エリアスの行衛
頭の中がグルグル渦巻いている様で痛くなって、目を閉じてそれが落ち着くのを暫く待つ。
少しずつそのグルグルが少なくなってきて、頭痛も無くなってきた。
ゆっくり目を開けると、皆が呆然とその場に立ち尽くしている状態だった。
下を向いて体を震わせたサシャが、荒く息をして、それから声を絞り出す様に口にする。
「俺のせいだ……」
「サシャ……?」
「俺が昨日……アイツと喧嘩したから……っだからエリアス兄ちゃんが俺の代わりにっ!俺のせいなんだっ!!」
「サシャ……もう自分を責めるのは止めなさい……」
「でもぉ……っ!!」
サシャは大粒の涙をいっぱい溢して泣き出した。
シスターはサシャを優しく抱き寄せる。
泣き出したサシャにつられるように、子供達が次々に泣いていく。
「ねぇ……エリアス兄ちゃんはどうなるの?」
「それは……」
「助ける……」
「え?」
「エリアスは私が助ける……っ!」
「リュカさん、助けるってどうやって……」
「どうやってでもっ!必ず助ける!」
思い立って出て行こうとする私の右手首をシスターが掴んだ。
驚いて掴まれた右手を見て、シスターの顔を見たけれど、シスターの過去も未来も、何も見えなかった。
エリアスが言っていた事は本当だった……っ!
「リュカさん、待って下さいっ!まずは落ち着いて下さいっ!」
「落ち着いてなんかいられないっ!早く助け出さないとっ!」
「エリアスさんが何の為に自分が捕まる様にしたか、考えて下さいっ!」
「なに?!」
「エリアスさんは、サシャだけじゃなくて、この場所も守る為に捕まったんですよ!リュカさんなら分かるでしょう?!」
「それは……っ!」
「サシャが逃亡奴隷だと知れたら、サシャだけじゃなくて匿っていた私達にも責任は問われます!その最悪の事態を、エリアスさんは防いでくれたんです!」
「そう……だけど……!」
「リュカさんの気持ちは分かります。でも、今リュカさんがエリアスさんを助けに行ったら、エリアスさんと孤児院には深い関係があると思われてしまいます!エリアスさんはあの時兵達に聞こえる様に、「知らねぇヤツがいきなり来て」って言って下さいました……そうやって私達とは無関係だと主張して下さったんです!」
「シスター……」
「すみません!……私はここにいる子供達を守りたいんです……すみませんっ!ごめんなさいっ!」
「それは……そう考えるのはシスターなら当然の事だ……謝らないで欲しい。私の方こそ、すまなかった……」
「いいえ…リュカさんこそ……謝らないで下さい……!」
シスターが小刻みに震えて泣いている……
自分の浅はかな言動が、いつも日だまりの様な笑顔を絶さないシスターを、こんな風にしてしまったんだ……
自分が本当に嫌になる……
あの時……エリアスが私の前に立ち塞がなかったら、私は兵達に攻撃してしまっていたかも知れない。
もし兵達に攻撃してしまっていたら、私だけじゃなくて、孤児院の皆も刃向かう意志があると思われていたんだ……
自分の勝手な感情だけで、ここにいる皆を危険な目に合わせていたかも知れない……
情けなくて、涙が出そうだ。
でも、私には泣く資格なんてない。
エリアスを信用する事が出来ずに……
その優しさを素直に受け入れられなくて、素っ気ない態度を取って……
それに、ここにいる皆も守る事が出来なくて、ただ感情のままに行動しようとして……
結局私は何も出来ないじゃないか。
誰も助ける事なんて出来ない。
ここにいる子供達も。
やっと会えたエリアスも……
逃亡奴隷は捕まったら、どんな目にあうんだろう……
どうなるんだろう……?
私はどうしたら良いんだろう…?
そう思っているのは、私だけじゃなくて、ここにいる皆が同じ様に思っているんだ。
皆が抱き合う様にして、泣いていた。
「シスター、私が何とかする。でも、シスターや子供達には迷惑をかけない。だから安心して欲しい。」
「ですが……」
まだ泣いている子供達とシスターに闇魔法を施すと、皆ゆっくりとその場に倒れて行った。
そうやって私は今日一日の記憶を消したんだ。
子供達にある、エリアスとの楽しい思い出も無くなってしまったけれど、兵達に連れていかれた事も忘れるから、辛い記憶が残る事はない……
エリアス……子供達から貴方の記憶を消して、ごめんなさい……
少ししたら皆目を覚ますから、私はすぐにその場を離れる事にする。
床に落ちていた、エリアスが脱いだ上着類を持って、それをギュッと抱き締める。
申し訳ない気持ちと共に服を胸に抱いて、私は孤児院から出てユリウスの家へ向かった。
扉をノックすると、少ししてからユリウスが出てきた。
「リュカ、どうした?今日は孤児院へ行って、それから帰るんじゃなかったのか?」
「ユリウス……どうしよう……!エリアスが……っ!」
「どうした?何かあったのか?……まずは中へ入れ。」
エリアスの服を胸に抱えて泣きそうに訴える私を見て驚いた顔をしたユリウスは、テーブルに座るよう促したけど、そんな事より聞きたい事があるんだ!
ユリウスにさっき孤児院で起きた事を話してから、逃亡奴隷が捕まったらどうなるかを聞いてみた。
「捕まってしまうと……拷問されるな。それは、逃げていた期間が長ければ長い程、酷い拷問を受けることになる。」
「酷い拷問って……」
「手足を切断されるなんてのはザラにある事だが……死刑にするにも、苦しむ様に長引かせて殺す筈だ。」
「手足……切断……」
何だろう……そんな人を見た事がある気がする……
いや、それよりも今はエリアスがどうなるかを気にしないと!
「しかし、アイツが逃亡奴隷だったなんてな……」
「違う……」
「え……?」
「彼は……エリアスはそうじゃない……」
「リュカ、思い出したのか?!」
「あの人がエリアスだって……この剣をくれたエリアスだって言うのは分かったんだ……けど、それ以外の事は分からない。……でも、エリアスが逃亡奴隷じゃないのは、何となく分かっている。彼は……エリアスはそんな風に捕まっていい人なんかじゃない筈なんだ……!」
「リュカ……」
「ユリウス!どうしたら助けられる?!エリアスをどうしたら助けられる?!拷問なんて……っ!ダメだっ!絶対ダメだっ!エリアスはこれ以上傷ついたらダメなんだ……っ!」
「……確かに奴隷紋があると、受けた傷以上に痛みに襲われる。傷が治っても痛みだけはなかなか治らない。酷い傷になると何年も引きずる事になる。特にこの国は、奴隷には厳しいからな……エリアスがどうなるかは分からない……助け出す方法も……悪いが思い付かない……」
「そんな……」
やっと会えたエリアスを……
私は助ける事は出来ないのか……?
エリアスの着ていた服を、思わずつよく抱き締めてしまう……
すると、上着のポケットから何かが落ちた。
落ちた物を拾うと、それはギルドカードだった。
「これはエリアスのギルドカード……えっ!?」
「どうした?!リュカ!」
「エリアスはオルギアン帝国のSランク冒険者だっ!」
「なに?!オルギアン帝国だと?!しかもSランク!」
「奴隷じゃない……エリアスは……やっぱりそうじゃなかった……!」
「子供達を守る為に……リュカを守る為に……それからオルギアン帝国を守る為に、アイツはその服を残してわざと捕まったんだな。数人の兵位、簡単にノセただろうに。見上げた野郎だな……」
「でも……じゃあエリアスはどうなる……?エリアスは皆を守ったのに、誰もエリアスを守れないなんて……!」
「リュカ、落ち着け。すぐに殺される事はない。まずはどこの奴隷だったか調べる筈だ。身元が分からなければ、量刑も決められないからな。エリアスはこの国の奴隷じゃないから、その分猶予があると思う。どうするかは、これからちゃんと考えよう。」
「……分かった……」
さっき私は、自分の感情だけで迂闊な行動をとってしまうところだった。
だから、次は慎重に考えてから、間違えない様に動く事にしないと……!
エリアス……
探しに来てくれたのに、貴方を信じなくてごめんなさい!
今度は私が、貴方に会いに行く……!




