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「だけど……『マティウススピア』と一緒に『ベヒーモスアックス』が出て来たって事は、
セシルと同じ様に『土の力の継承者』が何処かに現れているのかしら?」
そう口を開いたのはセシリアだった。
「そういえば、君は以前、『継承者となる資格を持つ人間が現れれば必然的にその武器を引き寄せ、
継承者の手元に返るはずだ』って言ってたよな?」
ラーサーは以前セシリアが言っていた事を思い出した。
「えぇ、リュファスがこの『マティウススピア』と『ベヒーモスアックス』を
最近になってマイヨール城に隠したのはセシルが引き寄せたと考えられるけれど……、
『ベヒーモスアックス』も一緒に出て来たって事は……」
セシリアが口元に手を当てて考える。
「……イルさん」
すると、ずっと黙って考え込んでいたユウリが口を開いた。
「ん? イル? イルってあの白炎狼を退治した時に出会ったイル=オーガの事か?」
ラーサーがユウリに視線を移す。
「はい、確かイルさんのご家族も魔族に襲われたって仰っていませんでしたっけ?」
「……そういえばっ」
ラーサーはイルが話していた事を思い出した。
「そのイル=オーガというのはどういった人物なの?」
セシリアはラーサーとユウリに視線を移した。
「歳は三十過ぎくらいの農家の男で、その男も祖父と祖母、それに父親を彼が生まれる前なんだが
魔族に殺されていると言っていた。
だから約三十年前の話だが……」
「可能性がない訳ではないわね。
私達の祖父と祖母が暗殺された時も、その頃から食事に毒を盛ってじわじわと弱らせていたらしいから」
「リュファスにしては、やり口が慎重だな?」
「最初の頃はそれなりに慎重に事を進めていたらしいから、レッドキャッスルの中では
一気に殺すなんて事はしなかったみたいだけど、『ベヒーモスアックス』の在り処がわかって
相手が人間となると手っ取り早く殺して奪ったとも考えられるわ。
それに、三十年前と言ったらリュファスも精々十歳くらいだから、多分元々クーデターを企てたのは別の人物ね。
だけどリュファスが計画に加わったところで彼に殺されたか、クーデターが起こった時に
王室派に殺されたかのどちらかだと思うわ」
「なるほど……それじゃあ、俺があの時イルに出会ったのも出会うべくして出会ったのかな?」
「そうかもしれないわね。
とにかくそのイルという男性に会いに行きましょう」
◆ ◆ ◆
「あんれぇっ? ラーサー様っ!?」
ラーサーとユウリ、セシリア、クレマンとアドルフの五人は転移魔法でイルの家へ赴いた。
だが、姿は“人間”に変えていた。
突然、魔族の姿で現れて驚かせてはいけないと思ったからだ。
「イル、お母上と少し話がしたいのだが……」
「お袋とですか?」
「それと、お前にも訊きたい事があるんだ」
「何かあったんですか?」
「あぁ、ちょっと確認したい事があってな」
「まぁまぁ、せっかくお越しになったんですから、狭くて汚い所ですけど、どうぞ」
イルはそう言うとラーサー達を家の中へと案内した。
「まあっ!? ラーサー様っ?」
イルの母親とは以前、白炎狼の一件で手助けをした時に顔を合わせていた。
「久しぶりだな、変わりはないか?」
ラーサーが優しく声を掛ける。
「はい、あれからラーサー様やお城の皆様にも良くして頂いたお蔭で私達家族だけでなく、
この地区の農家は皆、畑を捨てずに済みました」
年老いた彼女はキツイ畑仕事からは引退し、幼い子供たち三人と双子の計五人の子供の面倒を見ている。
「今日は訊きたい事があって来たのだが……」
「はい、なんでしょう?」
ラーサーの言葉に首を傾げたイルの母親。
「まず、この斧に見覚えはないか?」
ラーサーは『ベヒーモスアックス』をイルの母親とイルの目の前に置いた。
「綺麗な斧だなぁ~♪」
そう言って何気なく斧に触れたイル。
その瞬間――、
「……え?」
斧が黄色い光を放ち始めた。
イルは思わず声を発した。
「光った……」
イルは自分の手の中で光を放っている斧に驚いた。
それとは対象的にまるでそれを予測していたかのような表情のラーサー達。
「イル……もしや、お前の家系は代々何処かの地を治めていた王族ではないのか?」
ラーサーはイルとその母親に訊ねた。
「へっ? 俺の家が? まっさかぁ~っ、俺の家は代々農家ですよ?」
イルはそんな事ある訳がないじゃないかと言う顔で笑った。
「そうか……」
ラーサーが見当外れだったのかと思ったその時――、
「……確かにうちは代々農家です。此処に来る前からずっと」
そう口を開いたのはイルの母親だった。
「え? お袋? “此処に来る前”って……俺の家はずっとこの土地で農家をしていたんじゃないのか?」
「実は……うちのお義父さんは此処に来る前はある山村で村長をやっていたの」
「祖父さんがっ!?」
驚くイル。
「私が夫と結婚して五年程経った頃の話です……酷い嵐の晩、土砂崩れが起きて家も畑も全部流されて……、
うちだけじゃありません、山村毎全て……」
「……そんな話、初めて聞いた」
イルは眉根を寄せた。
「お義父さん……お祖父さんがねぇ、『山村が流されてしまったのは自分が“土の力の継承者”でありながら
土砂崩れを止める事が出来なかったからだ』って、ずっとご自分をお責めになって……」
「“土の力の継承者”? なんだそりゃ?」
「お前が今、手にしているその斧……それは『ベヒーモスアックス』と言ってね、
土の神獣・ベヒーモスが召喚出来るんだよ」
「ベ、ベヒ……?」
イルは母親の話にポカンとした。
「お祖父さんがベヒーモスを召喚しようとした時……お前のお姉ちゃんがまだ家の中にいる事に気が付いてね」
「俺のお姉ちゃん?」
「実はね、お前の上には姉が一人いたんだよ。
でも……その子も土砂崩れに飲み込まれて死んでしまった……。
お祖父さん、ベヒーモスを召喚するよりも先にお姉ちゃんを助けるって言って……だけど、
間に合わなかった……っ」
イルの母親はとても辛そうに声を詰まらせた。
「……土砂崩れで何もかも流されて……山村を捨てて、なるべく離れた土地に行こうって言って、
生き残った村人達と此処に移り住んで……。
だけど、それからはみんな山村の事もお姉ちゃんの事も口にしなくなった。
口にすれば、お祖父さんが気にするから……」
「俺……何も知らなかった……」
「お前は何も知らなくていいと思ったんだよ……ただでさえ魔族に家族を殺されてる……、
だからこれ以上、辛い事実は聞かせたくなかった……」
「お袋……」
「魔族に襲われた後、しばらくして『ベヒーモスアックス』が無くなってる事に気が付いた時、
何故うちが襲われたのかがやっとわかった……。
でも、よかった……お前にも『土の力の継承者』の血が流れていたんだね……」
「だ、だけど……っ、魔族達がこの斧を奪う為に祖父さん達を殺したんなら……、
また奪いに来るんじゃ……?」
イルは怯えたように言った。
「その心配はない」
そう口を開いたのはクレマンだった。
「その魔族達ならラーサーとユウリ、セシリアと此処にはいないが他二名の協力を得て全て倒した」
「「えぇっ!?」」
驚きの声を上げるイルとその母親。
「魔族に勝てるなんて……ラ、ラーサー様は一体……?
あれ? それにユウリさん、今日は人間になってる……」
イルは不思議そうな顔でラーサーとユウリの顔を交互に見た。
「実はな、イル……」
ラーサーはゆっくりとリュファスの一件について話し始めた――。
◆ ◆ ◆
――三ヵ月後。
「ユウリ、準備は出来ていて?」
『有翼人の森』の城の中――、
ユウリの部屋にノックの音が響き、声が聞こえた。
「はい」
ユウリはその声に応えた。
「入るわよ?」
そう言ってゆっくりとドアを開けて部屋に入って来た人物にユウリは鏡越しに微笑みかけた。
「わぁーっ、とっても綺麗っ♪」
部屋に入って来た人物・セシリアはそう言うと両手の指を胸の前で組んで感嘆の声を上げ、
「ふふっ、ラーサーが惚れ直すかもね?」
柔らかい笑みをユウリに向けた。
「え……」
顔を赤らめたユウリは純白のウェディングドレスを身に纏っていた。
ラーサーと共に魔界に行ってから三ヶ月。
この日、晴れて二人は婚礼の儀を迎える事となったのだ。
儀式が行われるのは『有翼人の森』――。
城の庭園には既に大勢の列席者達が集まっていた。
シジスモンやセオドア、ジョルジュはもちろん、『有翼人の森』の皆や
マイヨール城の新米女王・セシル、レッドキャッスルからは『龍将』の面々、
ランディール城からも国王と王妃、シェーナ王女や王立騎士団団長のクレマン、
王立魔道士隊隊長のアドルフ、副隊長のミシェルやエマとルイも列席し、
本来ならば魔界で行われるはずだった。
しかし、魔界には火山ガスが充満している。
火の耐性が皆無の有翼人や人間が魔界に長時間滞在する事は不可能だ。
その為、ユウリの花嫁姿をどうしてもシジスモンや、有翼人達、セシル、ランディール城の皆にも
見て貰いたいというラーサーの意向で『有翼人の森』で婚礼の儀式を行う事になったのだ。
そして、魔族の王・ラーサーとその妻となるユウリの婚礼の儀は魔族と有翼人、
そして人間の三種族が『有翼人の森』に集まるというこれまでに例を見ないものとなった。
「さぁ、そろそろ時間よ。行きましょう」
セシリアはそう言うとそっと右手をユウリに差し出した。
「はい」
ユウリはその掌に自分の掌を重ね、ゆっくりと立ち上がった。
◆ ◆ ◆
庭園には柔らかい光が降り注ぎ、吹き抜ける風はまるでラーサーとユウリの結婚を
祝福するかのように優しく木々を揺らしていた。
石畳の上に敷き詰められた色取り取りの花びらのヴァージンロード。
その先には白い礼装用のフロックコートを来たラーサーが立っている。
やがて――、
婚礼の儀の始まりを告げる城の鐘が鳴り響くと庭園は静まり返り、シジスモンと共に
ヴァージンロードに足を踏み入れたユウリのウェディングドレス姿に皆感嘆の声を漏らした。
十メートル以上ある長いベール、ふんわりとしたタッキングのプリンセスラインの純白のドレス。
その胸元の部分には細かい刺繍が丁寧に施してある。
そして、最高級のダイヤがあしらわれた繊細な装飾のイヤリングとネックレスは
どれもこの日の為に創られた物だった。
ストレートの銀髪を軽く巻いて緩いウェーブにした髪は淡い色の小さな花で飾られた
細かい編み込みの夜会巻きでユウリ自身、身に着けているどんなアクセサリーよりも輝いて見えた。
長い、長いヴァージンロード。
それはまるでラーサーとユウリが出会ってから結ばれる今日までの長い道のりのようだった――。
「ユウリ、とっても綺麗……」
「うん……」
エマとセシルはヴァージンロードを歩くユウリに見惚れていた。
「ラーサー様、素敵……」
「ルイったら、ラーサーが結婚するからてっきり落ち込んでるかと思ってたけど
全然そんな事ないみたいね?」
そして隣でうっとりとラーサーに見惚れているルイにエマが笑いながら言った。
「そりゃ私だって出来る事ならラーサー様と結婚したかったけど相手がユウリじゃとても勝ち目はないし、
それにこれからも時々、お二人でランディール城に遊びに来て下さるって仰っていたから♪」
「確かに遊びに来るかどうかはともかく、半年に一度、私とお墓参りに行くのは今まで通りだしね」
「でも、ラーサー様は転移魔法が使えるのでしょう?
だったら、毎日でも来て欲しいなぁー……」
ルイはそう言うと再びラーサーを熱く見つめた。
「そうはいかないわよ。ラーサー様は以前と違って魔王になられたのだし、ご公務がお忙しいから無理よ」
そんなルイにセシルは苦笑いをした。
シジスモンにエスコートされ、ようやくラーサーの元へと辿り着いたユウリの澄んだ瞳からは涙が溢れた。
ラーサーはその涙をそっと親指で拭うと自分の左腕にユウリの右腕を通させた。
婚礼の儀は『龍将』の纏め役であるカロンの立会いの下、誓約が交わされ、
ラーサーとユウリの薬指にそれぞれ指輪がはめられた。
そうして魔族と有翼人、人間の三種族が見守る中、二人は正式に夫婦となった――。
「あ~ん、ラーサー様とユウリがぁ……キスしちゃう~っ」
カロンの結婚宣言の後、ラーサーとユウリが手と手を取り、向き合った。
ルイは次に何が行われるのか予測出来ていたかのように両手で顔を覆った。
しかし、指の間からしっかり二人を見ている。
ルイの予想通り、ラーサーがユウリの顔を覆っているベールを上げて左手をそっとユウリの頬に当てると
それに応える様にユウリは顔を上げてラーサーと視線を絡ませた。
ゆっくりと目を閉じるユウリ。
その唇にラーサーは少し身を屈めて自分の唇を重ねた。
「……愛してる」
そして唇を離した瞬間、ユウリにしか聞こえないように囁いた――。