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「まさか、返事が来るとはな・・・」
早朝のハンガーで、トバイアスから封筒を渡されたリバルトは目を丸くした。エリカが興味津々でリバルトの持つ封筒を覗き込む。
「長官になんて言ったの?」
「コンペに第2開発班にリソースを集中させる意図があるにせよ、規模を縮小してでも第1開発班を存続させるべき、というような内容が主だったんだが・・・」
エリカの問いに答えながら封を切り、取り出した便箋を開く。
「『貴官の提案は読ませてもらった。開発班の削減は私の発案だが、コンペティションによる選別は本部で決定したことであり、既に私の一存で対応を変更できるものではなくなっている』・・・班長の言った通りだな」
「組織ってのは、そういうものさ」
アーセンは訳知り顔で相槌を打ち、続きを促す。リバルトは紙面に視線を滑らせた。抑制のきいた文章を目で追い、仲間に伝えるべき個所を探す。
「あとは、このあたりか。『ドナ・クレスト上等兵の親族への支援については、私的な出資の一環であり、コンペティションの内容や結果によって変化するものではない』」
「それって・・・このまま治療は続けてもらえるって事?!」
読み上げられた文章に、落ち込んだ様子だったトバイアスが必死の形相でリバルトに詰め寄った。
「そのようだな。『治療は難航しているとの報告があるが、良い結果を私も心から望んでいる』とある。勘繰ることは出来なくもないが、素直に解釈してもいいだろう」
書状の中では、キャンディスが自身の野望の踏み台として開発班を 利用しようとしていると推察したことについては触れられていなかった。ドナが制裁を受ける危機を先送りするための方便として、裏切り者すらも利用し尽くし使い潰せとそそのかしたが、もし実際にそうされてしまえば痛みを感じずにはいられなかっただろう。こうして妹の治療について公言されたことでドナ自身に危害が加えられる可能性は低くなった今、書面上だけだとしても、キャンディスがドナや班員たちを使い捨ての駒として扱う意志を見せなかったことに、リバルトはわずかに安堵する。
「気分次第で支援を打ち切るというのは、もともとあまり考えにくい」
ホッとした様子の一同に、アーセンは補足した。
「有名な家や人物は、世間から注目されている。難病の少女を支援しているという美談を自ら捨てるのは、リスクが高すぎるからな」
「だったらこの前、そう言ってくれれば・・・」
トバイアスは納得いかない表情で、アーセンに不満を込めた目を向けた。
「確証もないのに安請け合いできるか。人の命がかかっているんだぞ」
アーセンはなだめるように説明した。
「支援を続けるふりをして裏で手を回し、治療を止めるということもあり得た。遺憾に思うとでも言っておけば、向こうは非難を浴びることもない。長官が、そういう手段をためらわない人物である可能性の高さは、クレストくんの話から想像できたからな」
「確かに、そういう印象はあるな」
リバルトが相槌を打ち、他の面々もそれぞれ頷いた。
「だが、長官はこうして書面で治療の続行を確約した。万一の時はこれが物証になる。となれば」
「これでひとまず言質は取れた。妹さんの事について、ドナはもう怯える必要は無い。そうだね?」
「ああ、おそらくな」
テッサの確認に、アーセンが応じる。ドナは、両手で口元を覆って目を潤ませた。
「この間、いつもの・・・呼び出しがあったの。私だけの処分ですませてもらえるようにと、証拠になりそうなことを録音できるかと思ってレコーダーを持っていって・・・でも『こうして会うのは最後になりそうだ』って、言われて・・・私だけが切り捨てられたのならいい。けど、妹のことが不安で・・・っ」
嗚咽をこらえるドナの背を、テッサはゆっくりとさする。ドナは強く目を閉じてうつむいたあと、顔を上げて全員を見回した。
「妹を助けてくれてありがとう・・・!」
一同は微笑み、追いつめられた重苦しさが漂っていたここ数日の雰囲気が少し和らいだ。
「レコーダー、役に立たなかったか」
アキトに声をかけられ、ドナは目元を拭った。普通にレコーダーを持ち込んだのではボディチェックで見つかってしまう。そこで、ドナはアキトに小型化と探知よけを施したものを用意してもらっていた。
「ええ。コンペの事とかの話題は何も出なかったの。せっかくいろいろ細工をしてもらったのに、ごめんなさい」
「いや。まだ何かあるかもしれないから、そのまま持っておくといい」
「隠し録りは証拠としては弱いがな。無いよりマシだ。もしこれから長官サイドの人間に何か言われたら、全部録音しておけ」
「はい」
アーセンの指示に、ドナは素直に頷いた。
「よし。『憂鬱の雲は晴れた。持てる力すべてを揮え。世界は舞台だ』。今日の予定は作戦会議からスタートだからな。時間に遅れるなよ」
アーセンのかけ声で、一同は始業の準備に取り掛かった。
時間になったミーティングルームに班員たちが集い、何度目かの作戦会議が始まった。
「次の3戦目は相打ちに持ち込んで、ふたつの班の間に優劣が無いと証明したい」
口火を切ったアーセンの提案に、みなが怪訝そうな顔になる。ピンと来ていない様子の班員たちに、アーセンは真剣な面持ちで説明を続けた。
アーセンは先日の休息日に基地本部の資料室へ赴き、開発班に割り当てられた予算の流れを調べた。すると、班を半減しなくてはならないほど、開発費が基地の財源を圧迫しているという事実は無かった。別の基地にある他の開発班と比べ、むしろ低予算で結果を出している。それには、数年前の再編で班の規模がやや大きくなり、作業効率が上がった事が関係しているように見うけられた。
だが、これをもう一度やったとして、今以上に予算を圧縮出来るかと言えば、甚だ疑問だ。いまでも80名を超える班員がさらに増えれば、作業に対する余剰人員が出て、効率は下がる可能性の方が高い。
このようなことを総合的に判断すると、このコンペティションには恣意的なものを感じる。不適切な手続きで同等の能力を有する班をいたずらに潰すのは軍の不利益であると、無効を訴えたい。アーセンはそう説明した。
「バトルアームにしか興味の無かった班長が」
「休みを潰して調べ物とか・・・」
「みなが頑張っているからな。私も責任者として、少しは役に立つところを見せないと」
ざわつく班員たちに、アーセンは照れたように笑った。
「まあ、そもそもはリバルトから受けた相談が元なんだが。技術開発に、競争は良い効果をもたらす。それに、得手が異なる複数の班があることで、結果的に効率を良くすることもできるはずだ。そう思って、なんとか班の削減を止められないかと、コンペの開催理由として挙げられた予算について調べてみたというわけだ」
そう言って、根拠となった資料の写しをモニターに映した。
「どちらの班が勝つにせよ、人員は整理され、開発の場から遠ざかるものが出てくるだろう。この司令部に、機甲を開発する部署は他にない。せっかく培った技術も、生かす場所がなければ無駄になる。私は、それを惜しいと思うんだ」
一言一言かみしめるように言いながら、アーセンは一同の顔をぐるりと見回した。
「わざと引き分けるというのは、勝つよりも難しい。ただでさえ勝ち目の薄い相手だ。特に、パイロットには大きな負担がかかる」
一同の視線が集中したイザベルは、一瞬戸惑ったように瞳を揺らしたが、すぐにきりりと表情を引き締めた。
「私は機甲乗りになりたくて軍を志望しました。その夢を受け入れてくれたこ の班のため、非才の身ながら全力を尽くすつもりです」
「ありがとう」
アーセンはイザベルに小さく笑いかけてから、真剣な表情になった。
「みなが無理と思うなら強制はしない。もし引き分けられたとして、訴えが認められるという保証も無いしな。案のひとつとして検討してくれ」
コンペティションを終えた先に、いったい何を求めるか。
それぞれの答えを出す時が近付いていた。
(to be continued・・・)




