恋はみためじゃないよ
桐斗が人気声優のKiritoだと琉生にバレてしまったことに、ハラハラする千都。
桐斗の正体をバラされたくなかったら、俺と付き合ってと言われて、琉生と付き合うことになってしまった千都だったけどーーーー。
はぁー、何だか気まずいな……。
あたしは、倉本君と渡部君の間に挟まれながら、分からないように重い溜息をついた。
「俺さー。千都ちゃんと付き合うことになったから」
突然、渡部君は独り言のように呟いた。
あたしは、倉本君の反応が知りたくてチラッと目をやったけど、顔色一つも変えずに無言のまま歩いていた。
「だから、今朝みたいに俺達の邪魔しないでね」
渡部君があたしの肩ををクイッと引き寄せる。
「ちょっ………!」
渡部君の態度にあたしは何か言ってやろうとしたけど、
「あのことバラされてもいいの?」
耳元で囁かれて、唇を噛み締めることしかできないなでいた。
「っ……………………」
付き合うことをOKしてしまったあたしにとっては、それ以上何も言えない。
結局、倉本君は学校から出て来てから、一言も喋らずに隣を歩いているだけで、全然、気持ちが読み取れないでたその時、倉本君の視線が前方に目が止まった。
あたしは何気なく視線の方向へ目をやると、若菜ちゃんの姿が視界に入る。
「桐斗く~ん!」
若菜ちゃんは倉本君の姿を見つけると、嬉しそうに手を振りながら駆け寄ってきた。
「若菜……どうしたんだよ?先にスタジオに行ってるって言ってなかったか?」
学校から出て来てから始めて出た言葉が、若菜ちゃんの名前だったことに、あたしの胸がツキンと痛む。
「そうなんだけど、桐斗君と一緒に行きたかったから待ってたの」
若菜ちゃんは、あたし達の存在に気がついてニコリと微笑んだ。
「久しぶり!千都ちゃん。あれ?もしかして、そっちの彼………」
「どうも。千都ちゃんの彼氏でーす!」
若菜ちゃんが言い終わらないうちに渡部君は、あたしの肩を抱いたまま明るく挨拶をした。
「なーんだ。千都ちゃん彼氏いたんだぁ~?」
若菜ちゃんは、ホッと胸をなで下ろす。
「あ、もしかしてこいつの婚約者?」
渡部君は、チラッと倉本君の方へ目をやった。
「千都ちゃん、ちゃんとあたしのこと彼氏さんに話してたんだ?」
若菜ちゃんは意外そうに、あたしの顔をチラッと見る。
「実は言うと困ってたんだよねー。桐斗君、千都ちゃんに言い寄らててーーでも、彼氏がいるなんてホッとした~」
「……………!!」
何いってるの!?別に言い寄ってなんていないのに。
あたしは拳をギュッと握り締めていると、肩を抱きしめていた渡部君の手に力がこもり身体を密着するように引き寄せた。
「………………!?」
ちょ、ちょっと、くっつきすぎ!?
あたしが困っているのもお構い無しに、渡部君は口を開く。
「学校での倉本は人を近づかせない所があるから、千都ちゃんは少しでも仲良くなろうと思ってたんじゃないかなー?だから、許してやってよ」
「確かに、桐斗君は学校では自分の正体を隠す為に、あまり他の人と話さないようにしてるからなーーだからって、彼氏がいるのに桐斗君の隣に千都ちゃんがいるのもねー」
若菜ちゃんが、不満そうに文句を言いていると、
「若菜!もういいだろ?早くしないと収録間に合わない。置いていくぞ!」
倉本君がイライラしながら、先に歩き出した。
「あっ、待ってよ。桐斗君!」
若菜ちゃんが慌てて追い掛けていき、倉本君の腕に自分の腕を絡ませると歩いて行ってしまった。
「なんだよ、あいつ……どんだけ、学校にいる時と性格違うんだよ」
「…………………………」
倉本君、若菜ちゃんとは目を合わせてるのに、あたしとは全然、目を合わせてくれなかった………。
「仕方ないか……学校中、騒ぎになるから自分を隠しているんだもんな……だから、千都ちゃんもあいつの秘密を守る為に、俺と付き合うのOKしてくれたんだもんなー」
「………約束だからね……絶対に秘密は守ってね」
あたし達がそんな会話をしている頃ー。
「桐斗君………桐斗君ってば!」
若菜に呼ばれて、桐斗はハッと我に返る。
「どうしたの?桐斗君、何怒ってるの?」
若菜に腕を掴まれて、桐斗は立ち止まった。
「…………………」
俺、何怒ってるんだ?
櫻井とあいつが仲良くしてるの見たら、何かイライラして………。
「ーーーーー!!」
桐斗は何か気がついたように、ハッとさせた。
「桐斗君ー?」
怪訝そうに若菜は、桐斗の横顔を見つめていた。
「櫻井さん!本当に琉生君と付き合ってるの?」
他のクラスの子達から呼び出されて、あたしは誰もいない校舎裏へ連れて行かれた。
どうしてこんなことになっているかと言うと、翌日、学校中あたしと渡部君が付き合ってる噂が持ち切りになっていたから。
「…………うん、まあ」
何だか付き合ってるなんてピンとこないあたしは、曖昧に返事を返してしまう。
「何その返事?まさか、琉生君のこと遊びで付き合ってるんじゃ!?」
「え~、それ酷くない?」
次々と彼女達は口を開く。
「べ、別に遊びで付き合ってるいるわけじゃ…………」
!? 倉本君の秘密を守る為に付き合ってるなんて、
とても言えないーー。
「何よ………本気で付き合ってるとでもいいたいの!?」
独りの子があたしの胸倉を掴んだ。
「ちょっと美人だからって、いい気にならないでよね!!あんたなんか、すぐに琉生君に捨てられるんだから!?」
胸倉を掴む手が離れると、その手を思いっきり振り上げた。
ぶたれるーーーーーーー!!
あまりにも恐怖にあたしは、ギュッと目を瞑った。
パチーーーン!!
乾いた音が校舎裏に響き渡った。
ん?痛くない…………………?
一向に頬が痛くないことに不思議に思ったあたしは、恐る恐る目を開けると、目の前には痛そうに頬を摩る渡部君の姿があった。
「あ………」
渡部君を殴ったことに、彼女は動揺を隠せないでいる。
「あのさ、千都ちゃんに何かしたら、ただじゃおかないよ」
渡部君は、怖い顔で彼女達を睨みつけた。
「や、やだな~。ちょっとからかっただけだし………………!!」
殴った子は気まずそうに目を逸らしたまま、他の子達と一緒にあたし達の前から去って行った。
「どうして、渡部君がここにいるのよーー?」
あたしは、呆然としたまま立ち尽くす。
「さっき、千都ちゃんが彼女達に連れて行かれるのを見て、後をついてきたんだ……それより、ごめん。俺のせいでーー」
素直に渡部君に謝られて、あたしは小さく首を振る。
「渡部君の方こそ、大丈夫なの………?」
あたしは思わず、薄らと赤くなった渡部君の頬に手を伸ばした。
「平気平気!こんなのすぐに腫れも引くだろうし」
触れそうになった、あたしの腕を掴むと真剣な眼差しで覗き込んだ。
「俺は、あいつと違って婚約者も彼女もいないし、千都ちゃんのことずっと大切にするから」
「…………でも、倉本君の正体を秘密にする代わりに、あたしと付き合いたいって言ったよね………?」
「あーー、あんなの口実だから。アプローチしてるのにいつまでも、千都ちゃんが連れない態度をとるからつい………」
「酷い…………………」
あたしは、目を逸らすと渡部君の手を振り解こうとした。
でも、渡部君の力が強くて解けないまま、そのまま抱き寄せられてしまった。
「は………離して……………!!」
慌てて離れようとしたけど、渡部君はあたしの首筋に唇をあてるとチュッと音をたてた。
「…………………!!」
あたしは、顔を真っ赤にしながら慌てて首に手をあてる。
「千都ちゃんは俺のものだって、印つけておかないとね」
「し…………印って…………」
キ、キスマークーーーーー!?
急に恥ずかしくなって、スカートのポケットから手鏡を出すと髪を整えた。
ほっ……………。
髪で隠れる程度だから、これだったら何とか他の人に気付かれずにすむ。
あたしは、鏡を閉じると渡部君をキッと睨みつけた。
「そう怖い顔しないの。美人台無しだよ」
「だ、誰のせいでこんな顔になったと思ってるのよ!?」
「まあまあ、そんなに怒らなくても」
渡部君は悪びいた様子もなく、平気な顔であたしの肩を抱いた。
「………………もう、いい。あたし、教室に戻る」
渡部君に背を向けると、さっさと教室へ向かった。
何とかキスマークを隠しながら1日を過ごし、放課後になるとあたしは、帰りの仕度をすると一目散と学校を出た。
学校を出てすぐ後のことだった。
あたしは、知らない男の人に声をかけられた。
「あの、すみません。あなたの通ってる学校にカリスマ声優のKiritoが通ってるの知ってるかな?」
「………………!!」
どうして、この人が知ってるの!?
怪訝そうに相手の顔を見ていると、
「あ、別に怪しいものではありません」
ポケットからさっと名刺を取り出すと、あたしの前に差し出した。
そこには、週刊シャッター篠崎涼と書いてあった。
確か、数多くのゴシップ記事を載せている出版社だ。
「Kiritoが、暴力事件を起こしたの知ってるかな?」
篠崎さんは、ヒラヒラと一枚の写真を目の前に見せた。
「………………!!」
そこには、この前倉本君があたしを助けようとして、喧嘩になった時の写真が写っていた。
「このことで、Kiritoはしばらく謹慎になってるみたいだけど………」
謹慎…………!?
そう言えば、今日風邪とかで学校も休みだった……。
「か………彼は…………何も悪くありません!!!」
「えっ、ちょっとーーー!?」
篠崎さんは慌てて声をかけたけど、あたしはその場を一気に走り出した。
どのくらい走っただろう……いつの間にか、この前、倉本君に連れて来られたスタジオに来ていた。
あたしバカだ……。倉本君は謹慎中、スタジオにいるはずがないのに。
溜息をつくと その場を離れようとした時、物陰から話し声が聞こえてきた。
「あたし、言ってくる…………」
若菜ちゃんの声?
よく聞こえないけど、誰かと話しているようだ。
「俺がやっ………だ……から、若菜には関係…………」
今度は、倉本君の声が途切れ途切れ聞こえてきた。
ここからじゃ、よく見えないし聞こえないから、もう少し近くまで行ってみよう………。
2人に気づかれないように、そっと近づき見える範囲までの距離になる。
背中越しの倉本君は、若菜ちゃんと抱き合ったままキスしているのが目に映った。
…………………………………!!
その光景に、あたしは衝撃で頭の中が真っ白になる。
よろよろとその場を離れようとした時、足がもつれてドシンと後ろに倒れて尻もちをついてしまった。
その音に2人はこっちに気がついて、ハッとした顔で振り向いた。
「…………櫻井………」
倉本君は最初は驚いた顔をしていたけど、こっちに駆け寄ってくると自分の手を差し伸べた。
「大丈夫か……?」
「ーーーーーーー」
恥ずかしさと間抜けさで何も言えず、あたしは倉本君の手を借りずに立ち上がった。
「千都ちゃん、大丈夫~?」
若菜ちゃんは、笑いをこらえながら倉本君の横に立つ。
「こんな所で何してるんだよ?」
「…………………………………」
倉本君の問いかけに、言葉に詰まってしまっていると、若菜ちゃんが口を開く。
「まさか、桐斗君がスタジオにいると思って逢いに来たとか?」
「……………………!!」
思っていたことをあてられて、ドキッとしてしまう。
「ハア~やっぱり、そうなんだ?」
あたしの顔色を伺いながら、若菜ちゃんは溜息をついた。
「桐斗君はあたしの婚約者なの。これ以上、近づかないで。あなたとかかわると、ろくなことがないんだから」
「…………………」
元はと言えば、ナンパされそうになったあたしを倉本君が助けたことで、学校の近くで記者がはるようになってしまった。
その事を、倉本君に知らせに来たのに………2人がキスしているところを見てしまうなんて、何て間抜けなんだろう。
「櫻井、もう帰れ」
倉本君の冷たい言葉に、あたしの胸はチクリと痛む。
「ご………ごめん。2人の邪魔して…………」
溢れる涙を堪えながら、あたしは2人に背を向けると逃げるようにその場を離れた。