追懐 2
俺は彼女をそっと抱きしめた。
「な、何するんだ?!」
「まずは彼女の体を魔法で温める。」
「分かったっ!」
触れた手から、彼女の冷たい体温が伝わってきて、俺の体が一気に冷える。
体の隅まで冷えて、崩れ落ちそうになる。
その代わりに彼女が少し温かくなって来た。
自分の体を魔法で温める。
これは火と氷の魔法を合わせたものだ。
体の血管自体を温めるのたが、火だけでは熱くなり過ぎてしまうので、氷魔法で温度を調整する。
自分の体なら何とかできるが、他の人に作用させた事がなかったので、こう言う方法をとったのだ。
そうする事で冷えた体が温まり、なんとか倒れずに済んだ。
少しずつ、彼女の体温が上がって来た。
それを繰り返していると、彼女の体は平温になっていた。
「アッシュ、大丈夫か?」
「あぁ、助かるぞ。」
「良かった!俺、野宿できそうな場所、探してくるぞ!」
レクスは安心したのか、そう言って消えた。
しかし、彼女は脱水症状を起こしかけていた。
水分を補給しないといけないな。
水筒を彼女の口にあて、飲ませようとしたが、上手く飲み込んでくれない。
仕方なく、俺は水を口に含ませて、彼女に口移しで水を飲ませた。
今回は上手く飲み込んでくれた様だ。
何度かそうやって水を飲ませる。
彼女の体がかなり回復してきた様だ。
「……良かった。」
彼女の頬に手をやる。
また暖かい感情が流れてくる。
その暖かさに、俺の心が安らいでいく。
こんな感覚は初めてだった。
ずっと彼女に触れていたくなる。
「兄ちゃん!あっちに野宿できそうな場所があったぞ!」
レクスが帰ってきて、また我に返った。
「あぁ、分かった。移動しよう。」
彼女を抱え上げて、レクスの言う場所まで歩いて行く。
触れている間、少しでも彼女の負の感情を取り除こうと、思わず抱える手に力が入る。
その度に足元がふらついてしまう。
思ったより、彼女の心は傷付いていたんだな……
暫く歩くと、木々が少し拓けてちゃんと野宿が出来そうな場所にでた。
「良い場所だな、レクス。」
「だろ?!良かった!」
そこにそっと彼女を寝かせて、自分の外套を上から掛けた。
それから彼女の周りに結界を張って、周りの気温が下がらない様にする。
火を起こして、スープを作る。
火の周りに腰をかけて、スープを煮込んでいる間に、レクスから話を聞いた。
どうやら、聖女を獲得する為の騒動にレクスが巻き込まれた様だ。
その聖女候補が彼女だったらしい。
「なぁ兄ちゃん。さっきからアッシュを『彼女』って言うけどさ。アッシュは女の子なのか?」
「気づいてなかったのか?」
「うん……」
「回復魔法を使えるのは、基本的に女性だけなんだ。」
「そうなのか?!」
「回復魔法が使える人は貴重だからね、国が挙って確保しに来るんだ。しかも強制的にね。俺が住む国で聖女を見かけた事があるが、悲しくて、家に帰りたがっている感情がヒシヒシと伝わってきたよ。」
「そうなのか……だからシスターは、アッシュのことを隠そうとしてたんだな。」
「しかし、何処の国の騎士だったんだろうか。」
「んーと、オラキ?オルキン?とか?」
「オルギアン帝国か?!」
「そう!その名前を言ってたぞ!そこに女の騎士もいた!青い髪のキレイな人だったぞ!」
「姉上か……」
「え?!なに?」
「いや、何でもない。そうか、災難だったな。」
「でも、男が女を守るのは当たり前だろ?」
「そうだな。レクス。」
「そうだぞ!あ、兄ちゃんの名前、何て言うか教えてくれよ!」
「…ディルクだ。」
「ありがとな!ディルク!お陰でアッシュが助かった!」
「男が女を守るのは当然なんだろ?レクス。」
「そうだな!当然だ!」
2人で笑い合いながら、レクスとは色んな話をしていたのだが、時折彼女の側で泣いている少女が見えた。
その姿を見る度に、俺の心に悲壮感漂う感情が流れてくる。
少しでも彼女の力になりたい、俺はあの時そう思ったんだ。




