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それから二日が経ち――、


ラーサーとクレマン、アドルフ、ミシェル、さらにはランディール王の五人が朝から会議室に入り、


長時間に渡って何かを話し合っていた。




“緊急時以外、誰も会議室には近づくな”




そんな命令が国王直々から出された事で城の中の空気がいつもと違っていた。






そして、その夜。


珍しくラーサーがユウリを呼び出した。




「ラーサー様……?」


ユウリは先に待ち合わせ場所の中庭に来ていたラーサーに怖ず怖ずと声を掛けた。




「すまない……こんな遅い時間に……」


その声にラーサーはゆっくりと振り向き、静かに口を開いた。




ユウリはいつもと違うラーサーの様子を少し不安に思いながら首を横に振った。




「……」




「……」


しかし、ラーサーはユウリを見つめたまま、次の言葉をなかなか口にしなかった。


ユウリも無理に用件を訊き出す事はしないでいる。






「……城を出て行く事にした」


しばらくしてラーサーはようやく意を決したように言った。


ユウリはその言葉に驚く様子もなく聞いていた。




「驚かないのか?」


ラーサーはあまりに冷静なユウリに首を捻った。




「なんとなく……そんな気がしていました……」




「そう、か……」


ラーサーは軽く息を吐き出し、空を見上げた。




「申し訳ありません……私の所為で……」




「何故、そう思うんだ?」




「だって……私を助ける為に……」




「言っただろう? 『どんな事をしても君を守る』と」




「だったら、どうしてお城を出て行かれるのですか……?」




「君も聞いていただろう? 奴らの狙いは俺が持っている剣だ。


 だから君はもう奴等に襲われる事はない。


 だが、俺が此処に居る限り奴等は必ず俺を襲いに来る。


 そうしたら君まで……いや、君だけじゃない、城にいる皆を危険な目に合わせる事になる」




「……」




「君には、悪いと思っている……この城に連れて来たのは俺なのに……、


 君を置いて出て行こうとしているのだから」




「そんな事……」


ユウリは首を横に振り、俯いた。






そして、しばらくの沈黙の後――、


「……エマさんには、もう伝えたのですか?」


ユウリは俯いたまま再び口を開いた。




「いや……エマには、何も言わずに行くつもりだ」




「どうしてですかっ!?」




「言えば……きっと、あいつが悲しむだけだから」




「私なら……」




「……?」




「私は悲しまないと思ったから、だから……」


「それは違う。俺は……」


ラーサーは何かを言い掛けたが、言葉を飲み込むとユウリから視線を外した。




「……ラーサー様……お城を出た後はどうするおつもりですか?」




「わからない……でも……適当に、あいつらに見つからないように生きて行くさ」


ラーサーはそう言うとユウリを安心させるように微笑んだ。




「もう……お会い出来ないのですか?」




「……」




「……」




「生きていれば……そのうち……」




「……っ」




「ユウリ……泣かないでくれ……」


ラーサーは静かに涙を流して泣き始めたユウリの頬を両手で包み込んだ。


そして、優しく指先で涙を拭った。




「いつかきっと、また会えるから……」


ラーサーはそう言うとユウリを抱きしめ、そっと優しくキスをした。




二人にとって初めてのキスであり、別れのキスでもあった――。






     ◆  ◆  ◆






翌早朝――、


結局、一睡もする事が出来なかったユウリはラーサーが部屋を出て行く音をベッドの中で聞いた。




そっとドアを開け、なるべく音が響かないようにパタン……と、ゆっくり閉める音が微かに聞こえ、


廊下を歩く足音が遠くなって行く。




ユウリはベッドを出てストールを羽織った。


しかし、遠のいていく足音を追い掛けて行く勇気が出なかった。


ドアに向かっていた足を窓際へと向ける。






すると、しばらくしてランディール王と王妃、シェーナ王女、クレマンとアドルフ、


それにミシェルに見送られ、城を後にするラーサーの姿が窓から見えた。




ユウリは段々と小さくなって行くラーサーの後姿をただ見つめていた。




「ラーサー様……やはり、出て行かれるのですね」


ユウリが振り向くとジョルジュも気付いていたのか、


いつの間にかユウリと同じ様に窓からラーサーの姿を見送っていた。






「寂しくなりますね……」


ラーサーの姿をしばらく見送った後、ジョルジュが静かに言った。


しかし、ユウリはただ無言で窓の外を見つめるだけだった。




そして、その視線の先にはもうラーサーの姿はなかった……。






――午前十時。


遅い朝食を摂り終えた後、ユウリが自室に戻ろうと廊下を歩いていると、


早朝に出て行った筈のラーサーの部屋のドアが開いていた。


不審に思ったユウリが近付いて行くと中から微かに泣き声が聞こえてきた。




「……エマさん……?」




ラーサーの部屋の中で泣いていたのはエマだった。




「エマさん、どうしたのですか?」


ユウリはデスクの前で泣き崩れているエマに駆け寄った。




「ユウリ……、ラーサーが……ラーサーが出て行っちゃった……」


エマは両手で手紙を握り締めていた。


ラーサーはエマに手紙だけを残して、本当に何も言わずに行ってしまったのだ。




「何処にも行かないって、言ったのに……絶対……、何処にも行かないって……」






「……私では、止める事が出来ませんでした……」


泣き続けているエマに、呟くようにユウリが口を開いた。




「昨夜、ラーサー様から直接、お城を出て行く事をお聞きしたのですが……」




「……知ってる」


エマは意外にもその事を知っていた。




「昨夜、廊下を歩いている時、ラーサーとユウリが中庭で会ってるのが見えたから……」


驚いた顔をしたユウリにエマは昨夜二人の姿を見かけた事を明かした。




「その時、もしかしてラーサーは“さよなら”を言う為にユウリを呼び出したのかな? って思った……。


 だけど、そうだとしても……ユウリなら、ラーサーを引き止める事が出来ると思っていたんだけどな……」




「いいえ……私じゃラーサー様の決心を変える事が出来ませんでした……」


ユウリは首を横に振りながら俯いた。




「止められなかったんじゃなくて、止めなかったんじゃ……ないの?」




「え……?」




「私にはラーサーを引き止める事は出来なかったけれど、ユウリなら出来ると思った……。


 昨夜、二人の姿を見た時、そう思ったけど?」




「どうして、ですか……?」




「だって、あんなに一緒にいた私にはこんな手紙だけしか残して行かないのに、


 ユウリにはちゃんと直接伝えたじゃない?」




「それは……きっと……私をお城に連れて来たのがラーサー様だから……」




「本当に、それだけなのかな……?」




「……?」




「ラーサーはユウリの事が好きなんだと思う……」




「え……? そ、そんな……まさか……っ」


ユウリは顔を赤くしながら昨夜、ラーサーとキスをした事を思い出していた。




「……ラーサー様が想ってらっしゃるのは……エマさんだと思います」


ユウリはラーサーが自分にキスをしてくれたのはきっと同情なのだと思っていた。




「確かにラーサーは私の事は好きだと思う……でも、それは“幼馴染み”としてよ」




「……だけど……、エマさんは……」


そして、エマもきっとラーサーの事が好きなんだと思っていた。




「私もラーサーの事……好きよ」




「……」


(やっぱり……)


ユウリは目を逸らす事無く答えたエマを見つめ返した。




「だけど、私も“幼馴染み”として……というより、“兄”としてかな」




「兄?」




「うん……私ね、アントレア皇国の城下町に家族で住んでいた頃、


 両親と兄と私の四人で暮らしていたの。


 けど、ある日の夜、窃盗団に襲われた時に両親だけじゃなく兄も殺されたの……。


 私は辛うじて窃盗団討伐の援軍に来ていたランディール王国の王立騎士団に助けられて、


 そのままお城に入る事になったのよ。


 ……で、お城に戻る途中、道の真ん中にラーサーが倒れていて一緒に連れて帰る事になって……、


 そしたらね……突然、一人ぼっちになって毎日、毎日泣いてばかりいた私の傍に


 ずっとラーサーがいてくれたの。


 それで私は兄と同い年だったラーサーを“兄”だと思うようになった。


 何か言葉を掛けてくれた訳でもないんだけどね……。


 だから、ラーサーもきっと私の事“妹”みたいなもんだと思っていたのよ。


 ……記憶が封じられていた時は“幼馴染み”だと思い込んでいたみたいだけど」




「……」




「ユウリはラーサーが私の事を好きなんだと思っていたから、


 自分が言っても引き止める事が出来ないと思って言わなかったんじゃない?」


エマは『そうでしょ?』と言った顔でユウリに視線を向けた。




「……」


ユウリは心の内をすっかり見透かされ、素直にコクンと頷いた。




「ユウリは? 好きなんでしょ? ラーサーの事」




「そ、それは……」


ユウリは顔を赤くして俯いた。




「ふふっ、ユウリ……わかりやすい」


エマはそう言うとさっきまで泣いていたのが嘘のように笑った。




「私ね、ラーサーが魔族の姿に戻った時……確信したの」




「?」


ユウリはエマの言葉の意味がわからず、その意味を訊ねるかのようにエマを見つめ返した。




「今まで、どんなに自分が危険な目に遭っても絶対に魔族に戻る事はしなかったのよ?


 でも、ユウリを守る為に魔族に戻った……。


 ユウリを失いたくないから……ラーサーはそれだけユウリの事が大切なのよ」


エマは柔らかい笑みをユウリ向けた――。






     ◆  ◆  ◆






そうして、ラーサーがランディール城を出て行って一ヶ月が過ぎようとしていたある日の夜――。




ランディール王国からはるか西に位置する小さな港町にラーサーの姿があった。


その町の外れの丘の上でラーサーは町を見下ろしながら、とある事を考えていた。




「やっと見つけた」




「っ!?」


ラーサーはその声にハッとし、咄嗟に剣に手を掛けた。


考え事をしていた所為で気配に気が付かなかったのだ。




「……君は……っ」




ラーサーの前に姿を現したのは魔族の少女・セシリアだった。




「確か……セシリアと言っていたな?」




「えぇ。それより、今直ぐ私と一緒に来て」




「?」




「ランディール城が奴等に襲われたの」




「っ!?」


ラーサーはセシリアの口から出た言葉に目を見開き、耳を疑った――。

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