本当に自分は三十年も前の過去に来てしまったようだ。すぐには受け入れ難い事だが、無理やり自分を信じ込ませた。
宮本は取りあえず人目のないところへ行き、男から受け取ったアタッシュケースを開けた。
真っ先に目に入ったのは別れ際に男が持っていた、あの銃だった。ところどころ発光しているそれは何とも言えない異質な雰囲気を醸し出している。
その他に、弾倉の様な物が三つ、半透明の板の様なもの。あとは銃のホルスターと思われるケースに、何故か黒いロングコートが入っていた。
半透明の板は指先で触れてみると光の線が現れ、ロック解除と言う文字が表示される。どうやらこれはスマホのような物らしい。時間と日付も画面に表示されている。
宮本は一通り見直した後、改めて半透明な端末をケースから中から取り出し操作した。
再び光の線で文字が表示される。宮本が親指で画面をタップすると突然端末から音声が流れた。
〈生体認証・・・完了。宮本 透様、適正ユーザーの使用を確認。ロックを解除します。〉
その音声が流れ終わると文字だった光の線は流れるように円を描きながら数個のアイコンを形成する。
宮本はその合成音声に気を取られながら機能を確認する。表示されているアイコンはそれぞれメモ、ボイスレコーダー、カメラ、電話など一般的なスマホにありそうな機能が揃っていた。
男に言われた通りメモのアイコンに触れてアプリケーションを開き中身を確認すると、そこには一つメモ書きがあった。そのメモの内容は――
『これを読んでいるのなら、お前は過去に飛べたって事でいいのだろうな。とりあえず、必要な情報をここに書き残しておく。まず、ケースの中身だが、銃、弾倉、ホルスター、端末、コートが入っているはずだ。全部あるか?』
念のため宮本は全部入っているか確認をして再びメモを読み進める。
『入っているならいい。次にアンドロイドの事だが、目標のアンドロイドには実弾銃は効かず、お前の手元にあるその銃でしか破壊することはできない。その銃は有り体に言えばレーザーガンだ、〈ALE-R2000〉っていうんだが、まあ名前なんてどうだっていいだろう。扱いには十分気を付けろ、当然だが人も殺せる。ふざけて振り回したりするなよ?用意した弾倉は三つ。装填方法は、銃のスライドを引いて弾倉を穴にセットしスライド戻して引き金を引けば撃てる。』
もう少し詳しく説明しろと文句を言いたいが、宮本はそれを堪えて物を手に取る。
『本当に撃つとき以外は引き金に指をかけるな。戦闘以外ではホルスターに銃を納めておく様に。』
たどたどしく苦戦しながらも指示通りに銃に弾を装填しホルスターに納めた。
『流石に堂々と銃をぶらつかせるわけにもいかんだろうから、コートを着ていけ。最後に、最初に奴が現れえると思われる場所だが――』
「・・・・」
『悪い、自力で探してくれ。』
「はあ!?」
宮本は予想外の文章に驚き、思わず声を上げた。
「自力で探す?何の手掛かりもないのに?」
一人苛立つ宮本だがメモにはまだ続きがあった。
『別の時代から来た奴が事を起こすんだ。不確定要素が多過ぎて何が起きるか把握できない。』
「なんだよそれ!それじゃあ探しようがないだろ!」
居もしない男、ましてやメモに対して宮本は腹を立てた。
『ただ・・』
まだ続きがあるのか・・・宮本は未だ腹を立てながらも読み進める。
『一つ助言をするなら、人ごみ、人が集まる様な所に行け。恐らく奴はそこで事を起こすつもりだろう。』
ようやくそこでメモ書きは終わっている。
「人ごみ?人の集まる場所・・・どこだ??」
人が集まる場所なんて心当たりが多すぎる。手当たり次第に回るには時間が掛かり過ぎる。それに、あの男は宮本が過去に飛ぶ前、日が変わる前に片付けろと言っていた。それはつまり、今日(二〇一五年の十一月六日)の二十四時までにそのアンドロイドを倒せって事になるはず。今の時刻は十時からしばらく経って十時四十二分。十三時間と十八分の間に全てを終わらせなければならない。
手にしていた端末と弾倉を懐にしまい、銃を納めたホルスターをズボンに掛けた後、宮本は立ち上がりコートに腕を通した。
「ここで幾ら考えてても仕方無い。とにかくそれらしい場所を手当たり次第に当たっていくしかないか。」
宮本は、アタッシュケースを置いて走り出した。