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足場となるラックに吊るされた2号機の機体。スパイクユニットの調整が決定したため、その脚部は取り外されていた。
「負荷のかかり方が、これまでとはかなり変わるはずだ。実働させる前に、予測値を出して調整のあたりを付けておきたい」
アキトから相談を持ちかけられ、つなぎ姿で個人端末を操るドナは、新たな設計図と機体を見比べた。
「関節の強度テストプログラムを修正すれば使えると思うわ。1日・・・いえ、半日貰えるかしら」
「頼む」
新しい試算プログラムを作るため、ハンガーの隅に置かれたデスクでドナはさっそく作業に入った。しかし整備部でのプログラミングを一手に引き受けるドナの元へは、入れ代わり立ち代わり人が来ては頼みごとをしていく。ハンガーへ顔を出したトバイアスは、集中する暇のない様子を見かねてドナの側へと歩み寄った。
「大変そうだね。手伝うよ、チーフ」
声を掛けられて顔を上げたドナは、トバイアスを見て微笑んだ。
「ありがとう。でも大丈夫よ。貴方も今、難しいプログラムを組んでいるのでしょう?」
「あれは採用されるかわかんないし・・・少しくらいヒマはあるよ」
仕様書を受け取ろうと手を差し出すトバイアスに、ドナはきっぱりと首を振って見せた。
「私はもう貴方のチームのチーフではないし、ここでの仕事は贖罪でもある。私がやらなくちゃいけないことなの」
まっすぐ向けられた目の力強さに、トバイアスはたじろいだ。おどおどと彷徨っていた、かつてのドナの視線とはまったく違っていた。
彼女が怯えずに済むようになったことはとても嬉しい。しかし、そのきっかけとなったのも、彼女の心の中にあった強さを引き出したのも自分でないことが悔しい。トバイアスはそう思った。
諦めきれず、なおも食い下がろうとしたトバイアスの肩を、後ろから抑える手があった。
「引き際というやつは間違えんほうがいいぞ、若いの」
そのまま、リバルトに肩を引かれてその場を離れる。しばらくはその手から逃れようともがいていたものの、リバルトの腕力には抗いきれず、やがてぐったりとして引きずられるままになった。
「なんで上手く行かないのかな・・・もっとうまくやれると思ったのに。全部、もっと・・・」
憔悴したように呟いたトバイアスに、リバルトは思い切りその背を叩いた。
「痛っ。なにするのさ?!」
「悩め悩め若人よ。今だけの特権というやつだ」
痛む背中を抑え、トバイアスは大きく笑うリバルトを恨めしそうに眺めた。
「それより、おまえさん。なにやら大がかりなことをやらかしてるようじゃないか」
「そのことは俺も聞きたい。こっちの作業にも関わる話だろう」
機体の側までやってきたふたりに気付き、アキトも手を止めて近寄ってきた。
「基本ソフトの改修のこと? あれはまだシミュレーション段階だし、パイロットの体感が変わるだけだから、機体そのものの整備とかには影響はないと思うけど・・・」
「馬鹿を言うな」
トバイアスの説明をアキトは一刀両断した。
「たとえば腕の振りがコンマ3秒早くなるだけで関節に掛かる力がどれだけ変わると思ってる。だからどの機体もパイロットに合わせた整備をしているんだろうが」
「それはそうかもしれないけどさ」
トバイアスは困ったように深く息を吐いた。
「そういう色々は、データが貯まってからの話になるよ」
「だが、それじゃコンペには間に合わんだろう」
とりあえず方向性と理論くらいは説明しろと言われ、トバイアスはイザベルにした話を繰り返した。
「今までにないアプローチだから、正直どんなふうに形になるか、はっきりしたことはボクにもわかんないんだよ」
そう締めくくったトバイアスに、リバルトは何か思い出すように視線を上へあげた。
「確かに軍では聞かんな。だが海賊の中には似たような仕組みで操縦しとるヤツもいたと思うぞ」
「そうなの?!」
先例があるなら、ノウハウを取り入れることもできるかもしれないと、トバイアスは意気込んで身を乗り出した。しかし続くふたりの言葉に肩を落とす。
「ただし、そのパイロットは人間じゃないが」
「俺も聞いたことがある。人格をそっくりデータに変換してマシンと一体化するというアレだろう」
人格のデータ化は、銀河連邦では禁止されている行為である。発覚すれば、当事者はもちろん、施術を執り行ったものも罪に問われる。だが、〈非登録市民〉と呼ばれる、何らかの事情で銀河連邦のIDを持たないものたちの間では、ひそかに行われているという。IDを持たない理由は、連邦で罪に問われて逃亡し、剥奪された例が主だった。そういった犯罪者の多くは辺境で海賊となり、宇宙軍の討伐対象になっている。
「違法行為じゃ意味ないじゃん・・・」
コンペティション用の特殊措置とはいえ、さすがに法を犯すことは出来ない。
「そもそも、人格が保たれるのは30年が限度だと聞いている。そういうリスクもあって、禁止されているんだろう」
「そういうことだな」
アキトの言葉にリバルトも同意する。トバイアスは、プログラムを組み込んだシミュレーターの置かれたフロアの方へ目を向けた。
難しい挑戦であることは承知していたつもりだが、時間の無さは想定以上だった。
まずはシミュレーターに、と再度の提案を行い許可を取り付けた新たなシステムは、運用で得たデータを逐次反映しているが、実戦レベルはまだ遠いと感じる。パイロットへの反動も大きく、訓練中に筐体のシートから転がるように降りたイザベルが、その場で吐いてしまうことも一度や二度ではなかった。
トバイアスの口から弱音が零れ落ちる。
「やっぱり無理なのかな・・・」
「言いだしっぺが何を言っとる」
リバルトは、もう一度トバイアスの背を叩いた。よろけるトバイアスをアキトが腕をつかんで支える。
「結果は仕事を完遂した先にある。終わる前に気を揉んでも無駄だ」
「そう、だけどさ・・・」
実用化できるかどうか未知数のシステムに、これ以上彼女たちを巻き込んでいいのか。トバイアスは不安と迷いに瞳を揺らした。




