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催眠術はセシル本人が一番リラックス出来る場所・彼女の部屋で行われる事になった。




セシルはいつも自分が座っているソファーに腰を下ろした。




「では、始めよう」


アドルフは静かにセシルの目の前に腰を下ろした。




「はい」


少し緊張している様子のセシル。




ラーサー達は二人から少し離れた場所で彼女の様子を見守っている。




「セシル、ゆっくり目を閉じて……体の力を抜いて」


アドルフがセシルに手を翳し、催眠へ誘導する。


セシルは言われたとおり目を閉じると、ソファーの背凭れに体を預けた。




「じゃあ、次は頭の中を空っぽにしてみよう……今、目の前が真っ暗だ」




「はい……」




「でも、真ん中に白い点が一つだけ見えて来た。


 そして、それは段々……段々ゆっくりと大きくなって来た……」




「……はい」




「真っ白い点が大きくなるにつれて君は眠くなっていくよ……」






「……」


やがて彼女は深い催眠状態に入った。




「セシル、君は今何歳かな?」


アドルフが優しい口調で訊ねる。




「……十九歳です」


いつも通りの口調で答えるセシル。




「それじゃあ、少し昔に戻ってみようか。五年前の君は何処にいる?」


五年前というと、十四歳だ。




「えっと、ランディール城の大部屋です」




「其処で何をしているのかな?」




「……泣いています」


沈んだ表情になるセシル。




「何か悲しい事があったのかな?」




「魔族が……」




「魔族?」




「……討伐で……イムールの山林へ援軍に行った時に……魔族がいて……怖くて……」


セシルはどうやら先程アドルフが言っていた討伐での事を思い出しているようだ。




「どうして、そんなに怖かったのかな?」




「……」


無言になるセシル。


何故、其処まで魔族が怖いのかまだ自分でもわからないようだ。




「もう少し昔に戻ってみようか……では、更に五年前はどうかな? 君はいくつだい?」




「……九歳」


セシルの口調がやや幼くなる。




「何処にいるのかな?」




「お城の中……」




「何処のお城だろう?」




「……ランディール」




「誰と一緒にいるのかな?」




「エマと……後、時々ラーサー……」


ラーサーとエマ、セシルの三人は同じ年頃という事もあり、城に入ってからしばらくは同じ部屋で過ごしていた。


ただ、ラーサーだけは騎士としての訓練を既に始めていたから昼間はいつもエマと二人で勉強をしたり、


遊んだりしていたのだ。




(そういえば、あの頃はセシル……俺の事も呼び捨てにしていたんだよな……)


ラーサーは催眠に掛かっているセシルと共に昔を思い出していた。


だが、ラーサーが騎士としてどんどん功績を上げ、上へ上へと上り詰めて行く中で、


セシルのラーサーに対する態度が変わって行ったのだ。




「それじゃあ、もう少し昔に戻ってみようね」




「……うん」




「四年前はどうかな? いくつかな?」




「……ごしゃい」


舌足らずな口調で答えるセシル。




「君は今、何処にいるかな?」




「……おうちのなか……」




「君のお家は何処かな?」




「……とっても、さむいところ……」




「寒い所かぁ……お家の周りには何があるのかな?」




「……おはながいっぱい……おうまさんも……ふんすいと……」


一つ一つ幼い頃の自分が見えていた物を口にするセシル。




「おじさんたちもいっぱい……」




「どんなおじさん達かな?」




「けんをもっているの……やりをもっているおじさんもいっぱい……」




(兵士か?)


ラーサー達は皆同じ事を思い、顔を見合わせる。




「他にはどんな人がいるのかな?」




「めいどさん……」




「じゃあ、君のお父さんとお母さんは何処にいるのかな?」




「“えっけんのま”っていうところの、きれいでおっきないすにすわっているの」




「「「「「っ!?」」」」」


顔を見合わせるラーサー達。




「其処で何をしているんだろう?」




「えっとね、おとうさまとおかあさまにみんながあいにくるの」




「お父さんとお母さんは、みんなから何て呼ばれているのかな?」




「“こくおうさま”と“おうひさま”」




ラーサー達は声を出さずに驚いた表情でセシルを見つめた。




「じゃあ、君はお姫様なんだね」




「うん」




「君には兄弟はいるのかな? お兄さんとかお姉さんとか、弟や妹」




「ううん、いないよ、セシルひとり」




「……君はどうしてそのお城から出たのかな?」


アドルフは呼吸を整えて核心に触れた。




「……よる……おとうさまと、おかあさまといっしょにねんねしてたら……、


 けんをもったおじさんにおこされて……おかあさまがセシルをだっこして……」


其処まで話すとセシルは涙を流し始めた。




「……おかあさま、セシルをわいんがはいってたきばこにいれたの……それでね、


 ぜったい、こえをだしちゃだめって……、ぜったいでてきちゃだめっていったの……。


 でも、でも……セシル、おそとがきになったから、きばこのすきまからのぞいたの……。


 そしたら……そしたら……こうもりみたいなはねで……まっかなおめめの……、


 こわいおじさんたちが……おとうさまと……おかあさまを……けんでさしたの……」


とてもとても辛い記憶をセシルはポロポロと涙を流しながら語った。




「こわいおじさんたちは……いつも“えっけんのま”にかざってた“かほうのやり”を


 もっていっちゃったの……」




「それはどんな槍だったか憶えてるかな? 色とか形とか」




「いろは……ぎんいろで……あおくてすきとおってる、とってもきれいないしがついてた……」


王立騎士団が持ち帰った槍と特徴が一致している。




「お父さんとお母さんはその槍について他に何か言ってなかったかな?」




「おかあさまはそのやりで“しんじゅう”をよぶことができるっていってた……、


 セシルがもっとおっきくなったら、そのやりかたをおしえてくれるっていってた……」


セシルのその言葉でその槍がやはり『マティウススピア』なのだと一同は確信した。




「でも……こわいおじさんたちが……もっていっちゃった……もっていっちゃったから、もうないの……、


 おかあさまから、“かほうのやり”をうばって……でも、セシル、おかあさまにきばこからでちゃだめって……、


 いわれてたから、でなかったの……でも、でも、あのとき……セシルがこわいおじさんたちをおっかけてって、


 『だいじなものだからかえして』っていえばよかったの……」




「それは違うよ」


優しく諭す様にアドルフが言う。




「君はお母さんとの約束を守って木箱から出なかった……それでいいんだよ。


 君はお母さんが望むとおりの事をしたのだから」




「……おかあさま……おこってないかな……?」




「あぁ、怒っていないよ」




「おとうさま、も……?」




「うん、怒っていない。大丈夫だよ……それで、君はそれからどうしたのかな?」




「……こわいおじさんたちが、みんないなくなって……おしろのなかが、とってもしずかになって……、


 でも、おかあさまとおやくそくしたからセシル、きばこからでなかったの……そうしたら、


 ねむくなってきて……ねむっちゃったの……あさになって、ことりさんのこえでめがさめて……、


 でも、せまいきばこのなかにはいってて……、セシル、おかあさまとのおやくそくわすれてて、


 きばこからでちゃったの……。


 そしたら……おとうさまとおかあさまが……ちだらけでたおれてて……こわいおじさんたちのことを


 おもいだして……“かほうのやり”をかえしてもらおうとおもって、おそとにさがしにいったの……、


 でも……でも……こわいおじさんたち、どこにもいなくて……おなかすいて……おうちにかえりたくても、


 しらないところにいて……まいごになっちゃったの……」




「そう……辛かったね、よく頑張ったね」




「……それでね、もういっかいめがさめたら、しらないおへやにいたの……」


それはランディール城に連れて来られた時の事だ。




「セシル、“かほうのやり”さがさなきゃ……こわいおじさんたちも、やっつけるの……、


 それで、それで……っ」


セシルは堰を切ったように声を上げてわんわん泣き始めた。




「大丈夫だよ、その槍はもう君の元に戻って来たよ。


 怖いおじさんもやっつけてくれた」




「……ほんとう? だれがやっつけてくれたの……?」




「君もよく知っている男の子だよ」




「だぁれ?」




「ラーサーだよ」




「ラーサー? こわいおじさんたちとおんなじかっこうしてた、あのおとこのこ……?」




「そうだよ。でもね、彼は怖いおじさん達の仲間じゃないんだよ。


 だから、君はもう何も怖がらなくていいんだ。何も心配いらないよ」




「……うん」




「それじゃあ、ゆっくり目を開けてごらん。


 目を開けたら君はもう何も怖くはない……新しい自分だ」




アドルフに言われ、そっと目を開けるセシル。


「……私……」


その瞳からはまだ涙が溢れている。




「セシル、君が捜していた槍はこれだね?」


アドルフはセシルに『マティウススピア』を渡した。


すると彼女が手を触れた瞬間、蒼いクリスタルから蒼白い光が放たれた。




「昨夜よりも強く光っている……」


クレマンはそう言って目を見開いた。




「曖昧だった記憶が戻った事と関係があるのかもしれないな」


アドルフの言葉にクレマンも頷く。




「お父様……お母様……」


セシルはマティウススピアをじっと見つめた。


あの夜、忌まわしい事件で奪われた大切な家宝の槍。


それが今、長い年月を経て再び『力の継承者』の元に戻った。




「セシル、一国を背負うただ一人の王族の生き残りとなれば今は廃城となってしまっているが


 マイヨール城を再建する義務があろう」


そう口を開いたのはランディール王だった。




「……でも……私は……」


不安そうに俯くセシル。




「もちろん、国を再建するのは大変な事だろう。


 城を修復するにも人手がたくさんいる。


 だが、実際に討伐に同行し、城下町の様子を見て来たお前ならばわかるだろう?


 町の青年団だけではやっていけない事を。


 人手ならば我が国から派遣しよう」




「国王様っ」


セシルがハッと顔を上げる。




「無論、こちらからも出来る限りの人手を派遣する。


 そして、ジゼルと同じ様に転移魔法が使える人物を君の護衛に就けさせよう」


そう言ったのはラーサーだった。




「ラーサー様……」




「長老と町長の話では君のご両親と犠牲となった城の人間全ての遺体を運んで墓地に埋葬してくれたらしい。


 ただ、君の遺体だけがなかったから、きっとどこかで生き延びていると信じて城の宝物庫にあったという宝も


 青年団の集会所に移して管理しているらしい。


 何時君が戻って来てもいいようにね」


クレマンは優しい口調で言う。




「皆、セシルが女王として再び戻って来る事を待ち望んでいるんだよ」


ランディール王は柔らかい笑みをセシルに向けた。




「……はい」


セシルはそう返事をすると、とても穏やかな顔で笑った。


だが、その瞳には女王として新たな人生を歩んで行こうとする強い意志が感じられた――。

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