3
飲食店の建ち並ぶ市街区で、テッサ・フーパーは待ち人の姿を見つけて手を挙げた。
「メイ」
呼ばれた女性はテッサを見て笑みを浮かべ、小走りで近寄ってくる。
「お待たせ、テッサ」
「いや、私もついさっき来たばかりだよ。店は予約してある。行こう」
テッサは、友人であるホアン・タム・メイの腰に緩く手を当て、エスコートするように歩き出した。
主計部に勤めるメイは、いつもはお団子に結い上げている髪を下ろし、レモンイエローのフレアスカートにパステルブルーのカーディガンを合わせている。パンツスタイルの制服のジャケットを私物に変えただけのテッサと違い、わざわざ着替えて来たらしい。
「綺麗な服だ。似合ってるね」
「ありがとう。ちょっと気分を変えたくて、普段は着ない色を選んでみたんだけど」
「確かにいつものキミよりも優しい雰囲気だね。私はどちらも好きだよ」
テッサがさらりと口にする褒め言葉に、メイは首をすくめてくすくすと笑った。
予約していた店は本部地区の市街区では評判のいいカジュアルレストランで、席は8割ほど埋まっていた。ゆったりとしたBGMと客たちのさざめきが、堅苦しすぎず、くつろげる空気を作り出している。
「珍しいね。わざわざこっちに来て食事なんて」
オーダーを終えたところでメイが言った。
「本部に来る用事があったからね。キミとも話したいなと思ったし」
「話? なにかあったの?」
「ああ・・・」
首を傾げるメイに、テッサは言いよどんだ。メイは急かすこと無く待つ。何度か唇を湿らせて、テッサはようやく口を開いた。
「その・・・好きな人が、できて・・・」
「へぇ・・・!」
その一言にメイは目を輝かせた。
「じゃあ、あの噂は本当だったんだ。あなたが同じ部隊の女の人にべったりだって」
「そ、そんな噂が立っているのかい」
「ずいぶん前からね」
驚きに目を見張ったテッサに、メイは重々しく頷いた。
「あなた、結構人気があるんだから。注目されていれば噂になるのも早いよ」
「私が人気? どうして?」
「当たり前でしょ! さっきのエスコートもそうだけど、紳士以上に紳士的な振る舞い、かつ男の威圧感が無いやわらかな物腰はね、乙女心をくすぐるの。憧れのお姉様っていうか、理想の王子様っていうか。・・・まぁ、それはともかく」
自覚の無いテッサにびしりと突きつけた指をおろし、メイは咳払いをして話を戻した。
「話って恋愛相談ってこと? デートの誘い方に悩んでるとか?」
「いや、応えてもらおうとか、そういうのは無いんだ。ただ私が想っているだけで・・・」
「じゃあ、あたしに話って、いったい何? 休みを待てないほど急ぎなんでしょ?」
「ああ。・・・メイは、私の所属する機甲開発班でコンペが開催されているのは知っている?」
テッサは、少しためらってから話しだした。しかしまったく関連の見えない話題に、メイは眉を寄せた。
「あのね」
「取りあえず聞いて」
メイのセリフを遮り、テッサは話を続けた。
テッサの想い人であるドナ・クレストには妹がいること、その妹は難病を患っていて、治療の支援をこの基地の長官であるキャンディス・ヘンダーソンが行っていること、その恩をたてに長官がドナに脅迫めいた取引を迫っていたこと、それに心を痛めるドナを見ているうちに想いが募り、守りたい、幸せになって欲しいと思い始めたこと。
ドナの傍にいて支えたいという想いは本当のことだ。この気持ちは恋なのだろうと、おぼろげながら感じている。だがテッサがメイに話を持ちかけたのは、その想いを口実として、コンペティションの不審さを伝えるためだった。
おしゃべり好きで基地内の噂に詳しい彼女なら、短期間で話を広めてくれるのではないかという期待がある。テッサは慎重に本題へと話を進めた。
「そんな長官が開催を決定したのが、今回のコンペなんだ。うちの班長が調べたら、理由として挙げられていた予算関連の問題は、無かったことがわかった。ドナが脅迫されたことや、第2開発班に有利な判定がされたことも合わせて考えると、長官は何か別に目的があって、出来レースを仕組んだんじゃないかな」
「ちょっと、あなた、それって・・・!」
真顔で言い切ったテッサに、メイは慌てたように辺りをうかがって声を潜めた。
「滅多なこと言うものじゃないわよ。誰に聞かれるかもわからない、こんなところで」
「大丈夫さ。個人的な感想だからね。それに長官は、そこまで言論統制するような、頭の固い・・・というか、余裕の無い人ではないと思う」
計画はごく少数で行われているようだ。もし聞きとがめられて拘束されても、事件の関係者のところへ連れて行かれるなら、それはそれでいい。何か証拠をつかめる可能性がある。テッサはドナから借り受けて来た小型レコーダーをポケットの中でぎゅっと握りしめた。
「そんなわけで、ドナと妹さんが平穏に暮らすためにはどうしたらいいか、いろいろ考えたんだが、まとまらなくて。何かいい考えはないかな?」
メイは深くため息をついて、背もたれにぐったりと背を預けた。
「人気急上昇中の王子様のスクープが取れるかと思ったのに、なに、この重い話・・・! 恋バナ好きのただの事務員に何を求めてるの」
「ごめん」
さすがにテッサが苦笑する。メイはもうひとつため息を落とし、体を起こした。
「あたしに出来るとしたら恋のアドバイスくらいで、人生相談は手に余るわ。・・・まぁ、あなた宛の恋愛相談を受けたら、諦めるように伝えるぐらいはしてあげる」
「助かるよ。その時は、私の一方的な想いなんだと言ってあげてくれるかい? ドナには迷惑をかけたくない」
「それはそれで、その人がやっかみを受けそうだけど」
メイはわかったわ、と頷いた。そこへ注文していた料理が届く。食欲をそそる香りに、ひとまず話は終わりにして、食事を楽しむことにした。




