リドディルクの事情
アシュリーを王妃としたことで、ひとまずは俺が生きてる事は諸外国には知れ渡った。
これで、不在だと思って攻めこもうとしていた一部の組織と派閥の熱が冷めた感じだ。
その者達はまた追い込むとして、何とか事なきを得た。
そして、山ほどあった縁談の話がピタリとおさまったが、まだ数人は「それでも是非!」と言ってくる。
アシュリーも、「ディルクに別の奥さんがいても良いよ?」と言う。
そう言う事ができるのなら、初めからそうしている。
できないから厄介なんだ。
身近にいる女性の感情を知れば、誰だって無理だと分かる筈だ。
手に取る様に感情が読めるのだ。
その感情と表情が違い過ぎて、誰の顔も美しく等見えない。
いや、ミーシャやウルリーカはそのままか。
感情のままに話しているからな。
貴族社会に揉まれた女性は、俺には恐ろし過ぎて近づきたくもない。
ならば、まだ町娘の方が断然良い。
しかしアシュリーと言う、俺にとっては完璧と思える女性がそこにいるんだ。
それ以外に少しでも良いと思える人がいれば話は別だが、全くそう思わないんだ。
こんな状態なのに、他に目移りしようがない。
次エリアスに会ったら、また殴り飛ばしてやろか。
まぁ、本気で戦ったら、今のエリアスに勝てる自信はないがな。
あのフロストドラゴンを一人で倒したと聞いた時は流石に驚いた。
その功績を称えて、オルギアン帝国Sランク冒険者のリーダーに就任させ、報奨金もしっかり手渡した。
その金で、インタラス国のスラム街を丸々買い取ったのだから、アイツの金の使い方には頭が下がる。
「そこは私の家でもあるんだ!」って、アシュリーは嬉しそうな顔をして言っていた。
本当は、俺がいるこの帝城を帰る家だと思って欲しかったのだがな。
夜になってここに来て、朝方分かれてエリアスの元へ帰る。
もう少し一緒でありたいが、アシュリーがエリアスを一人で放っておけないと言うので、早めに帰る事が多い。
しかし、体調が思わしくない時なんかは、一つになると良くなっていくので、疲れがたまってそうな時は、アシュリーは長めに滞在することもあった。
今日も夜になって、アシュリーが俺の部屋に来た。
アシュリーと一つになれてからはこれが日課になっていて、アシュリーと両手を握りあって、額をつけて意識を一つにするようにして目を閉じて……
ゆっくり目を開けると、その時にはもう、いつもの自分では無くなっている。
その体は軽く、気分も良く快適で、自信も力も湧いてくる。
こうも一つになるのが素晴らしいものなのかと、初めての時は感動すらしたものだ。
今日もいつものように一つになろうとした時に、頭に響いた声があった。
セームルグだ。
何かあるのかと思い、セームルグを呼び出す。
「ディルク、なんでセームルグを呼んだの?」
「俺に訴えてたようなのでな。セームルグ、何か言う事でもあるのか?」
「はい。一つになるのを考えて頂く必要があったので。」
「え?それはどういう事なの?」
「アシュリーさんの体に、もう一つ命が宿りました。」
「え……?」
「それは本当か?!」
「ええ。しかし、まだ受精したのみです。これから着床し、妊娠となるのですが……」
「なに?なにか問題があるの?」
「貴方たちが一つになった時の性別は、Y染色体がある為に男となります。そうなった時、命は守れません。」
「……それは……いなくなっちゃうって事……?」
「そうです。」
「え?!そんなの、嫌だ!私の……エリアスとの子なんだよ!嫌だ!」
「アシュリー……」
「この子の生命は強いです。ですので、このままであれば命が尽きる事はなく産まれてくるでしょう。」
「じゃあ!お母さんの時みたいに、魔力が強すぎて体が耐えられないって事はないんだね?!ちゃんと産まれてきてくれるんだね!」
「えぇ……ですが……」
「どうした?何か問題があるのか?」
「その命を守る為に、アシュリーさんの体に負担がかかります。」
「なんだ?!どう言う事だ?!それはどんな風にだ?!」
「ディルク、落ち着いて!……セームルグ、教えて?」
「恐らく、貴女の体力や魔力等を奪っていくと思われます。そうやって、体を守ろうとするんです。」
「なんだ……そんなことなら……」
「そんなことではない。どこまで奪われるかによって、アシュリーの体に大きな影響を及ぼす。楽観的に見ることではない。」
「そうですね。どこまで負担がかかるのかは、今の段階では分かりません。大きな負担となれば、アシュリーさんの命に影響があるかも知れません。」
「え……」
「……アシュリー、よく考えるんだ。大きな負担がかかるのであれば……子供を諦める事も考えなければ……」
「……嫌だ……」
「アシュリー……」
「嫌だ!せっかく!せっかく私の元まで来てくれたのに!私とエリアスの子なのに!今私の中にいるのに!」
「……お気持ちは分かります。ですがアシュリーさん、ディルクさんの言う通り、しっかり考えた方が良いと思います。アシュリーさんに何かあればディルクさんにも影響が……」
「あ……そう……だ……ごめんなさい……」
「……謝らなくていい。女性とはそう言うものなんだな……分かってやれなくてすまない。」
「ううん!私の方こそ!自分の事ばっかり考えて……私は一人じゃないのに……私の命はディルクと共にあるのに……」
「よくお二人でお考えになって下さい。貴方たちの決定に、私はお力添えをさせて頂きましょう。」
そう告げて、セームルグは俺の中へと消えた。
アシュリーは泣きそうな顔をしながらうつ向いている。
アシュリーを抱き寄せ、ソファーに座る。
胸に顔を埋めるアシュリーを強く抱き締める。
「ディルクごめん……私、勝手な事ばかり言った……」
「そう何度も謝る必要はない。アシュリーの気持ちは分かった。産みたいんだろう?」
「…………」
「俺に気を使わなくていい。アシュリーの気持ちを大切にしたい。」
「でももし私に何かあったら……ディルクがいなくなるのは国が……沢山の人々が困る……私の為に……私一人の為にディルクは無くせない……」
「一人ではない。その身にもう一つの命もある。それに、俺はアシュリーがいなければこの国を守る意味等……」
「そんなこと……!言わないで!……お願い……そんなことは……」
「悪かった……ハハ……結局俺は自分が可愛いんだな。アシュリーを生かすと言うことは、俺が生きると言う事だ。」
「それはそうだけど……そんな風に思わないで……」
アシュリーは俺を抱き締める。
どうしようもない思いが胸を埋め尽くしているんだろう。
女性は子供ができると、それを守ろうと本能で思うのだろうな。
これは男には分からない感覚なのかも知れない。
二人で話し合って、まずは一週間様子を見ようと言う事になった。
無理をしないようにする事、体調が優れない場合はすぐに言うようにする、等を決めた。
それからエリアスにはどう言うか……
「エリアスには……折を見て私から話す。」
「分かった。俺に手伝える事があれば何でもする。遠慮なく言って欲しい。」
「うん。ありがとう。」
そう決めて、アシュリーと二人の状態で抱き合って眠りについた。
一つにならなくても、こうやっていれば安心していられる。
不安な気持ちと、嬉しい気持ちがアシュリーから流れてくる。
それと、子を慈しむ母としての感情が……
それは温かくて優しくて、全てを包み込むような大きな愛という感情だった。
こんな感情を感じ取ってしまったら、子供を諦めろ等とは二度と言えそうにない。
この事を知ったら、エリアスはなんと言うだろうか。
アイツは子供が好きだ。
今もスラムにいた子供や、俺の仕事で向かった先の街や村にいた身寄りのない幼子を連れ帰って来ては面倒を見ている。
自身がそうだったからか、心が傷ついた子供に寄り添って、持ち前のあの性格で立ち直らせて元気づけている。
それがアシュリーと自分の子供だとなれば、必ずバカみたいに喜ぶだろう事が目に見えて分かっている。
しかし、アシュリーの事が分かれば……
俺がしてやれる事はないのか……
こう言うときにどうしてやる事も出来ないのは、歯痒くて仕方がない。
明日はインタラス国にアシュリーを連れて行くが、「無理をせずにここに残っておくか?」と聞いても、「出来ることはしておきたい。まだ体に何の変化もないしね。」と言って笑う。
これからどうなるか、アシュリーの負担がどれ程のものか、俺が止めないといけなくなるかもな。
決断を出すのは、アシュリーにもエリアスにも辛い事になるだろうからな……




