海士坂 司
***
到着したころには真っ暗だった。
妙法寺邸は、田舎の片隅に似つかわしくない造りをしていた。
村はずれの山を少し入ったところにある、二階建ての洋館だ。建ったばかりのころは壁の白一色が山の緑にさぞかし映えただろう。今は所々剥げてはいるが、それでも十分美しい。
屋敷の前には砂利敷きの空きスペースがあり、車ならば数台は駐車できそうだ。シルバーのワンボックスが一台だけ停まっている。
「黒川先輩のと似てない?」
バックで駐車をしながら言うコトリに、奈々雄が返す。
「車種一緒だな。ってか、フロントぶつけたまま直してねえとこまで」
横並びに停め、エンジンを切る。
「やっと着いた」
司は後部座席で伸びをしながら、窓越しに雨を見た。当分止みそうにない。
仕方なく車外に出た。コトリはハンドバッグを持っているが、男三人は手ぶらだ。ラゲッジスペースから傘を取り出すより走った方が早い。
四人は意を決してドアから飛び出した。玄関前にある低い石段を上り、屋根のある玄関扉の前に逃げ込む。
「せっかくの結婚式なのになあ」
スーツの雨粒を払いながら皆に視線を向ける。コトリと奈々雄が、二人して後方の車を見つめていた。
「どうしたの?」
司の問いにコトリが答える。
「やっぱり先輩の車で間違いない」
「お前、先輩ら誘ったか?」
首を振る。誘ったのはここにいる三人にだけだ。
「そういや、この話を聞いたのって研究室でだよな。あんときアスカさんも話聞いてたんじゃね?」
「いなかったよ、僕たちだけ。それに、見えないところで立ち聞きしてたとしたって誘われたなんて勘違いしないよ」
「行きたいと思ったら勝手に来ちゃうような人でしょ、あの人は」
困惑する司に、コトリがぴしゃりと言う。
「天然系不思議ちゃんだもんな、アスカさん。黒川先輩はデレデレだし、行きたいから連れてってって言われたら車出しそうだわ」
奈々雄も同調した。
司は黙ったままの聖一に視線を向ける。部外者にとっては理解できなさそうな関係性だろう。
「黒川先輩もアスカさんも同じ研究室の先輩なんだ、一個上のね。アスカさんはすごく美人でさ、黒川先輩はなんでも言うこときいちゃうんだ」
「姫と従者だな、ありゃあ」
「……それで、わがままな女がこの結婚式に来たがったから勝手に連れてきたと?」
奈々雄が苦笑しつつ補足する。
「わがままってか、ズレてんだよな。飲み会の幹事なのに結局予約してなくて、心から申し訳なさそうにしながら当日になって黒川先輩に丸投げするとかさ。そういうのが時々ある」
「よく怒りませんね」
「黒川先輩か? あの人もあの人だからなあ。アスカさんには激甘っつーか」
司も、彼女の人間性はつかみかねていた。だからアスカが「行きたいと思ってたけど言い出せなくて」と屋敷の中で申し訳なさそうに頭を下げたとしても、普通にあり得る話だと思った。
「それで、その二人の車だけがそこに残ってると」
「もう先に入ってるみたいだね」
目の前の玄関戸を見る。塗装が所々剥がれ、白と黒のまだら模様になっていた。メッキの禿げた鈍色のノッカー以外、中に来客を知らせるものはない。頭上にある電灯の光は薄暗く黄ばんでおり、経年を感じさせた。
「俺らも早いとこ入れてもらうか」
「寒いしね」
奈々雄がノッカーを叩くが、反応はない。
「結婚式っていうけど、本当に私たち以外は来てないんだね」
先ほどの老人の反応では、それも仕方ないのだろう。代々続く名家でありながら、村には受け入れられていない。
司はため息をついた。村のための仕事をしているのに疎外されるとは、なんとも理不尽な話だ。
「気づいてないのかな?」
再度ノッカーを叩く。しかしわずかな気配すら返ってこない。
「まさか留守ってことはないよね」
司の言葉にコトリが答える。
「カーテンは閉まってるけど、明かりはついてるよ。ほら」
右側を見ると、縦長の洋式窓からかすかな光が漏れていた。
「なんだよインターホン付けろよ、ったく」
文句を言いながら奈々雄がドアハンドルをひねる。
その拍子に、あっさりとドアが動いた。
「鍵、開いてたんだ」
「誰でも入っていい系か?」
「結婚式だし、いつでもゲストが入れるようにってことかも」
司は好意的に解釈し、暖かい室内に入れることを喜んだ。
「んじゃ遠慮なく入ろうぜ」
皆が中に入り始めると、聖一も素直にあとを着いてきた。
入るとすぐにホールだ。吹き抜けで、テニスができそうなほど広い。
正面奥には作り付けの暖炉があった。壁に半分埋め込まれているような形状だ。出っ張った部分の上には、小さな人形が二体座らせてあった。
暖炉を挟むように、廊下が奥の方へと続いている。その廊下沿いには左に二部屋、右にも二部屋の、計四部屋分のドアがあった。
「すっげえ豪邸だな……」
「土足で良いのよね?」
戸惑ったように言いながら、コトリが黒い厚底ブーツが大理石の床を鳴らす。それ以外、何の音もしない。
「すいませーん」
「招待状をいただいた海士坂司ですー」
「誰かいませんかー?」
聖一以外、口々に大声で呼びかける。しかし返事はない。煌々とした明かりは点いているのに、まるで人の気配がしない。
「どういうこと?」
コトリが周囲を見回しながらも一直線に進んでいく。暖炉の上の出っ張ったところに置いてある人形が気になったらしい。
「可愛い! 妙法寺峰子って、こんな小さな作品も作るのね」
二十センチ弱の人形は、小学生くらいの男女の姿をしていた。仲睦まじげに手をつないでいる。
「それより、なんで誰もいないんだよ」
先輩たちはおろか、出迎える家人の気配すらない。どこか奥の部屋で話し込んでいるのだろうか。
「あ! 確か、先輩たちも『ピスガ』インストールしてたよね?」
司は、研究室でピスガの話をしていたときに二人もその輪にいたことを思い出した。
「おっ、そうだ忘れてた。ナイスアイディアだな」
「電波回復してるといいね」
奈々雄がスマホを取り出す。
「電波も回復してる。探せるぞ」
当然のことながら個人宅のマップデータは存在しないので『ピスガ』のマップ画面は灰色一色だ。しかし、それぞれの位置を示す六個の赤いポイントは表示されている。
「この、真ん中の下あたりに固まってる四つが私たちだね。端っこに小さく名前が書いてある」
右上の端には『黒川鉄二』と『坂俣アスカ』と添え書きがされたポイントが並んでいた。
「先輩たちはここだな。マップなくたって楽勝だ」
奈々雄の言う通り、皆が歩き出すと四つのポイントもぞろぞろと移動を始めた。暖炉の埋まった壁の右手にある廊下を、奥へと進む。
突き当たりには窓があり、その右手が階段だ。階段の数メートル手前にはドアがあり、この奥に二つのポイントが表示されていた。
「ここに二人がいるってことか」
「とにかく会った方がいいよね。妙法寺さんたちがどこにいるかも訊きたいし」
コトリが言ってドアをノックする。焦げ茶色の重厚な木製扉だ。
「こんばんはー」
返答がない。
「海士坂です。入っていいですか?」
しばらく待つ。しかし、返事どころか物音ひとつ聞こえない。
「……僕たちの声、聞こえててもよさそうだけど」
初めて司の心に不安がよぎる。四人で話しながらこの部屋の前まで来たのだから、普通ならばノックする前に来訪者の存在に気付いてもいいはずだ。
「寝てる……わけじゃねえよな」
「先輩、いますか?」
何度ノックしても反応がない。
しびれを切らしたようにコトリが扉の前に割り入った。金メッキの丸いドアノブに手をかける。
「……あ、待って」
思わず司は止めた。
「僕が開ける」
「なんでよ」
口と顔では不満気なコトリだったが、意外にも素直に手を引いた。彼女も得体の知れない不穏なものを感じているに違いない。そしてそれは、残りの二人もそうなのだろう。
「司、俺が――」
後ろから久しぶりに聖一が口を開く。
しかしそのときにはすでに、司の手がドアを押し開けていた。
「入ります」
蝶番が悲鳴のような音を立てる。
と同時に、鼻が異変をかぎ取った。
狭くはないが広すぎない、洋風のリビングルームだ。ペルシャ風のラグの上に、向かい合わせたソファと長方形のローテーブルが置かれている。
その真上からは豪奢なシャンデリアが、太い紐のようなものを絡ませて吊り下げられていた。
アスカが、その焦げ茶色のローテーブルに立っている。
全裸だ。
なんらかの器具で強制的に立たされている。腰と両手、そして太もも部分に、金属の固定器具が見えた。不思議なことでもあるように、首はぐにゃりと九十度折れ曲がっている。シャンデリアが、悪趣味な彫刻を見せつけるように頭上で灯っていた。
「う……」
清楚な美人の面影はなかった。長かったまつ毛は目蓋ごと引きちぎられ、頭頂から顎下にかけての皮膚がごっそりと剥がされている。喉の半ばまで剥がれた生皮が、ぬめぬめと光りながらネックレスのようにぶら下がっていた。頭蓋もいびつな形に陥没しており、おそらく脳漿と思われるピンクの液体が、露わになった乳房や下腹部までも濡らしている。後頭部から生えた長い黒髪と細身の身体で、辛うじてアスカだと推測できた。
――あれって……。
視線を下げたところで、シャンデリアに絡まったものの正体が分かった。薄紫色の、丸々と太った蛇のようなものが、赤い口を開けたアスカの腹部へと繋がっている。小腸だ。ねっとりとした光を纏い、亀裂のような青い血管を浮かべている。
艶かしささえ感じる臓物を見たことに、司は奇妙な罪悪感を覚えた。
「うわああああああああああああっ!」
奈々雄が廊下に尻もちをつく。コトリは木枯らしのように掠れた音を立て、両手で口を押えた。
「アスカ、さん……?」
司はいまだ現実味を感じられないでいた。全てが作り物なのではないか。けれど、抗いようのない臭気が司の胃袋を握りつぶす。駆け寄ろうとしても足が動かない。心とは裏腹に、身体はこれが本物の死体であることを認識していた。
その中で一人、近づく者がいる。
聖一だった。
「顔の皮膚が剥がされて、腹部を裂かれている……」
磨かれた革靴が進む。スポンジを絞るように、彼の踏んだラグから血が滲み出た。左手で鼻と口を覆い、顔を顰めている。陰部にまで達している縦長の傷口を覗き込んだ。
「……単に裂いたのではなく、何かを探して取り出した……おそらくは心臓を」
「せ、聖一!」
司は思わず声を上げる。
「もう良いよ……やめて。可哀想だよ……」
なんとかそれだけ絞り出す。これ以上話しては別のものが口から出そうだ。
「知人であれば気持ちは分かりますが、これは興味本位というわけではありません」
いつになく気遣わしげな口調で聖一が弁明する。
「触ったところまだ温かい。殺されて間もないということは、犯人がまだすぐ近くにいるということなのですよ」
衝撃だった。
死体の悲惨さにばかり気を取られ、そこまで考えが至らなかった。全く頭が働いていない。この殺され方を見れば、すぐに分かるようなことなのに。
げええ、という声が聞こえた。ドア近くの壁際で奈々雄が吐いたのだ。コトリは気丈にも耐えているようだが、聖一の一言に弾かれたように、覆っていた顔を上げて目を見開く。
司の胃袋が暴れている。五感全てで死を感じていた。いまだ吐かないでいられるのは、ただ「アスカに失礼だから」という一心からだ。
「おい……」
ペッ、と奈々雄が唾を吐く音が聞こえた。唸るような低い声だ。
「逃げるぞ……早く」
ふらりと立ち上がる。司は慌ててポケットを探った。
「つ、通報を――」
司が言いかけると、すでに部屋を出ようとしていたコトリが必死の形相で振り向く。
「それより車、今すぐ……あれ取られたら、私たち終わりだよ!」
確かに、車を壊されでもしたら退路を断たれたも同然だ。雨は今も降り続いており、外の気温も低い。真っ暗な雨の山道は危険だし、歩いて山を下っている最中に襲撃される可能性もある。
脱兎のごとく走り出した二人に司も倣う。振り返ると、聖一がスマホを耳に当てながら動かないでいる。
「聖一、早く」
声を掛けると同時に、窓の外が白んだ。腹の底に響くような轟きを背に、司も二人の後を追う。
――なんであんなところに、スマホが二台も落ちてたんだろう。
聖一は電話を掛けながら、テーブルわきのラグに落ちていたスマホを見ていた。『ピスガ』に赤いポイントが二つ表示されていたということは、あの部屋に落ちていた二台はそれぞれアスカと黒川のものだろう。
――アスカ先輩だけじゃない……?
嫌な予感を感じたまま廊下を戻る。
――まさか、黒川先輩まで。
廊下を抜けて広いホールに出る。
その中ほどで、先に行ったはずの二人が立ちすくんでいた。
玄関ドアの前には、猫背の大男が立ちふさがっている。
「……黒川先輩」
異様だった。
黒川は背が高く体格も良いが、いつも不健康そうな顔色をしていた。その体躯と土気色の肌はフランケンシュタインのようだった。しかし今日は、その顔色すらうかがえない。
彼の顔は生皮で覆われていた。長い黒髪付きの頭皮をかぶり、銀の針金で地肌に直接縫い留めてある。目や鼻、口の部分に開いた穴からは、黒川本人の顔のパーツが覗いていた。女性らしい長い髪はあまりにも不釣り合いだ。
そんな奇妙なマスクをかぶっているにもかかわらず、彼は黒のスーツを着込んで精一杯の正装をしていた。ただし白いシャツには赤茶けた染みが広がっている。
「……本日、は、あいにくの、空模様のなぁか」
アスカの唇の向こうで、黒川が口を開く。
「大勢の、みなさま足、をー、運びいただき。まぁことに、ありがとうござます」
狂ったようなイントネーションで口上を述べていく。
逃げ道を塞がれた司たちは、金縛りのようにその場から動けないでいた。
「こぉ度めでたぁく、新婦、妙法寺紗雪は、永眠した、ました」
――永眠?
司は耳を疑った。今日は彼女の結婚式ではなかったのか。もしかして、先ほどアスカだと思った女性は妙法寺紗雪だったのだろうか。
しかしさらに、黒川の奇怪な挨拶は続く。
「つきあしてぇ、結婚式を執り行いたく。新婦、妙法寺紗雪。新郎ぅお、海士坂司」
「………………え?」
固まっていた三人が、一斉に司を見た。
黒川は何を言っているのか。嫌な汗がじわりと浮かんだ。
ほんのちょっと前まではただの結婚式だと思っていたのだ。それなのに突然現れた黒川は新婦が死んだという。そして死者の結婚相手は司自身であると。
「しいぃ、しっ新郎さぁまは」
喉の奥がひくついた。勘の鈍い司でも分かる。
死者の花婿に選ばれた者が、どうなるのかを。
「かっ、かな、かならず出席、しゅしゅ出席出席出席」
コトリと奈々雄が後ずさる。司は足が震えるばかりで、動かすことができなかった。
黒川は司を見据えていた。生皮の奥の目がぎらついている。重力で丸く開いたアスカの唇の向こうで、土気色の口がにたにたと笑っていた。
――とにかく逃げなきゃ……。
黒川は前のめりになり、今にも司に飛び掛かりそうだ。それなのに司は、気ばかりが焦って動けないでいる。この体格差で襲われては、助かる見込みなどありそうにない。
――このままじゃ、殺され……。
絶望しかけたとき、彼の真横で空気が動いた。
動けないでいる三人の脇を聖一がするりと抜けていく。今来たような足取りで、つかつかと黒川の正面に歩み寄った。
「どきなさい。邪魔です」
呆れるほどに平静だった。ことの異常さに気付いていないのか、全く臆する様子はない。
「しし、新お、新郎はぁ」
「どかないなら蹴りますけど」
「かかかか、かぁらず、必ず出席くださいますよう」
「……それでは遠慮なく」
宣言通りに聖一は足を振り上げる。
前蹴りでみぞおちを狙った。しかし瞬時に黒川がガードし、カウンターを放つ。横蹴りだ。
ほとんど反射的と言っていいスピードだが、聖一も素早い。バックステップで間一髪かわし、距離を取った。
突然の展開に、思考が追い付かない。
「窓を探せ!」
鋭い聖一の言葉に弾かれ、奈々雄が走り出す。
正面の玄関ドアから逃げるのは黒川と聖一がいるので無理だ。奈々雄が向かったのは先ほど玄関から見えた窓のある部屋、一番玄関に近い左の部屋のドアだ。
黒川が手を後ろに回す。取り出したのは柳葉包丁だ。背中のベルト部にでも挟んでいたのだろうか。あんなものを隠していたとは気づかなかった。
「こ、コトリも早く!」
司は震えながらも立ちすくんでいる彼女の肩を揺すった。花のように大きく開いた目が、一呼吸おいて彼に焦点を結ぶ。じわりと焦りをにじませて、ようやく奈々雄とは反対の右へと走り始めた。
――聖一を助けなきゃ……!
司は振り向き、弟を見る。しかし走り出す前に黒川が動いた。
銀の刃が横一閃、聖一の頬を裂く。
血がリボンのようにたなびいた。
「開かねえぞおい!」
遠くで奈々雄が叫んだ。
わななく足で走り寄ろうとする司に、聖一が怒鳴りつける。
「来るな!」
司は聞き入れることなく駆けた。司に気を取られた聖一が、もろに足払いを食らって転倒する。
黒川は聖一に覆いかぶさり、高々と刃を振り上げた。
司は助走をつけて、わき腹めがけ渾身の蹴りを放つ。
「ぐうっ」
腹の空気を強制的に押し出すような声を上げた。黒川がドアに激突する。横倒しになった彼は、しかしまだ包丁を持ったままだ。その刃が黒川の頬を貫通していた。
彼は驚いたように口を開いている。ぬらぬらと赤く光る切っ先は生皮ごと貫き、舌にまで食い込んでいた。
「あ……ご、ごめ……」
青い顔で動揺する司に、黒川がにいっと笑いかける。
「すみませ……」
謝罪も気に留めず、握ったままの柄をずずっと引く。焼き鳥でも食べるような仕草だ。頬の肉は吸い付くように包丁に纏わりつき、外側へと歪んだ。
完全に引き抜かれた途端、内外に鮮血がほとばしる。口から血を吐きながらも、彼はばね仕掛けの人形のように跳ね起きた。視線はずっと司に向けたままだ。
「司!」
聖一が怒鳴りながら立ち上がろうとする。
「構わず逃げ――」
聖一を注視していなかったはずの黒川は、気配で察したのかすぐさま反応した。獣の動きでターゲットを変更し、血まみれの包丁を構えた。長髪を振り乱し、聖一めがけて突進する。
しかし、その先を見届けることはできなかった。
ふいに闇が訪れた。