アデルの思い
アデルの元へ2人でやって来ると、シスターがアデルの涙を拭いていた。
「アシュレイさん、大丈夫ですか?突然倒れられて……」
「すみません、シスター。迷惑をかけました。」
「いえ、迷惑だなんてそんな……」
「3人にしてもらって良いですか?」
「えぇ。何か食べられそうな物を用意してきますね。」
そう言うとシスターは部屋から出ていった。
私はそっとアデルに近づいて、まず光魔法で浄化させて、身体中の汚れを取り除いた。
それから、回復魔法で、全身を淡い光で覆い尽くした。
暫くしてその光が消えて、アデルの頬に赤みがさした。
アデルは金の髪がよく似合う、とても美しい女性だった。
「え……なに……?」
この現状に驚いて、アデルが体を起こそうとして
「っ!ウソ……」
自分の手を目の前にかざして見て、それから体を起こし、自分の脚を確認する。
アデルは涙を流して
「私の腕が…脚が……ある………っ」
「アデル……」
「エリアス……!」
エリアスがアデルを優しく抱き締めた。
アデルはエリアスの胸で、泣き崩れていた。
私はそっと、部屋から出ていった……
キッチンで、シスターが食事の用意をしていた。
「シスター、手伝いましょうか?」
「あ、アシュレイさん、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。」
「そうですか……なにか足らない物等ありますか?」
「そうですね…食器類が足らなくて……人数がいきなり多くなったものですから……。」
「分かりました。」
外に出て、土魔法で皿やコップ等を幾つも作り出し、それを高温の火魔法で焼き、それから風魔法に少しずつ氷魔法を加えていき、ゆっくり冷やして、食器類を完成させた。
それを持ってシスターに渡す。
「えぇっ!どこでこれを?!こんなにすぐに?!」
「魔法で作り出しました。他には何か必要ですか?」
「凄いですね……他には……椅子と、テーブルが少し小さいです。」
「分かりました。」
シスターの前なので、詠唱して土魔法でテーブルと椅子を作り出した。
「凄い!こんなに簡単に魔法でテーブルと椅子を作り出せるなんて!」
「あと必要な物とかは……」
「今の所は大丈夫です!ありがとうございます!」
それからシスターと一緒に食事の用意をして、子供達を呼んだ。
マーニ達が、やって来た子供達を外で行水させて洗ってあげていた様で、呼ばれると体を拭きながら戻ってきた。
マーニが皆に、帰ってきたら手を洗うんだよ、と言ってから、それから皆で椅子に座ってお祈りをし、食事が始まった。
この少しの間で打ち解けたのか、皆嬉しそうに、喋りながら食事を進めていた。
ここに連れて来て良かった。
シスターの懐の大きさに感謝しなければ。
シスターが、アデルの分の食事をトレーに乗せていたので、それを持ってアデルの元へ行った。
ノックをして、返事を待ってから中へ入る。
アデルは落ち着いた様で、ベッドで体を起こしていた。
その側で、エリアスはアデルの手を握っていた。
「エリアス、アデルの食事を持ってきた。食べられそうかな?」
ベッドの脇にあるテーブルに、食事が乗ったトレーを置く。
「ありがとな、アシュレイ。アデル、食べれるか?」
「うん…ありがとう……エリアス……それから……アシュレイさん?私を治療して下さって、ありがとうございます……」
「いえ……」
アデルを見たら、またアデルの記憶が襲って来そうになって、自分の体が震えて来た。
「アシュレイ?」
「あ、何でもないっ!ちょっとシスターを手伝ってくるっ!」
それからすぐに部屋を出て、さっき寝かされていた部屋へ入り、一人その場でしゃがみこんだ。
この恐怖に耐えてきたのはアデルだ。
自分に起こった事ではない。
自分に何かされた訳ではない。
なのに、怖くて体が震えて止まらない!
こんな事を、ずっとアデルは耐えてきたのか?!
彼女の恐怖に飲まれそうになる。
「アシュレイ?」
エリアスが私を探してやって来た様だった。
その場に座り込んでいる私に驚いて
「大丈夫か?また怖くなったのか?」
「エリアス……だい、じょう……ぶ…」
「アシュレイ、ゆっくり息をしろ、過呼吸になっている!」
エリアスが私の口を手で覆う。
なるべく息をし過ぎない様に、少しずつ呼吸を整えると、かなり落ち着いてきた。
エリアスが私を抱き抱えて、ベッドまで連れて行った。
「ごめん、エリアス、もう大丈夫だから……」
「俺……アシュレイの右手の事、なめてたかも知んねぇ……」
「普段はここまでは…それに、手袋をしているから、これでも素手で触るよりはマシなんだ……」
「それでいつも手袋してたのか……」
「エリアス、私は大丈夫だから、アデルの側にいてあげて?彼女はずっと酷い目にあってきてて、それを一人で耐えてきたんだ……」
「けど……」
「私も少しここで休ませて貰う。だから……」
「分かった。でも、何かあったらすぐ呼べよ?」
「うん…分かった……」
エリアスが去って、私は一人で考えていた。
こんな事を平気な顔をして……いや、笑いながら出来るあの国の教徒達……
あの街自体も普通の感覚ではない。
その国によって奴隷制度があるのは、仕方がない事なのかもしれないけれど、逃亡したからと言って戒めにあんなことが出来るなんて……
しかもそれを笑いながら見世物にして、その姿を平気で見に来る客がいて……
考えれば考えるほど、異常なあの国には嫌悪感しか持てない。
暫くそんな事を考えていたら
「アデル!!」
エリアスの叫ぶような声が聞こえてきた。
何かあったのかと、急いでアデルの元へと向かう。
部屋へ入ると、エリアスが倒れたアデルを抱き抱えていた。
見ると、アデルの胸には短剣が刺さっていた。
「アデル!何故だ?!アデルっ!!」
「エリアスっ!これは?!どうなっている?!」
「アシュレイっ!アデルがっ!自分でっ……!」
「………っ!」
急いでアデルの元まで行って、回復魔法をかけた。
しかし、アデルは目を覚まさない。
「……っ!なんでっ……!?」
何度も何度も、回復魔法をアデルに施すが、アデルは目を覚ます事はなかった……
「アデルっ!なんでだよっ!やっとっ!やっと自由になれたのにっ……!!」
エリアスはずっとアデルを抱き締めながら、アデルの意識を取り戻そうとしていた。
回復魔法が効かない……
それは……アデルはもう息絶えている……と言うことだった……
レクスのことを思い出す……
何度も何度も、回復魔法をかけても、レクスが目覚めなかったあの時……
また自分の無力さを思い知らされる……
「何事ですか?!」
シスターと子供達が部屋へ入ろうとしたのをとめて、シスター達には暫くこの部屋に入らない様に言うと、ゆっくり頷いてキッチンへと戻ってくれた。
それから暫く………
エリアスはアデルを離す事が出来ずに、ずっと名前を呼び続けていた。
私はそれを、ただ側で見ている事しか出来なかった。
アデルは幸せそうな顔をして眠っている様だった。
部屋の中には、エリアスの悲痛な声だけが響いていた……




