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広いグラウンドに、高らかなホイッスルの音が鳴り響く。基礎訓練を受ける若者たちを眺めながら、リバルトは足早に歩を進めた。
「ん?」
訓練小隊の指導教官であるアルド・スティーブンスンが、リバルトに気付いてホイッスルを口から離す。リバルトは軽く片手を挙げてみせた。
「やっとるな」
「どうした。コンペで忙しいんじゃなかったか」
「すまんが、また頼みたいことが出来てな」
リバルトが近づくと、アルドは新人たちへと声をかけた。
「よし、そのまま続けて3セット! 終わったものから休憩に入ってよし!」
指示を飛ばしたアルドがリバルトへと向き直る。
「場所を変えるか?」
「いや。すぐに済む。それに、ここのほうが聞かれにくい」
警戒している様子のリバルトに、アルドは片眉を上げたが、あえて問いはせず続きを待った。
「これを、長官に届けてくれんか」
リバルトは懐から1通の封書を取り出した。
「それも出来るだけ早く。正規ルートだと、おそらく間に合わん」
「例の件の続きか?」
先日のドナの配置換えで、リバルトはアルドに協力を求めている。それを指したアルドの言葉に、リバルトは頷いた。
「ああ。出来れば長官に直接渡して欲しい。あまり人目に付きたくない」
「それは・・・」
首に掛けたタオルで汗をぬぐっていた手を止め、アルドはリバルトをまじまじと見つめた。
「何をやらかす気だ」
硬い表情になったアルドに、リバルトは苦笑してみせた。
「なに、要するに嘆願書なんだがな。少しデリケートな内容も含むから、おおっぴらにするのは、と。それだけだ」
いまどき珍しいアナログな封書の中には、長官への意見書が収められている。第1開発班を残すことのメリットを説き、たとえ規模を縮小してでも存続させるべきだと訴える内容だ。
問題は長官の狙いについての推測を付け加えている点である。小隊扱いの第1開発班から上げても、まっとうなルートではおそらく長官まで届かないだろう。
そもそも、これはリバルトの独断だ。アーセンに見せはしたが、「コンペに長官の思惑が絡んでいたとしても、本部が承認した班の統廃合である以上、いまさら彼女の一言で覆ることはないと思うぞ」という意見だった。
無言でリバルトを見つめ続けたアルドは、しばしの後に大きくため息をついた。
「渡すだけだぞ」
「頼めるか!」
アルドが封書に手を伸ばすと、リバルトは喜びの声を上げた。だがアルドは、ふと何かを思い出したように手を止めた。
「そうだ。長官に送るなら、おれに頼むより第2開発班の班長に託した方が早いんじゃないのか」
「マクベイン少尉にか? それはまた、どうして」
驚くリバルトに、アルドのほうも驚いた顔になる。
「知らないのか? マクベインはヘンダーソンの姻戚だぞ。一族として派閥にも所属してる」
「・・・初耳だ」
リバルトは動揺を押し殺して言った。
「長官は直系の現当主の娘で、マクベイン少尉は甥にあたるはずだ。といっても、この基地で一緒にいる所を見たことはないがな。まあ、わざわざ言って回ってるわけでもないし、派閥に興味が無ければ知らんこともあるか」
「そうか・・・」
リバルトは一瞬考え込むが、すぐに顔を上げた。
「いや、やはりおまえさんに頼みたい。マクベイン少尉とは、まともに話せる間柄でもないし、それになにしろコンペで争っとる最中だ。頼みごとをするのは気が引ける」
「なるほど、それもそうか」
アルドは納得して封書を受け取り、手にしていたバインダーに挟みこんだ。
「わかった、預かろう。だが、さすがに直接は無理だ。なんとか伝手をたどって、検閲無しで届くよう手配してみるが」
「充分だ」
リバルトは安堵に顔をほころばせる。それを見たアルドは複雑そうな笑みを浮かべ、がしがしと髪をかき回した。
「何を直訴しようとしてるかは聞かんぞ。おれも守るべきものがあるからな」
「わかっとる。すまんな」
申し訳なさそうな表情をして、リバルトは訓練を続けている新人たちのほうを見やった。
「若いやつらの未来を守ってやりたいだけだ。それだけなんだがな・・・」
ドナとその妹だけでなく、彼女らに共感して危うい目をしていた青年を思う。
「早まってくれるなよ」
呟きはすぐ側のアルドの耳にも届かぬ小ささでこぼれた。
作業棟裏手にある資材搬入口で、テッサは納品のトラックを待っていた。時間通りに到着したトラックは、荷台を扉に向けてバックして止まる。身軽に下りてきた顔なじみの配送員がロックを解除すると、開いた荷台には発注した資材が詰め込まれていた。
テッサは端末を手にトラックに近寄った。ドナに張り付くと宣言したが、仕事をしないわけにはいかない。第1開発班の事務員として、納入時のチェックは大事な役割である。配送員の受注書と照らし合わせ、届いた品を確認していく。
チェックを終えた荷物は、整備部の班員たちと手分けしてハンガー内へと運び込む。ふと顔を上げると、離れたところで作業しているドナと目が合った。笑顔で手を振ると彼女は慌てたように会釈して顔をそらす。まだテッサの溺愛モードには慣れないようだった。
「あれ、あの人、何でつなぎ着てるの?」
搬入を手伝っていた配送員が、テッサの肩越しにドナを見て言った。
「電脳調律士だよね。つなぎってヘンじゃない?」
テッサは内心で眉をひそめた。これまでも搬入の手伝いをしてもらうことはあったが、なぜハンガーにいることの少なかったドナを知っているのかと疑問が湧く。
「・・・班内での調整の結果でね」
努めて何でもないことのように答えると、配送員は訳知り顔でうなずいた。
「ああ、なんかトラブル続きだって? 忙しい時に限って、そういうもんだよねぇ」
「どこで、それを」
「ん? みんな愚痴ってたよ?」
テッサの声がわずかに低くなる。配送員はきょとんとした後、ドナのほうへ目をやった。
「制服似合ってたけど、つなぎ姿もイイね」
にやける配送員の視線を遮るように、テッサは立ち位置を変えた。
「すまないが、最愛の人をよこしまな目にさらすのは耐え難い。仕事に戻ってもらえるかな」
「え」
配送員はテッサの真剣な表情を見て驚いたあと、弾けるように笑い出した。
「あはは、そうなんだ。わかったわかった。怖いなぁ、もう」
楽しげに笑いながら、配送員は背を向けて手を振った。
それを険しい目で見送ったテッサは、搬入された資材を部署ごとに仕分けする作業に入る。その傍ら、手伝ってくれる整備部の班員たちに、あの配送員と雑談するようなことがあるかと尋ねた。仕分け自体は軽作業だからか、この場にいるのは女性隊員が多く、雑談を歓迎する空気がある。
「別に、たいしたこと話してないかな。暑いね、とか、休み欲しい、とか、そんな感じの世間話くらい」
「作業中のトラブルのこととかは?」
「あー、それね。なんか大変なんだって?みたいに、向こうから話を振られて、ちょっと話したこともあるかも」
「私も。やけに詳しくてビックリした時もあったよ」
他の班員たちも一様に頷いている。
(ここへの配送担当があの男に変わったのは3ヵ月くらい前・・・コンペが始まる少し前だ)
テッサは嫌な予感が胸に広がるのを感じた。
(もしや、あれが)
確証はないが、可能性はある。テッサは、これから搬入時には必ず立ち会い、彼をドナに接触させないようにしようと決めた。
「そういえば聞いた?」
考え込むテッサをよそに、班員たちはお喋りを続けている。
「第2戦でジャッジやってた人の中に、B班の機体はバトルアームじゃないって言った人がいるんだって」
「わかるー。うちの班長みたいなこだわりが無くったって、あそこまで人の形が残ってないと、なんかね」
「ねー。でも多数決で負けちゃったみたい」
「うわー、残念!」
複数の悔しげな声が上がる。
「あんな形、おかしいって思う人のほうが多くてもいいのにね。ねぇ、テッサ」
「えっ」
不意に呼び掛けられ、考えに沈んでいたテッサは目を瞬かせた。
「ごめん、聞いていなかった。何かな」
「もう! ジャッジの人たちの見る目が無いよねって話! B班の機体がバトルアームとして認められなかったら、ウチの勝ちで終わってたのに」
「そう・・・だね」
同意しながら、その内容に息をのむ。判定を行ったのは、本部にいる将校たちだった。長官が第2開発班を残すと決めているのだとしたら、自分の手の内の人員で固めるだろう。
だが、反対意見を出したものがいる。その人物は長官と繋がっていないということだろうか。
全員一致は不自然過ぎると、そういう行動を言い含められていた可能性もある。安易な判断は良くないとテッサが己を戒めている間も、話は進んでいた。
「そういえばね、B班のあれ、コンセプトはあっちの班長が決めたらしいんだけど、途中までやたらと食い下がる若い設計士がいたらしいのよ」
「へぇ~」
「でも、いきなり態度を翻して少尉の太鼓持ちみたいになったんだって。理由はわからないけど、見ててすごくみっともないって友達がぼやいてた」
「そうなんだ」
「ちょ、ちょっと待って」
聞き捨てならない内容に、テッサは慌てて話に加わった。
「B班の人と話をしたって事かい?」
「そうよ?」
配属されて5年目の中堅整備士は、当たり前のように言った。
「あっちには訓練生時代からの友人がいるの。・・・あ、新機種の内容とかは話してないわよ!」
「いや、それを疑ったわけじゃなくて」
テッサは胸の前で大きく手を振り、少し声を潜めた。
「B班の人に会いに行ったら、いろいろマズいんじゃ・・・」
「そこは、少尉に見つからなければ別に、ねぇ」
他の整備士たちも、顔を見合わせて苦笑している。
「少尉殿は開発班にいるのが不満だからか、外出するなら本部地区まで行くみたいね。それに、お店も高級感にこだわるから、ここの市街地でファストフード系の店内で待ち合わせれば、まず見つからないってわけ」
説明した整備士は、そう言って舌を出した。
仕分けが終わり、各部署へとコンテナが運ばれていく。
「ここ数日、気を付けて見ていたけれど、班内には怪しい動きの人はいなかった。監視者は、おそらくだが、あの配送員・・・そしてコンペの判定でB班を批判した人物と、B班内で態度を一変させた設計士・・・これをどう繋げていけば・・・」
まとまらない考えに頭を振り、テッサはドナの作業する機体のほうへゆっくりと歩いて行った。