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プロローグ

 通達は突然だった。


『イヴォース基地第1機動連隊所属機甲開発中隊は、規模縮小のため、演習形式のコンペティションを行い、より優れた機体を開発した開発班を残すこととする』

 長官の署名が入った書面が届けられたのは、その長官が新しく就任した翌日のことだった。

「どういうことっスかね」

 第1開発班のミーティングルームで、班員のひとりが首を傾げた。

「うちか、第2か、どちらかを取り潰すってことでしょ」

「んなのオレだって読めばわかりますよ! なんでそんなことすんのかってことっス!」

 別の班員に素っ気なく返され、バン、と机を叩いた班員の言葉は、その場にいたすべての人間の気持ちを代弁していただろう。

「ふたつしかない開発班を片方潰すって・・・何考えてるんだろうな、この長官」

「女だてらに基地のトップに立つくらいだ。やり手なんだろうが・・・」

 真っ赤なルージュが印象に残るグラマラスな長官の姿を思い浮かべた全員が、通達の意図を計りかねて黙り込む。

 就任式で壇上に上がった新長官は、ストイックな礼服に身を包みながらも、その胸や腰ははちきれんばかりで、むしろ妖艶さを醸し出していた。眼下に並ぶ隊員たちを睥睨するまなざしはあくまで鋭く、鞭でも持たせたらさぞ似合いだろう。しかし、そんな軽口を叩くことが憚られる存在感があった。

 ここイヴォース基地は、銀河連邦宇宙軍チェルビ司令部所属の後方基地である。主に装備や設備の建造・開発を行い、また新兵の訓練基地としても司令部最大級の規模を誇る。辺境ではないにも関わらず惑星ひとつを丸ごと基地にしているのは珍しいが、それは重力が様々な研究開発に必要なためだ。軌道上にも研究用や訓練用のステーションがいくつも浮かび、空を見上げればどれかが見える、というほどひしめき合っていた。

 機甲開発中隊は、バトルアームの機体と武装の開発・改良、その運用研究を行っている。宇宙軍全体で言えば他にも開発を手がける部隊はあるが、チェルビ司令部内では唯一である。この第1開発班は、その中でもバトルアーム本体の開発を手掛ける部署のひとつだ。

 ここしばらく新たな機体の採用はなく、班の実績は既存機種の駆動系改良といくつかの兵装の提案に留まっている。とはいえ、5年ほど前に班がふたつに減らされたばかりで、さらに減らすというのは納得しがたいことでもあった。

「実績の出せない部署の経費削減とか言うけどさぁ、必要経費ケチったら、実績なんてもっと出ないっつーの」

「ねぇ。結果がすべてだー、とか、そこにいたるまでにこっちがどんだけ苦労してるのか知ってんの?って言いたいよねー」

 止まらない班員たちのぼやきのなか、ドアの開く音がして、ひとりの男が入ってきた。

「あ、班長!」

 一斉に振り向いた班員たちに、男はびっくりしたように眼をしばたかせた。

「なんだ、みんな揃ってどうした。全体ミーティングは明日だろう?」

「それがですねえ、これ見てくださいよ、これ!」

 ハーフフレームの眼鏡をかけた40代半ばとおぼしき男は、駆け寄ってきた班員から手渡された電子書類に目を落とした。

「・・・ああ、これか」

「班長、知ってたんですか?」

「昨夜な。長官に呼び出されたよ。決定なら仕方ない、私たちは全力を尽くすだけだ」

「そんな・・・!」

「いきなりすぎですよ!」

 悲鳴のような声を上げる班員たちを気にせず、第1開発班の班長であるアーセン・アングレイスは嬉しそうに言ってのけた。

「まあ突然ではあるが、対戦形式のコンペティションは久しぶりだ。腕が鳴ると思わないか。ああ、そうだ、ちょっと思いついたことがあるんだが」

 そして足早にコンソールへと歩み寄り、メインモニターにデータを呼び出していく。

「『翼あるもの神をめざして飛ばん。たとえ夕に世界が没落せんとも』・・・さ」

 言いたいことがわかるようなわからないような彼独特の言い回しに、班員たちは顔を見合わせた。とにかくバトルアームの開発ができれば幸せというこの男には、きな臭いコンペも実戦でいろいろ試せるという良い面しか見えていないのかもしれない。

 そんな、事務仕事はからっきしな技術オタクを長に据えた班の班員たちは、少なからずその影響を受けていた。徐々に困惑の表情が崩れ、その顔に苦笑が浮かんでいく。

「まあ・・・そうだな。やるしかないもんな」

「だね。あ、そういえば一昨日の実験でさ・・・」

 班員たちは気持ちを切り替え、それぞれの担当作業へと散っていった。


 機甲開発中隊では第1、第2開発班共に、それぞれ惑星上に研究棟が与えられている。地上3階地下2階のその建物は、機体試作用の工房をメインに、さまざまな実験施設やデータルームなどが置かれた、かなりの規模ものだ。もちろん、先ほど班員たちの集まっていたミーティングルームも含まれている。

 軍の装備の開発は当然ながら軍事機密であり、セキュリティはそれに見合ったものが導入されている。惑星丸ごとが軍の基地である以上、不審者の侵入そのものが不可能に近いが、それでも対応を怠ることは許されていない。そのため、建物へ入るときだけではなく、全てのドアに電子ロックが備え付けてあり、入室許可は階級と職分で厳密に分けられている。たとえ班員であっても、違う部署へは簡単には入れない仕組みだ。

「ちょっと面倒ですよねー」

「・・・そうね」

 IDをかざしてロックを解除しながら苦笑した後輩に、ドナ・クレスト兵長は静かに答えた。

「でも、必要なことだから」

「はぁい、わかってます」

 開いたドアの向こうは、プログラミングを行うためのマシンがずらりと並んだ部屋だった。第1開発班の電脳調律士たちは、ここでいくつかのチームに分かれてバトルアームの機体制御プログラムの開発を行っている。ドナは、そのうちのひとつのチームを任される若きチーフだ。

「それにしても、急な話だよねぇ」

 部屋の中では、作業の準備をしながら班員たちが会話をしていた。内容は当然、さきほどの通達のことだ。

「もし負けたら、おれたちどうなっちゃうのかな」

「クビになったりして!」

「えー困るなぁ、それ」

「ドナさん、どう思います?」

 かしましく喋っていた班員たちが、不意にドナを振り返った。

「・・・え?」

 考えごとをしていて反応が遅れたドナに、班員は手を振り回しながら訴えてくる。

「だから、さっきの話ですよ、開発コンペ! リストラの口実なんじゃないかって」

「あ、ああ・・・そのことね」

 淡い褐色の肌を持つエキゾチックな風貌で目立つドナだったが、本人は引っ込み思案で気弱なところがある。気軽な雑談は苦手とするところだ。だがチームのメンバーが振ってきた話題を無碍にするわけにもいかず、ぎこちなく微笑みを浮かべた。

「宇宙軍は一般企業じゃないのだし、リストラはないと思うわ。それに、技術さえしっかりしていれば、そんな心配はいらないでしょう?」

「うわー、ドナさんすげー自信!」

「そりゃま、チーフくらい腕が良ければねぇ」

「なんの、オレだって!」

「そんなこと言うならあの無限ループバグ、さっさとどうにかしなさいよ」

「あはは」

 盛り上がる班員たちに、口元の笑みだけは残したまま、ドナはまつげを伏せた。

 そう。リストラなんて、ない。そのはずだ。

 うつむいたドナの目には、拭いきれない不安が揺れていた。



 こうして、第1開発班と第2開発班は、新任長官の鶴の一声で決まったコンペティションで争うこととなった。

 両班は、つい先頃までは互いに刺激しあう良い関係を築いていた。しかし昨年、定年で勇退した第2開発班の班長の後任に士官学校を卒業したての将校候補が就いてから、その関係は崩れてしまっていた。

 新任の第2開発班班長は第1開発班を何かと敵視し、特にアーセンのことは、現場上がりの下士官風情が、と蔑むように吐き捨てているのを複数の隊員たちが目撃している。そして、現場のことを知らないままあれこれ口を出しては開発計画を狂わせるだけでなく、第1開発班との共同作業を難癖を付けて邪魔をするにいたり、双方の班員同士がトラブル回避のため互いに接触を避けるようになっていった。

 そんなぎくしゃくとした空気の中での、このコンペである。

 波乱は避けられそうになかった。


 1週間後、コンペティションの具体的なレギュレーションが伝えられた。

 ひとつ。対戦は3回行い、より優秀な成績を残した班を存続させること。

 ひとつ。3回の対戦はすべて違う形式で行い、対応力をみること。

 ひとつ。対戦は基地の屋外演習場を使用し、実戦に即した状況下で行うこと。

 ひとつ。機体の体高、重量、エンジン出力、武装等は、いずれも制限をしない。

 ひとつ。対戦中の修理、パーツおよび武装の喚装、パイロットの治療は不可とする。


 そして同時に、第1戦の形式は対武装ゲリラを想定した、バトルアーム3機のチームによる拠点奪還戦と決定された。



 開発コンペティション初戦。戦場、砂漠地帯。


(to be continued・・・)

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