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「っ!?」


ユウリは驚きのあまり声も出せず、ラーサーを見上げた。




「……ユウリッ!?」


ラーサーは組み敷いた相手の姿を認めると押さえつけていた腕の力を弱くした。




「す、すまない……てっきり、侵入者かと思って……」


ラーサーはばつが悪そうに言った。




「あ……いえ……」


ユウリは瞠目し、そう答えるのがやっとだった。




すると、ラーサーとユウリの間に微妙な空気が流れる中、不意にドアの方から声が聞こえた。


「あはは、またやっちゃった?」




「……エマ」


ラーサーはユウリを襲っているかのように見える状況を驚く事もなく、


部屋の入口で笑い飛ばしているエマに視線を向け、


マズいところを見られたといった風に顔を顰めた。




「こんな守りの堅いお城に侵入者なんてそうそういる訳ないのにね?」


エマはクスクスと笑いながら部屋の中に入って来た。




「常に警戒心を持っておくのは騎士として当然だろう?」


ラーサーはそう言うと、ユウリの体を引き上げた。




「だからって、毎回“侵入者”に間違えられるこっちの身にもなってよね?」




「……すまん……て、ところで何か用か?」




「あー、ルイが『ラーサー様、まだ昼食を摂ってらっしゃらないけれどお忙しいのかしら?』って


 心配してたから、様子を見に来たの」




ルイとは、密かにラーサーに想いを寄せている食堂で給仕係をしている女の子だ。




「そうか」




「こんな時間に寝てたって事は、どうせまた昨夜も討伐の報告書を明け方まで書いてたんでしょ?」




「ん、まぁな」




「副団長様も大変ねぇー。あ、そうだユウリ、ルイがパンケーキ焼いたから


 一緒にお茶しましょうって言ってたよ」




「あ、はい」


ユウリはエマにそう言われ、ハッとし、


「あ、あの……クレマン様からラーサー様にお渡しするよう書類を預かったんです。


 デスクの上に置いておきましたので宜しくお願いします」


と、言い残してエマと食堂に向かった。






「びっくりしたでしょ? さっき」


ラーサーの部屋を出た後、エマが苦笑いをしながら言った。




「は、はい」




「あれ、いつもの事なのよ。ぐっすり熟睡してると思ってても少しの物音とか、


 体に触れられると目が覚めちゃうみたい」


エマはまるでそんな事にはもう慣れたかのように言った。




「じゃあ、ラーサー様っていつも眠りが浅いのですか?」




「うん、でも本人はそれで十分疲れが取れてるって言うから不思議よねー?」


エマはクスクスと笑った。




「ところで、ユウリのご両親のお墓って何処にあるの?」




「前に住んでいた丸太小屋の近くにあります」




「それなら明日、アントレア皇国にラーサーと一緒に両親のお墓参りに行くから


 ユウリも一緒に行こう?」




「はい……エマさんもご両親を亡くされているのですか?」




「うん、私もだけどラーサーもよ」




「え? ラーサー様も?」




「私とラーサーはね、元々アントレア皇国の城下町で暮らしていたの。


 家が隣同士で、所謂幼馴染みってやつ。


 でも……私が九歳でラーサーが十歳の時に、私達の家の周辺が窃盗団に襲われてね、


 その時に二人とも両親を亡くしたの。


 それで、討伐援護で駆けつけた王立騎士団の方々に私とラーサーは助けて頂いて……、


 それからはずっと二人共お城の中。


 半年に一度、二人でアントレア皇国にお墓参りに戻っているのよ」




「そうだったんですか……」


ユウリはラーサーとの関係をエマから聞き、やはり二人はお互いを


特別扱いしているのだと感じたと同時に、自分と同じ様に両親を一度に失った


辛い経験をしている事に驚いた。


普段の二人はそんな事など微塵も感じさせないからだ。






     ◆  ◆  ◆






――翌朝、早朝。




いつものように宮廷庭師に墓に供える為の花束を作って貰い、


ラーサーとユウリ、エマの三人とジョルジュは馬車でアントレア皇国へ出掛けた。






そして、出発から三時間近くが経った頃――、


馬車は小高い丘の上に到着した。


アントレア皇国の城下町が一望出来る風通しの良い場所、そこにエマの両親と


ラーサーの両親の墓が並んでいた。




ラーサーとエマはそれぞれの墓に花束を手向け、静かに跪いて祈りを捧げた。


ユウリとジョルジュも二人の横に並び、祈りを捧げる。




「……っ」


その時、ユウリはラーサーの表情に一瞬、ハッとした。




(ラーサー様のこんな表情……初めて見た……)


人前では決して見せる事のない表情……それはとても哀しそうで、


まるで両親が亡くなった時の事を思い出しているかのようだった。




ユウリはそんなラーサーの横顔を黙ったまま見つめていた――。






そして、再び馬車で一時間程ランディール方面に戻ると、


ユウリが一ヶ月前まで住んでいた森の中に入った。




「ユウリってこんな森の奥に住んでいたの?」


森の中の道をどんどん奥へと進む中、エマが馬車の窓から見える景色を


珍しそうに眺めながら口を開いた。




「でも、奥にはすごく素敵な場所もあるんですよ?」


ユウリは苦笑いをしながら言う。


ラーサーはその“すごく素敵な場所”が何処の事なのかすぐにわかった。






ユウリの両親の墓はあの泉のすぐ傍にあった。


名もなき墓石……大きな平たい岩の周りにたくさんの色とりどりの花が咲き乱れている。


おそらくユウリが植えたのだろう。




「この泉……両親の想い出の場所だったそうです」


ユウリは花束を墓石の上にそっと置いた。




「それでここにお墓を作ったのね」




「両親はこの泉で出会ったそうなんです。


 私が幼い頃、よくその時の事を話して聞かせてくれました」


ゆっくりと跪いて胸の前で指を組み、静かに祈りを捧げるユウリ。


続いてラーサーとエマも墓の前に跪き、目を閉じて深い祈りを捧げる。




「もしかして、ユウリがさっき言ってた“すごく素敵な場所”って此処?」


エマは太陽の光で乱反射してキラキラと美しく輝いている水面を眩しそうに見つめた。




「はい」


ユウリがにっこり笑って返事をする。




(やはりな)


ラーサーは自分の中で思っていた場所とユウリが言った“すごく素敵な場所”が


同じだった事を密かに嬉しく思っていた。




「ねぇ、畔に移動してお昼を食べない?」


エマもこの場所が気に入ったらしく、ラーサーとユウリにおねだりするように言った。




「そうだな。ちょうどいい時間だし、そうしようか」


空を見上げたラーサーが太陽の位置を確認して言った。






「「頂きま~す♪」」


「「頂きます」」


三人とジョルジュは泉の畔に移動して宮廷調理師に作って貰ったお弁当を広げた。




「食後はルイが作ってくれたアップルパイがあるわよ」


そう言ってエマが美味しそうにキッシュを口に運ぶ。




「ルイさんてお菓子を作るのがお好きなんですね」


ユウリも久しぶりに帰って来た場所で摂る食事を楽しんでいる。




「唯一の楽しみみたい。意外に男性の使用人達や兵士の皆さんにも好評だから嬉しいんだって。


 それにラーサーも美味しそうに食べてくれるから♪」


エマがにやりと笑ってラーサーに視線を移す。




「何故、そこで俺が出て来るんだ?」


ルイの気持ちなどまるで知らないラーサーは不思議そうな顔をした。




「だって“憧れの副団長様”だもん♪」




「……意味がよくわからないが、確かにルイが作る菓子は俺も好きだな。


 騎士団の中にもルイの菓子ファンが大勢いるし。


 そういえば以前、遠征に出る前日の夕食の後にルイがクッキーを焼いて出してくれた時があって、


 それを道中の糖分補給にちょうどいいからってごっそり持って来た騎士が何人かいたんだが、


 あの時はそれで助かったんだ。


 長い移動で疲れて全員の士気が下がり掛けていた時に休憩でルイのクッキーを皆で分けて食べて、


 それからまた士気が戻って戦闘にも集中出来たんだ」




「じゃあ、ある意味ルイも騎士団を救ったのね」




「そうだな。だから、それからは遠征がある場合、ルイにクッキーを焼いて貰う事になったんだ。


 その代わり、表立って公表はされてはいないが、彼女は階級が一つ上がったんだよ」




「へぇ~、それは全然知らなかった。どうしてルイ、言ってくれなかったんだろ?」




「階級が上がった理由がわかったら他の使用人達までルイと同じ事をし始めるかもしれないだろ?


 それだと自分の唯一の楽しみが思うように出来なくなってしまうし、楽しくなくなる。


 それに嫉まれて苛められるかもしれないし。


 ルイは頭の回転が速い子だから公表されていないという事は、


 つまりは自分も言わない方がいいと思ったんじゃないかな?」




「そっか……」


エマはスモークチキンサンドをパクリと食べながら納得した。






そうして――、


食後のアップルパイも食べ終わり、城に向かって再び森の中を馬車で走り抜けていると、


御者が馬を止めた。




「どうした? 何かあったのか?」


ラーサーが馬車の小窓から御者に話し掛ける。




「白炎狼が……」


御者が真っ青な顔で震えながら答える。


それは森の奥深くに住んでいるはずの白銀の毛をしている大きな狼で、


その名の通り炎を吐くやっかいな動物だった。




「ユウリ、エマ、ジョルジュ、絶対に馬車から出るなよ?」


ラーサーはそう言うと馬車を降りた。




「二匹もいるのか……」


大きな白炎狼は雄とそれより一回り小さな雌の二匹いた。


一匹だけならまだなんとかなると思っていたラーサーは顔を顰めた。




「……もしもの時は、俺に構わず泉の方へ全力で逃げてくれ。


 コイツ等は水が弱点だから水辺までは追って行かないだろう」


ラーサーは何か覚悟を決めたように鞘から剣を抜きながら御者に言った。




「ラ、ラーサー様っ?」




「迷っていると全員が命を落とすぞ! もしもの時はユウリ達の事を頼む!」


ラーサーがこんな事を言うのは初めてだった。




“今回は大切な人を守り切れないかもしれない”




そんな気がしたのだ。




ラーサーはゆっくりと剣を構えながら二匹の白炎狼に近付いて行った。


なるべく馬車から離すようにじりじりと。


ラーサーに警戒し、少しずつ後退りをする白炎狼。




そして、三メートル程後退りしたところで雄の白炎狼が威嚇するかのように紅の炎を口から吐いた。


ラーサーは素早く盾で避けた。


だが熱風が彼の前髪を揺らし、その炎の威力を窺わせる。


普通の人間がまともに喰らってしまうと忽ち大火傷を負うだろう。




「く……っ」


ラーサーはギリッと唇を噛み締めた。


ただの狼ならこんな風に斬り込むタイミングを迷ったりはしない。


しかし、相手は白炎狼でしかも二匹だ。


小さい方の雌でも大きさからして短剣を投げつけた位では仕留められそうにない。


それでも身動きが出来なくなる程の深手を負わせる事が出来れば多少は楽にはなるが、


もしもそうでない場合……と、ラーサーが考えを巡らせていると今度は雌の白炎狼が炎を吐き出し、


続けて雄の白炎狼も先程よりも激しく紅蓮の炎を浴びせるかのように吐き掛けてきた。




「っ!?」


ラーサーは思わず後ろに飛んで避けた。


せっかく離した馬車との距離が縮まってしまった。




(……これ以上後ろには下がれないな)


かと言って、白炎狼達もラーサーが斬り掛かったところで引かないだろう。


寧ろ、唸り声を上げて今にも飛び掛ってきそうな雰囲気だ。




(どの道、引き下がる事が出来ないんだ……それなら……っ)


ラーサーは意を決し、グッと剣を持つ手に力を込めた。

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