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 mission2 「staying up back then ~ 疑惑 ~」


 機体から外した装甲を吊り下げたクレーンが、回転しながら空きスペースへと運んでいく。ゆっくりと地面に降ろされた金属板に、整備士が数名とりついてさらに細かい部品を分け始めた。

 第1開発班の作業棟にあるハンガーでは、コンペ第2戦に向けて現行の3機が解体されていた。この3機は基本設計は同じながらも少しずつ規格が異なり、新機種ではそれを組み合わせる可能性もあるということで、いったん全てを資材化することになったのだ。

「どうせバラすなら、この際まとめて安全確認するぞ。目視と打音、どちらも手を抜くな。少しでも異常があったら複数で再確認と報告!」

 指示を出しながらハンガー全体を見まわるのは、整備部のチーフであるリバルト・リズカミルだ。背は低めながらもどっしりと貫禄ある体格で、立ち働く整備士たちに睨みを利かせている。

「弱ってる部分は強度計算をし直すことも考えとるからな。数値はちゃんとメモしておけ」

「了解!」

「・・・ずいぶん大がかりなのね」

 その様子を見て驚いたように目を見張ったのは、作業機器の不調を調べに来ていた電脳調律士のドナ・クレストだった。女性整備士のアキラ・フミナリは、機器の場所へ案内しながら答えた。

「この間のコンペのあと、部品が壊れてるのが見つかったんだよ」

 その壊れた部品は、意図的に混入されたと思われる偽物のボルトだ。アキラは内心で歯ぎしりをする。自分たちが丹精込めて整備をし、パイロットの安全に気を配っている機体に、わざと危険な部品を使わせるという卑劣な行為は許しがたかった。

 とはいえ、仕事中に誰彼かまわずその怒りをぶちまけるほど理性は薄くない。頭の中で犯人の顔面に拳を打ち込みつつも、表情には出さずに話を続けた。

「たまたまパイロットが異音に気付いて、すぐ対処できたからいいけど、もし見逃されてたら命に係わる。あぁ、もちろんオーバーホールは定期的にやってるよ。でも機会があるなら細かく見といた方がいいからね」

「命に・・・」

 ドナは口元を引き結び、作業する整備士たちを見つめた。

「ほら、これだよ。ここに入力する時に表示がおかしくてさ。マニュアル見て一通り試してみたけど直らなくてね。なんとかなるかい」

 アキラに示された機器に端末を接続し、ドナはその場でシステムを確認し始めた。修正プログラムを挿入し、書き換えを待つ。

 ほどなくして、端末が作業終了のアラートを鳴らした。

「これで大丈夫だと思うから、しばらく使ってみて。またあとでログを取りに来ます」

 動作が正常に戻ったことを確認したドナがケーブルを回収する。アキラも入力を試して礼を言った。

「ああ、ありがとね」

 アキラに向かってわずかに微笑み、ドナは出口に向かって歩き出した。その表情が、徐々に曇っていく。迷いを抱えるかのような足取りは、速度を上げないまま扉の向こうへ消えた。


 大がかりな解体作業に疑問を持ったのは、ドナだけではなかった。

 このタイミングでの機体の解体そのものには、おかしいことはない。だが、いつにない入念なチェック体制の徹底ぶりに、男性整備士のカミサワ・アキトは不自然さを感じ、指揮を執るリバルトに尋ねた。

「何かあったのか」

「む・・・」

 リバルトが眉根を寄せると、アキラが割り込むように言った。

「話してもいいんじゃないか。私らだけだと手が足りないこともあるだろ? アキトは口も堅いし、あんなことするヤツじゃないってわかってるしさ」

 少しだけ考える間があってから同意したリバルトは、ひと気のないハンガーの隅へとアキトを連れていき、偽のボルトが混入していた顛末をかいつまんで話した。

 従来の監視カメラは把握されている可能性があると考えたリバルトは、偽装した隠しカメラで犯行現場を押さえる計画を立てている。解体に伴う資材の移動や仮置きなどを利用して仕掛けを作るつもりでいるが、そのセッティングや画像チェックに人手が必要なのは確かだった。アキトの協力が得られれば助かることは多いだろう。

「そんなことが・・・」

 知らない間に起きていた事件に驚きと憤りを覚え、アキトは顔をしかめた。

「あれで終わるとも限らんからな。またあると想定して対処しようと思っとる。おまえさんも気を配ってくれるか」

「わかった」

 アキトはもちろんだと言うように大きく頷いた。





 第1開発班が新機種として提案するのはいかなる機体にするべきか。

 設計部にとどまらず班の中からアイデアを募ることにしたのは、班長のアーセン・アングレイスだ。今までいくつも試してきたものを超える新しさが欲しい。そのためには広い視野が必要だ。そう考えてのことだった。

「私は重装甲の格闘タイプを提案する」

 班員たちを集めた発案会議で、先陣を切って発言したのは電脳調律士のローランド・ナグチだった。

「長官の要望する新しい特徴としては、パイロットの重心移動で展開するスパイクを取り付ける。踏み込み時の瞬間的な出力を無駄なく武器へと送り込むことで、威力を増加させることができるだろう。動作との連動と制御についてのプログラムの新規開発を予定している」

 発表された仕様に、班員たちがざわついた。中でも電脳調律士たちは、完全にゼロからの開発になるプログラムの提案に「正気か?」というような表情を見せた。

 しかしローランドは構わずプレゼンを続ける。

「コストの削減と建造時間短縮のため、基本躯体は現行機のミドヴィエーチ型を流用。機体そのものの装甲は抑え、大盾を持つことで防御力を向上させる。両手が大物でふさがるのは扱いづらいと考えられるので、武器は長物より片手剣が相性がいいだろう。リーチが短くなるゆえに必然的に近接戦闘型となる」

 提示された資料には様々なデータが載っており、班員たちは真剣に内容を確認しつつ説明を聞いていた。

「バトルアームの使用する盾を大型化すれば、破砕機替わりの運用や塹壕を渡す橋にも転用でき汎用性が高い。また小口径の射撃武器を内蔵し、牽制に使用することで、遠距離を得意とする敵にも、ある程度対抗できるはずだ」

 一呼吸置いたところで、班員たちが口々に検討を始める。

「大盾と言ってもサイズが問題だな。渡るのは歩兵だとしても橋に使えるサイズだとすると、さすがに機動性が失われないか?」

「重量的にも、片腕で保持できる限界がありますからね」

「複数機運用を前提とした連結型にするのはどうだ」

「組み立て式は強度確保がな・・・」

「盾と両立出来るものをウチで作るのは難しいかもね。武装開発班に頼まないと」

「射撃武器の内臓も厳しいな。スペース的に余裕が無い」

「弾薬積むのもちょっと怖いよね」

「その追加装置での挙動はパイロットへの負担が大きいぞ。補助のプログラムを入れるにしても、基本は本人の体捌きだろう? 個人の資質に頼るのは軍用機としてどうかと思う」

「でも新しさはあるよね」

 侃々諤々の議論はしばらく続き、他の班員からの提案も合わせてコンセプトの方向性が固まっていく。

「よし、新機能はローランドの提案のスパイクが一番インパクトがあるから、それで行こう」

 ひとしきり意見を聞き、アーセンが宣言した。

「ただ、大盾を持たせるのは諦めて、回避重視のほうへシフトさせた設計にする。バガモール型との差別化がカギだな。あれは威力偵察向きだが、こちらはもう少し前線維持に使える機体にしたいところだ。更にアイデアがあれば、いつでも言いに来てくれ。取り入れられるものは全て取り入れるぞ。なにせ私たちの集大成だからな。妥協は一切なしだ。『持てる力すべてを余すところなく捧げよ。さすれば成長の女神の廟は扉を開かん』」

 班員たちの反応は、新しいおもちゃを試すような楽しげな面持ちが半分、これからの苦労を考えてげっそり顔が半分といったところだ。このあと、設計と組み立ての作業割振りを各チーフたちが話し合うことになり、いったん会議は終了となった。

「私からもうひとつ、注意喚起を」

 解散の号令をアーセンが出そうとしたところで、ローランドが再び発言した。

「先日の合同ミーティングの際、第2開発班の班長が、見ていないはずのわが班の機体について『二足二腕』と断定した。これは情報が漏洩している証拠と言える。対策すべきだ」

 コンペ初戦は、別の演習場で同時に行われたため、相手の班の様子はお互いに見ることが出来なかった。録画も本部へ送られた他は、班の外には出ていない。それを踏まえたローランドの危惧だったが、新人以外の全員がこの言葉を聞いて苦笑した。

「うちが二足二腕しか作らないのは、もうずっと前からで、さらにそれが私の意向であることは基地中が知っているさ。彼のあれは挨拶みたいなもんだ」

 彼ももっと肩の力を抜けばいいのにな、とアーセンは笑った。

 そのまま解散となり、各部署のチーフ以外が退室していく。ローランドもドアへ向かったが、リバルトに呼び止められた。他の班員が去った廊下で、ひそめた声で協力を頼まれる。

「B班の坊主の言葉はともかく、妨害工作等の対策は必要だ。監視システムの構築に、少し手を貸してくれんか」

 隠しカメラを新たにセッティングするにあたり、従来の警備システムから独立したものにするために、別システムを統括するプログラムを頼みたいのだと言う。

「単純なものであれば、なんとかなるだろう」

 自身の提案した新機能用のプログラム制作に掛かる時間を考え、使える時間は少ないとローランドは答えた。


 解体作業は数日かけて進められた。事情を知る数名のみでひそやかに行われた隠しカメラの設置は無事に済み、監視プログラムも順調に作動を開始した。

「やはり私は反対だ。カメラを隠すのはやめないか?」

 憂いを帯びた表情で言ったのは、事務のテッサ・フーパーだ。監視カメラを増やすことには同意したものの、その存在を隠して次の犯行を促すのは、危険であり、また犯人のためにもならない、というのがその主張だった。

「まず罪を犯させないことを考えるべきだと思う。私たちが警戒している態度を見せれば、思いとどまってくれるかもしれないだろう?」

「だが、それでは根本的な解決にならん」

 リバルトはまなざし鋭くテッサを一瞥した。

「混入がばれたと知れば、犯人はさらに過激な手を使ってくるかもしれん。ならば油断させてもう一度犯行に及ばせ、その現場を押さえるべきだ。そのためには、こちらが気付いていないと装う必要がある」

「だが、もっと酷い手段はいくらでもあるのに、あまり使われない部品1種類 だけをすり替えるなんて・・・それは犯人にためらいがあるからじゃないのか。根っからの悪人じゃない、私はそんな気がするんだ」

 だから、悪いことはできないと思わせることが犯人の為でもある。テッサはそう訴えた。

「確かにな」

 ふん、と息を吐いてリバルトはカメラのモニターへ目を向けた。

「自分も、実行犯は弱みに付け込まれたトカゲの尻尾で、黒幕がいる可能性は高いと思っとる」

「だったら!」

「だからこそ」

 勢い込むテッサを、リバルトは低い声で遮った。

「今のうちに実行犯と接触し、事件の背景を知る必要がある。それが最善と判断した」

 議論する気はないと言外に告げるリバルトに、テッサは唇を噛んだ。

「・・・っ、失礼する」

 しばし喉の奥で唸った後、テッサは絞り出すような声で告げ、一礼して踵を返した。その背を見送って、リバルトは傍らのデスクで作業しているローランドへと声をかける。

「どうだ、ローランド殿」

「特筆すべきものは映っていないな」

 隠しカメラの映像を確認していたローランドは、リバルトの問いに事務的に答えた。

「倉庫への出入りは班員のみだ。映っているのは整備が一番多いが、事務や我々電脳調律士も日に一度程度は出入りしている。解体途中の機体に近付いて不審な動きをする者もない」

「そうか・・・」

「今は過去の監視カメラ映像を確認中だ。だが同じだな。混入された時間が特定できない限り、カメラの映像から犯人を突き止めるのは不可能だろう」

 人が映っている部分だけを再生するようにされた映像は、瞬間移動しているかのように様々な人を映し出す。ローランドの言うとおり、つなぎ姿の整備や建造の班員だけでなく、制服姿の班員も混ざっている。ローランドの答えに、リバルトがモニターに映された荒い映像を見ると、ちょうどドナが周りを見てからIDをかざしてロックを外し、部品倉庫の中へ入るところが流れていた。

「そもそも、映るような下手を打っていたとも限らん。今後、隠しカメラに映る場所で犯行に及ぶことを祈るしかないな」

 自分の姿も含め、顔見知りの班員たちが次々と現れては消える映像を見ながら、リバルトが呟く。ローランドは応えず、映像解析用プログラムを走らせ続けた。

 しかしリバルトの祈りは天に届かなかったのか、不審な動きは捉えることが出来ないまま、新機種の組み立てが始まった。

 コンペ出展は暫定1号機を想定しているが、動作テストなどを並行して行えるよう、3機とも組み上げることになっている。建造部と整備部の総出で、作業は急ピッチで進んでいた。

 そんな中、作業用アームのエラーで作業が止まるトラブルが起き、その修正で時間を取られる事態が発生した。

「早くしろ!」

「おい、なにしてるんだ!」

「待ってくれって! 動かないんだ!」

 原因を特定して対処し、作業が再開するまで丸1日近くかかり、スケジュールの遅れを気にする班員たちがピリピリし始める。

「ぼやっとするな。ただ待っとらんで出来る作業を見つけて進めろ」

 班員たちに声をかけて回りつつも、リバルト自身も内心の焦りを止めることが出来ずにいた。

「早いとこケリを付けたいんだがな」

 事件の進展の無さに、ついぼやきが口をつく。その頭上にある梁に取り付けられた隠しカメラは、無言でそのレンズにハンガー内を映し続けた。





 開発班の作業棟と寮のある地域は、年間の寒暖差が少なく過ごしやすい気候だ。それでも朝晩は、それなりに気温が下がる。うっすらともやの漂う明け方、トレーニングウエア姿で寮を出た電脳調律士のトバイアス・ラウキンは、空気の冷たさにぶるりと身を震わせた。

「涼しいうちの方が走りやすいかと思ったけど、これ寒すぎない・・・?」

 コンペ2戦目に向けての追い込みが始まれば体力維持のためのトレーニングどころではなくなる。それを見越して今のうちにジョギングでもしておこうと休日の朝を利用して早起きしてみたのだが、早くも後悔し始める。

「でも戻るのも面倒だし・・・ん?」

 裏手の自然林へ繋がる遊歩道に人影が見え、トバイアスは目を凝らした。近づいてくるその姿は、同じようにトレーニングウエアに身を包んだ事務のテッサだった。

「早いね」

 すぐ近くまで来たところで声をかけると、テッサは初めてトバイアスに気付いたように目を瞬かせた。

「キミは・・・」

 足を止めたテッサがあたりを見回し、木々の間から顔を出した太陽を見て目を細めた。

「ああ・・・もう朝か」

 言いながら腕で額の汗をぬぐう。

「うっわ、すごい汗」

「うん、ずっと走っていたからね」

「ずっと?」

「ああ、昨夜から」

「昨夜って・・・一晩中?!」

 あっさり言ったテッサに、トバイアスは驚きのあまり声が裏返ってしまう。

「少し考え事をしていてね」

「それにしたって・・・」

 テッサの台詞に、トバイアスは呆れたような目を向けてから少し表情を改めた。

「何かあったの」

「うん・・・」

 テッサは言いよどみ、迷うように俯いた。

「なあトビー。誰かが間違いを犯そうとしていたら、どうすればいいんだろう」

 ややあって、ぽつりと言葉が落とされる。トバイアスは探るような目になった。

「何のこと」

「たとえば、何か不正があったとして・・・犯人を特定するためにもう一度繰り返させるというのは、どうなのかな」

 小さな声でテッサは言った。

「私は、不正そのものをさせてはいけないと思うんだ。それをしてはいけない、私たちは気付いているからすることはできないと伝えるべきじゃないかと。罪は・・・自分に返ってくるものだから」

 テッサの脳裏に浮かぶのは、学生時代のライバルのことだった。推薦を得るために不正をし、発覚したことで自らの夢を失った彼を、どこかで止めることが出来ていたなら。今も肩を並べていた未来を想像してしまう。

「こんな考えは、甘いのかな」

「ふうん」

 深刻な話に似合わない軽い相槌を打ったトバイアスは、さらりと告げる。

「何があったのか知らないけど、悩んでるってことは納得してないんでしょ」

 顔を上げたテッサに、トバイアスは肩をすくめてみせた。

「納得いかないまま流されて後悔するのは自分だし。それでもいいなら流されてみれば? それがイヤだったら何かしないとね」

「流されて後悔するのは、自分・・・」

 テッサは噛みしめるように言葉を繰り返した。不安を映して揺れていた目が光を取り戻す。その様子にトバイアスは小さな笑みを浮かべた。

「ボクなら、手を差し伸べられる相手にはそうしたいと思うよ。・・・誰かが堕ちて行くのを見るのは、もうイヤだ」

 最後は呟くように言って、自嘲するように笑う。

「なんて言っても、実際に出来ることなんてほとんどないけどさ。自分の所のチーフの悩みすら、打ち明けてもらえない有様だし?」

「チーフ・・・クレスト上等兵か。彼女が何か?」

 視線を上にあげて思い出しながらテッサが尋ねると、トバイアスは困ったように表情を曇らせた。

「なんか思いつめてる風なんだよね。でもズケズケ話を聞きに踏み込むわけにもいかないし、様子を見るので精一杯。本気でヤバそうなら、誰か頼れそうな人に相談するしかない、かな」

「思いつめてる・・・このタイミングで?」

 テッサは何かに思い至ったかのように口元に手を当てた。

「まさか、彼女が・・・?」

「? どうしたの?」

 不思議そうな顔になるトバイアスに、テッサは意を決したようにボルト混入の話をした。そして推測を披露する。その実行犯が、ドナではないかと。

「まさか。動機が無いよ」

「そうであってほしいが」

 笑い飛ばされても、テッサは深刻な表情を崩さない。それを見て、トバイアスも真顔に戻った。

「とりあえず良く気を付けておくよ。何もなければそれでいいんだし」

「ああ、頼む」

 少し頬を緩ませたテッサの目に、額から汗が流れ落ちる。それを拭おうと、テッサがウエアの裾を持ち上げた。

「ちょ・・・っ」

 垣間見えた肌の色に慌てたトバイアスが、手にしていたタオルを投げつけた。

「何考えてるの、馬鹿なの?!」

「ん? ああ、すまない」

 顔をそむけたトバイアスと対照的に、テッサは平然とタオルを受け取る。

「まったく。うちのチビどもの方がよっぽど羞恥心を持ってるよ」

「悪かった。つい、な。恥じらいを持てとは友人にも良く言われるんだが」

「・・もういいよ。徹夜なんでしょ。それ持ってっていいから、さっさとシャワー浴びて寝たら」

 苦笑するだけのテッサに、トバイアスはため息交じりに言う。テッサは笑みを明るいものに変えた。

「そうするよ。ありがとう」

 タオルは洗って返すから、と言いながら、テッサは寮のほうへと歩き去った。

 それに背を向け、トバイアスは作業棟を見上げた。休息日の今日、プログラムルームの窓は暗いままだ。

「まさか、ね」

 テッサから聞いた話を反芻したトバイアスは、ドナのことをあまりに知らないと改めて思う。そんな人に見えない、だけでは根拠が無い。

 かといって「年上の」「異性の」「上司」である本人に直接あれこれ聞くのは、トバイアスにとってはハードルが高かった。ドナ自身も社交的なタイプではないのが、さらにハードルを押し上げる。

 自力で出来ることには限度がある。頼れるものは頼ろうと、情報通と評判の班員に話をしてみることを決めたトバイアスは、ようやく目的のジョギングのためにストレッチを始めた。





 発注したはずの資材が届かない、などというトラブルにも見舞われて組み立て作業が進まず、ここ数日は夕刻を過ぎるとハンガー内からは人の姿が減っていく。アキトはそれを見計らい、自主的に部材チェックを進めていた。

 偽ボルトの混入に気付かず機体に使われてしまったことは、アキトの整備士としての誇りに傷をつけた。2度と繰り返すことが無いように、新機種の設計図は隅から隅まで頭に叩き込んだ。それを元に気を付けるべき点を洗い出し、異常はないか、手順は合っているか、ひとつひとつ確かめていく。手間はかかるが、地道な作業を続けることが、最終的には一番効率がいい。

 骨格むき出しの1号機を固定した足場に近づくと、機体の上腕の辺りに人影が見えた。張り付くようにして、じりじりと移動している。アキトは警戒した声を上げた。

「・・・そこで何をしている」

「えっ」

 ふいに掛けられた声に振り向いたのは、建造部の新人エリカ・ロンバルディアだった。

「あ、えっとね、何かおかしいところがないか調べてるの。この前・・・あっ」

 言いかけてエリカは慌てて首を振った。

「なんでもない、なんでもないよ」

「隠さなくていい」

 エリカの顔を確認し、アキトは身構えていた体から力を抜いた。

「おやっさんから話を聞いた。ボルトのことを知らせてくれたの、お前だろ」

「あ、そうなんだ。うん、親方に教えてもらったから」

 エリカはホッとした笑顔を見せてから、憤慨したような表情に変わる。

「細かいネジとかが、また入れ替えられてたりしたら大変だなって思って。せっかくみんなで頑張って作ってるのに、ヘンなことされるの許せないし」

「そうだな」

 その思いにはアキトも同意した。

「俺も部品の確認はすべきだと思う。手伝おう」

 アキトは機体に近付きつつ、エリカを見上げた。

「センサーを借りてもいいか?」

「え?」

 手を出してくるアキトに、エリカがぽかんとした顔になる。アキトはもう一度手を出した。

「合金の比率を計るセンサーだ。使ってるだろ」

「ううん」

 エリカは首を振った。

「あれは親方のだし」

「じゃあ、どうやってチェックを」

 いぶかしげなアキトに、エリカは満面の笑みで答えた。

「勘で!」

「・・・そうか」

 絶句したアキトに、エリカがぷんぷんと怒る。

「あ、馬鹿にしてる! 最初のボルトだって、なんかヘンだって気付いたの、あたしの勘なんだからね!」

「勘を否定はしない。経験からくる直感というのは確かにある。だがそれに頼りきりなのは良くない。・・・センサーを借りてくる」

「じゃあ、あたし案内するね」

 踵を返したアキトを追うように、エリカは身軽に足場を伝って飛び降りた。そこへアキラが顔を出す。

「あ、エリカならわかるかな。ちょっと聞きたいんだけど」

「えっと・・・」

 エリカが戸惑ったようにアキラとアキトを交互に見ると、アキトは軽く頷いてみせた。

「俺だけでいい。親方は地下か」

「うん」

 アキトはエレベーターへ向かい、エリカはアキラに向き直った。

「ごめんね。何か用事だったのかい」

「ううん、大丈夫。聞きたいことってなに?」

「ああ、合金のことなんだけどね」

 アキラは、混入されたボルトが普通に入手できるものではないことに注目した。

 素材がボルトに使うべき合金ではないのだから、完成品を購入することは出来ない。誰かが基地内で合金からボルトに仕上げたのであれば、合金の流れを辿ることでボルトの出所を探し当てることができるのではないだろうか。そう考えたが、そもそも使われた合金が、本来はどういった用途で、どの程度使われているのかが疑問だった。

 尋ねられたエリカは、困ったように首をひねった。

「う~ん、装甲用としては、そこまで珍しくない素材だと思うなぁ。それに、原料を配合できる炉はここにもあるし。合金そのものを取り寄せたかどうかもわかんないよ」

「それもそうか・・・偽のボルトを作るのは、この惑星に限っても出来る所は多いのかい?」

「うん。作ろうと思えばあたしも作れると思う」

 確認するように言うアキラに、エリカは気負いなく頷いた。作ること自体は難しくないからこそ、建造部の親方も勘違いしてエリカを叱ったのだ。

「そもそも、誰があんなことしたのか、だよ」

 脚部フレームに手をつき、アキラは機体を見上げた。

「B班の妨害工作の線が有力だとは思うけど、そう誘導しているだけで、実は全く別の個人的な怨恨沙汰とかって可能性もあるからねぇ」

「そうなの? だってコンペで負けたら班が無くなっちゃうんでしょ? それが嫌で勝つために卑怯な手を使うの、わかりやすいと思うけど」

 驚いたようなエリカに、アキラは苦笑した。

「班が減らされても、班員が路頭に迷うわけじゃないよ。部隊の再編なんて珍しくもないし。5年前の縮小の時も、うちとB班に合流した班員はけっこういたんだ。だから今回だって、クビになるわけじゃないさ」

「そうなんだ・・・でも、B班が残ったとしても、班長が同じままなら行きたくないなぁ」

 いやそうに顔をしかめるエリカにアキラも吹き出す。

「違いない」

 くすくすと笑いあうふたりの元へ、アキトがセンサーを手に戻ってきた。

「お帰りなさい。借りられたんだね」

「ああ」

 アキトは合金比率だけでなく他の項目も調べられるよう、いくつかの機械を借り出してきていた。そのうちのひとつを受け取るように手を伸ばし、アキラは言った。

「じゃあ、ささっと調べちゃおうかね。私も手伝うよ」

「頼む」

 3人は手分けをして機体と部品のチェックを始めた。担当は日によって変わりつつも、この作業終わりのチェックは定番化し、異常なしの日々が続いた。

 そして開発期間の半分が過ぎた頃、また違ったトラブルが発覚した。





 最初に気付いたのはアキトだった。新機種の設計図を、既存機体との差に重点を置いて読み込んでいたアキトは、新しく出来上がってきたパーツが設計図と異なるように見え、建造部へと確認に赴いた。

 それはローランド発案の新機構で、動作テストを終えたスパイク発射装置をユニット化した段階でのことだった。ユニットボックスがフレームよりも大きく、機体に組み込めるサイズを超えていたのだ。

 製造時の数値を間違えていると言う設計部と、設計の図面通りだと主張する建造部とが衝突しそうになり、リバルトが仲裁に入った。

「言い争っとる場合か!」

 一喝して、双方の出した設計図を確認する。すると、建造部に渡された設計図の数か所の数値が、設計部の保存するものと異なっていることが判明した。どの段階で誰が書き換えたものかはわからない。そこでまた対立が起きそうになるが、今度はアーセンが止めた。

 ハンガーに揃っている班員たちを見回し、アーセンは頭を下げる。

「これは設計部の責任者である私のミスだ。すまない。班長としても管理不行き届きをまぬがれないだろう。最終的な責任は取らせてもらう。だから力を貸してくれ。この機体を、立ち上がることすらできないまま終わりにすることだけはしたくない」

 いつも飄々としたアーセンの真摯な声音に、班員たちの怒りも治まっていく。

「・・・コンペに間に合わないってのが最悪のパターンだよな」

「不戦敗とか悔しすぎる」

 班員たちが口々に言うのを聞いて、リバルトは話を進めても大丈夫だと判断し、アーセンへ声をかけた。

「今すぐできる修正はあるかね」

「計算をし直してからになるな。少し待ってくれ」

「内部機構の作り直しは時間的に厳しいぞ。かといってボックスもギリギリで作ってるから、スペースの縮小にも限度がある」

 建造部の親方も会話に参加してきた。アーセンの持つオリジナルの設計図に、次々と書き込みがされていく。

「ここのフレームの一部をこっちに寄せるのはどうだ?」

 リバルトが設計図の一部を指差すと、親方が眉を寄せて図面をにらみつける。

「それは・・・ああ、それなら組めるな。が、出来るか? このケーブルを通す位置が変わると強度的な問題も出るだろう」

「なに、そのくらいの細工、出来なけりゃ前線で整備士なんぞやれんよ。敵機から剥いだ規格の違う部品しか手に入らんような現場も、嫌ってほど経験してきとる。イレギュラーへの対処を若手に教えるいい機会だ」

 にやりと不敵な笑みを浮かべるリバルトを、電脳調律士のチームの中にいたトバイアスが心の中の頼れる大人候補リストに載せる。

(いざという時は話をしてみよう)

 部署違いとはいえ、同じ班内なら相談に乗るくらいはしてくれるだろう。

 ドナの様子は沈み込んだまま変化が無い。悪い方へ変化するよりはいいのだろうが、出来ることが無いのももどかしいものだ。何かあった時に頼る宛てを見つけたトバイアスの、少し荷が下りたと思った肩が不意に叩かれた。

「サーバアクセスを調べる。手伝え」

「え、いきなり何」

 物思いに沈んでいたトバイアスが顔を上げると、リバルトを伴ったローランドが立っていた。

「すまんな。手を貸してくれんか。どうも不自然過ぎる」

 渋い顔のリバルトに言われ、ローランドを見ると小さく目で頷かれる。トバイアスはリバルトに向き直った。

「わかった。・・・けど、それって」

「ミスとは思えん、ということだな。開発にトラブルはつきものとはいえ、こうも頻発するのはおかしい」

 頼んだ、と告げてリバルトは修正作業へと戻っていく。ローランドとトバイアスは本業のプログラム作業の合間を縫って、班内のデータ共有用サーバへのアクセスログを精査した。その中でトバイアスは、ログが消去されたいくつかの部分を発見する。ある程度の知識があれば出来ないことはないとはいえ、十中八九、電脳調律士が絡んでいると見て良いだろう。

「いやな方向に情報が揃ってくなぁ・・・」

 トバイアスはモニターから目をそらし、天井を眺めた。そして数日前のことを思い出す。


 第1開発班における電脳調律士は、バトルアームの制御用プログラムを組むのが主な仕事だが、それ以外の様々な機器に使われるプログラムの保守管理も任されている。トバイアスも、あちこちの部署から呼び出されて作業をすることに慣れ始めていた。

 その日は建造部の塗装マシンのアップデートを依頼され、地下フロアへと通された。

「板金とか旋盤の機械はハンガーにあるけど、合金用の炉と塗装は地下なんだ」

 案内に来たエリカの説明を聞きながらマシンの所まで行き、作業に入る。後は更新プログラムに任せる段階になったところで、興味深げに眺めていたエリカと軽い雑談を交わした。

「親方はどんな人?」

「厳しいけど優しいよ。あんまり説明とかしてくれないから、いろいろ考えなくちゃいけなくて大変」

「そっか。上に立つからって面倒見がいいとは限らない、か・・・」

「気にはしてくれてると思う。ちゃんと出来れば褒めてくれるし!」

 ニコニコとしたエリカが逆に尋ねる。

「トビーの所のチーフ、ドナさんだっけ、やっぱり厳しい?」

「んー・・・」

 プログラムの途中経過を確認しつつ、トバイアスは少し考えた。

「厳しくは、ないかな。他人にはね。自分には厳しいって言うか、自己評価が低そうって思う時はある」

「へ~」

「扱いづらい人材もいるからね、うちのトコ。大変だと思うよ。まぁ、もう少し会話してくれてもいいかなと思うけど」

「そうなんだ。確かに外で会った時も、あんま喋らなかったなぁ」

「外?」

「うん」

 首をかしげるトバイアスに、エリカは頷いた。

「街の手芸屋さんでばったり。編み物が趣味なんだって。あたしも編み物するから、なんだか嬉しくなっちゃった。ほとんどあたしが喋ってただけだったけど。妹さんにワンピース編んでるって言ってた。ひと月くらい前かな?」

「そういえば妹がいるっていう話だったっけ・・・」

 噂話に詳しい班員から、大学在学中に両親を亡くし、歳の離れた妹とふたりでの生活を支えるために軍に入ったというドナの経歴を聞き、自分との共通点に感じるものがあったことを思い出す。家族であれば基地に住むこともできるのだが、妹は呼び寄せていないらしい。休暇を取ると本部地区まで出て行くことが多いのは、離れて暮らす妹と話すためのようだ。

 機密の多い基地なだけに惑星外への通信は本部地区にある専用の端末でのみ許可され、事前の申請が必要だ。さらに申請には審査があり、必ず受理されるわけではない。

 ここ数か月で頻度が上がっているドナの申請は、却下されることはほぼ無いようだった。家族との対話であり、これまでの通話記録にも問題が無いからではないか、というのが話をしてくれた情報通の見解だ。

「編み図を見せてもらったけど、すっごい綺麗だった~。プログラムに似てるから仕事の参考にもなるんだって。真面目だよね」

 エリカは感心したように腕組みをしてうんうんと頷いていた。


 エリカの言う通り、ドナの真面目で丁寧な仕事ぶりは周囲が認める所だ。社交性はやや低いが孤立するほどでもなく、チームも上手く回っている。人は見かけによらないこともあるとはいえ、やはり悪事に手を染めるようなタイプには思えないのだが。

 回想から意識が戻ったトバイアスはため息をつき、この半月で起きたトラブルを指折り数える。

 作業用アームのエラー。発注書の誤送。設計図の数値変更。アクセスログの消去。

 すべて電脳調律士の技術で可能なものばかりだ。

 そして、ひとつだけ一部を復元できたアクセスの形跡にはドナの癖が感じられた。決定的とまでは行かずとも、証拠と言えなくはない。

 ただ、第1開発班を潰す目的での妨害だとして、利を得るであろう第2開発班とドナとの接点は今のところ見当たらず、なぜこんなことをするのかはわからないままだ。コンペ自体の必然性も含め、どこかいびつさが感じられる。

「人を疑うって、すごく、キツい」

 トバイアスは憂鬱そうに呟いて立ち上がった。

「でもとりあえず、報告はしないとね・・・」



(to be continued・・・)

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