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「どうしてだ?」


ラーサーはユウリの口から出た言葉に驚く様子もなく優しい口調で訊き返した。




「何も出来なかったからです……。アドルフ様に今日は無理しなくていいって言われて、


 安心して……少しは落ち着いて戦う事が出来ると思っていました……。


 でも、いざ戦闘になったら頭の中が真っ白になって……何も考えられなくなって、


 足がすくんで……。


 結局、何も出来なかったどころかラーサー様やアドルフ様……、


 みんなの足手纏いにしかならなかった……」




「……ちゃんと解毒や治療してくれてたじゃないか」




「あんなのは……」




「俺なんて、今日の君どころじゃなかったんだぞ?」




「……?」


ユウリはラーサーの言葉に首を捻った。




「俺が十歳の時に城に入ったのは前に話したよな?」




「はい」




「俺は城に入ってから騎士になる為に厳しい訓練をずっと積んできた。


 だから初めて戦闘に出る事がわかった時もまったく怖いとは思わなかったし、


 緊張もしていなかった。


 けれど、いざ戦いの場に立ってみると手は震えるし足もすくんで


 まったく動く事が出来なかったんだ……で、そのままバタン……てね。


 気が付いた時には自分のベッドの上だったよ」




「ラーサー様が……?」




「意外か?」




「はい……だって、あんなに堂々と騎士団の皆様を引っ張っていってらっしゃるし、


 誰よりもお強いし」




「ははは、それは買い被り過ぎだよ」


ラーサーはそう言って笑い飛ばすと、


「今だってそうさ……戦いの場には慣れたけれど、やっぱり平気じゃいられない」


と、続けた。




「……」


ユウリはそんなラーサーの横顔をただ見つめた。




「だから、今日の君なんてまだ役に立っていた方だぞ?」


そう言って少し照れ臭そうに笑うラーサー。




「それに……最初から無理に役に立とうなんて思わなくていい。


 大切なのは強くなりたいって言う気持ちと、日々の訓練。


 後は精一杯の努力で自分のペースで皆に追い付くよう力をつけて行けばいいんだ」




「……はい」




「なーんて……、ちょっと格好良い事を言ってみたけど、


 実は俺がクレマン様に言われた言葉なんだ」




「クレマン様に?」




「あぁ……初めての討伐が自分がぶっ倒れて気を失っている間にすっかり終わって、


 すっごく落ち込んでる時にさ、当時、副団長だったクレマン様が


 まだペーぺーの俺に声を掛けてくれたんだ。


 すごく嬉しくて、涙がボロボロ溢れてきて……。


 俺もいつか絶対クレマン様みたいな騎士になるんだって、思った」




「……」


ユウリは当時の事を思い出しているであろうラーサーの横顔を黙ったまま、じっと見つめていた。






しばらくの沈黙の後、ユウリは再び口を開いた。


「あの……ラーサー様は、どうして騎士になろうと思われたのですか?」




「大切な人達を守る為」


ラーサーはユウリの問いに迷う事無く即答した。




「大切な人達……?」




「あぁ。国王様や王妃様、シェーナ姫様……それに城の皆や、城下町の人々……全て」




「大切な人がたくさんいるんですね?」


ユウリはクスッと笑った。




「あぁ。俺を支えてくれている人達、全員。


 その人達を少しでも俺の手で守る事が出来ればって、思ったから。


 ……だから、簡単に“殺られる”訳にはいかないんだ」




「……」




「こっちが隙を見せれば容赦なく相手は斬り込んで来て簡単に殺られてしまう。


 だから俺は大切な人達を守る為に“殺られる前に殺る”って、考える事にしたんだ」




「“殺られる前に殺る”……」




「言葉は悪いけどな」


ラーサーはユウリの顔をちらりと見るとククッと苦笑いをした。




「……でも……そうですね……、そのくらいの気持ちでいないと駄目なんですね……」


ユウリはラーサーの言葉を深く受け止め、静かに頷いた。




「ところで、ラーサー様はこんな時間までお仕事ですか?」


ユウリは討伐で疲れている筈のラーサーが後少しで日付が変わろうとしている時間まで


起きている事を少し不思議に思った。




「あぁ。さっきまでクレマン様達と一緒に今日の討伐について話していたんだ」




「こんな遅くまでですか?」




「うん、今日はクレマン様と俺の部隊に分かれて行ったからお互いの部隊の報告会をね。


 山賊達の人数や構成、どんな魔法を使っていたか、後はこちらの怪我人の程度とか」


ラーサーはユウリにまるで疲れている素振りも見せないでいる。




「そんな事よりユウリ……」




「はい?」




「もしかして、バルコニーから飛び下りたのか?」


ラーサーはユウリが本来の姿をしている事と、そして此処がユウリの部屋の真下に位置する事、


ユウリの部屋を見上げ、バルコニーの扉が開けっ放しになっているのが見えたのか苦笑いした。




ちなみに、ジョルジュは気を遣ってか、いつの間にか部屋の中へと戻っていた。




「あ……はい……」




ラーサーはユウリが恥ずかしそうに返事をすると、


「お転婆さん、早く寝ないと肌が荒れても知らないぞ?」


笑いながら彼女の頭を撫でた。




「今日は初めての戦闘で気疲れもしているだろう。


 ゆっくり休んでまた明日、元気な顔を見せてくれ」


だが、ラーサーはユウリの事を本当に心配していた。


頭を撫でていた彼の温かくて大きな手がユウリの頬を包み込む。




「はい」




「おやすみ」


ラーサーはユウリに柔らかい笑みを向けて踵を返した――。






     ◆  ◆  ◆






――翌朝。




ユウリはセシルと共に朝食を摂った後、図書室に向かった。


昨日の山賊達が使っていた魔法を調べる為だ。


窓際の閲覧席に座り、それぞれ魔道書を片手に調べていると窓からラーサーの姿が見えた。


騎士達が剣や弓の練習をする訓練場で仲間の騎士達と共に汗を流している。




「そういえば、ユウリ」


セシルはちらりとラーサーに目をやった後、周りに聞こえないように小声でユウリに話し掛けた。




「?」




「ラーサー様と話したの?」




「え?」




「なんか元気出たみたいだから」


セシルはユウリににやりと笑って見せた。




「え……別に……」


ユウリはセシルから目を逸らしながら俯いた。




「ふーん? 昨夜は食事もしないで部屋に戻っちゃったのに今朝はいつも通り食べてたし、


 ラーサー様もユウリの事をすごく心配してらしたから元気を貰ったのかと思ってたけど?」


セシルはユウリの顔を覗き込んだ。




「で、でも……大した事じゃ、ないから……」




「あ、やっぱり話したんだ?」




「え……いや、あ……うん」




「ユウリってわかりやすいねー」


セシルはクスクスと笑った。




彼女達がそんな会話をしているとはまるで思ってもいないラーサーは、


汗をかきながら真剣な顔で剣を振っている。


ユウリはそんな彼の姿をじっと見つめていた。




ラーサーは誰よりも強い。


王立騎士団の中でも……いや、きっと他国の騎士達よりも。


しかし、ラーサーは毎日の訓練を怠らない。


それは剣だけではなく、弓や槍、体術、格闘術、魔術に関してもだ。


全てにおいていつも真剣に取り組んでいるのだ。




「ラーサー様って、ゆっくりなさる事はあるのかしら?」


ユウリと同じ様に窓からラーサーの姿を眺めていたセシルが口を開いた。




「だって、何をやるにも真剣にやってらっしゃるじゃない?


 疲れた顔も辛い顔もみんなの前で見せないし」




「そうね……」




確かにラーサーは人前で疲れた表情や素振りを見せない。


仲間の騎士達と楽しそうに談笑する事はあっても“哀しい”、


“辛い”と言った感情は表には出さないのだ。




「副団長様ともなると、そういうのは部下の前で見せられないのかもね。


 あんなお若いうちから偉くなるのも大変……」


セシルは苦笑いした。




ユウリは改めてラーサーが凄い人物なのだという事を感じた。


それはただ強いだけで副団長をやってのけている訳ではないという事。


初めての戦闘での失敗からここまでになる為に一体どれ程の努力が必要だったか……。




「……」


ユウリは窓から見えるラーサーの姿をもう一度だけ見ると、魔道書へと目線を戻した。




今はただ強くなる事を考えよう……。




そう思ったのだ――。






     ◆  ◆  ◆






そうして昼過ぎ――、


ユウリが自室に向かって廊下を歩いていると騎士団長のクレマンに呼び止められた。




「ユウリ、すまないがこれをラーサーに渡してくれないか?」


クレマンはユウリに何かの書類を手渡した。




「今、自室にいる筈だから、宜しく頼むよ」




「はい、わかりました」


ユウリはクレマンから書類を受け取るとラーサーの部屋へと向かった。






……コンコン。




ユウリはラーサーの部屋のドアをノックした。


しかし、中からは何も反応がない。




(クレマン様はお部屋にいる筈だと仰っていたのに……)


「ラーサー様?」


ユウリは部屋の中に向かって呼び掛けてみた。


だが、何も反応がない。




「失礼しまーす……」


ユウリは小さな声で言いながらドアを開けた。


仕方なく書類を置いて行こうと部屋の中に入ると、ベッドの中で眠っているラーサーがいた。




ラーサーの部屋はユウリの部屋と同じ造りになっている。


それでも同じ部屋だとはまったく感じられないのは揃えられている家具等が


ユウリの部屋にある女の子らしい物ではなく、ラーサーのイメージにぴったりな


シンプルでシックな物ばかりだからだろう。




ユウリはなるべく音を立てないようにデスクに近付いた。


たくさんの書類や本が積み上げられている机上にクレマンから預かった書類を置いて、


再びラーサーの方に視線を向ける。




(綺麗な寝顔……)


初めて見るラーサーの寝顔。


その美しさに思わずドキリとした。


長い睫毛と少しだけ開いた唇からは小さく寝息が聞こえている。




「……う、ん……」


寝顔に見惚れていると、ラーサーが寝返りを打って体に掛かっていたシーツがはだけた。




ユウリはシーツを掛け直そうとベッドに近付いた。


そして、ラーサーの体にシーツを掛けようとした瞬間――、




てっきり眠っていると思っていたラーサーが素早くユウリの手首を掴み、組み敷いた。

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