飛翔
「やるよ。こんな気持ち悪い世界なんか、ごめんだ。」
宮本はそう答えた。確かにいい世界だ。半日しか過ごしていないが悪い気はしなかった。
でも違う、ここには何もない。知っている人も、見慣れた町も学校も、心休まる家も、何もない。好きな人が恋人だったとしても実感が湧かない。横に立っていても居心地が悪い。〝ここ〟は自分がこのまま居続けたいと思える世界ではない。
宮本の言葉に男は何故か顔を伏せた。
「そうか。なら、これを持っていけ。」
男はそう言って立ち上がり何処からか取り出した大きいアタッシュケースを宮本に差し出した。
「この中には、あいつを止める為に必要なものが入ってる。」
あいつ?・・・男の口から不意に漏れたその言葉に宮本はどこか違和感を覚える。どうしてそう思ったのか自分でも分からないまま、男は宮本に考える時間を与えないように続けた。
「それと、これが時空間転送機。転送先の時間を設定してこのボタンを押せば飛べる。」
そう言って宮本に懐中時計に似た転送機なる物を手渡した。
「は?設定?どうやんだよ。ちゃんと説明しろ!」
「上についているダイヤルを回せばいい。」
宮本が強引な男に説明に押されながらもそれらを受け取ると、男はさらに言葉を続けた。
「それで、肝心の転送先の時間だが――」
その言葉を遮るように誰か声を上げた。
「おい、いたぞ!あいつだ!」
声のする方へ眼を向けると警察官の様な格好をした人たちが宮本たちの方に駆けよって来ていた。その様子は明らかに普通ではない。
「転送先時間は二〇一五年の十一月六日、日が変わる前に片付けろ。時間がない早く行け!」
「え、でも――」
「いけぇ‼」
男の気迫に押され急いで転送機の設定を始めると、男は銃の様なものを懐から抜き出し、警察官に向け引き金を引いた。
同時に閃光、そして、耳にしたことのない音が響く。宮本には一瞬何が起きたか分からなかった。男が出した銃は銃口から青白く光る弾丸の様なものを放ち、その放たれた光は木や建物に当たると、それを溶かすように風穴を開けて消えていったのだ。
現実とは思えない目の前の光景に圧倒されつつ、宮本は何とか転送機の設定をし終えた。後はボタンを押せば飛べるのだが――
「何してる!俺に構わず行け!」
男は振り返らずに宮本に言った。宮本は転送機を構えたまま銃を撃ち続ける男に尋ねる。
「でも、お前は!」
「俺は付いてはいけない。後はお前が何とかしろ。」
「な、俺は何も分からなんだぞ⁉そんな無責任なことを言うな!」
その言葉に背中を向けていた男は突然振り返って無言で宮本に迫り言った。
「細かいことはその中の端末のメモに記してある。とにかく後はお前次第だ。この世界をどうしようと全て…」
そう言うと男は宮本の手とその手に握られた転送機を握り、転送機のボタンを宮本の指を通して押した。
「最後にこれだけは言っておく、お前がどんな選択をしようが構わないが、後悔だけはするな。」
そう言った男の脇腹は赤い血を流していた。
「お前・・・」
擦れた声を漏らした宮本は光に包まれていく。徐々に白んでいく視界の中で目の前にいる男は何故かほんの少し口角を上げた。
そして宮本は時間の壁を超える。