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ユウリが城に来て、一ヶ月が経った――。




王立魔道士隊へ入隊したばかりの頃はまだ癒しの力しか使えず、魔力も低かったユウリだが、


魔族と有翼人の混血である彼女は元々の魔力は高く、ずっとアドルフの指導の下、


魔術だけでなく合成や調合を習い、今まで眠っていた能力を目覚めさせ、徐々に城での生活にも慣れていった。


王立魔道士隊の隊員とも仲良くなり、ラーサーもいつもユウリを気に掛けていた。






――そんなある日の昼下がり。




ユウリは図書室で魔道書を探していた。


天井から床まである本棚がずらりと等間隔に並び、その全てにびっしりと


多種多様の本や資料が並べられている。




「何の本を探しているんだ?」


ユウリは後方から聞こえた声に振り返った。




「あ……、ラーサー様。元素魔法の本を探しているのですけれど、


 なかなか見つからなくて……」


ユウリは相変わらず優しい瞳で自分を見つめているラーサーにドキリとしながら答えた。




「元素魔法か……それならこの辺じゃないか?」


ラーサーはユウリよりも身長が高い分、目線が高いからか彼女の頭より高い位置にある本を数冊手に取り、


ユウリに手渡した。




「あ、それです、ありがとうございます」


ユウリがそう言って笑みを向けるとラーサーも無言で柔らかい笑みを返した。




「ラーサー様も調べ物ですか?」


ラーサーはユウリが手にしている魔道書とは別の魔道書を手にしていた。




「あぁ、騎士団と言っても魔法に疎くては勝てる戦いも勝てなくなる場合があるからな」




「そうなのですか?」




「うん、例えば喰らってもダメージがあまりない魔法ならそのまま無視して斬り込んでいけるけど、


 相手の魔道士が致命的な魔法を詠唱している場合、そっちを先に止めないと


 こっちの態勢が崩れてしまうからな」




ユウリはラーサーの言葉を少し意外に思いながら聞いていた。




「斬りつけるだけが騎士団の仕事だと思ってた?」


ラーサーはそんなユウリの表情が可笑しかったのかククッと笑った。




二人は閲覧席に移動し、自然と同じテーブルに向かい合うように座ってそれぞれ本を読み始めた。






そうして、しばらく一緒に勉強をしていると――、


「あ、いたいた。ラーサー」


図書室のドアが開き、女の子の声が入口の方から聞こえた。


ラーサーは本から目を離し、顔を上げた。




「エマか、どうしたんだ?」




「クレマン様がラーサーの事、捜してらしたわよ?」


“エマ”と呼ばれた女の子はラーサーの目の前まで来るとそう言った。




「クレマン様が?」




「うん、なんか明日の討伐の事で打ち合わせをしたいからって」




「そうか、わかった。ありがとう」


ラーサーはエマにそう言って静かに立ち上がると、


「そういえば、ユウリとエマはまだ面識がなかったよな? こいつはエマ。


 シェーナ様の侍女をしてるんだ。


 で、こっちはユウリ。先日、魔道士隊に入隊した魔道士だよ」


ユウリとエマをそれぞれ紹介した。




「宜しくね、ユウリ」


エマはユウリに柔らかい笑みを向けた。




「は、はい、宜しくお願いします」


ユウリはエマがラーサーの事を呼び捨てにしているが気になり、とりあえず笑顔を作った。




(ラーサー様の事を呼び捨てに出来る立場の方って……それに、ラーサー様も


 さっきエマさんの事を“こいつ”って言っていたし……)




彼の隣に並び、とても親しそうなエマ。


そんな二人の姿にユウリは胸を押さえた――。






「彼女、可愛らしい子ね」


ラーサーと共に図書室を出たエマが少し歩いた所で口を開いた。




「ん?」




「有翼人と魔族の混血って聞いてたからどんな子かと思ったら、意外に普通だったし」




「あぁ……普段は魔力で普通の格好をしているからな」




「へぇー、そうなんだ?」




「……」




「……」




「……ユウリと、仲良くしてやってくれ」


しばしの沈黙の後、ラーサーはピタリと足を止めてエマの方へと向き直った。




「うん……わかってる」


エマは真剣な顔つきで言ったラーサーに少しだけ笑みを返しながら答えた。






     ◆  ◆  ◆






――翌日、王立騎士団は討伐へ出る事になっていた。




そして、王立魔道士隊からはユウリとアドルフの他、数名がその討伐へついて行く事になった。




団長のクレマンが率いる部隊と副団長であるラーサーが率いる部隊の二手に分かれていく。


ユウリはアドルフと他二名の魔道士と共にラーサーの部隊に配属された。




討伐の目的は山賊退治だ。


最近、ランディール王国へ出入りする商人を襲う事件が頻発している。


その為、ランディールの城下町にあらゆる物資が入らなくなり、


国民の生活に影響が出始めていた。


今日の討伐はクレマン達はアントレア皇国方面、ラーサー達はその逆方向の


イムール共和国方面での山賊退治だった。






「ユウリ、本格的な戦闘は今回が初めてか?」


討伐へ向かう馬車の中、アドルフがユウリに訊ねた。




「はい、今まで森の中で狼や大蛇に襲われた時も空中に飛んで逃げていましたので……」




「そうか……では、今回は余裕があれば魔術を使ってなるべく援護をしながら


 後ろで皆の動きや騎士団の闘いを見ていなさい。無理はしなくていいから」




「はい、わかりました」


ユウリは正直、討伐に出る事が決まって不安に思っていた。


今まではただ逃げるだけだった。


しかし、王立魔道士隊に入隊したからにはそうはいかない。


しかも、相手は動物ではなく人間だ。


それだけにアドルフの“無理はしなくていい”と言う言葉に少し安心をした――。






     ◆  ◆  ◆






ランディール王国を出て一時間程が経過した頃――、




イムール共和国へと繋がっている道の途中、ユウリと同じ馬車に乗っていた囮の商人が


馬車から降りて先頭を歩き始めた。


“商人”と言っても、もちろん騎士の一人がそれらしい格好をしているだけだが。




ラーサー達騎士団と魔道士隊は山賊達に気付かれないよう


その少し後方をゆっくりと追い始めた。




そして――、




しばらく歩いて、山賊達が出現するというポイントまで来た。


左右は林に囲まれている上、周りには何もない。


人を襲うには持って来いの場所だ。




ラーサーは前を歩く囮の更に先の方へ神経を集中させた。


すると案の定、山賊達が武器を片手に森の中からわらわらと姿を現した。




「来たぞ!」


馬に乗っているラーサー達騎士団はすぐ様馬を走らせ、山賊達が逃げないよう取り囲んだ。


完全に逃げ道を塞がれた山賊達。


次々と馬から降りて剣を構える騎士団。


王立魔道士隊も馬車から降りると素早く騎士団の後ろへ就き、ユウリもまたアドルフの傍に就いた。




山賊達は顔を歪ませながら抜刀して騎士団へ向けた。




程無くして先手を取ったラーサーが山賊達に斬り掛かり、他の騎士達もその後に続くと


剣と剣がぶつかり合う金属音が聞こえ始めた。




ユウリはその金属音が響く中、ある光景を思い出していた――。




それは自分が十歳になったばかりの頃に起こった出来事……魔族が自分達家族を襲った時の事だった。




鳴り響く金属音……




流れる血……




叫び声……




そして、魔法が発動する瞬間の閃光……




それらがユウリの忘れかけていた記憶を呼び覚まし、フラッシュバックしたのだ。




「ユウリ、どうした?」


アドルフはユウリの様子がおかしい事に気が付き、声を掛けた。




ユウリは真っ青な顔でその場に立ち尽くした。




段々と頭の中が靄がかかったようになり、意識が遠のいていく……、




「……ユウリッ!」


ラーサーの叫び声が聞こえ、ユウリはハッとした。


気が付くとラーサーがユウリの前に立ち、盾のごとく斬り掛かって来た山賊からユウリを庇っていた。




「ユウリ、下がるんだ!」


ラーサーは山賊に剣を振り下ろしながら言った。




そしてアドルフが素早くユウリを後ろに退かせ、


次から次へとラーサーに斬り掛かって来る山賊に向け、火の魔術を放った。


そのおかげでユウリは無傷で済み、ラーサーはまた前へ前へと攻め進んで行った。




「ユウリ、あっちにいる騎士達が毒を喰らったらしい、解毒してやってくれ」


まだこの状況についていけないでいるユウリにアドルフは詠唱の合い間に指示を出した。




「は、はいっ」


その言葉にユウリはなんとか反応し、毒に侵された騎士達を解毒していき、


怪我をしている騎士達を癒しの力で治していった。






やがて……、




王立騎士団と王立魔道士隊の圧倒的な戦力の前に山賊達は倒れた――。






     ◆  ◆  ◆






城に戻ると、ユウリはろくに食事も摂らないまま自分の部屋へと戻り、


ベッドの中へ倒れ込むように寝転んで目を閉じた――。




しかし眠気などはなく、寧ろ先程までの光景を思い出してなかなか寝付けないでいた。




戦闘に出ても結局、大した事も出来ずにいた……。


みんなの足を引っ張ってしまったんじゃないだろうか?


王立魔道士隊に入ったのはやはり間違いではなかったのか?




そんな思いがずっと頭から離れない。




「……」




「ユウリ様……?」


ベッドから体を起こしたユウリにジョルジュが小さな声で話し掛けた。


初めての討伐から帰って来たユウリの様子が気になってまだ起きていたようだ。




「眠れないのですか?」




「……うん」


ユウリは溜め息を一つ吐き、バルコニーに出た。


そして、其処から翼を広げ、下にある庭園へと下り立つとゆっくりと空を見上げた。


夜空には雲一つなく、綺麗な満月がぽっかりと浮かんでいる。


ジョルジュはバルコニーの手摺りに下り立ち、其処からユウリの様子を見守っていた。






「……ユウリ?」


しばらく夜空を眺めていると背後からラーサーの声がした。




「どうしたんだ? こんな時間にこんな所で」


ラーサーは柔らかい笑みを浮かべながらユウリに近付いた。




「……」


しかし、ユウリは振り向く事もせず、無言で俯いた。




「討伐から戻って来てからずっと部屋に篭りっきりだってセシル達も心配していたぞ?」


ラーサーはユウリの様子が気になって王立魔道士隊の一員で


彼女と仲の良い有翼人のセシルに訊ねていたのだ。




「……」




「……」


ラーサーはユウリが口を開くのを待った。






そして、しばらくの沈黙の後、ゆっくりとユウリは話し始めた。


「私……やっぱり、森にいた方が良かったのかもしれません……」

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