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 mission3 「Break the chain ~呪縛~」



 第1開発班では、トラブルが多発したからこそ、コンペに間に合うようにと全員が力を振り絞って作業ペースを上げていた。

 カミサワ・アキトは新しい設計による機体各部への負荷を特に重視し、細かいデータを取りつつ整備のポイントを探る。並行して部品のチェックも続け、警戒は怠らないよう注意していた。

 トラブルは人為的なものであるようだが、アキトにとって「誰が」「なぜ」といったことはあまり重要ではなかった。それに、そこを気にしているものは他にいる。ならば自分は機体の安全を確保し、コンペの成功を考えるべきだと割り切っていた。

 その甲斐があり、機体は徐々に組み上がっていった。そしてついに、パイロットを乗せての動作テストへとこぎつけた。

 初回のテストでは、問題点がいくつも浮き彫りになった。アキトは収集したデータをさっそく整備に反映させ、その熱意に動かされるように、まわりの整備士たちも精力的に動き回っていた。

「少し休憩にするぞ。手を止めろ!」

 ハンガー内にリバルト・リズカミルの声が響き、整備士たちが機体から離れていく。アキトも一息ついて、機体の足元へと腰を下ろした。

 ウェットティッシュで手をぬぐい、寮の厨房に頼んでおいたサンドイッチを取り出してかぶりつこうとしたところに、ふと影が差す。

「うまそうだな」

 覗き込んでいたのは班長であるアーセン・アングレイスだった。

「そんなの食堂のメニューにあったか?」

 アキトの手にするブルーベリーとクリームチーズのサンドイッチを見ながらアーセンが言った。

「頼んで作ってもらったやつで・・・食べますか?」

 まだふた切れ残っている包みを持ち上げて差し出すが、アーセンは軽く手を振った。

「いや、横取りする気はない。それに、今食ったら寝ちまいそうだ」

 おどけたように笑うアーセンに、アキトは眉をひそめた。

「食事と休息は大事だと、先日」

「あぁ・・・」

 アーセンは気まり悪げに頭を掻く。

「偉そうなこと言ってても、なかなか、な。せめて若い奴らはちゃんと食って寝て、きちんと育ちつつ働いて欲しいって事だ」

 苦笑をこぼして上体を起こし、アーセンは機体を見上げた。

「なんとかなったな」

 まだ装甲のない部分もある、建造途中の機体を見つめ、アーセンは嬉しそうに顔をほころばせた。

「あのまま設計図のズレに気づかずに組み立てていたらと思うと・・・助かったよ」

 アーセンに肩を叩かれたアキトは驚きに目を見開き、それからわずかに照れて目をそらした。

「いえ・・・役に立てて良かった。俺も、コンペは成功させたいんで」

「ああ。あと一息だ、頑張ろう!」

 アーセンはもう一度アキトの肩を叩き、ハンガー内へと歩き出した。途中でリバルトに呼び止められている姿を見ながら、アキトはサンドイッチの最後の一口を飲みこんだ。手を拭いて水を飲み、立ちあがる。

「よし、続きだ」


 アーセンを呼び止めたリバルトは、ある提案をしていた。

「電脳調律士のチームの再編・・・?」

 アーセンはその提案に首をかしげた。リバルトは自身の案について説明をする。

「彼らは機体制御のプログラムが本業だが、他の電子機器の保守管理もやらせとるだろう。プログラム開発中にそういう雑事に時間を取らせるのはどうかと思ってな。開発と保守と、担当を分けた方が効率がいいんじゃないかと」

「それはそうだが」

 いぶかしげな様子で、アーセンは疑問を投げかける。

「コンペ中の今に言うということは、他に何か理由があるんじゃないのか?」

「ある」

 リバルトは深く頷いた。この提案には、班内で起きている数々のトラブルの原因が、電脳調律士のドナ・クレストにあると推測されたことが関係している。

「だが、それを言ってしまうと、いやおうなしに『こっち』に引っ張り込むことになるもんで、許可を貰うだけでもいいかと思ったんだが」

「『こっち』?」

「まぁ、なんだ。少しばかり規律を捻じ曲げたり、というやつだ。班長殿に責任をおっかぶせたくはないんでな、それならしらばっくれられるようにしといたほうがいいだろう」

「ずいぶんと気を回すな。何をしようとしているか知らんが・・・」

 アーセンは、リバルトの真意を探るようにその眼を覗き込んだ。

「それは何のために」

「この班と班員たち、ひいては基地全体の利益を守るため」

 問われたリバルトは即答した。その答えにアーセンは目を丸くする。

「大きく出たな」

「嘘でもはったりでもないぞ。それだけ重大だと自分は思っとる」

 リバルトの言葉にアーセンは頷き、真顔になった。

「班員たちを守るためなら是非もない。聞かせろ。詳しくな」

 そのまま会議室のひとつへと入ったふたりは長く話し込み、終業の時間になっても出て来ないままだった。


 班内サーバのアクセスログ解析で、設計図の書き換え等を行ったのはドナの可能性が高いという結果が出た。リバルトら、問題を共有しているメンバーにそれを報告したトバイアス・ラウキンは、以降のサーバの監視を任された。班のデータサーバを常にモニターするプログラムを作り、サーバへ不正に干渉しようとする動きを捉えては逆干渉をして妨害行為を阻止することを続ける。

 書き換えられていく箇所を、正規のものへと書き直す逆ハックである。それは、班への被害を防ぐのと同時に、相手が対応する動きから何かを掴むことも狙っている。

 書き換え合戦は、ターゲットを変えて数度行われた。書き換えの過程を見れば、予想に違わずドナの手によるものであることは明白だった。

 ドナのほうも、対抗しているのがトバイアスであることに気づいたらしく、物問いたげな視線を向けてくることが増えた。だが、それ以上の行動を起こすことは無く、互いに含むところを持ちつつ、決め手を見いだせないままの日々が続いた。そして、トバイアスの中にやや焦りが出てきたころ、ドナがチーム内に休みを取ると告げた。

「確かにデスマに入るのはまだもう少し先だけど」

 スケジュール表を見ながら言うトバイアスにドナは静かに頷いた。

「ええ。その前に、しばらく連絡できなくなると家族に伝えておきたくて」

 硬い表情でドナは続ける。

「本部に出していた通信申請が通ったから、明日から週末いっぱい、本部地区へ出て来るわ。負担をかけてしまうことになるけれど、ごめんなさい」

「今のところ順調だし、大丈夫ですよ! 気を付けていってらっしゃい、チーフ」

 チームの女性メンバーが明るく言った言葉に、ドナはびくりと肩を跳ねさせた。

「え、どうしました?」

「あ、いえ・・・なんでもないわ。ありがとう。お願いね」

 びっくりするメンバーたちにドナはぎこちない笑みを向けた。

 話はそこで終わり、それぞれが作業に戻る。プログラムの担当箇所を組みながら、トバイアスは先ほどのドナの反応を思い返した。

(別にどうということもない、ただの挨拶なのに・・・何?)

 考えても理由に見当がつかないまま、翌朝ドナは出掛けて行った。

 班内のデータサーバは、基本的に惑星のネットワークからは独立している。そのためドナが別の地区まで出ている間は侵入は無く、やはり彼女が実行犯であるという確信が深まった。

 週末、念のため監視プログラムは作動させたままで久しぶりにゆっくりと寝たトバイアスは、疲れの抜けた体を動かそうと寮のトレーニングルームへ行き、しばらく鍛錬メニューをこなした。一息入れようとラウンジまで出てきたところへ、帰寮したドナが通りかかる。

「おかえり、チーフ」

「あ・・・」

 ハッとして目を上げたドナの顔には、明らかに泣いたあとがあった。ぎくりと体をこわばらせたトバイアスにドナはさっと顔をそらした。

「た、ただいま・・・」

 そう小さく告げて、小走りに女子寮のほうへと去っていく。何も言えず見送ってしまったトバイアスは、大きく息をついて近くのソファに崩れるように座り込んだ。

「いや、あれ、どうしろって言うのさ。無理でしょ」

 頭を抱えてぶつぶつと愚痴をこぼすトバイアスに声がかけられる。

「どうした? 困りごとかい?」

「人にはできることと出来ないことがあるって話」

 声でテッサ・フーパーと気付いたトバイアスは、己の膝に突っ伏したまま答えた。

「泣いてた女の人を慰めるとか、難易度高すぎだって。しかも原因不明。何をどうしたらいいのかさっぱりだよ」

「何、女性が泣いていた? それは由々しき事態だな。誰だい、そのレディは」

「うちのチーフ。さっき外出から帰って来たら、泣きはらしたような目でさ・・・って、待って待って、部屋に突撃する気でしょ、やめなよ!」

 走り出そうとする気配を察したトバイアスは、慌てて顔を上げてテッサのジャケットの裾を掴んだ。つんのめるようにして動きを止めたテッサは、不思議そうにトバイアスのほうへ振り向いた。

「なぜだ。憂いを晴らすなら早い方がいいだろう?」

「そうかもしれないけど、それほど親しくない相手がいきなり『慰めに来たぞ』とか部屋に押しかけてきたら怖いって」

「そういうものか?」

 テッサはまだ腑に落ちない様子で首をひねる。

「そういうものだって。ほら、女子会、やるんでしょ。その時に話せばいいんじゃないかな」

「ふむ・・・」

 テッサは少し考え込むような仕草を見せた。女子会とは、ドナが隠している憂いの原因を聞き出そうとテッサが企画しているものだ。ハンガーを含めた作業棟のあちこちにポスターを張り、告知しているところである。

「いい感じに盛り上がって気が緩めばいろいろ話してくれそうじゃない」

「確かにそうだな。よし、盛り上げるのは得意だ、まかせろ!」

「あ・・・うん、期待してる。頑張って」

「ああ!」

 トバイアスの説得に納得したテッサは晴れやかな顔で去っていく。トバイアスは再びソファに沈み込んだ。

「それにしても、妹と話して泣く事って、何・・・?」

 ケンカ。失恋。ついでに見てきた映画に感動して。取り留めなく原因になりそうなものを連想していく。

「いじめ・・・脅迫?」

 ふと浮かんだ言葉に飛び起きる。

「黒幕と会ってきた? 不首尾を責められてとか・・・じゃあ、黒幕は本部地区にいるって事?」

 思っていたより大事になりそうな予感に、トバイアスは身を震わせた。





 第1開発班の第1回女子会は、班内の女性隊員全てが参加と相成った。それは辞退しそうなドナを確実に参加させるための作戦だった。テッサの念入りなリサーチによって選ばれた、スイーツバイキング付きというところが女性に人気のレストランが会場である。

 30名近い参加者を店まで誘導したテッサは、その後も幹事として席の間を忙しく飛び回ることになり、ドナになかなか近づけずにいた。

 気付けば、ドナの隣にはエリカ・ロンバルディアが無邪気な顔で座っていた。目があったテッサは(頼んだ!)と念を送り、エリカも少し表情を引き締めて頷いてみせた。

「あら、貴方は・・・」

「建造部のエリカだよ。前に手芸屋さんで会ったの、覚えてる?」

「ええ、覚えているわ。あの時買っていたモヘヤの毛糸、どうだったかしら」

「あれかぁ。可愛いからつい買っちゃったけど、ふわふわなまま編むのけっこう難しいね。手先は器用なつもりなんだけどな」

 照れたように笑うエリカに、ドナも口元をほころばせた。

「そう。でも大丈夫よ。本当に不器用な人は、針が動かせないもの」

「え、そうなの? 想像できないなぁ・・・ホントに?」

「ええ、私の妹がそうよ。私の真似をして編もうとしたのだけど、針で糸をすくおうとして、編地ごと動かしてしまうの」

 当時を思い出したのか、ドナはくすくすと笑う。

「何度やっても上手く行かなくて、そのうち、『お姉ちゃんが編んでくれるんだから、あたしは出来なくていいの!』って拗ねてしまって」

 その表情はとても優しいものだった。

(やっぱり悪い人には見えないな・・・妹さんのこと、本当に大事に思ってるって伝わってくる)

 柔らかな笑みを見ながら、エリカは思った。

「妹さんはこっちに呼ばないの?」

「あ・・・」

 何気ないエリカの質問に、ドナの微笑みが凍りつく。

「ちょっと、事情があって・・・あの子は、その・・・」

「最近なんか困ってるみたいなのって関係ある?」

「あの、それは・・・」

 続けて尋ねられ、視線を彷徨わせて口ごもるドナに、エリカは「んっ」と気合を入れて座りなおした。

「あのさ、あたし回りくどいこと苦手だし、単刀直入に言うね。ずっと続いてたいろんなトラブル、やったのドナさんだよね?」

 にぎやかな周囲の喧騒に紛れるようにひそめられた声だったが、ドナは正しく聞き取り顔面蒼白になった。

「トビーとリバルトさんが証拠見つけたって言ってたから、もう違うって言えないよ」

「そ、それは・・・」

 ドナは喘ぐように何か言おうとした。

「それ、は・・・」

「誤解しないでね。捕まえようとか、弁償させようとか思ってるわけじゃないんだ」

 エリカはそっとドナの手に触れた。

「班の雰囲気が悪かったり、コンペが失敗しちゃいそうなのがイヤなの。ねぇ、どうしてあんなことしたの?」

 まっすぐなエリカのまなざしに、ドナはうなだれた。

「証拠があるなら何も言えないわね。・・・そうよ。私がやったこと」

 告白してくれる気になったのかとエリカは身を乗り出すが、ドナはそれきり口を閉ざす。

「・・・理由は?」

「言えないわ」

「動機は」

「言えない」

「目的・・・」

「言えない」

「なんで・・・!」

 エリカは根気強く聞き出そうとするが、ドナはうつむいたまま、ただ首を振り続けた。

「言えば、貴方を巻き込んでしまう」

「もう巻き込まれてるよ!」

 かたくななドナに、エリカは勢いよく立ちあがって叫んだ。

 何事かと注目してくる周囲の目も気にせず、ドナの手を掴んで引っ張る。

「行こう!」

 強引に立ち上がらせ、そのまま店の出口へと向かった。

「どこに行くの?」

「スイーツバイキング、もうすぐ始まるわよ」

 不思議そうにしながらも声をかけてくる同僚たちに目もくれず、エリカはずんずんと進んだ。

「あー、なんか急な呼び出しらしいんだ。行かせてやって」

 女性班員たちの視線を遮るように前に出て、テッサはとっさの説明をする。

「ふたりには後で別にお土産を買っていくから。ここの分はみんなで食べちゃっていいよ」

 わっ、と上がった歓声をバックに、テッサはエリカに耳打ちをした。

「ここは任せて。後で合流する」

「うん。ありがと」

 小さく笑みを見せたエリカはドナの手を引いたまま店を出た。

「ど、どこへ行くの?」

「相談できる人のとこ。何を気にしてるかあたしにはわかんないけど、このままでいいはずないもん。あんただって辛そうだし、こんなの誰も幸せじゃない・・・!」

 エリカの言葉にドナは唇を噛んでうつむいた。

 合図に止まった自動タクシーは、ふたりを乗せて第1開発班の作業棟へ向かった。





 ドナの口から語られたことは、そこにいた全員の想像を超えていた。一同は言葉もなくただ呆然とし、あたりにはすすり泣くドナの声だけが響く。

「まさか、事の黒幕が長官とは」

 長い沈黙を経て、ようやくリバルトがかすれたような声を出した。

「いったい何がどう繋がっとるんだ・・・」


 エリカによって連れてこられたドナは、作業棟へついた時には少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 急遽集められた、事件について情報を共有していた班員たちを前に、まずは場所を変えさせて欲しいと申し出る。ドナが指定したのは、作業棟裏手の自然林を抜けた先にある湖のほとりで、通信端末はすべて置いていって欲しいという。

 理由がわからないながらも言うことに従って湖につくと、ドナはジャミング装置を起動する。いよいよ不審そうになる一同に向かい、ドナは静かに告げた。

「私に偽のボルトを混入させるよう指示したのは、キャンディス・ヘンダーソン大佐。この基地の長官です」

 驚きに息をのむ一同に、ドナはゆっくりとすべてを話し出した。


 幼いころから体の弱かったドナの妹が難病を発症したのが始まりだった。

 その難病は現在、特別な研究機関でしか治療が不可能だった。伝手のないドナでは、そこへ妹を入院させることが出来ない。そして、たとえ入院させられたとしても、平隊員の給与では払うことなどできない莫大な治療費がかかる。

 妹を救う手だてを見つけられず途方に暮れるドナに、ある日1通のメッセージが届いた。苦境を援助したい、という内容に、ドナは藁にもすがる気持ちでメッセージの送り主に会うことを決めた。

 指定された場所に現れたのは、自信に満ち溢れた表情の美女だった。

 その時はまだシンクタンクに所属していたキャンディス・ヘンダーソンは、挨拶もそこそこに、ドナに対して病院の紹介が出来ることを話し、その費用についても援助を申し出た。

 なぜ、見ず知らずの人間にそこまでしてくれるのか、とドナが尋ねると、症例の少ない難病の研究と治療は未来への投資ともなるのだと答え、契約書を差し出してきた。

「もし無償で受け取るのが気が引けると言うのなら、対価を貰おうか。そうだな・・・」

 キャンディスは少し考えてぱちりと指を鳴らした。

「では、こうしよう。何かの時に、私の頼むことをしてくれればいい。なに、たいしたことではない。ちょっとしたお願い程度のものだ」

 さらさらと契約書に書き足して、キャンディスは断られることなどみじんも考えていない様子でペンと共にドナの前へと滑らせた。

 ドナが目を通した限り、契約書に問題は見つからなかった。付け加えられた条件も、一方的に不利なものとは思えず、これで妹が救えるのなら、とドナは書類にサインをした。

 翌日には手続きが済み、妹は研究機関が併設する病院に預けられて治療を受け始めた。治療は奏功し、ベッドから起き上がることも出来なかった妹は、ひと月後には身を起こして笑顔で通信に出られるようになった。

 だが、完治するにはまだまだ時間がかかる。治療法も確立されたものとは言い難く、いくつもの治験を兼ねた治療と投薬を重ねて行く必要があった。それでも一時はあきらめかけた妹の命が繋ぎとめられたことで、ドナはキャンディスに深く感謝した。

 そして半年。軍へと転向したキャンディスは、このイヴォース基地の長官に着任した。軍人ではなかったはずの人物が上官として現れたことに驚いたものの、ドナは恩人との再会を純粋に喜んだ。着任後すぐにプライベートで呼び出された時も、直接お礼を言えると弾んだ心で応じた。

 だがそれは悪夢の始まりだった。

 本部地区にある高級レストランの個室に招かれ、緊張しながらも心からの感謝を告げたドナに、キャンディスはその美しい顔に笑みさえ浮かべ、こう言った。

「恩義を感じているのなら、私のために班を裏切れ」

 何を言われたのかわからずぽかんとするドナに、キャンディスは楽しげに手にしたワイングラスを掲げた。

「出来るだろう? なにせ契約にも書いてある。『妹に治療を受けさせる代わりに私のお願い事を聞く』とね」

 暗に、従わなければ妹への支援を打ち切ると言われ、ドナには頷く事しかできなかった。


「コンペティションという口実を使い、第2開発班のみを残したい。そのために第1開発班の不利益になることをするよう言われたわ。機体の故障を誘えと偽のボルトを渡され、倉庫の同じ型番のケースに混ぜた・・・」

 ドナは震える声で告白を続けた。

「作業の妨害をして、新型機の設計データを長官に渡して。私はこの班に対して、してはならないことをした。謝っても許されることじゃないけど、でも、それでも私は妹を見殺しには出来なかった・・・!」

 両手で顔を覆い、ドナは泣き崩れた。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・っ」

 地面にうずくまり泣き続けるドナに誰も声を掛けられず、湖の静かな波音の中、一同は立ち尽くす。

 最初に立ち直ったのは、これまで心情的にドナと距離を置いていたアキトだった。基地のトップが不正の元凶であるという衝撃的な事実に呆然としたものの、やるべきことが大きく違うわけではない、と気を取り直す。

「敵がわかった。なら、考えるべきはこれからどうするかだろう」

「そうだね。まだ何も終わっていない。反撃のチャンスを掴まないと」

 続いてテッサが取り出したハンカチを手にドナの側に膝をついた。

「ほら、泣くのをやめて。目が溶けてしまう」

 微笑んだテッサに目元をぬぐわれ、ドナはさらに大きく泣きだした。

 ドナをテッサに任せ、その処遇について話し合いが持たれる。事情を聞けば同情の余地はあるが、罪を無かったことにしてしまうわけにはいかない。そこでリバルトが重々しく口を開いた。

「それについては、手を打たせてもらった」

 事を公にして当人が黒幕から切り捨てられた場合、警務部での拘束、査問会や軍法会議等が行われることになるだろう。そうなると基地内部の動揺は大きく、軍の利益にもならないという判断だった。そのため、基地内の人事権を持つ教導中隊の尉官のコネを使い、根回しをしてあるという。

 ドナからチーフの座を剥奪、整備部へ所属を移行し、電脳調律士としての本領である制御プログラム作成の担当から外して、強度計算や動作シミュレーションなどの、重要だが軽視されがちなプログラムと各種機器の保守管理につかせる。

 班内には、細かい事情を伏せて、ドナの軍紀違反による実質上の降格処分だと告げる。そして対外的には、電脳調律士のチームを本業と保守とで完全分業にして効率化し、新機種の建造と整備の作業性能および確度向上を図る班内の再編成という名目で押し通す。そのための根回しだった。

「これらは班長も了承済みだ」

 説明を終えたリバルトが、傍らのアーセンへ目を向ける。赤い目で見上げるドナに、アーセンはしっかりと頷いてみせた。

「どうだ。受け入れられるか?」

 テッサに寄り添われたドナへ静かに問うと、ドナは信じられないと言いたげな表情になった。

「そんな甘い処分でいいの・・・? 私のしたことは班の不利益だっただけじゃない。誰かが死んでしまうかもしれなかったのに・・・」

「そうだな」

 リバルトは反論せず冷静に認めた。

「特に最初のボルトの件は、パイロットを直接的に危険にさらすものだった」

「だが、誰も死んでいない。これからだって、俺が、俺たちが死なせない」

 強い口調で言ったのはアキトだ。事件の背景や思惑などよりも、ただひたすらに機体に向き合った男の言葉にドナは目を見張り、そして再び涙をこぼした。

「過ぎたことについて、これ以上とやかく言っても意味が無い。問題は、俺たちの班への悪意をどう食い止めるかだ」

「そうだよ! 何で長官がウチの班を目の敵にするのかわかんないけど、B班に勝たせようとしてるって事だよね? 正々堂々勝負して負けるんならともかく、ズルして勝たれるなんてヤだよ!」

 ドナの告白にもらい泣きして瞳を潤ませたエリカが拳を握り、トバイアスは何事か考えるように顎に手を当てた。

「さっき、ウチの新型の設計データを長官に渡したって言ったよね。それって、B班に3戦目対策としてウチの班の弱点を突く設計をさせるため? なんでわざわざ長官経由なんてまどろっこしいことを?」

 トバイアスの問いに、ドナはハンカチで涙をふき、答えた。

「設計図を直接渡しても、マクベイン少尉は受け取らないからと。ヒントやアドバイスという形で第2開発班の設計の方向性を誘導するために使うと言っていたわ」

「あのヒト、A班嫌いはそこまで・・・徹底してるなぁ」

 呆れたように嘆息して、トバイアスはリバルトに向き直った。

「たぶん長官は、うちを目の敵にしているっていうよりB班を贔屓してるっぽい気がするけど、どう?」

「その可能性は高いな。それに、班を減らそうとしている理由と残す班をB班と決めた理由は関係しているのかもしれん」

 ドナの妨害工作が無くなり、情報の流出ももう無いとすれば、これ以上不利になることは無いはずだ。だが、原因である長官の意図が不明なまま続けることで、思わぬ事態が起きることはあり得る。打った手がひとつとは限らない。

 最初から結論ありきのコンペだというなら、なおさらだ。

「しかし相手が長官とはな・・・はたして手を出して無事で済むやら」

「そんなこと考えてたら何もできないよ。重要なのは、もう悪ささせないって事でしょ」

 ぐいぐいと目をこすった拳を、エリカはそのまま天へと突き上げた。

「ぜっったい負けないんだから!」


 とはいえ、気合だけでどうにかなる問題ではない。コンペでの勝利を目指すにせよ、不正の告発をするにせよ、相手の手札を予想するための情報が必要である。一同はドナから出来うる限りのことを聞き出そうと質問を重ねた。

 ドナが指示を受けるのは、妹への通信という名目で本部地区へと赴いた際に接触してくる長官の部下経由であることが多かったという。通信は使用せず、指示内容は必ず口頭で伝えられた。それはキャンディス本人から指示を受ける時も同様で、証拠を残さないようにしていたのだろう。

 指示を受けるためと状況の報告のため、ドナは定期的に本部地区へ向かうことが義務付けられ、その不自然さを隠す意味で妹への通信申請が頻繁に許可されていたのだという。このところ容体が思わしくない妹とは話せないことも増え、通信許可はイコール長官からの呼び出しのようになっていた。

「とすると、通信部門にも息がかかっとるやつがいるということか」

 リバルトは頭痛を抑えるようにこめかみに手を当てた。

 最初の偽ボルトは長官から渡されたもので、入手経路については明かされていない。だが、他の開発班等を巻き込んでいる様子は無いことから、おそらく惑星外から持ち込んだものだと思われる。その後も何度か部品のすり替えを指示されたが、誰かを直接的に危険にさらすことはやめさせてほしいと訴え、その後は偽の部品は受け取っていないという。

「だから、偽ボルト騒ぎだけ異質だったんだな」

 納得した、というようにアキトが深く頷く。

 進捗を直接確認する以外に、ドナには監視を付けているとキャンディスは告げていた。誰が、という具体的なことは言わなかったが、それでも、見張られているという精神的圧迫感はドナを追い詰めていた。また、キャンディスは基地の最高責任者という立場上、どんなセキュリティもパスできる権限を持っている。どこに隠しカメラや盗聴器が仕掛けられているかわからず、それを見られている可能性がある以上は、迂闊なことは話せなかった。

 だからこそドナは真実を告白するにあたって、人工物の極端に少ない湖まで移動し、通信機器を手放したうえでジャミング装置を使うほど念を入れたのである。

「そりゃ些細な言葉にもビクビクしちゃうか・・・」

 先日のドナの過剰反応を思い出したトバイアスが同情したように眉尻を下げた。

 ドナに接触してくる長官の部下はいつも同じ人物で、長官自身と会う時にも他の人間が同席することは無かった。また、話をする場所は必ず個室で、入るときも出る時も別々であり、さらに他の人間に出会わないように注意が払われていた。

 そのことから、何らかの不正が行なわれようとしているとしても、同調している人物は多くないと推測できる。ごく少数による陰謀である可能性は非常に高い。

「それは助かる。上層部全部が、なんて言われたらどうしたらいいか」

 対処が困難なことには変わりない相手の大きさにテッサが苦笑する。

 第2開発班への支援は、表立って行われてはいないようだ。だが、ドナの渡した設計図の件も含め、何らかの接触はあるのだろう。

 なぜ開発班を減らすことにしたのか、その方法がなぜコンペティションだったのか、第2開発班を残すという選択をしたのはなぜか。その理由もキャンディスは語らなかった。ただ、彼女が強い上昇志向を持っているということは、言葉の端々から感じられた。

「長官になっといて、まだ上に行きたいの? なんかスゴいね」

 エリカは呆れ半分、感心半分のため息をついた。

 キャンディス自身のプロフィールは、着任時に広報誌に掲載されている。

 ヘンダーソン家は軍閥の一族で、特にこのチェルビ司令部では強い権力を有している。キャンディスは、その一族に生まれたがあえて士官学校へ進まず、一般の大学から大学院を経て民間のシンクタンクに所属した。軍への転職後は、異例の出世で短期間のうちにイヴォース基地の長官に着任する。大学在学中にモデルとしてデビューを果たすなどの派手な経歴は、対立する派閥からは攻撃を受けることも多い。

「攻撃を受けても若くして基地長官の職を得たということは、派閥の力もあるだろうが、本人にもそれらをねじ伏せるだけの実力があるのだろうな」

 眼鏡のブリッジを押し上げ、アーセンが分析する。この中では最も長官に近く接してきたドナは、それを肯定した。

「あの人は、自分に自信があって、強い意志を持っているわ。その力強さに惹かれる人は多いと思う。だけど、誰も信じていないと感じる時があった・・・あの人にとって、大事なのは自分だけなのじゃないかしら」

 ドナは目を伏せ、静かに呟いた。

 風が吹き、流れる雲が太陽を隠していく。

 それはまるで、立ちはだかる巨大な敵の影が湖畔に広がっていくかのようだった。





 コンペティション2戦目は、機甲開発中隊所有の試技場が会場に指定された。当日はあいにくの小雨だったが、審査を担当する将校たちは屋根のある観覧席へと通され、演武の開始を待っていた。そこには基地長官であるキャンディスの姿もあった。

 第1、第2両班が、開発した機体を伴って試技場へと集う。運搬車によって運び込まれる機体は、雨を避けるためシートが掛けられており、第2開発班の運搬車上のシートは3機分ほどのサイズがあった。

 合図で双方のシートが取り外される。あらわになった第2開発班の機体の威容に、第1開発班の班員たちは一様に息をのんだ。

「あれは、バトルアームなのか・・・?」

 通常の機体の倍を超える巨体。その大きさもさることながら、人の形をしていない外見に、動揺が走る。誰とも無くこぼれ落ちた疑問は、全員の胸の内を代弁していた。

「では、第1開発班から演武を始めてください」

 しかし、その動揺を収める時間は与えられなかった。本部から派遣された進行役に無感情に告げられ、班員たちは決めてあった担当に別れて起動準備に入った。

 パイロットが乗り込み起動手続きを済ませた機体が、運搬車から降りて試技場の中央へと歩み出る。アーセンはマイクを手にした。

 パイロットが基本動作を見せるのに合わせ、アーセンが解説をする。設計コンセプトと向上させた性能について説明をしたあと、いよいよ新機構のお披露目となった。

 まず、場内に設置した仮想敵となる障害物に、通常の攻撃を加える。振るわれた片手剣は鈍い音を立てて弾き返された。

「このように攻撃力不足によって作戦行動が停滞することを回避すべく、攻撃力を増加させる為の機構を新たに備えました」

 アーセンの言葉に、一歩下がった機体が再び障害物に向かって踏み込んだ。その動きと同時に機体から飛び出した杭が地面に刺さり、機体を固定する。先ほどに倍する轟音が鳴り響き、舞い上がった土煙が晴れたあと、障害物は大きく破損していた。

「慣性で消えていく踏み込みの力をスパイクによって機体にとどめ、武器の攻撃へと上乗せする。その事で瞬間的に破壊力を上げる事が出来ます・・・」

 アーセンの説明にかぶさるように、観覧席から拍手が起きた。

 さらに細かい解説を加え、すべてを披露し終えた機体が運搬車へと戻る。入れ違うように第2開発班の機体が試技場中央へと引き出された。

 機体は高さがおよそ8m、幅が6mほどの箱型をしていた。前面の2本の太い腕には、それぞれ大容量の弾倉を備えたマシンガンが握られている。逆間接の短い脚のようなものが側面についているが、それで移動する事は難しいらしく、通常の機体2機に牽引されている。上部には風防があり、コクピットの位置も従来の胸元ではないようだった。さらに驚くべき事に、風防越しに見えたパイロットはふたりいた。

「複座・・・?!」

 驚きの声を上げたテッサに、ちょうど通り過ぎようとしていた第2開発班の班長ロイド・マクベインはにやりとした笑みを向けた。

 所定の位置に付き、ロイドは得々として解説を始めた。機体は背面から2本の副腕を分離、合計4挺のマシンガンが激しく火を吹く。短い脚は方向転換に使うためのものだったようで、意外なほどスムーズに向きを調整し、周囲を薙ぎ払うように銃撃が地面をなめて行った。次いで側面、上部にミサイルポッドのハッチが展開、全方位へと砲撃を放った。場内は爆発の煙で覆われ、何も見えなくなった。

「ふたりのパイロットにより攻撃の死角を排除したこの機体は、従来のバトルアームはもちろん、バトルウイングすらも寄せ付けない究極の防衛機構と言えるでしょう!」

 プレゼンテーションを続けるロイドの声には、隠しようも無い興奮が現れていた。

 圧倒的火力を見せつけ、第2開発班の新機種が引き上げられていく。第1開発班の前を通ると、ロイドは小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「たいした工夫も無い機体を、よくも恥ずかしげも無く出せたものだ」

 怒りを覚えたひとりが、拳を握って一歩前に出た。

「そ、そっちだって、そんなのバトルアームって言えないだろ!」

「負け惜しみだな」

 いつもであれば階級が下の人間が敬語を使わない事を咎めるロイドだが、よほど気分がいいのか余裕の笑みを崩さない。

「求められたのは、これまでの固定観念を覆す、全く新しい機体だ。我が班はその要望にこれ以上無く応えられたと思うが?」

 悔しそうになる第1開発班の班員たちに、ロイドはいっそう笑みを深めた。

「第3戦が楽しみだ。僕は不戦勝でもかまわないがね」

 上機嫌で去っていくロイドに、エリカが地団太を踏む。

「なにが不戦勝でも、よ! コテンパンにしてやるんだから!」

「いや、それは難しいぞ。残念だがな」

 リバルトは苦虫をかみつぶしたような表情で、ゲートを出て行く第2開発班の運搬車を眺めた。

「対バトルアームでコンセプトを作っとるウチの機体じゃ、近付くのも難しい。加えて、デカいぶん装甲の厚みもかなりなものと見た。何とか近付けても攻撃が通るかどうか・・・」

「だが、これ以上出力は上げられない」

 さっそく演武のデータを確認していたアキトがため息交じりに言う。

「実戦形式の連続稼働だと、やはりテスト運用時の試算より機体への負担が大きくなる。かといって強度を高めると機動力が落ちる」

「体への負担も相当キツいぞ」

 機体を降りてきたテストパイロットが、ヘルメットを脱ぎながら続けた。

「スパイクで機体を強制的に固定するから、反動を逃がせないぶん、ストレートに負荷がのしかかってくる。俺はたとえ従来型の機甲相手でも、模擬戦に出て戦える気はしないな」

「補助プログラムの精度を上げないとダメか・・・」

「いや」

 ソースコードを見直しながらトバイアスが呟くと、パイロットは首を振った。

「むしろ補助がこちらの操縦とぶつかってる感じがする。態勢の制御は完全にパイロット任せにした方が、まだマシなんじゃないかって気がするよ。・・・それが出来るパイロットなら、だけどな」

 俺には無理だ、と申し訳なさそうに肩をすくめる。長く第1開発班でメインテスターを務める熟練パイロットの言葉に、班員たちの間に重い空気が立ち込めた。

「ほら、お前たち、まだ今日の勝敗も出ていないのに落ち込んでどうする」

 気持ちを切り替えるようにアーセンが声を張り上げた。

「『心よ、凪げ。動揺の悪魔に耳を貸している暇などない』。とりあえず撤収の準備をしてくれ。反省や検討はあとだ」

 班長の号令で、ようやく班員たちは動き始めた。それでも、いつもよりもその動きが鈍くなるのはどうしようもなかった。


 コンペ第2戦は、第2開発班勝利が告げられた。

 長官が何かの思惑によって始めたらしいコンペティション。勝利への道筋は、まだ見えない。

 3戦目の模擬戦は、再びひと月後と告知された。





 コンペの翌日は、アーセンの宣言により、第1戦後と同じく休息日となった。

「なんかね、ヘンな感じがするの。どこかおかしいよね」

 手に持ったフライドチキンを鼻先で振りながらエリカが言う。

 湖畔にレジャーシートを敷き、車座に座っているのは、ここでドナの告白を聞いたメンバーたちだ。目的は、今後についての話し合いである。

 盗聴されている危険が拭えない以上、作業棟や寮で話をするのは自殺行為だ。湖までやってきたのは聞かれる心配のない場所を選択した結果であり、これは決してピクニックではない。

「おかしいって、何が?」

 キャンディ型に包まれたロールサンドのラップを剥がしながら尋ねたのはテッサだ。

「B班の機体。昨日はビックリしちゃって気付かなかったけど、良く考えたら、あれって別にウチの機体じゃなくても勝てないよね?」

「まぁ、そうだな」

 言い終えて、フライドチキンをかじってもぐもぐと咀嚼するエリカに、リバルトが同意する。その前にある、バゲットサンドが詰め込まれていたバスケットは、すでに空だ。

「あれは据え置き型の砲台に近い。あれと戦うのは、バトルアーム1機で砦を落とせと言われるようなもんだ」

 リバルトは次のバスケットへ手を伸ばした。どちらかと言えば小柄な体のどこに入るのかと思うほどの食べっぷりに、迷惑をかけた詫びにと食事を用意したドナが目をみはっている。

「それのどこがヘン・・・って、ああ! そうか!」

 首を傾げつつライスコロッケを摘み上げたトバイアスが、大きな声を上げた。

「チーフが横流しした設計図! それが、活用されてないって事だよね」

「横流し・・・まぁ、間違っちゃいないか」

 実情よりも軽いニュアンスの言葉に苦笑したのは、ポテトサラダの入ったカップを手にしたアーセンだ。スペアリブにかぶりついていたアキトが、手を下して宙を見上げる。

「B班・・・マクベイン少尉は、長官と繋がっていない、と?」

「だったら、もしかして協力出来たりしないかな?!」

 アキトの言葉に、エリカが勢い込んで身を乗り出した。テッサもパッと表情を明るくする。

「そうだね。コンペ自体が不正であるなら、B班にとってもいいことではない。少尉が長官と通じていないのないなら、正直に話せば手を取り合えるはずだ」

「だよね!」

「う~ん、そこまで単純なことかな。まぁ、プライド高いし、上手く乗せれば、もしかして・・・?」

 エリカは我が意を得たりと嬉しそうにするが、トバイアスはやや懐疑的に首をひねっている。ロイドの着任から知っている年長組は渋い顔だ。

「あやつとまともに会話が成り立つとは思えんな・・・」

「そもそも、長官が何をしようとしているのかはわかってないんだ。協力するって言ったってな」

「長官のほうに探りを入れるのが先だろう」

「だけど、3戦目までひと月しかないんだよ。時間無いのに」

 エリカは歯痒そうに、手にしたフルーツジュースの瓶を握りしめた。隣に座るテッサが、なだめるように優しく肩を叩く。トバイアスも、真面目な顔で改めて提案した。

「正攻法だけでどうにかなる相手には思えないし、色々試してみるのはアリかもしれない。上手くやらないとこじれるだろうから、やり方は慎重に考える必要はあるだろうけど」

「ふむ・・・」

 リバルトが考え込むと、アーセンが首筋を撫でながら指摘する。

「だが長官は、B班の設計路線を誘導できると考えていた。だから、うちの設計図を要求したんだろう」

 視線を受け、ドナは目を伏せた。アーセンは一瞬、痛ましげな目をしてから続けた。

「それが実際には反映されなかったのは、繋がりが想定より弱かったからなのか、伝える際に何かトラブルが起きたのか。どちらにせよ、まったく繋がりが無いとは思えん。迂闊な行動は慎んで欲しい」

 反論したそうなエリカを手で制し、アーセンは滅多にない強い口調で言った。

「相手は基地のトップで、背後には大きな派閥の力もある。誰かが犠牲になるくらいなら、班が潰れた方がマシだ」

 アーセンの語気の強さと真剣なまなざしに、エリカは何度か口を開閉させたが、何も言えず黙り込んだ。それを見たアーセンは苦い笑みをこぼし、手を伸ばしてエリカの頭をぽんぽんと撫でた。

「どうにかしたいと思ってるのは、私も一緒だ。だが、急ぐことばかり考えていては、思わぬつまづきを引き寄せる。落ち着いて、冷静に、今までわかったことをしっかり把握して対策を考えることが必要だろう」

 そしてアイスコーヒーの入ったステンレスのタンブラーを掲げる。

「時間は多くはないが、全く無いわけでもない。今日くらいは、この良い陽射しを楽しもうじゃないか」

 その微笑みに場の緊張が緩み、一同は食事を再開した。

 爽やかな風が吹き抜ける湖畔で、ピクニックへと変わった集まりは、陽が落ちる頃まで、穏やかに続いた。


(to be continued・・・)

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