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「ラーサー様、血が……」


ラーサーの右腕からは血が流れていた。


先程兵士達に取り押さえられた時に抵抗はしなかったものの、


まだ完全に塞がっていなかった傷口が再び開いてしまったのだ。




「ん?」


ラーサーはユウリに言われ、ようやく傷口が開いている事に気が付いた。




「上着、脱いで下さい」




「あ、あぁ」




ラーサーが上着を脱ぐとシャツの袖口を捲くり、ユウリは泉の水を含ませたハンカチで


そっと血を拭き取ると癒しの力で綺麗に傷を治した。




「ありがとう、ユウリ」




「……いえ」


ユウリは小さく笑みを返した。


そしてラーサーの首元に巻かれたスカーフに気付き、


「このスカーフ……使って下さっていたのですね」


嬉しそうに微笑んだ。




それは以前、ユウリがお礼にと言ってラーサーに贈ったあのスカーフだった。


ユウリはラーサーがこのスカーフを本当に使ってくれているとは思っても見なかったのだ。




「あぁ、ずっと使っているよ」


ラーサーはそのスカーフをずっと肌身離さず使っていた。




ユウリはその言葉を聞き、驚いた顔をした。




「でも、不思議なんだ。このスカーフを着けてから呪術に掛かりにくくなった気がして……」


ラーサーがそう言うとユウリはクスッと笑い、


「それは、きっと……私がスカーフに呪いや毒の呪術を跳ね返すよう魔力を封じたからですよ」


と、言った。




「そうだったのか……全然知らなかった」


思わぬ種明かしにラーサーは苦笑いをした。




「私、ラーサー様に助けて頂いてばかりなのに何もお返し出来なくて……だから、せめて……」




「そうか……ありがとう。このスカーフには随分助けられたよ」


ラーサーは柔らかい笑みを浮かべ、ユウリを見つめた。




しかし……




「ラーサー様……もう私の事なんてお忘れになったのかと思っていました……」


ユウリは涙を浮かべていた。




「何故だ?」




「あの時、直ぐにラーサー様の傷を治して差し上げようとして……でも、ラーサー様、


 私の事など気にも留めずに行ってしまわれたから……」




「すまない……あの時は君の顔をまともに見てしまったら……君に触れて、君の温もりを感じてしまったら、


 何もかも捨てて、そのまま君を連れ去ってしまいそうだった。


 だから……ただあの場から逃げたかったんだ。


 君の事を忘れるなんてとても出来ないよ」


ラーサーはユウリの頬に伝う涙を優しく指で拭うと両腕でそっと抱しめた。




「ユウリ……やっと、この腕に君を抱きしめる事が出来た……」




「ラーサー様っ」




「もう絶対に放しはしない……これからはずっと俺の傍にいてくれ」




「……はい」


ユウリはラーサーの胸に顔を埋めた。






そうして――、




ユウリが顔を上げるとラーサーはユウリの唇に優しく唇を重ねた……。






     ◆  ◆  ◆






「おかえりなさいませ、ラーサー国王様、ユウリ様」


ラーサーがユウリを連れてレッドキャッスルに戻ると会議室の前ではラーサーの側近であり、


『龍将』の纏め役・カロンが待っていた。




「もう全員揃っているのか?」




「はい」




「……セシリアのヤツ、“仕事”が早いな」


ラーサーはボソリと呟いた。






「ところで、セシリア。この間からコソコソと護衛も就けずに出掛けていたのはこの為だったのか?」


ユウリを『龍将』に紹介した後、ラーサーはやや眉間に皺を寄せて言った。




「えぇ、そうよ」


ラーサーの問いにセシリアは何食わぬ顔で答えた。




「……まったく……」




「だって、こうでもしないとラーサーはその気もないのにどうでもいい結婚話に首を縦に振ったり、


 ユウリの事を何時までも引き摺って溜め息ばっかり吐いていたでしょ?」




「……」


ラーサーは顔を引き攣らせた。


だが、まったくもってその通りなので何も言い返す事が出来ない。


ラーサーの隣ではユウリが頬を赤く染めていた。




「だいたい考えてご覧なさいよ。ユウリ以外を愛せないあなたが私以外と誰が結婚出来ると言うの?


 いくらあなたが無理に話を進めるなと言ったところで王族は私しかいないのよ?


 そのうち『龍将』に説得されるのは目に見えているわ」




「セ、セシリア……まさか……俺と結婚するのが嫌で態々“有翼人の森”に単身乗り込んで行ったのか?」




「そうよ」


しれっとした顔で返事をしたセシリア。




「……」


ラーサーは呆れて声も出なかった。




「……私だって、お互い愛し合っている人と結婚したいと思っただけよ」




「ん? セシリア、誰か好きな人でもいるのか?」


ラーサーの“突っ込み”に『龍将』の一同とユウリが一斉にセシリアに視線を移す。




「べっ、別に、いないわよっ?」


頬を赤く染めて慌てるセシリア。




「ふぅーん?」


ラーサーは珍しく意地悪そうな顔をした。




「そ、それより、明日、城に来て欲しいとランディール王が仰ってるって、


 さっきジゼルからの知らせがあったそうよ」


セシリアが言ったジゼルというのは転移魔法が使える優秀な騎士でラーサーが即位した直後に


ランディール王国と同盟を結んだ際、非常時に備えて送り込んだ人物だ。




「何かあったのか?」


ラーサーは直ぐにカロンに視線を移した。




「王立騎士団の皆様が討伐先でクリスタルが埋め込まれた斧と槍を持ち帰ったらしいのです。


 詳しいお話は明日、クレマン様からあるそうですが、同行していた魔道士の一人が槍を手にしたところ


 その槍が微かに蒼白い光を放ったそうなんです」




「もしかして、リュファスが隠してた『ベヒーモスアックス』と『マティウススピア』を


 偶然見つけたんじゃないかと思っているんだけど」


カロンの説明の後にセシリアが言う。


ラーサーのベンヌソードをユウリやセシリアが手にしても光る事がないように彼等が持っている“力の継承者”の武器は


それぞれの継承者が手にしない限り光を発する事はないのだ。


つまり、もしも王立騎士団が持ち帰ったという槍が『マティウススピア』でそれが光を放ったという事は


『氷の力の継承者』が現れた事を示しているのだ。




「しかし……その魔道士って誰だろう? アドルフ様か……ミシェル様?」


ラーサーは槍を手にしそうな人物を思い浮かべる。




「セシルではないでしょうか?」


するとユウリが口を開いた。




「……そうかっ、そう言えばセシルは魔道士隊の中で唯一槍を使っているな」




「それは、どういった人物?」




「ユウリと同い年の有翼人の女の子で王立魔道士隊の中では珍しく槍を使っているんだ」


セシリアの質問に答えるラーサー。




「有翼人? 人間ではなくて?」


セシリアは首を捻る。


それもそのはず、『マティウススピア』は人間の王族に受け継がれていた物だ。




「だけど、セシルは有翼人にしては癒しの力の能力が普通の有翼人よりも弱いですし、


 水属性の高位魔法も得意ではないんです。


 ただ、その代わり氷属性の魔法に関しては王立魔道士隊の中で群を抜いていますから、あるいは……」


ユウリの言葉にラーサーも頷く。




「有翼人にも水属性の高位魔法が得意ではない方も、もちろんいらっしゃるので一概には言えませんが……」




「そのセシルという子が王立魔道士隊に入った経緯は聞いている?」


セシリアがラーサーとユウリに訊ねる。




「以前、彼女自身から聞いた話だと俺がランディール城に連れて行かれた時には、


 既にいたらしいんだが……俺、セシルに初めて会ったのは記憶を封じられた後だったんだ。


 けど、五歳位からご両親と離れて城で暮らしているってアドルフ様から聞いた事があって、


 理由ははっきりとした事は仰っていなかったから本人にも敢えて訊いた事はなかったんだが……、


 考えてみればセシルは一度も里帰りとかした事がないな」




「私もセシルとは仲良くして貰っていましたけれど、お城で暮らすようになった理由は訊いた事はないですね……、


 セシルって小さい頃の記憶が曖昧らしくて、なんだか訊けなくて……」




「そう……じゃあ、明日は王立騎士団が持ち帰ったっていう武器を見せて貰って、


 セシルにもゆっくり話を訊いてみましょう」


セシリアがそう言うとラーサーとユウリも頷いた。






     ◆  ◆  ◆






翌日――、




ラーサーとユウリ、セシリアの三人はランディール城へと赴いた。




会議室にはランディール王とクレマン、ジゼル、アドルフ、ミシェル、そしてセシルが待っていた。




「これなんだが……」


クレマンはラーサーとセシリア、ユウリの前に昨夜持ち帰ったという斧と槍を置いた。


斧には深い黄色、槍には蒼く透き通ったクリスタルがポール部分に埋め込まれている。




「昨日はとある北方の国にある廃城に住み着いた大鷹の退治に行っていてな」




「廃城……ですか?」


ラーサーがクレマンに訊き返す。




「うむ。約二十年前に滅びた『マイヨール王国』という国で城はかなり荒れていた。


 だが、城下町だけは残っていて現在は町長が町を引っ張っている状態だった。


 その事に関しては大した問題はないのだが、最近、その廃城に大鷹が住み着いて、


 其処に巣を作ったらしく番いの大鷹とその子供らしき大鷹が五羽程いて、かと言って廃城には食料等はないからか


 町に出ては畑を荒らしたり家畜を襲い始めたんだ。


 だが、町の青年団ではその大鷹達を退治する事が出来なくてそれで我が国に助けを求めに来たのだが……、


 大鷹を退治し終わった後にその廃城の調査も頼まれていたから城の隅々まで見て回ったところ、


 地下室からこの斧と槍が見つかったんだ。


 町の長老に話を訊くと槍の方は昔、城の謁見の間に代々の家宝として飾られていた物らしい。


 ところが、城が滅ぼされた後に宝物庫の宝はそっくりそのまま残っていたのに、


 その槍だけが無くなっていたらしいんだ」




「その城は一体誰に滅ぼされたのですか?」


クレマンの説明を黙ったまま聞いていたラーサーが頭に浮かんだ疑問を口にする。




「それが……わからないんだ。誰も城が襲われた時の事を見たり聞いたりした者がいないらしくてな……、


 ある日突然、城が滅ぼされていて町の人々もかなり困惑したらしい。


 それで、無くなっていた筈の槍が見知らぬ斧と共に発見されて町長や長老が我々に引き続きその調査を


 依頼してきたのだが……偶然、セシルがその槍を手にした途端、薄っすらと輝き始めて、


 もしやと思い、そなた達に知らせたのだ」




「そうですか……」


ラーサーはそう言って、しばし考えるとセシルに視線を移した。




「セシル、これから俺達が質問する事は君にとって、とても辛い事かもしれない。


 だけど、何も包み隠さず答えて欲しい」




ラーサーの言葉に素直に頷くセシル。




「では、まず、君の出身国は何処なんだ? “有翼人の森”か?」


優しく問い掛けるラーサー。




しかし……、




「……」


セシルは答えない。




「答えたく、ない?」


ユウリが柔らかく問う。




「……そうじゃないんです……、私、自分が何処の国の出身なのかがよくわからなくて……」


セシルは辛そうに目を伏せた。




「じゃあ、幼い頃の記憶で憶えている事を話してみてくれ。


 何でもいい、とにかく纏まりはなくても憶えている事を」


ラーサーがそう言うとセシルは少し頭の中で整理して、だが、纏まらないのかゆっくりとぎこちなく口を開いた。


「私が憶えているのは……」


ゆっくりと目を閉じるセシル。




「……雪」


セシルの口から出て来たのは“雪”という言葉。


だが“有翼人の森”は気候が安定しており、雪は降らない。


という事は、やはり彼女が生まれ育った場所は“有翼人の森”ではない何処かだ。




「……私、昨日の廃城も知っているような気がするんです……それにこの槍も……」




「あなた……ご両親は今何処にいらっしゃるの?」


セシリアが慎重な口ぶりで問い掛ける。




「それも、わからないんです……」


困った様にセシルが俯く。




「……もしかして、あなたのご両親はどちらかが人間ではなくて?」


セシリアは何かを思い出したようにハッとした。




「はい、私、父は有翼人ですが、母は人間です」


セシルがそう答えると、其処にいる誰もが驚いた。




「昨夜、ラーサーとユウリが彼女は氷属性の魔法が得意だって言っていたから、もしかして……って思ったの。


 ……という事は、セシルのお母様はその廃城でマイヨール王国を治めていた王族かもしれないわね」


セシリアの言葉に一同は頷くが、セシル本人は首を傾げたままだ。




「……魔族の君達がいる前でこんな事を言うのもなんだが……」


すると、此処で黙ったまま話を聞いていたアドルフが口を開いた。




「実は……ラーサーがこの城に来た時にセシルが酷く怯えて全く近付こうとしなかったんだ。


 しかし、ラーサーの記憶を封じると共に人間の姿に変えてセシルの記憶からラーサーが魔族だという事も


 忘れるように術を掛けた後は怯えなくなったんだ」




「エマがこの城に来た直後に白い羽根が生えた女の子がいるって言っていて……、


 だけど俺は全然見掛けなくて家族を殺されたショックで幻覚でも見えてるのかと思って本気にしていなかったのですが、


 そういう事だったのですか……」


アドルフの話を聞き、少しだけ苦笑いをするラーサー。




「それで、セシルが魔道士として戦闘に出るようになった頃、ラーサーとは別部隊で討伐に出た際に、


 敵の中に魔族がいて、セシルが全く動く事が出来なくなってしまったんだ。


 ……城へ戻ってからは少し落ち着きを取り戻したのだが……今後また魔族と遭遇した場合の時の事を考えて


 セシルに暗示を掛けたのだ。それからは魔族を見ても怯える事はなくなったのだが……」




「セシル、もしや君は……あの廃城の中にいて魔族に襲われたんじゃ……?」


ラーサーはそっとセシルの顔を覗き込む。




「……わかりません……ただ、母に……無理矢理、木箱? かな? その中に押し込められて……、


 何があっても絶対出ないように、ずっと声や音を立てないように言われました……。


 でも……、その後は……誰も来なくて……私、変だな? って思ったんですけれど、


 いつの間にか眠ってしまったらしくて……。


 それで、えっと……其処からの記憶が……気が付いた時にはもうランディール城にいたんです。


 その記憶と何か関係があるんでしょうか……?」


セシルは少し震える声で言った。




「セシル、何時かは言おうと思っていたのだが……一度、催眠術で過去の記憶ときちんと向き合ってみないか?」


そんなセシルにアドルフが話を切り出した。




「催眠術、ですか?」


セシルはとても不安そうな顔をしている。




「今はまだ暗示が効いているが、その暗示よりもきちんと過去と向き合って、


 全ての事実を受け入れて乗り越えた方がよいと思うのだ。


 自分の過去がわからないままでは気持ち悪いだろう?」




「……俺も記憶が戻り掛けてた時、自分が本当は一体何者なのかわからなくて気持ち悪いと言うか、


 苦しかったな……」


ラーサーは昔の事を思い出して言った。




「……はい、そうですね」


セシルは少し考えた後、決心したように顔を上げた――。

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