頭の切れる男
宿屋の部屋のソファーで、気付くと俺は眠っていたようだ。
ゾランが側にいて、俺の様子を伺っていた。
「リドディルク様、大丈夫でしょうか……?」
「あぁ……すまない、眠ってしまったな……俺はどれ位こうしていた?」
「ほんの二時間程です。私が疲れさせてしまったので……申し訳ございません……」
「いや……それは気にするな。それで、どうだった?」
「はい、交渉に行かせていた者達ですが、やはり術に侵されておりました。幻術と呪術のW攻撃ですよ!何も分からずに接触したなら、こちらにも被害が及んでいたそうです。」
「どう言う術をかけられていたんだ?」
「リンデグレン邸の内部の事を少しでも外部に漏らすと、グレゴール殿同様、爆発するように……吹き飛ぶようにされておりました。それから、内部の事を聞こうとする者がいた場合は、その者を攻撃するように呪いをかけられておりました。」
「やることが酷いな……」
「今はイングヴァルとヴァルデマによって、術は解除されております。ですが、少し様子を見ようと思います。」
「そうか。」
「今日はもう遅いですし、これからの事は明日にしましょう。すぐに食事の用意をします。」
「いや……外食にする。」
「分かりました。すぐに行かれますか?」
「そうだな。ゾランは来なくてもいいぞ?」
「……なぜですか?」
「いや、俺にずっと付きっきりも疲れると思ってな。」
「大丈夫です。私の心配など無用です。」
「俺と一緒だと気を使うだろう?一人でゆっくりする時間も必要ではないか?」
「リドディルク様はお一人がよろしいのですか?」
「俺は……どちらでも構わないが。」
「ではご一緒致します。私がそうしたいんです!」
「物好きだな……では行くか。」
俺とゾランで街を歩く。
夜のラブニルは、昼間と同じ様に活気があった。
街の様子を確認するようにゆっくりと歩く。
人々の感情がひしめき合っている。
この街の人々は安定している。
感情が安定していると言うことは、生活が安定していると言う事と比例する。
昼間に行ったモルディアの街とは大違いだ。
暫くそうやって歩いて、『マドロス亭』と言う店に入った。
ここは船乗りがよく来る店の様だ。
血気盛んな男達が、航海中にあった事等を話していた。
それに耳を傾けながら、食事をする。
「リドディルク様はこう言った所にも平気で来られますよね……」
「ゾランは慣れないか?俺は案外好きだぞ?」
「私も嫌いではないです。宮廷の料理も良いですが、たまにこう言う所の雑多な味の物が食べたくなります。」
「そうだな。俺もそう言う時がある。あまり帝城では言えんがな。」
ゾランとそんな事を言いつつ、エールを煽り、隣にいた者達と意気投合して飲み合う事になり、この国の事やこの界隈の情報等を聞き出しながらも、楽しみながら酒を酌み交わした。
その会話の中で、最近クラーケンを倒した凄腕の男がいた、との話を聞く。
名前を聞いてもここら辺では聞かない名前だったから、何処の誰かが分からない、と噂になっているらしい。
しかし特徴を聞くと、どうやらそれはエリアスの事のようだ。
いとも簡単にクラーケンを倒したエリアスの事を、皆が英雄と言って称えていた。
ゾランは、流石はエリアスさんだ!と、興奮してその話をワクワクしながら聞いていた。
ゾランは俺より年上なのだが、こんな時は少年の様な瞳をする。
そんな所をミーシャは気に入ったのかも知れないな。
そうやって楽しく食事をして、少し酒に酔ったゾランと店を出て、海風を感じながら宿へとゆっくり歩いて行く。
久々にこんな風に街を楽しみながら外を歩いたな……
旅をしていた頃を思い出して、気持ちが和らいで行くのが感じられる。
宿屋の前まで戻って来たところで、不意に立ち止まる。
俺が宿屋に向かって手を翳しているのを見て、ゾランは不思議そうな顔をする。
「リドディルク様?どうされました?」
「ゾラン……行くぞ。」
「え……?」
宿屋へは戻らずに、ゾランと一緒に空間移動でオルギアン帝国の自室まで戻ってきた。
いきなりの事で、ゾランは訳が分からずに驚いている。
「リドディルク様、なぜいきなり……?!」
「あの宿屋にいる者全て、亡くなっていた……」
「えっ……?!」
「イングヴァル……どう言う事だ……?」
「リドディルク皇帝陛下……申し訳ございません……」
俺の目の前には、霊体となったイングヴァルがいた。
イングヴァルは俺に、申し訳なさそうにずっと頭を下げている。
「謝る必要等ない。何があった?」
「術を解除できたと思っておりました……ですが、解除できていない呪いもあった様なんです。私が交渉に行った者達の所へ行き、ニコラウス様についている幻術師の事を聞き出そうとした時に……」
「どうなった?」
「いきなり薬の様な物を撒いたんです。それが気化して、すぐにその場にいた者達は、私を含めて倒れました……」
「毒を撒いたか……」
「苦しみながら倒れたので、その声を聞いてヴァルデマが来て扉を開けて……毒は外に漏れだし、やがて宿屋全体へとまわっていったのです……」
「そんな……酷い……!」
「さっき結界を張り、浄化させておいた。これで毒の効果は無くなった。が、あのままいれば、俺達が疑われる可能性があるからな……」
「これだけ用意周到に、色んな事を想定して何重にも呪いをかけていたなんて……!リドディルク様、申し訳ございませんっ!」
「ゾランも謝る必要等ない。様子を見ると言って、俺に会わさない様にした事は流石としか言えないしな。俺もここまでやるとは正直思っていなかった。俺の読みも甘かった。宿屋全体が侵されるとは、強力な毒だったんだろう。俺の耐性でも無理だったのかも知れんしな。……来たか。」
「リドディルク皇帝陛下……!申し訳ございませんっ!!」
「ヴァルデマ……そう謝らずとも良い。お前も命を落としたのだ。想定外の事だった。俺の方こそ、申し訳なかった……」
「私に謝る等……!恐れ多いですっ!」
「ヴァルデマが知らない術式だったと言う事だな……しかし、毒を撒き散らすとは……ニコラウスは被害が拡大するのを何とも思っていないのか……?!」
「敵を徹底的に排除する……そう言う意向が伺えますね……しかしこれは酷すぎます……!」
「そうだな、ゾラン。こちら側の情報が漏れている可能性はどうだ?」
「交渉に行かせていた者は、誰からの命令で動いているか分かっていません。ただ、オルギアン帝国だと言うことは分かられているかと……」
「オルギアン帝国だと分かれば、すぐに俺に行き着くだろうな。……ゾラン、明日マルティンに会いに行くぞ。」
「畏まりました。」
ニコラウスは頭の切れる男だ。
しかしそれは、俺の予想を上回っていたな……
もっと慎重に動かなければいけなかった。
これは俺の失態だ。
ただ今は……
宿屋で亡くなってしまった者達の冥福を祈る事にしよう……




