先を急ぐ
俺を見て、アシュレイは「エリアス」と言った。
俺の事が分かるのか?
俺を思い出したのか?
そう思って嬉しくなったけど、目覚めたアシュレイはまた俺を「ディルク」と呼んだ。
けど、俺との事を思い出してくれたみてぇだ。
いい……
今はそれでいい……
俺の腕の中で幸せそうに眠るアシュレイを抱き締めながら、何度もそう心で繰り返す。
「兄ちゃ……」
ウルがテントを覗く様にして俺を呼ぶ。
どうやら解体が上手くいかなくて、手伝って欲しいって呼びに来たようだ。
そっとアシュレイから離れて、静かにテントから出た。
エゾヒツジが中途半端に解体されている。
それをウルに説明しながら、続きの解体を施していく。
ウルも一緒にしながら、俺の説明を真剣に聞いていた。
その時、不意にウルは聞いてきた。
「なぁ……あの村で亡くなってた男の人は……兄ちゃの……お父さん……?」
「……そうだ……」
「やっぱり……兄ちゃにそっくりやったからな……だから助けに行きたかってんな……」
「俺が助けられた。俺は助けられなかった。」
「兄ちゃ……」
「ウル、気にしねぇでくれ。それと、この事はアシュレイには……」
「うん。分かってる。けど……なんで兄ちゃは殺されそうになってたん……?」
「俺はあの村じゃ禍なんだよ。忌み嫌われる者なんだ。」
「兄ちゃはあの村を救ったのに?!あんなめっちゃでっかいドラゴン倒したのに?!」
「そのドラゴンを連れてきたのは俺だって……まぁ、俺が攻撃したから山から村へ行ったんだから、あながち嘘でもねぇけどな。」
「けどあのままやったら、絶対皆助かってなかったやん!家とか壊されても、それはまた建て直せるやん!!なんで兄ちゃが悪者にされなアカンの?!」
「小さな村なんて、そんなもんなんだ。誰かのせいにしなきゃやってけねぇんだよ。それがたまたま俺だっただけだ。」
「そんなんっ!理不尽や!兄ちゃが……可哀想すぎるやんっ!!」
「ハハハ……ウルは優しいな。ありがとな。」
「そんなん……ちゃう……!姉ちゃも……ずっとディルクって言って……!」
「けど俺の事、思い出してくれたからな。」
「でもまだディルクって!」
「少しずつだ。そんな急には元に戻れねぇよ。呪いがかかってたからとは言え、愛する人を自分が殺したなんて、そんな酷ぇ事すぐに受け入れられっかよ……」
「そう……やけど……」
「ウル。」
「な、なに?」
「そこ、切り方間違ってる。」
「あ!ごめんっ!!」
「ハハハ……まぁ、失敗は誰でもすっからな。今日はアシュレイをゆっくりさせたいからスープは無理かな。ステーキにでもすっか?」
「うん!アタシ、エゾヒツジのステーキも好き!」
「俺もだ!あ、それなら、バーベキューとかにすっか!」
「それがいい!やったぁ!」
ウルと解体しながら、じゃあ昼飯はどうする?なんて話していて、一緒に作ろうかって笑いあった。
そうだな。
笑ってなきゃなんねぇな。
無理をしてでも笑ってたらなんとかなる筈だ。
解体が終わって、テントにアシュレイの様子を見に行く。
アシュレイは寝入ってて、子供みてぇな寝顔でいる。
アシュレイの頬を撫でて、それから髪を優しく撫でていると、アシュレイが目を覚ました。
俺を見ると、ニッコリと笑う。
それだけで、なんかもうどうでも良くなるんだ。
本当に重症だな……俺は。
アシュレイが起きて、もう自分は大丈夫だからすぐに旅立とうと言い出す。
そんなに急がなくても、ってウルと二人で言うけど、何だか急いで行きたいんだって言う。
アシュレイがそう言うし、俺も魔力はまだ回復出来てねぇけど普通に動けるから、アシュレイが言う通り旅立つ事にした。
アシュレイは本当は、空間移動でオルギアン帝国まで行きたいみてぇだけど、まだそれをさせる訳にはいかねぇ。
俺との事を思い出したんなら、ディルクがオルギアン帝国の皇帝だって分かってるかも知んねぇ。
なのに、アシュレイはその皇帝であるディルクと一緒に旅をしている。
これは大きく矛盾する。
その事を知りたい為なのか?
けど、まずはアシュレイがディルクを刺したと言う事実を受け入れねぇとダメなんだ。
俺がディルクじゃねぇって分からないとダメなんだ。
全部を分かって、現実を知って、それを乗り越えてからじゃねぇと……
急ぐアシュレイを説得して、このまま歩いて行く事にする。
それにはウルがワガママを言う感じで説得してくれた。
俺の言う事はなかなか聞いてくれねぇからな。
俺も結局は折れちまうし……
だから、マジでウルがいてくれて助かってる。
北西に向かって歩き出す。
まだ辺りは雪が残ってて、歩き辛い状況だ。
けどアシュレイは気にせず歩いていく。
なんでそんなに急ぐんだよ?
「姉ちゃ!ちょっと待って!」
「え?」
「急ぎすぎちゃう?ちょっと休まへん?」
「え?そうか?けど、早く行った方が……」
「兄ちゃはまだそんなに体力戻ってないねんで!」
「あ……!……ごめん……」
「いや……大丈夫だ……」
「なんでそんなに急ぐん?どうしたん?いきなり!」
「いや……なんでかは分からないけど……そうだな……急ぐ必要ないんだよね……」
「ほなちょっと休憩しよ?兄ちゃを休ませたい。」
「ディルク、ごめん!私……」
「いや、良い、気にしねぇでくれ。俺も情けねぇな……ちょっと歩いただけなのによ……」
「ううん!本当は今日はゆっくりした方が良かったんだ!私がワガママを言ったから……!」
「とにかく、もう昼過ぎやし、出るとき作ったお弁当食べよ?な?」
「うん……」
なんか急いてるな……
なにをそんなに急ぐんだ?
ウルも不思議そうにアシュレイを見てる。
こんな風に自分本意で動く事は、今までなかったんだけどな……
アシュレイが土魔法でテーブルと椅子を作って、そこに弁当を出して食べる事にした。
アシュレイは少し落ち込んだ感じで用意をする。
並んで座ってるアシュレイとウルの頭を、後ろからワシャワシャする。
「あ!何するんだ!」
「もう!兄ちゃ!アタシ猫っ毛やって言うてるやん!むちゃくちゃになるやん!」
「ハハハ!んな顔してっからだ!飯が旨く食えねぇだろ?!」
「そうやけど!」
その時、気配がした。
魔物の気配だ。
アシュレイも気付いてて、俺と同じ方向を凝視する。
ウルは訳が分からずにキョロキョロしてる。
結構大きな魔物だな……
俺の魔力はまだ戻ってねぇ。
大した奴じゃなきゃ良いけど……




