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コンペティション第2戦を終えた2日後、第3戦に向けての作戦会議が行われることになった。作業棟2階のミーティングルームは、中央のひとつ以外の机が取り払われ、広い空間が出来ている。机の上の端末から立ちあがったホロモニターがゆっくりと回り、班員たちはそれを囲むようにして立っていた。
「大前提として、ミサイルの撃ち合いで決着をつけるのは認められないだろう」
アーセンは全員が揃ったことを確認して口を開いた。
「それでは新型のバトルアームを開発するというコンペティションの意義を失わせることになる。となれば、すでに機体の特徴のひとつとしてミサイルポッドを搭載しているいる第2開発班の機体はともかく、我々はミサイルを攻撃手段として選ぶことはできないと思った方がいい」
渋い顔になる班員たちに頷きかけながら、アーセンは続けた。
「圧倒的不利な状況ではある。だが、何もせずに不戦敗というのは、私としては受け入れがたい。なんとか皆で知恵を出し合って、この事態を打破する方策を見つけて欲しい。まず、第2戦の映像を出すぞ」
ホロモニターに、第2戦での第2開発班の機体の演武が映し出される。続けて、それを各部署で分析したデータが提示された。
「複数のパイロットで死角をなくしているというなら、その眼をふさげばいい」
あらかたデータが整理されたところで、まず発言したのはアキトだった。
「目潰しか目眩まし・・・そのあと、照準の甘くなった掃射をかいくぐって接近、攻撃で」
「それ、あたしも思った! ペイント弾とか! 閃光弾もいいね」
エリカも勢いよく手を挙げる。アーセンが手元の端末に書き込みをしながら頷いた。
「確かに、あれだけ大量に撃つなら、排熱が邪魔して熱反応で敵機を確認するのは難しそうだし、光学カメラと肉眼がメインだろうな」
「排熱が凄いなら、冷却弾で急に冷やしたら水蒸気で視界が遮られたりするかな?」
アーセンの言葉に思いついたエリカは、隣にいる建造部の親方を見上げた。
「水がふんだんにある場所というわけじゃないからな。空気中の水分だけだと、どこまで濃度が出るか。だが高温の機体を急激に冷やせば、熱衝撃で可動パーツを破損させるくらいはできるかもしれんな」
発想を親方に認められたエリカはパッと笑顔になった。
「そっか。足とか、銃を撃ってくるアームとかが壊れたら、近付きやすくなるよね。それか、セメントを打ち込んで固めちゃうのは?」
「いろいろ試してみたいが、特殊な弾のすべてを運用するのは厳しいだろう。有効性の高そうなものを2種類くらいが限度か」
アーセンが難しい顔でまとめる。
「ミサイルを躱しながら、射撃で向こうの優位を潰し、接近戦に持ち込む・・・かなり難しいが、それしかないか」
「だったら、パイロットはこいつに変わろう」
「えっ」
先輩である男に背を叩かれ、テストパイロットのイザベル・ウォルフォードは、たたらを踏んで一歩前へ出た。驚いて振り向くと、第2戦で新機種に乗った男は明るい笑顔で言った。
「お前は射撃訓練を受けて来ているだろう。生身と機甲の上では多少勝手が違うとはいえ、それでも扱い慣れたやつの方が有利だ。お前もそう考えて、訓練を続けているんだろう?」
「それは、そうですが」
戸惑うイザベルに、男は苦笑した。
「機甲で銃を撃つのは稀だ。だから俺はずっと砲術全般はプログラム任せだったからな。射撃が重要になる作戦なら、お前の方が適任だ」
「ですが、最終的に接近戦になるのであれば、私よりも先輩の方が・・・」
「いや、接近戦と言っても、まず格闘にはならないだろう」
コンペの時の第2開発班の映像を映し出しながら、アーセンが言った。
「向こうの機体は、バトルアームとしての造形を捨てたことで、堅牢になったが機動力と対応力を失っている。暗器の類に警戒は必要だが・・・あれだけの数のミサイルを積んでいるなら、スペース的にそれほど余裕があるとも思えん」
映像は方向転換しかできない機体を映し出している。4本のアームも、マシンガンの保持に特化した形状をしていた。殴る等の動きが出来ないわけではないだろうが、本体が機敏に動けない以上、バトルアームに当てるのは難しそうだ。
「近寄れた時点で、立ち回りはこちらが優位に立てると思っていいだろう。後は、有効な打撃を与えることができるかどうかだな」
「硬そうだもんね」
エリカがげんなりとした顔になった。第2戦のデータから推測した第2開発班の機体の立体投影図を指先でくるくると回し、親方にこつりと頭を叩かれる。アーセンは軽く笑って映像を収めた。
「そこは、もう少し考えよう。まずは射撃で先制するための調整に入る。各部署で対応してもらうことをリスト化するから、それを元に作業に入ってくれ」
「はいっ」
「それから、ウォルフォードくん」
「は、はい」
名指しで呼ばれ、イザベルは背筋を伸ばした。
「推薦があったからね。これからは、きみを新型機のテストパイロットとして進めていく。だが、勝たなくては、というようなことは考えなくていい。この戦場できみが背負うのは、命ではない」
イザベルはハッとしてアーセンを見た。眼鏡の奥で、淡い青の瞳が優しく細められる。
「『敗北より恐るべきもの。それは持てる力を奮えぬまま沈むことだ』。きみの全力に期待している」
「・・・ご期待に沿えるよう努力します」
伝わってくる静かな熱意に、イザベルは胸に手を当てて一礼した。満足そうな笑みを浮かべたアーセンは、不意にいたずらっぽく表情を崩した。
「個人的には、あの不格好な箱はぜひやっつけてしまいたいがね」
「確かに!」
明るい笑い声がミーティングルームに満ちた。
そのまま、これからのことを話し合い始める班員たちを眺め、アキトはこの班への思いを再認識していた。
階級の垣根が低く、活発に意見が交換されるこの班は、とても居心地がいい。
どこに配属になろうと、仕事は仕事だ。だが、この一体感を失うのは惜しい気がする。ならば、それを守るために出来ることをしよう。
アキトの口元には、小さく笑みが刻まれていた。