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第13話 特殊公安課

 妖怪の仕業だ。


 浅黒い肌とドレッドヘアーがトレードマークの剣持鷹人(けんもちたかひと)は、自分のデスクで眺めていた資料の一つに違和感を持ち、そう結論付ける。


 その資料は茨城県の大子町(だいごちょう)で発生している、児童連続誘拐事件について書かれたものだった。


 最初の発生は二週間前。一緒に散歩をしていた母親が目を離したほんの十数秒の間に、五歳の女児が忽然と姿を消した。次は十日前に六歳の女児が、アパートの一室から姿を消した。

 この時点ではまだ無関係な二つの事件だとされていたが、二日前に二歳の男児が自宅の二階から姿を消したことで、ようやく連続誘拐事件とされ、本庁に情報が上がってきたのだった。


 鷹人はその資料を持って立ち上がると室内の最奥へ進み、そこに座る長髪痩身の中年男性へと資料を渡す。

 警察庁警備局特殊公安課の課長、土御門宗貴(つちみかどむねたか)だ。


「課長、許可を」


「ん? 私達が出る根拠は?」


「……姑獲鳥うぶめの可能性が高いかと」


 姑獲鳥とは憂婦女鳥とも言われる、人の赤子を奪うとされる夜行性の妖鳥である。

 出産前に亡くなった妊婦が化けたものだとされ、夜に干してある子供服を見つけるとそれを自分の子供のものだと思い込み、取り戻すための目印として自身の血や有毒の母乳をつける習性がある。


「……三件とも夜に外干しした子供服を、たびたび汚されるといういたずらを受けていた、ねえ。うーん。これだけでは弱いなあ」


 資料にざっと目を通した土御門課長が指摘したとおり、確定ではない。

 だが鷹人は確信していた。

 妖怪が、また人間に牙を剥いたのだと。


「……県警は幼女狙いの変態の犯行と決め付けて捜査していたせいで、捜査は難航しているみたいだなあ。刑事部長には私から連絡を入れておくけど、協力を得るのは難しいと思ってくれよ?」


「いつものことです。……行ってきます」


 鷹人は土御門課長に一礼し踵を返すと、いつの間にか真後ろに一人の女性が立っていたことに気がついた。

 この女性の名は大崎小咲(おおさきこさき)。三年ぶりに補充された新人局員だ。

 身長は170cmあり女性としては大柄だが、195cmある自分の後ろに立つとその姿はすっぽりと隠れてしまうため、もしかしたら土御門課長は鷹人の後ろにいた小咲に気付いていなかったかもしれない。


「あ、あの、いつでも出られますっ!」


「ああ。行くぞ」


 小咲が銀色のアタッシュケースを大事そうに抱えているのを確認し、鷹人もデスクに立てかけてある細長い銀色のケースを持ち、国家公安委員会が入る合同庁舎を後にした。




 茨城県警の捜査員には、黒人とのクォーターである鷹人の身分を信用してもらえずに揉めかけたが、土御門課長から連絡を受けた茨城県警刑事部長のとりなしで事なきを得た。

 しかし公安であることと妖怪について明かせないことが障害となり、必要な情報は得られなかったのだが、所轄の大子警察署の捜査員が協力的だったため、予想より遥かに早く調査が進んだ。

 早く解決して子供達が戻ってくるのが一番だという彼らの言葉に、鷹人も半分は同意した。


 調査の結果三人の児童は、朝まで干していた服にそのまま袖を通した日に、行方がわからなくなったということがわかった。

 汚されていたことには気がついていたが、洗い直す余裕がなかったのだそうだ。

 その汚された服を確認した鷹人は、そこから間違いなく妖怪の気配を感じとっていた。

 そしてもう一つ、深夜に甲高い鳥の鳴き声を聞いた者がいるという情報を得て確信し、土御門課長へ電話を入れる。

 マーキングした服を着た子をさらう、カモメのような鳴き声を上げる。これらはどちらも姑獲鳥の特徴だ。


「確定です。解除キーの送信をお願いします」


 鷹人と小咲の持つケースは電子ロックがかけられており、本人の指紋に加え土御門の承認が無いと開かない仕組みになっている。


『気をつけてくれよ?』


「はい。いざとなったら刺し違えてでも――」


『それが駄目だって言ってるんだよ! ちゃんと二人揃って帰ってこい!』


 鷹人は叱られながらケースのロックが解除されたのを確認すると、土御門の怒声が続くスマートフォンの通話を切った。


 夜に鳥の鳴き声がたびたび聞かれているという山へ向かい、舗装された道路から外れて数分ほど車を走らせると、程よい空き地を見つけて車を停める。

 そしてトランクから細長いケースを取り出し、指紋認証でロックを解除しケースを開けると、中には一振りの『長剣』が収められていた。

 鞘に収まる長さ1mほどの剣をケースから取り出し、一緒に入っていたベルトを装着し腰に挿す。

 小咲もまた鷹人同様にケースを開けて、ホルスターに収められた拳銃を取り出し、腰に装着する。


「何度も説明したと思うが、おさらいだ。俺の剣の柄や小咲の銃のグリップは、握るだけで妖力を奪われる。撃つ時以外グリップに触るな。わかったな?」


「は、はいっ」


「よし……行くぞ」


 鷹人はトランクから鈍器にもなる大型の懐中電灯を二つ取り出し、一つを小先に手渡すと森の奥を睨みつける。

 太陽は沈みかけ、世間一般では逢魔が時と言われる時間帯。

 妖怪を討ち取るにはこれ以上無い時間帯だと意気込んだ鷹人は、スーツ姿のまま山へと足を踏み入れた。




「あ、あの、先輩……はぁ、はぁ……一度、出直した方が、はぁ、はぁ……」


「無理なら一人で戻れ」


 とは言うものの完全に日が落ち、手に持った懐中電灯だけを頼りにスーツに革靴で道の無い森を歩くというのは、思った以上に疲労が蓄積されていくのを、鷹人も感じていた。

 それに剣も拳銃もケースから出して装備しているだけで、所持者から若干の妖力と生命力を奪っている。

 幸いだったのはそれほど標高が高い山ではない、ということだけだった。


「……一度休むぞ」


「はぁ、はぁ……ありがとう、ございます……はぁ、はぁ……」


 ちょうど腰掛けられそうな岩を見つけた小咲が座り込んだのを見て、鷹人は足を止め辺りを懐中電灯で照らしながら見渡した。

 姑獲鳥は夜行性、現れるならそろそろだ。

 そう思った直後だ。


「ギャーオ、ギャーオ! クアックアックアッ!」


 夜に鳴く鳥はそう多くない。しかもカモメのような甲高い声で鳴く鳥はいない。

 目的の相手、姑獲鳥だと確信した鷹人は懐中電灯を消し、闇に目を慣らすため目を閉じる。


「小咲、懐中電灯を消せ。……来るぞ」


「は、はいっ!」


 気配と音からこちらに向かってくる存在を感知した鷹人は、呼吸を整えながら剣の柄に手をかける。

 やがて気配が急上昇したのを感じ、湿った夜風を顔に感じながら、ゆっくりと目を開ける。


 そこには月と星空に照らされた、一体の化鳥――妖怪『姑獲鳥』の姿があった。


 姑獲鳥は頭と体こそ人間の女性に似ているが、長い髪を振り乱した顔にある目は大きくギョロリと見開かれ、妊婦のように大きなお腹の下には太い鳥の足、そして両腕が鳥の翼になっている、西洋でハーピーやハルピュイアと呼ばれる魔物に似た姿の妖怪だ。

 その姑獲鳥は翼をすぼめて急降下すると、鷹人の手前で翼を広げて急停止し、鋭い鉤爪のついた足で襲いかかった。


「……はあっ!!」

「グギャーオ!!」


 剣の柄を握った瞬間、鷹人は軽い脱力感に包まれる。

 しかしそれを気合で抑えながら、剣を鞘から抜いて振り上げると、姑獲鳥の脚を一撃で斬り落としていた。

 鷹人は塵のように霧散していく斬り落とした脚に目もくれず、残った脚の鉤爪を避けながら更に追撃のため剣を振り、腹や翼に浅くは無い傷をつける。


『タン! タン!』

「クアッ!」


 更にそこへ小咲の銃が放たれ、うち一発が姑獲鳥の腹に当たるが、姑獲鳥はスッと横へと移動し木の陰に入り二発目を避けた。

 そこへ鷹人は回り込み剣を振るが、上昇した姑獲鳥に避けられこれ以上の手傷を負わせることはできなかった。


「ちっ……」


 小咲が更に二発の銃弾を放つが、縦横無尽に飛び回る姑獲鳥を捉えることはできず、距離を取られてしまう。

 鷹人は剣を鞘に収め、小咲は銃を一度ホルスターに入れると、いつでも抜ける態勢のまま姑獲鳥の出方を覗う。

 持久戦になれば分が悪いのは鷹人たちの方だった。

 本来なら鷹人は一撃で胴体を真っ二つにするつもりだったのだが、自分でも気付かない疲労が剣先を鈍らせたのと、姑獲鳥の回避能力が想定を遥かに超えていたせいで、脚一本だけしか切り落とせなかったのだ。


 その脚は完全に塵になって消えていたが、本体の脚や腹の傷からは血が流れ落ち、周囲に飛び散っている。

 妖怪を滅ぼせば大抵血の跡も消え去るのだが、だからといって血で汚れるのは避けたいと考えていたその時、鷹人は強い眩暈を感じ取り、自分が大きな過ちを犯していたことに気付く。


「ちいっ! 小咲、毒だ! 一旦下がれ!!」


 姑獲鳥の母乳は有毒とされている。それは警戒していたつもりだったのだが、体液が有毒である以上、血液も有毒である可能性を察しておくべきだった。

 降下してきた姑獲鳥の鉤爪を剣を抜いて弾き、胸から放たれた母乳を避けて剣を振るうが与えた傷は浅く、それどころか脚からの血を避けきれず直接浴びてしまう。


 再度姑獲鳥が距離を取ったのを退却の機会と捉え振り返った鷹人の前には、拳銃を手に呼吸を荒くして木にもたれかかり、今にも倒れそうな小咲の姿があった。


 しかも、それだけではない。

 小咲の後ろから音も無く忍び寄っている、二本の脚で地面を歩く姑獲鳥の姿を、鷹人の目は捉えていた。


「小咲! 後ろだ!!」


 鷹人の警告も虚しく、のろのろと振り返った小咲に二体目の姑獲鳥が飛びかかり、その鉤爪が銃を持つ小咲の右腕に深くめり込むのが見えた。


「き、きゃあああああああ!!」


 姑獲鳥はもう一本の足で小咲の喉元へ蹴りを繰り出したが、小咲は銃を落としながらもそれを辛うじて避け、右腕に鉤爪を刺す姑獲鳥の足首を握り、無理やり引き剥がした。

 だがその直後姑獲鳥が翼を横薙ぎに振るい、小咲は吹き飛ばされて木に激突すると、その場で蹲り強く咳き込んでしまった。

 そこへ姑獲鳥が高く飛び上がり、両足を揃えて急降下を始める。


「やめろおおおお!!」


 鷹人は小咲へと一直線に向かおうとするが、このままだと間に合わないと悟り覚悟を決める。

 このままでは無駄死にになる。

 これ以上妖怪を殺せなくなるくらいなら、力を使ったほうがマシだ。

 そう考えた鷹人は、自分の体の奥底にある忌まわしき力に意識を向けた。


「うおおおお! 妖化(アクセス)!!」


 叫びの直後、体にみなぎる忌々しい力。

 自身に流れる忌まわしい血、妖怪『烏天狗』の力。


 鷹人は上空から小咲に迫る姑獲鳥へと力任せに跳びかかり、剣を構え体ごとぶつかって行く。

 地上から6mほどの高さで交錯した鷹人の剣先は姑獲鳥の胸を捉え、ぶつかった姑獲鳥を下にして地面へと落下する。鷹人はそのまま姑獲鳥を地面に縫い付けるように、剣を持つ両腕に全体重をかけた。


「ギエエエエエエ!! ギエ、ギエ、クアアアアアア!!」

「ぐうっ……」


 一体の姑獲鳥を地面へと縫い付けた鷹人だったが、しかしその太ももに、姑獲鳥の鋭い鉤爪が深く突き刺さっていた。


「ぎいっ! きゃああああああっ!!」


 その時後ろから聞こえた小咲の悲鳴に振り向くと、仰向けに倒れた小咲の左腕に一本足で立つ姑獲鳥が、大きく口を開けて並びの悪い歯を剥き出しにし、かがみ込もうとしていたところだった。


「やめろおおおお!!」


 姑獲鳥は小咲の首筋に噛み付こうとしているように見えた鷹人は、それを阻止すべく脚に力を入れるが、姑獲鳥の爪に切り裂かれた脚は鷹人の意思に反し、地面を蹴るどころか激痛に膝をついてしまう。


 間に合わない――そう思った、その時だった。


「狐火!」


 少女の声が聞こえたその瞬間、小咲の体が紅蓮の炎に包まれた。

 鷹人はその炎に照らされながら、()()妖怪に仲間の命を奪われたという絶望と、己の無力さに対する怒りに歯ぎしりするばかりであった。

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