4
4
コンペ前の最後の休息日、エリカは寮の食堂でテッサに呼び止められた。第2開発班の班員たちに会いにいくのに同行して欲しいという頼みを、特に予定もなかったエリカは気軽に引き受けた。
「ありがとう、助かるよ。・・・あ、ドナ! おはよう」
食堂に入って来たドナ・クレストを見つけ、テッサは大きく手を挙げた。駆け寄ってくるテッサに、ドナはかすかに微笑む。
「おはよう、テッサ」
「ごめんよ、今日は一緒にいられないんだ。夕方には戻るから、夕食は一緒に食べよう」
「かまわないけど・・・もう危ないことは無いと思うわ。そんなに気を遣わなくても大丈夫よ」
「そうだね。でも私がキミと居たいんだ。ダメかい?」
「いえ・・・」
「ありがとう! じゃあ、戻って来たら連絡するよ。それまで、なるべく人の目のあるところに居るようにして欲しいな」
「わかったわ」
「それじゃ、またあとで!」
さらりとドナの髪を撫でて、テッサはエリカのもとへと戻った。
「お待たせ」
「まだやってたんだ」
「え?」
「恋してるフリってやつ」
「ああ・・・そのほうが、彼女の側にいても不自然じゃないからね。さ、行こう」
ふたりは連れ立って寮を出て歩き出す。
「行き先は市街区?」
「そうだよ。そこのファストフードで待ち合わせ。セッティングは整備のお姉様方にお願いしたんだ」
「それで、あたしは何をすればいいの?」
「いろいろ聞きたい話があるんだけど、私だけでは聞き逃してしまうかもしれないからね。キミの耳でも確かめて欲しいんだ」
エリカの問いに答え、テッサは少し声を潜めた。
「マクベイン少尉がコンセプトを出した機体設計について、反対から賛成に意見を変えた若手設計士というのがいると聞いてね。もしかして向こうの班で長官に取り込まれた人物なのかもしれないと思ったんだ。調べたら、長官が何をしようとしていたのかわかるかもしれないだろう?」
「へぇ~」
「B班の機体を認めないと言ったという第2戦の時のジャッジの人のことも、気にはなるんだけど」
「そんな人がいたんだ!」
テッサの情報に、エリカは驚きの声を上げた。
「その人と話が出来たら、模擬戦で引き分けにするの、楽になったりしないかな?」
「可能性はあるけれど、噂で聞いただけだから、あの時のどの人なのかはわからないんだ」
「そっか・・・それじゃ会いに行けないね」
しょんぼりとしてしまうエリカに、テッサは励ますように言った。
「ただ、そういう人がいると噂になるぐらいなんだから、元をたどっていけば、それが誰なのかわかるかもしれないし、そうしたら会う手だても思いつくかもしれないだろう? そのための情報収集をしにいくという訳さ」
「なるほど!」
エリカは納得顔になったが、今度はテッサが少し表情を曇らせた。
「それに、まだドナが安全だと確信できなくて不安なんだ。だから、少しでも長官の狙いについて確かめたい」
「ふうん・・・」
エリカはテッサを不思議そうな目で見た。
「なんか、もうフリじゃなくなってるね」
「え」
驚いて足を止めるテッサに、エリカは何でもないことのように言った。
「いいんじゃない、別に。だって、元々好きだから気にしてたんでしょ? どうでもいい人ならほっとくもん」
「いや、でも、同じ班員としては、困っているなら助けたいじゃないか。エリカだってそうだったろう?」
「うん。でも、大丈夫かなって心配はするけど、テッサみたいに守らなきゃとまでは思わなかったよ。大事な人だから、そんなに気になるんじゃない? それが恋になったって、ちっともおかしくないと思うけど」
「そう、なのかな・・・」
メイの受け売りだけど、と付け加えるエリカの言葉を、テッサはあまり聞いていなかった。
「恋・・・恋、か・・・私にはよくわからないな。メイに聞けばわかるかな」
「どうだろ」
恋愛話をこよなく愛する本部勤めの友人を思い浮かべ、エリカは首を傾げた。
「話はすっごく親身になって聞いてくれると思うけど、答えは教えてくれなさそう。で、翌日には基地中に話が広まってるの」
「ああ・・・それはありそうだ」
がくりとうなだれるテッサに、エリカはその腰の辺りを軽く叩いた。
「そのうちわかるかもしれないし、気にしなくていいんじゃない? とりあえず、待ち合わせのお店に行こうよ」
「そうだね」
少し先に、市街区行き巡回バスの停留所が見える。車の音が聞こえて来て、ふたりは揃って駆け出した。
ファストフード店で合流したのは、第1開発班の女性整備士がふたりと、第2開発班の整備士が男女ひとりずつ、設計士の男性がひとりの合計5人だった。他愛無い世間話で場を暖めつつ、少しずつ噂についての聞き込みに入る。
件の若手設計士は、特に悩み事があるようには見えないという。他には、お調子者タイプのため、意見を変えたことはあまり気にされていないこと、むしろ強硬に反対を続けていたのが不自然だったこと、ギャンブル好きで長期休暇では頻繁にカジノ惑星へ行くこと、その際に同僚にお金を借りることも多いこと、家族構成は両親と兄がひとりらしいということなどが聞けた。
「なんだ、身上調査か? あいつはやめといたほうがいいぞ」
同僚だという設計士にからかわれ、慌てる一幕もあったが、それ以上の有益な情報は得られなかった。
「ギャンブル好きで借金癖があるということなら、金で長官に買われた可能性はあるな・・・」
まだ積もる話があるらしい先輩整備士たちと別れたテッサとエリカは、帰寮するバス停への道をゆっくりと歩いていた。
「借金は弱みって言えば弱みだけど、ドナさんみたいな脅迫とはちょっと違う感じだよね」
「ああ。向こうの班は、方向を誘導したいという程度で、それほど強く影響を及ぼしたいとは思わなかったのかもしれない。長官の意見を班の中にばらまくスピーカー役というだけなら、ちょっとした小遣いをやるくらいですんだんだろう。設計に反対して、というのも、こちらの設計に対抗する方策を長官から言い含められていたから、という可能性が高い。少尉の設計でも問題ないと長官が判断したから、それを進めさせるために太鼓持ちに変貌させた・・・」
「そんな感じだね。少尉におべっか使うようになってからは、変わったところは無いって言ってたし。それよりあたし、少佐の方が気になるなー」
「私もだよ」
第2戦の際、判定のために呼ばれた将校たちは試技場の観覧席に案内されていた。その手配と応接をしたのは、第2開発班の班員だった。なぜ第1開発班には声がかからなかったのかは不明だが、そこも長官の意図があるのだろう。
その応接に駆り出されたひとりが、今日の食事会に参加した女性整備士だった。彼女は5人いた将校の名前は知らなかったが、制服に付けられた部隊章と階級章は覚えていた。第2開発班の機体に対して、「あれはバトルアームとは言えないのでは」という趣旨の発言をしたのは、機動連隊の部隊章を付けた、少佐だった。
雰囲気こそ険悪ではなかったが、他の4人は全くその意見を受け入れず、そのまま判定が下った。その少佐は、退出時に長官に何かを言おうとして、長官付きの副官に止められていたという。
「長官に意見しようとしたなら、仕込みと言う線も消える気がする。頼れる相手かもしれない」
「偉い人なら、逆に名簿とかで名前もわかるよね。どうやって会いに行けばいいかは、わかんないけど・・・」
「でも、進歩だ。時間はないが、何か方法を思いつくかもしれない」
ふたりは力強く頷きあった。




