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 mission1 「into a battlefield ~ 始動 ~」


「ここは戦場か・・・」

 いつも騒がしいメインハンガーが更に混沌としている様子を、ローランド・ナグチはうつろな目で見つめた。

 長官の鶴の一声で決まったコンペティションの初戦が間近に迫り、第1開発班は総出で機体の最終調整に追われていた。電脳調律士であるローランドは普段はめったにハンガーには来ないのだが、人手が欲しいとプログラミングルームから引っ張り出され、今に至る。

 この混沌には訳があった。もともと、第1開発班には2体の試作機が存在した。コンペティションにはその機体を使うことにしていたのだが、レギュレーションと共に発表された第1戦の形式が、バトルアーム3機でのチーム戦だったため、急遽もう1機を組み上げることになったのだ。期限は1週間。先行の2機もチューンナップは必要で、とにかく人手が足りない。

 それはわかるが、資材と怒号が飛び交う殺気立った様子に、今この場で電脳調律士としての腕を期待されていないこともわかってしまう。

「私にどうしろというんだ。なにをしろと?」

 肉体労働に向かない、薄い自分の身体を見下ろし嘆息すると、端末を兼ねた専用のヘッドセットに押さえられた銀の髪が揺れた。

「軍へ出向とは言われたが、戦場に出るなど聞いていない・・・」

「何言っとる。本当の戦場はこんなものじゃあないぞ!」

「ぐっ」

 いきなり背を叩かれ、ローランドはうめき声を上げた。それを見て、すまんな、と言ったのは小柄ながらがっしりとした体躯を誇る、白髪交じりの年配の男だった。謝りながらも、さらにローランドの肩を数度叩いた整備士のリバルト・リズカミルは、はす向かいに立つ機体を指差した。

「だがまぁ、いつもより忙しないのは確かだな。ここはいいから、1号機のところの調整に行ってくれんか。あっちは力仕事はもうほとんど無いはずだ」

 頷き移動するローランドを見送ったリバルトは、周囲の整備士たちに矢継ぎ早に指示を出し始めた。その合間に持ち込まれる書類にサインをし、手こずっている若手に見本を見せ、忙しく立ち働く。そこへやってきたのは、同じく整備士で中堅のカミサワ・アキトだ。その黒い瞳は彼のE式の名前の由来を思わせる。

「おやっさん」

「おう、どうした」

 声を掛けられて振り向いたリバルトの前に、アキトは端末を差し出した。

「2号機、パイロットからの希望で、腕部装甲を10mm厚くしてほしいと」

「バランスがだいぶ崩れるな・・・」

 表示された変更箇所を見たリバルトは顎をさすりながら考え込む。アキトは端末を操作した。

「肩の駆動関節を少しいじって・・・こうしてみるのは」

「ふむ」

 画面を見つめたリバルトが、すぐに頷く。

「いいんじゃないか。頼むぞ」

「はい」

 進めてくれ、と肩を叩かれ、アキトは2号機へと戻ろうとした。その途中で、コンテナの影に座り込んで端末を叩く青年に目を留める。つなぎではなく一般兵の制服を着ているところを見ると、設計か、もしくは電脳調律士か。

「すまない、ちょっといいか」

「なに?」

 事務の可能性もあるか、と思いつつかけたアキトの声に顔を上げた青年の持つ端末には、プログラムコードがびっしりと表示されている。アキトは内心で頷き、言った。

「お前、電脳調律士だろう? 2号機の調整を頼みたいんだが」

「いいけど、どんな」

 端末を閉じて立ち上がり、トバイアス・ラウキンは首をかしげて見せた。華奢な身体つきをしているが、立つと背はアキトと変わらない。

「腕の装甲を厚くするから、機体全体のバランスが変わって、ベースプログラムを少し変更しないと無理そうなんだ」

「ふ~ん・・・」

 ヘイゼルの瞳をまたたかせ、トバイアスは仕様書を見つめた。

「いいよ、わかった」

 アキトから仕様書のコピーを貰ったトバイアスが、修正の方法を考えつつ2号機の元へ向かうと、いきなり腕を引っ張られた。

「ちょうどいいところに! はい、ここ持って!」

「え、ちょ、な、なに?」

「いいから、ほら」

 目を白黒させるトバイアスにかまわず、黒髪をタイトにまとめた女性整備士のアキラ・フミナリは取り付け途中のフレームを押しつけた。

「この角度ね。動かしたら承知しないよ」

 そのまま工具を手に機体の下へ潜っていってしまう。

「ちょっと待っ・・・なんなのもう。ていうか、重いんだけど」

 トバイアスは不満げに顔をしかめたが、この場の状況とその後のトラブルを考えると手を離すわけにもいかず、仕方なく体勢を維持する。しかし一抱えほどあるフレームは手に余り、徐々に二の腕がふるえてきた。

 あと少しで限界。そう思ったとき、ふと重さが消えた。

「大丈夫かい?」

 驚いたトバイアスが振り返ると、彼と目線のあまり変わらない女性が、彼の肩越しに手を伸ばしてフレームを支えていた。トバイアスと同じ一般兵の制服姿だが、服の上からもしっかりした体格が見て取れる。

「私が変わろう。キミには少しつらそうだ」

 事務官のテッサ・フーパーは、快活な笑みを浮かべて言った。

「・・・そうだね。じゃ、お願い」

 わずかに逡巡したものの、女性とはいえ自分より適任に見えるテッサに、トバイアスはフレームを預けてするりと抜け出した。そのまま機体の近くに座り込み、端末を操作し始める。

 しばらくして出てきたアキラは、頼んだはずの人物が変わっていることに驚いた顔をした。

「なんだ、どうしたんだい」

「彼がつらそうだったのでね。役に立てて良かった」

「はは、そうかい。まぁ助かったよ」

 にこやかなテッサにアキラも毒気を抜かれたように笑った。

「さて、ほかにも何か手助けは必要かな?」

 テッサが改めて腕まくりをしてやる気を見せる。アキラは首を振り、奥の機体を指さした。

「ここはとりあえず大丈夫さ。3号機の方へ行ってやりな。あっちは行程が遅れてる。手はいくつ合っても足りないくらいだろ」

「そうか、ではそうしよう」

 颯爽ときびすを返し、テッサは歩きだした。奥に見える3号機へ向かう途中、重そうなカートを押している少女を見つける。

「わ、ありがとう!」

 当然のように手を貸せば、少女はぱっと明るい笑顔を見せた。

「これはどこへ?」

「3号機だよ。部品いっぱい、頑張って作ったんだから」

 建造部の新人エリカ・ロンバルディアは胸を張った。急に決まった機体の新造は在庫だけではとうてい足りず、建造部は今も超特急で各部材を建造中だ。

「では、これはキミが?」

「半分はね。難しい奴はまだ任せてもらえないんだ。でも、すぐに出来るようになるよ!」

「そうか。偉いな」

「えへへ」

 テッサに頭を撫でられたエリカは照れたように笑った。

 3号機の作業場へたどり着き荷下ろしをしたあと、その場に残るテッサに手を振り、エリカは空のカートを押して建造部に戻ろうとした。

 鼻歌交じりに軽いカートを押していたエリカは、壁際でうずくまる人影を見て足を止めた。

「どうしたの? 大丈夫?」

「休んでいるだけだ。気にしないでくれ」

 ローランドは目も上げず、うめくように答えた。

「つらいなら医務室行く? あたし、付き添おうか?」

 心配そうにのぞき込んだエリカだが、反応がないので体を起こした。

「無理しちゃダメだよ。本番もうすぐなんだし」

「・・・ああ」

 かろうじて返事をしたローランドを、何度も振り返りつつエリカが去っていく。ローランドはわずかに顔を上げた。

 目の前に広がるハンガー内の光景は、一向に変わる様子がない。金属のうちつけられる音。複数の張り上げる声。軋み。うねり。すべてがローランドの脳を揺さぶってくる。力仕事がどうこうという以前の問題だ。

「これが戦場でなくて何だと言うんだ。くそっ・・・」

 暗い思考に落ち込みそうになり、ローランドは頭を振って大きく息を吸った。

「私は私のやるべきことをやればいい。・・・それでいい」

 やたらと楽しそうな班員たちを見やって、立ち上がる。

 コンペ初戦は、2日後に迫っていた。




 3本勝負のコンペティション。その1戦目は、砂漠地帯の拠点を武装ゲリラが占拠したという設定で行われるタイムアタックだ。3機1チームのバトルアームが、自軍拠点から出撃して敵対勢力を排除、目標地点を制圧するまでの時間を競う。

 場所は大陸東部の戦術研究区にある野外演習場で、話し合いの末、離れたふたつの演習場を使って同時に行うことになった。

「さて、いよいよだな」

 演習場に設けられた仮設指揮所で複数展開されたモニターの正面に座るのは、第1開発班班長のアーセン・アングレイスだ。期待感と緊張に満ちた目で、自分たちの作業、ここ数日の徹夜の成果を見届けようとモニターを見上げる。

 カウントダウンが始まり、ゼロになるとモニター内で自軍機が出撃していく様子が映し出された。指揮所に詰めかけた班員たちも、固唾をのんで映像を見守る。

 モニターの中にはコクピットからの映像もある。移動に伴う揺れの大きさは、そのまま機体の姿勢制御の精度だ。

「1号機はすこしブレが大きいような」

「パイロットが自身の体重移動をなるべく反映させたいと言った」

 端末に届くデータとモニターを見比べて眉をひそめたトバイアスに、ローランドは淡々と答えた。

「それにしたって・・・いいの? チーフ」

「オート制御との両立はパイロットの順応に時間がかかるし、データ容量的にも難しいわ。今後の課題ね」

 尋ねたトバイアスに落ち着いた声で答えたのは、彼らのいるプログラムチームでチーフを務めるドナ・クレストだ。トバイアスはちらりとローランドを見た。

「コードはまだシンプル化できるところがある気がするけど」

「仕様と納期は守っている。パイロットの希望通りに動いているなら問題はないはずだ」

「それって・・・」

「そこまでにしておけ」

 アーセンが苦笑混じりにトバイアスを制した。

「プログラムについては、あとでチーム内で話し合ってくれ。今は作戦中だからな」

 班長自らにそう言われ、トバイアスはモニターに目を戻した。

 今まさに、目標地点に到達した3機が現地ゲリラに扮した他部隊の隊員たちと接敵するところだった。


 指揮所から少し離れて設置された整備所でも、同じ映像が映されていた。

「修理不可なのに整備所は作るってのもおかしな話だな」

 リバルトは腕組みをしたままモニターを見る。

「そもそも、戻ってくるようじゃ今回の作戦は失敗だ」

「タイムアタックだからね」

 隣に立つアキラもモニター内の機体の動きを注意深く見つめながら頷いた。

「バトルアームの性能評価に戦術が混ざるのはどうかと思うけどさ」

「こっちは戦術は素人ばかりだしな」

 作戦後の整備用に工具のセッティングを終えたアキトも会話に加わる。

「でも単にタイムアタックなら力押しでも行ける。あとはパイロットに任せるしかない」

「まあね。でもどうせなら勝ちたいじゃないか」

 モニターから目を離し、アキラは目標地点を見やった。

「砂漠地帯ってのは、厄介だね。もちっと足元を安定させた方が良かったんじゃないか」

「いや、小回りを考えるとあれが限界だろ。3機とも、二足の機動性が強みの機体だ」

「そうなんだけどねぇ、近付くのにもたつき過ぎだよ。砂に沈んだ足を引き上げる動きが鈍すぎる。せめて突入時だけでも何か付けられたら良かったんだけど」

「着脱式のオプションはコストがな・・・」

 ふたりは、ほぼ同年代でキャリアも整備の腕も近い。モニターを見ながら話し合う、次代を任せるに足る力を付けた後継者たちを、リバルトは満足げに眺めた。


 目標到達までの時間は第2開発班に後れを取ったものの、その後の拠点確保はスムーズに進み、1戦目は第1開発班の勝利となった。

 夕方、大陸南部の開発地区へ戻った班員たちは作業棟の会議室に集まり、簡単な報告が行われた。

「今日は、みなそれぞれいろいろな問題点に気付いたことと思う」

 前に立ったアーセンは全員を見まわし、改善に早く取り掛かりたいとそわそわするものの多さに苦笑する。

「だが、次の課題が発表されるまでは、大きな作業には入るなよ。作戦中の映像はビデオルームで見られるようにしておくので、見返したいものは自由に使っていい。反省会は明日の午後だ。各部署のチーフはレポートをまとめて出席するように」

 え~、と不満の声が上がるが、アーセンは気にせず続けた。

「それから、今夜いっぱいは作業棟への出入りは禁止だ。寮の食堂に特別メニューを頼んでおいたから、良く食べて今夜はしっかり休むこと。『立派な仕事という子は、栄養と休息の両親から生まれる』。ということで、本日はこれにて解散!」

 ぱん、とアーセンが手を叩き、班員たちはぞろぞろと会議室を出て行く。

「もういいかな。じゃあ電気を消すよ」

 テッサは、新人の数名と残って後片付けをし、最後に電気を消して部屋を出た。そこへ整備の人間が走り寄ってきた。

「あ、君は事務の子だよね。これ、取り寄せを頼めるかな、1ロット」

 そう言って渡されたのは、10cmほどの長さのボルトだった。

「パイロットが異音がするって言うんで調べたら、ヒビが入ってたんで交換したんだけど。あんまり使われる型じゃないから、問屋にも在庫があるかどうかわからないんだよ。だから早めに発注しておいて欲しくて。発注書は明日までには出すからさ」

 頼むな、と手を挙げて整備士は慌ただしく去っていった。

「ええと、型番は・・・」

 確かめようとボルトを手の中で回すと、先端に1cm近いヒビが入っていることに気付く。そばにいたエリカが、テッサの手の中を覗き込んだ。

「けっこう新しく見えるのに、ヒビが入っちゃったんだ。・・・あれ? 中の色、ちょっと珍しいかも・・・」

 興味深そうにしげしげとヒビを眺めたあと、エリカはテッサを見上げた。

「在庫無かったら建造部で作れるか、親方に聞いてみようか?」

「ああ、それは助かる。お願いできるかい? 発注をかけてから、どのくらい急ぎなのか整備のほうに確認してくるよ」

 テッサはエリカにボルトを手渡した。

「型番は控えたから、持って行って。もし正式に頼むことになったら、改めて建造部に知らせるよ」

「うん、わかった」

 エリカは小さなビニール袋を取り出してボルトを入れ、腰のポーチにしまった。

「次の課題は何だろうね。今度は何を作ればいいのか楽しみ!」

「そうだね。あまり難しいものでないといいのだけど」

「えー、難しいくらいの方が張り合いあるよ~」

「はは、頼もしいな」

 じゃあ、とテッサは手を挙げて、事務室のある上階へと向かっていく。エリカも大きく手を振り返し、建造部のフロアへ走り出した。




 コンペ翌日は、班全体がのんびりムードになっていた。

 休憩室では、大きく開口部を取った窓から差し込む明るい陽射しが、穏やかでのどかな空気をさらに強めている。広い室内のあちこちに、くつろぐ班員たちの姿があった。

 気分転換にやって来たアキトは、あくびを噛み殺しながら壁際のドリンクベンダーへ向かう。アイスコーヒーを選び、出てきたカップに口を付けながら落ち着ける場所を探していると、窓に近い席でローランドとトバイアスが何やら話し込んでいることに気付いた。

 ふたりが少しもめているように見えたアキトは、ゆっくりとそちらへ近づいた。

「どうした」

 頭上から掛けられた低い声に、トバイアスはとっさに振り仰ぎ、ローランドは目をそらす。

「もめ事か?」

「たいしたことじゃない」

「たいしたことあるって」

 尋ねるアキトにローランドが小さく答えると、トバイアスがすかさず反論した。

「支給されてるやつが壊れたら、申請して修理なり再支給なり受けないと」

 トバイアスが指差したのは、テーブルに置かれた個人端末だった。

「私は専用デバイスを使っている。必要ない」

「支給端末か・・・見せてもらっていいか」

 そっけないローランドにアキトは断りを入れて端末を手に取った。

「どこが壊れたんだ」

「ディスプレイ。ホロが出ないから投影装置の接触かと思ったんだけど、ちょっといじった程度じゃ直らなかった」

 ローランドに代わってトバイアスが答える。アキトは腰につけた工具で端末の投射部分を開けてみた。

「ああ・・・これか。待ってろ、これならすぐ直る」

 手近な椅子を引いて腰をおろし、アキトが作業を始める。なんとなく無言で見守るふたりの元へ、ドナがやってきて声をかけた。

「ふたりともここにいたのね」

 近くまで来たドナは、腕につけた端末を掲げてみせた。

「改良指示が来たの。分担を決めたから仕様書に目を通しておいてくれるかしら」

「了解。・・・別にわざわざ来なくてもメッセージで良かったのに」

「息抜きがしたくて来たら、ふたりがいたから。ついでなのよ」

 小さく微笑んだドナに、トバイアスは気遣わしげに言った。

「なんか顔色悪いね。大丈夫?」

「っ・・・ええ、平気よ。ありがとう」

 お願いね、と念押ししてドナがドリンクを取りに向かう。アキトは首をかしげた。

「顔色、悪いか?」

 ドナの肌は、小麦色のアキトよりも濃い褐色をしている。顔色の変化が簡単にわかるとは思えない。するとトバイアスはあっけらかんと答えた。

「ああ、かま掛けただけ。最近、ちょっとチーフの様子が変だから」

「様子が?」

「ひとりで考え込んでたりすることが増えてて。悩みごとがあるってだけかもしれないけど、なんか怯えてるようにも見えるのがさ」

「・・・この妙な仕様書はそのせいか」

 さっそく仕様書を確認していたローランドがぼそりと言った。

「妙? どこが・・・あっ」

 自身の端末を操作したトバイアスは、つい声を上げてしまってから慌てて手で口を覆う。

「どうした」

 怪訝そうなアキトに、トバイアスは声を潜めた。

「部分部分だと違和感ないけど、合わせると干渉し合って精度が下がるとか・・・こんな初歩的なミス、どうして」

「ミスのない人間はいない。それにこの程度、電脳調律士なら誰でも気付く。さして影響はないだろう」

 ローランドの冷静な指摘に頷きながらも、トバイアスは納得しきれない様子で端末を閉じた。

「まあ、そうなんだけどさ・・・」

 3人は示し合わせたように、カップを手に休憩室を出て行くドナの背を見送った。


 同じ頃、ハンガーではリバルトが難しい顔をしていた。

「数が合わない・・・?」

 見せられた出入庫記録を険しい目でにらみつける。

「足りないならともかく、多いってのはどういうことだ」

「心当たりはありませんか?」

 テッサの言葉にリバルトは首を振った。

「使った数は記録してるが、普段は在庫の数まで気にしちゃいない。少なくなれば発注、納品時に確認。それだけだ」

 問題が起きたのは昨日のボルトだった。

 テッサがメーカーに問い合わせたところ、納品は2週間後になると言われた。それで間に合うかどうか整備部に確認しに来たところ、在庫数と使用記録に差があることが判明したのだ。

「誰かが、個人的に買ったモンの余りを放り込んだとかかね」

 アキラが渋い顔でボルトを収めたケースを見る。

「こんな特殊なボルトを個人で買うか?」

 リバルトの疑問にアキラは肩をすくめた。

「わかんないよ。とりあえず全員集めて聞き取りかね」

「そうだな。出所を確かめんといかん」

 リバルトがため息をつき、声を張り上げようとしたその時、エリカが慌てたように駆け込んできた。

「あの、すみません! これなんだけど!」

 伸ばした手の先に乗せられているのは、事の発端のボルトだった。

「どうしたんだい?」

 息を切らし咳き込むエリカの背をなで、テッサは優しく促した。

「はっ・・・は・・・あ、あの・・・これ・・・違うの!」

「違うって、何が?」

「素材! 合金が! おかしいって、親方が!」

「お前さん、ちょいと落ち着け」

 膝に手をつき息も絶え絶えのエリカの眼前に、リバルトは手のひらをかざした。

「話すのはゆっくりでいい。まず深呼吸してみろ」

 吸って、吐いて、と誘導され、エリカはようやく落ち着きを取り戻す。

「すみません、えっと、その・・・」

 もう一度大きく息を吸って、エリカは背筋を伸ばして真っすぐリバルトを見た。

「このボルト、本来とは違う合金で作られてるの。昨日見たときも、何か色が珍しいなって思ったんだけど、あたし、このボルト見るの初めてだったから、そういうものなのかなって。でも、さっき親方に建造部で作れるかどうか見せたら、いたずらにしてもほどがあるって怒られて・・・」

 問題のボルトに使われている合金は、硬度は高いが一定以上の負荷がかかると破損しやすい、主に外装などに使われるものだという。本来なら、わずかに柔軟性があり、負荷を受け流すように作られているべきボルトなので、そこに違う素材のものを使えば機体に大きな影響が出かねない。親方は、エリカが作ったと勘違いし雷を落としたが、それが実際の機体から出てきたと聞くと血相を変えた。エリカは、整備部に直接出向くという親方に先駆けて、ここまでやってきたのだった。

「もし、他にも同じボルトがあったら一刻も早く見つけないといけないから。すごい大変なことになるけど・・・お願いします!」

 勢いよく頭を下げたエリカの動きにつられてポニーテールが激しく揺れた。

「なんてことだ・・・」

「記録と在庫が合わない数は15個・・・見た目は正規品と見分けがつかないなら、他も機体に使われてる可能性がある。全部確かめなけりゃ危険だよ」

 テッサが息をのみ、真っ青になったアキラがうめくように言う。

「見分け方は?」

「親方が、合金の比率を測定できるセンサーを持ってくるって。見た目はそっくりだから見ただけじゃ無理だし、削って中を見ればわかるけど、もし本物なら使えなくなっちゃうから」

 問いかけたリバルトは、エリカの答えに頷いた。

「使ってる箇所を洗い出すぞ。センサーが来たら残ってるボルトをまず確かめて、既に使われていたら機体をバラして総点検だ。だが」

 言葉を止め、アキラたちに鋭い目を向けた。

「しばらくは他言無用だ。点検も、別の理由を付ける」

「・・・単なるいたずらじゃないと?」

「いたずらにしては、やり口に悪意が見える。何か裏がある可能性がある以上、調べるのも慎重にせんとな」

 少しだけ肩を落としたリバルトは、気持ちを切り替えるように小さく息をついて顔を上げた。

「よし、始めるぞ」

 リバルトが宣言すると同時に、ハンガーの入り口に建造部のチーフが姿を現した。エリカが走り寄り、誘導してくるのを見ながら、アキラはボルトが収められたケースを開いた。

「私は事務室へ戻るよ」

 少し考え込んでいたテッサは、顔を上げてリバルトに言った。

「基地内のどこかの部隊に在庫が無いか調べてみよう・・・不良品を取り除いたら足りなくなる可能性はあるだろう?」

「ああ。すまんな」

「なぁに、これが私の仕事だ。任せてくれ」

 笑顔でドン、と胸を叩いてみせるテッサに、リバルトも口元をほころばせた。

 センサーでの検査の結果、比率の違う合金製のボルトは、増えた数と同じだけ保管ケース内にあった。問題のひとつ以外はまだ使われていなかったことに、その場の全員が安堵の溜息を漏らす。

「念のため、他の部品も全部調べるぞ」

「当然だね」

 残って手伝うと言うエリカを親方と共に建造部へ返したリバルトとアキラは、倉庫内のすべての部品の在庫を出入庫記録と照らし合わせる作業に入った。

 膨大な量の部品を調べ終えたのは、夜も更けてからだった。

 幸い他に問題のある部品は見つからず、ふたりは胸を撫で下ろした。

「あのボルトの事は放置できんが、うかつに動くのもな」

 顎を撫でつつ、リバルトはうつむいた。

「ほんとは考えたくないけど、内部犯ってセンが濃厚だからね」

 ドリンクボトルを傾けていたアキラも、肩をすくめる。ふたつある扉の、どちらも二重ロックで守られたハンガーに入れる人物は、班員以外ではそう多くない。

「こんな時期に、班の中がぎくしゃくするなんてゴメンだよ」

「まったくだ。厄介な事になったな」

 リバルトの吐いた息は、ため息と言うには深いものになった。




 2日後、月に一度の合同ミーティングの場に、キャンディス・ヘンダーソン大佐が姿を見せた。普段全く接点のない基地長官の来臨に、出席していた班員たちは緊張に体をこわばらせた。

「楽にしたまえ」

 キャンディスは立ち上がった班員たちに対し、鷹揚に手を振ってみせた。

「お越しいただけるとは光栄です」

 大げさに礼をしてからアーセンをちらりと見やったのは、第2開発班の班長であるロイド・マクベインだ。

「お忙しい中、このようなむさ苦しい場に、どのようなご用件でしょうか」

 キャンディスの着席を待って班員たちも席に着くと、ロイドは芝居がかった大げさな身振りで質問を投げかけた。キャンディスは鋭い目で会議室内を見回し、その移動する視線の先で班員たちが次々と背筋を伸ばしていく。

「先日の演習は録画だが見せてもらった。双方、見事であった」

「はっ、恐縮です」

 キャンディスの言葉にロイドが再び一礼した。

「判定は第1開発班に旗が上がったが、第2開発班も劣らぬ技術を披露した。そのような優秀な者たちが私の基地にいる事を嬉しく思う」

 決して張り上げている訳ではないその声が、室内を圧倒していく。

「私が急に提案した事で、諸君らには迷惑をかけた。だが、開発班の統一は、私としても苦渋の決断である。納得できぬこともあろうが、理解して欲しい」

 そこでキャンディスは合図をした。彼女の背後に立っていた副官が端末を操作すると、机上にフッとホロディスプレイが展開される。

「次の対戦のレギュレーションだ。・・・新機種を、作れ」

 映し出された内容と長官の言葉に、全員が息をのんだ。

 第2戦は新機種の試技であった。これまでの機体とは異なる特徴を持つ新たな機体を組み上げ、実際に稼働させて、その性能を競い合う。

 試技はひと月後。判定は、基地にいる士官たちの中から選ばれた数名が行う。機動性、運用の柔軟性と対応力、戦闘力といった、いくつもの項目をそれぞれがジャッジする事になる。

 また、3戦目には、その機体を使った直接対決の模擬戦が予定されている事も公表された。

「ぜひ3戦目が見たいものだな」

 去り際のキャンディスの言葉に、ロイドが屈辱に唇を震わせた。1戦目で敗北した第2開発班が2戦目も負ければ、そこで勝負は付き、コンペティションは終了してしまう。

「僕の班が負けるはずがない・・・」

 唸るように言って、ロイドはアーセンに指を突きつけた。

「1戦目でのタイムが少しばかり早かったからといって、いい気になるなよ。新たな機種の開発で、二腕二足などと固定観念に縛られた貴様の班に遅れをとるなどあり得ないからな」

 ふん、と鼻を鳴らし、挨拶もせずロイドは足早に会議室を出て行った。第2の班員たちが、残る第1の班員たちに会釈をしつつ後を追う。

「上にへつらって下に居丈高なのって、見ていて気持ちのいいもんじゃないっスね」

 議事録の記録を任されていた整備の新人が、呆れと嫌悪を混ぜたような顔で言った。

「うちの班長に、長官と会話させないようにしてるのとかも、なんかね」

「しかも、そのたんびにどうだと言わんばかりにこっち見てくるのが腹立つ!」

 同席していた各チームのリーダーたちも口々にロイドへの不満をぶちまけるが、アーセンは全く気にせず、渡された仕様書を食い入るように読んでいる。

「・・・よし」

 一通り目を通したアーセンは、端末を閉じた。

「ウチの会議室に戻るぞ。何しろ時間がない。さっそく設計を始めるとして、各部署で先行して進めて欲しい作業の選定もいるだろう。忙しくなるぞ、覚悟しておけ」

 口ぶりは大変そうだが、その目は子供のように輝いている。

「『与えられた機会は天からの贈りもの。諸君の人生を彩る宝物の原石なり』。今の私たちはどこまで出来るのか、楽しみじゃないか、なぁ!」


 しかし、新機種とは言っても、完全に一から新造するのでは、とてもひと月では間に合わない。 

 そこで、まずコンセプトを決めてラフに設計を起こし、新しく組まなくてはならない部分と既存の機体から流用できる部分を分け、それから詳細な設計図を引くことになった。

 設計の中心はアーセンを筆頭とする設計部だが、アイデアは広く班員全体から募られた。中には武装の提案もあり、手に余るようであれば基地内の別部隊に協力を要請する必要もあるかもしれない。

 束の間の休息を終え、第1開発班はフルスロットルで稼働を始めた。


(to be continued・・・)

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