恋はみためじゃないよ
桐斗に頼まれて休んでいる声優の代わりに、代役を引き受けてしまった千都。
始めてのことに、緊張してしまうが、果たして上手くいくのかーーー!?
始めは緊張して思うように言えなかったセリフも、声を出しているうちに慣れてきて最後は、満足できる仕上がりになっていた。
倉本君も仕事なると、人が変わったようにいつもよりキリッとしていて、ドキッとしまう。
「いや~、なかなか良かったよ。さすが、Kiritoが連れてきた子だ」
収録が終わるとプロデューサーさんは、満足そうに倉本君を褒めた後、
「若菜ちゃんが来られない時は、代役頼んじゃおうかな」
冗談半分にあたしを見る。
「ダメですよ。この子はあくまで代役なんですから。それに、素人だしー。こんなことが続いたら、他の声優さんにも怒られます」
そう言って倉本君は、苦笑いをした。
「あははーー、それもそうか!……それより、これから打ち上げに行く予定みたいだから、Kiritoも参加よろしく!」
プロデューサーさんは、倉本君の肩をポンと叩くと廊下へ出て行った。
「じゃ、じゃあ。あたし帰るね」
倉本君も付き合いがあるだろうし、部外者は退散しよう。
荷物を持つと、あたしはさっさとスタジオを後にした。
でも、何分とも歩かないうちに倉本君が追いかけてきた。
「櫻井、送ってくよ」
「いいよ。打ち上げに行くのに……」
「櫻井のこと送りたいから、断ってきた」
「えっ………」
倉本君って、意外と優しいところがあるから、時々どうしていいかわからなくなる。
「迷惑か?」
そう聞かれて、あたしは首を横に振る。
どうしてだろうー。断ってきたなんて言われて、凄く嬉し感じてしまうのは……。
いつも学校で会っている倉本君とは、何だか違う感じでいつものように言葉が出てこない。
あまり会話もしないまま、家の近くまで送ってもらった。
「ありがとう。ここでいいよ」
あたしは、お礼を言うと家に向かって歩き始めた時だった。
「櫻井、今日はサンキュー。助かったよ」
急に、倉本君にお礼を言われてあたしは立ち止まると、振り向いた。
「お礼を言うなんて珍しい……」
セリフの練習に付き合わされている時なんて、お礼なんてい言ったことがないのに、どういう風の吹き回しだろう。
「まぁ、何ていうか本当に助かったからさ」
「………」
そう言われると、凄く嬉しい。
「じゃあ、また明日」
倉本君は軽く手を上げると、帰って行った。
倉本君の後ろ姿を見送りながら、もう少し一緒にいたい気持ちが、心の何処かにあった。
それから、2、3日経った学校帰りのある日のこと。
「千都、帰りに最近オープンしたカフェに寄ってかない?」
昇降口で、涼香がウキウキした声で誘ってきた。
「うん。いいよ」
学校から少し歩かないと行けないけど、結構、人気があってうちの学校からも帰りに寄り道する子が増えてきた。
あたし達は、学校を出るとカフェに向かって歩き出す。
カフェに到着する頃には、丁度混んでいる時間帯で、席が入口付近しか空いていない状態だった。
「どうする?涼香」
あたしは、入口付近でもいいか涼香に確認した。
「混んでるし、仕方ないよ」
本当は、あたしも涼香も窓際を希望していたけど、渋々入口付近の席に座ることにした。
「ーーー!!」
椅子に座って、何となく隣の席へ目をやると、倉本君が目がくりっとした可愛い女の子と座っているのが目に入った。
「あれ?倉本君」
涼香も2人に気がついたみたいだ。
「へ~、倉本君もこういう所に来るんだねー」
涼香は意外そうな顔ををする。
「桐斗君、この人達誰?」
倉本君と一緒にいた子が、注文した飲み物を口にしながら、あたし達の方を見た。
「……クラスの子」
倉本君は、あたし達の方を見ることなく一言。
そんなバツ悪そうに応えなくてもー。
「ねえ、もしかして……この子、倉本君の彼女?」
何か気になって、あたしは倉本君に問いかける。
「うん、まあ………」
曖昧に応える倉本君に、彼女はじれったそうに口を開いた。
「彼女って言うかあたし達、婚約者同士なの」
「え……………」
何を言っているのか、理解できずに頭の中が真っ白になる。
「若菜!」
倉本君は慌てた様子で彼女を止めた。
若菜……その名前に聞き覚えがある。
確か、ディレクターさんが言ってた。
この前、急に来られなくなった声優さんの代わりに代役を引き受けたけど、その声優さんの名前が若菜だった。
「根暗じゃなかった……倉本君に婚約者がいたなんて初耳!ね?千都」
「う、うん………」
涼香に言われて、あたしはぎこちなく頷く。
倉本君に婚約者がいたなんて知らなかった……。
「す…涼香、あたしトイレに行ってくるね」
「あ、うん」
頭の中が真っ白になりながら、あたしは涼香に一声かけると、その場から離れた。
「あたし……何ショックうけてるんだろう……」
トイレに入り独りになると、鏡に映る自分の姿を見ながら呟いた。
これじゃ、まるで倉本君のことが好きみたいじゃない。
気持ちを落ち着かせようと、深呼吸した時だった。
ガラッとトイレのドアが開いて、若菜ちゃんが入って来た。
「あなたでしょ?この前、桐斗君に声優の代役で頼まれたの」
あたしの隣に立つと若菜ちゃんは、唇にリップつけながら質問した。
「えっ……」
あたしは驚いて、若菜ちゃんの方を振り向いた。
「そんなに驚かないでよ。来られなくなった声優って、あたしのことだもの」
若菜ちゃんは、あたしの方には目もくれずにクスッと笑みを浮かべる。
「あたし、あの時風邪を引いて収録ができる状態じゃなかったし、桐斗君も心配して代役捜してくれてくれたのはいいんだけど、まさか素人とは思わなかったわ」
「………」
あたしが気まずそうにしていると、若菜ちゃんはこっちを振り向いた。
「もしかして、桐斗君のこと好きとかじゃないでしょうね?」
「えっ………」
そう聞かれて、ドキッとしてしまう。
「ーーーじゃなきゃ、代役なんて引き受けたりしないよね?」
「ち、違います。ただ、あたしの声が貴方の声に似てるからって………それに困っているみたいだったから……」
「ふーん?確かに、少しは似てるとは思うけど」
若菜ちゃんは、あたしの顔ををじっと見る。
「桐斗君が優しいからって、勘違いしないでよね。誰にでも優しいんだから」
「……………」
優しいって、倉本君が………?
俺様系のうえに、あたしの始めてのキスを奪ったんだよ!?
でも、確かに優しいとこがあるって最近知った。
リップをつけ終わると、若菜ちゃんは先にトイレから出る間際に
振り向いた。
「忠告しておくけど、桐斗君のこと好きにらないでね。あたしの婚約者なんだから!それに、あなたと桐斗君じゃ住む世界が違うし」
怖い顔で睨むと、さっさと出ていってしまった。
「…………」
あたしが、倉本君を好きに………?
モヤモヤした気持ちで涼香の所へ戻ると、倉本君と若菜ちゃんがお店から出ていく所だった。
若菜ちゃんは、嬉しそうに倉本君の腕に自分の腕を絡ませる。
その後ろ姿を見て、今度はチクンと胸に突き刺さる感覚が走った。
倉本君にくっつかないで!
あたしは始めて、嫉妬してることに気付く。
あたし………倉本君が好きなんだ……。
「はぁ~。あんな可愛い婚約者がいるなんて根暗君も、やる時はやるんだねー」
涼香は先越されたという顔で、大きな溜息をつく。
「…………」
確かに、可愛いかった……。
自分の気持ちに気づいても、あんな子が倉本君の婚約者じゃ、告白までできない。
それに、好きにならないでって釘をさされているし、これからは、倉本君とあまり接しないようにしよう………。
そうすれば、きっと好きな気持ちも消えていくよね?
そう決意したあたしは、学校ではなるたけ倉本君とは接しないようにした。
でも、そんな考えは甘かった。
避ければ避けるほど、胸が苦しくなるのは何故?
今日は、日直なので先生に呼ばれて職員室へ。
「櫻井、悪いがこのプリントを配っておいてくれ」
担任の山崎先生が、あたしにプリントを渡した。
「はい」
あたしは、面倒臭いなと思いつつプリントを受け取ると、職員室を出た。
教室へ向かう途中、倉本君があたしの前に立ちはだかった。
「…………」
あたしは、思わず目を逸らす。
「櫻井、ちょっと話があるんだ」
「今から、プリント配らいといけないから…」
倉本君の横を通り過ぎようとした時、腕を掴まれて強引に屋上へと連れて行かれた。
「な、何するの!?」
あたしは、ムスッとした顔で倉本君を睨んだ。
「毎日、セリフ合わせに付き合う約束なのに、どうして屋上に来ないんだよ」
「…………」
自分の気持ちに気づいてしまってから、屋上にも来ないようにしていたのに。
「櫻井ーーー?」
「ご、ごめん……もう、セリフ合わせできない」
あたしは、気持ちを押し殺したまま口を開いた。
「は?何だよそれ!?」
倉本君は、驚いた顔であたしの肩をを掴む。
「く、倉本君の秘密はちゃんと守るから……」
「秘密なんてどうでもいいんだよ!櫻井が付き合ってくれることが、俺にとっては大事なことなんだからー」
「え……?」
それってどういう意味?
あたしは、訳が分からず倉本君を見つめる。
「どうしても、断るって言うんだったら、その代わり、日曜日空けとけよ」
倉本君は、あたしから離れると屋上から出て行ってしまった。
「まだ、返事してないのに……勝手なんだからー」
あたしは、眉間にシワを寄せながらぼやいた。