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Survival Competition ~ 第一開発班奮闘記 ~   作者: 狩野あかね
mission6 「with the scenery which changes  ~終結~」
22/22

 コンペティション終了後に作業棟に戻った第1開発班の面々は、揃って祝杯をあげた。アーセンが翌日を休息日にしたことで、緊張の糸が切れた班員たちは夜通しの打ち上げに酔いしれる。そして、空が白み始める頃には、打ち上げ会場になった寮の食堂のあちこちに、酔いと眠気に倒れたものたちの姿が見られた。

 乾杯で口をつけるだけにとどめたトバイアスは、幸せそうに眠る同僚たちを見回した。そして起きているものがいないことを確認すると、ゆっくりと歩き出した。食堂を出て階段を上り、ある部屋のインターホンを鳴らす。

「朝から申し訳ありません」

 対応に出てきたアーセンに、静かに言って頭を下げたトバイアスは、1通の封書を差し出した。その表に書かれた「辞表」の文字に目をみはったアーセンは、何かを言おうとして、トバイアスの強い意志を宿す表情に、口をつぐむ。

 自分は、この組織で働き続けることはできない。コンペティションで直面した様々な出来事の中で、トバイアスはそう判断した。引き止められないように、また班員たちの祝賀ムードに水を差さないようにと、班長のアーセンにだけ一言告げて、そっと立ち去ることに決めた。

「お世話になりました」

 辞表を受け取ったアーセンにきっちりと敬礼をし、自室へ戻る。既に荷造りは済ませてあった。手荷物として小さなバッグをひとつ持ち、寮を出た。

 そのまま始発のライナーで本部へ向かい、除隊手続きを済ませると、すぐにチケットを取って宇宙港から空へと飛び立つ。

 宇宙船の窓から地表を見下ろすその横顔は清々しいものだった。


「持ち上げるぞ、せーのっ」

 かけ声に合わせ、四方に取り付いた数名がロッカーを持ち上げる。

「向こうの壁際だ。行くぞ、いっちに、いっちに」

「ちょっと! 気が抜けるから、そのかけ声やめて」

「ははは」

 彼らがにぎやかに話しながら遠ざかると、待機していたバトルアームが、残された加工機械に手をかけた。周囲に人がいないことを確認して、持ち上げた機械をしっかりと抱えて歩き出す。

 コンペティションから3日、すべての扉が開け放たれた第1開発班の作業棟では、大規模な模様替えが行われていた。

 キャンディスの一声で存続することになったふたつの班だが、経費削減の一環として、寮と作業棟をひとつにまとめることになった。どちらも、元は複数の班で使用することを想定して建てられたビルであり、共有することに問題は無い。

 ただ、第2開発班の新型機が巨大であることもあり、ハンガーはさすがにスペースが足りない。そこで、建造部の機材を地下に移すことになり、バトルアームが重機として活躍していた。

「こっちの部屋の、南東の隅にお願い!」

 機械を抱えて地下に下りてきたバトルアームは、エリカの先導で機械を設置する部屋まで行き、指示された場所に慎重に置く。礼を言ってバトルアームが去るのを見送ったエリカは、機械に取り付いてあれこれ配線を始めた。

「ちょっと狭くなるけど、今まで広すぎたくらいだもんね。第2の人たちのやり方もいろいろ見てみたいなぁ」

「そうですね。同じビルの中なら、班同士の交流もやりやすくなりそうです」

 エリカの言葉に同意したのは、2号機が修理中のため運搬作業が出来ず、建造部へ手伝いに来ているイザベルだった。

「それを妨げる人も、もういませんから」

「だよね!」

 アーセンに対抗意識を燃やし、班員たちが話をすることすら制限していたロイドは、この合併案に反発して転属した。確実と思われていた勝ちを逃したこともプライドに傷をつけたのか、あと数ヶ月で昇進というタイミングを捨てて、別の支部へ向かったという。キャンディスによって第2開発班が優遇を受けていたことは気付かないままだったようだ。物証がある訳ではないため、ドナをはじめとする事情を知る者たちも、ことさら告げようとは思わなかった。

「ああ、ここにいた。イザベル、駐機場所の割り振りを決めたいから、ハンガーに来て欲しいそうだよ」

 開け放したドアの向こうからやって来たテッサが、イザベルに声をかけた。イザベルは「わかりました」と答えて歩き出した。

「なんか、ワクワクする。新しいことが始まる感じ」

 配線を終えたエリカが機械の電源を入れ、額の汗を拭う。充実した気持ちが表情にあふれていた。

「そうだね。仲間も増えるし、ますますにぎやかになりそうだ」

 この部屋に割り当てられた物資のリストにチェックを入れながらテッサも楽しげに言った。すると、手際よく起動した機械の調子をみていたエリカの顔が、不意に曇る。

「いなくなっちゃった人もいるけど・・・」

 トバイアスの除隊は、休息日翌日の全体ミーティングで班員たちに知らされていた。さらに、ふたつの班が作業棟を共有することで、必要な人材の貸し借りも出来るだろうという判断から、どちらの班からも1割強の人員が削減されることになっている。

「なんだか、淋しいな」

 ぽつりと呟くエリカに、テッサは「エリカ」と真剣な声で呼びかけた。

「私も、軍を辞めようと思うんだ」

「えっ」

 突然の告白にエリカが驚きに目を見張ると、テッサは申し訳なさそうになる。

「少し、自分を見つめ直したい。そのためには、ここにいてはダメなんだ」

 エリカは引き留める言葉を口にしようとして、テッサの深い海のような紺碧の瞳に宿る、揺るがない決意を見て息を呑んだ。

「・・・ドナさんのそばに居なくていいの?」

「もう決めたんだ」

 ようやく絞り出したエリカの言葉に、テッサは迷う事無く頷いた。

「もちろん、感情としては傍に居たい。この想いは紛れも無く恋だと気付いたからね。だけど、ダメなんだ。この班の仕事に誇りと責任を感じるよりも、彼女の傍に居たいという欲を優先してしまう」

「ドナさんはテッサが辞めるって知ってるの?」

「ああ。今朝、話をしてきたよ」

 上目遣いのエリカの問いに、テッサは穏やかに答えた。

「この数か月、振り回してしまったからね。その謝罪と一緒に。その時、恋をしているふりを終わらせるために、みんなの前で大げさに振って欲しいと頼んだのだけど、それは断られてしまったよ。そんなことをしたら余計に目立ってしまうからって」

 その時のドナの様子を思い出し、テッサは小さく笑った。

「その後、少し迷ってから、ありがとうって言ってくれたんだ。困ることもあったけど、支えてもらったことは嬉しかったから、と」

 やっぱり素敵な人だよ。そう言ったテッサの微笑みを見て、エリカの瞳に涙が浮かぶ。そんなエリカをなだめるように、テッサはゆっくりと頭を撫でた。

「大丈夫。この想いを諦めるわけじゃない。いつか、自分で選んだ道を自分の足で歩けるようになったら、ドナに想いを伝えに戻る。想われたことを後悔させない、とびきりのいい女になってみせるつもりだよ」

「・・・そっか。・・・うん、頑張って」

「ああ。ありがとう」

 エリカは撫でられるまま目を閉じた。


 整備部は、総出で資材倉庫の片付けを行っていた。いつの間にか様々なものが雑多に詰め込まれ、一角を占有している。第2開発班とスペースを共有するにあたって、部品と建造部用の資材のみに限ることになり、リバルトをリーダーとしてその選別と運び出しが進められた。

「ボルト、型番KT-01s、在庫37、確認・・・OK」

 部品の品番と数をリストと照らし合わせたアキトは、ケースを棚に戻して振り向いた。次のケースを手に取ろうとして、倉庫内を見守るリバルトに気付いた。そのまなざしが、どこか遠くを見ているようで気になり、声をかける。

「どうした、おやっさん」

「ん? あ、ああ・・・」

 不思議そうなアキトの声に、リバルトはハッとして目をしばたいた。

「何か、問題が?」

「あぁ、いや、なに。おまえさんらも、ずいぶん成長したなと思ってな」

 しみじみとした言葉に、アキトは慌てたようにかぶりを振った。

「技術も知識も、まだまだで。おやっさんには、教わりたいことがたくさんある」

「本当にそうならいいんだがな」

 短く息をつき、リバルトは倉庫内で立ち働く整備部の班員たちを眺めた。

「自分ももういい歳だ。次代に引き継ぎが済んだなら、潔く舞台を降りるべきだろう。この再編はいい機会になるんじゃないかとな・・・老兵は去るのみ、だ」

「そう言うな。やれることはまだあるぞ」

「班長」

 どこか自分に言い聞かせるようなリバルトの言葉に、かぶせるように割り込んできたのはアーセンだった。

「きみにぜひ頼みたいことがあるんだが」

「なんだ? 自分に出来ることなら構わんが」

「そうか、助かる!」

 満面の笑みでアーセンはリバルトの肩を叩く。その常にない様子に不審そうになったリバルトは、突き出された電子書類に目を落とし、絶句した。脇から覗き込んだアキトが、書面を読み上げる。

「『辞令 リバルト・リズカミル曹長 機甲開発中隊第2開発班班長への就任を命じる』・・・おやっさんが、班長?」

「マクベイン少尉がとんずらしたからな。後任が必要だってことでリバルトを推薦しといた。適任だろう? ほら、サインしてくれ」

「ば、馬鹿を言うな」

 焦って咳き込みながら、リバルトは抗議の声を上げた。

「自分が班長だと? 自分は整備のことしかわからんぞ。班の運営なぞ門外漢もいいところだ。務まるわけがなかろう」

「そんなこと」

 アーセンはにんまりとした笑みを浮かべた。

「全く問題ない。なにしろ、設計のことしか知らずに班長を務めている前例がここにある」

「む・・・」

 堂々と自分の胸を指してみせるアーセンに、リバルトは反論を封じられて口をつぐむ。その心底困ったような表情に、アーセンは少し語調を変えた。

「実務的な所は、事務の担当者が引き受けてくれることになってる。必要なのは、班の様子に目を配り、助言や指導ができる人材なんだ」

「それなら、B班の中から適任者を充てるべきだろう。部外者がいきなり入ってきても、相談なんぞ出来るもんじゃないぞ」

「まぁ、そうなんだが・・・」

 リバルトのもっともな理屈に、アーセンは苦笑した。

「マクベイン少尉が、自分に意見してくる古参の班員たちをどんどん追い出していったせいで、向こうは全体的に若いやつ主体になってるんだよ。人員補充はしていたから数はうちとほぼ同数でも、能力的なレベルは正直かなり差がある。班員をシャッフルすることも考えたが、班の特性を考えると、あんまり大規模に入れ替えるのもな・・・まずはトップに頼れる人材を置いて、残りは追い追い改善していくのがいいかと」

 なおも渋い顔で辞令をにらむリバルトに、アーセンは説得の言葉を重ねていく。

「B班は、新人が多い。加えて、急な補充で充分なマッチングがされていない可能性がある。だが、能力的に違うところが合うのだとしても、ずっとここにいる人間では気付きにくい。いろいろな部隊で経験を積んできたリバルトなら、そういったところも判断できるんじゃないか? 彼らの適性を見定めて、導いてやって欲しいんだ」

 頼む、とアーセンは頭を下げた。

「これ以上ない人選だと、私は思っている。どうか、引き受けてもらえないか」

 目の前のつむじをしばらく見つめ、リバルトは大きく息を吐いた。

「・・・まったく、無茶を通すにも程がある。試験を受けずに昇進するほどの功績なんぞ、自分は挙げとらんぞ」

 呆れをにじませつつも笑みを含んだ声に、アーセンはバッと顔を上げた。

「だが、若いモンの役に立てるというなら断る理由もない。最後の奉公としては悪くないかもしれんな」

 リバルトは、腰のポーチからペンを引き抜いた。

「班長らしいことは期待せんでくれよ。整備士としての自分は捨てられん」

 手にした辞令にサインを入れるリバルトに、アーセンは大きく頷いた。

「もちろんだ。班長という肩書は付くが、整備の現場に出てもらって構わない。というより、むしろそれを頼みたい。B班の若手整備士たちは、うちの同期と比べても未熟なんだ。それを鍛えあげるのは、ベテランの中でもリバルトが一番向いていると思う」

「なるほど」

 辞令が本部との通信を自動で終えて、個人端末に届いた階級章等の受け取り手続きについてのスケジュールを確認しつつ、リバルトは呟いた。

「まだ伝えるべき相手はいたか。・・・そうか」

 その顔には、抑えきれない喜びが広がっていた。


 そして2週間後、引っ越し作業が終わり、機甲開発中隊の第1開発班と第2開発班は正式に再編成された。

 第1開発班はバトルアームの基本である人型の新しい運用と性能向上を追求し、第2開発班は形状や役割を柔軟に発想してバトルアームの可能性を模索する。このようにコンセプトの違いが明確に分担される形となった。

「これで、私はまだ人型に乗ることができますね。よかった・・・本当に良かった」

 引っ越し作業を優先したため、第3戦で受けた損傷がそのままの状態でラックに固定された愛機を見上げ、イザベルはその装甲を撫でた。銃弾に削られた表面のざらざらとした触感は、共に戦った戦友の勲章だ。

「ずいぶん嬉しそうだな」

「はい」

 不思議そうなアキトに、イザベルは嬉しげに目を細めて愛機を見上げる。

「班長のこだわりというだけでなく、軍の計画としてA班は人型の開発に専念すると決まったわけですから。いつか前線へ戻れる日が来るとしても、それまでもずっと、ここで人型に乗ることができる・・・ええ、とても嬉しいです」

「そうか」

 イザベルが声を弾ませると、アキトも小さく口元を引き上げた。

「時間っスよ! 作業棟前エントランスに集合っス!」

 これから、新生開発班の発足式が行われる。それを知らせる、ハンガーの入り口で大きく手を振る人影に、周囲の班員たちが作業を止めて外へと向かい始める。

「私たちも行きましょう」

「ああ」

 イザベルに促されて歩き出したアキトは、ふと足を止めて振り向いた。

 そこにあるのは、右腕が無く、左脚がいびつに歪んだままのバトルアーム。無傷の場所はどこにもない。

 機体右脚の、ちょうど目の高さのあたりに触れる。

「何してるんスか、アキトさん、早く!」

「・・・ああ、いま行く」

 急かす後輩に返事をして、アキトはもう一度だけ機体をふり仰ぎ、ハンガーの出口へと向かった。

 扉から差し込む外からの陽が、アキトの触れていたところを照らす。激しい戦闘によって傷だらけのソードラックの片隅に、細い体に2対の羽根を持つ小さな虫の絵がうっすらと見て取れた。第3戦前夜にアキトの刻んだそれは、気の遠くなるほど遠い昔のとある国で、勝利を呼ぶと言われていた生き物だった。

 陽を受けた動かぬトンボは、かすれかけた羽根をきらめかせながら、光へ向かう背中を見送っていた。



(Fin)


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