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「……」
ユウリはポロポロと大粒の涙を流しながら本来の姿を現した。
そして、碧いクリスタルが埋め込まれた杖を手にし、レオンを睨みつけた。
(……ここでラーサー様の傷を治しても、きっとすぐにまた同じ様に……)
レオンを睨みつけたまま、最善の策を模索する。
(……私に召喚魔法が使えたら……っ!)
ユウリはキュッと唇を噛み締めた。
(私に召喚魔法が使えたらっ! お願い、神獣よ……私に力を……っ!)
両目を瞑り、碧いクリスタルに精神を集中させる。
(お願い……っ! お願い……神獣よ……助けて……っ!)
やがて――、
クリスタルはユウリの強い想いに共鳴するように蒼白い光を放ち始め、目が眩むほどの輝きを放つと、
ある形へと変わっていった――。
「……なっ!?」
レオンはその眩しい閃光から形成された姿に目を疑った。
「レ、レヴィアタン……?」
ユウリの杖に埋め込まれたクリスタルから放たれた光は碧い竜に姿を変えた。
その竜の体はまるで水のように透き通っている。
ユウリは眩い光を確認するようにゆっくりと目を開けると自分の目の前に現れた碧い竜の姿に瞠目した。
(これは……っ!?)
碧き竜――、
レヴィアタンはレオンに警戒しながらユウリの命令を待った。
「ユウリ様、レヴィアタンに命令を……っ!」
ジョルジュの言葉にユウリはハッとした。
「……レヴィアタン、お願いっ! 私に力を貸してちょうだいっ! 皆を守ってっ!」
ユウリが叫ぶように言うとレヴィアタンは大きく左右にうねり、ユウリとラーサー、
そしてクレマンとアドルフ、ジョルジュの前に水のベールを張った。
「チッ!」
レオンは舌打ちをしながら、指先からレヴィアタンを目掛け炎を放った。
しかし、水で形成されているかのようなレヴィアタンの体にはまったく効かないどころか、
寧ろ炎を打ち消していった。
「くそっ! まさかお前が……っ!」
レオンは顔を顰めると今度はユウリに目掛けて先程よりも大きな炎を指先から放った。
「きゃあぁっ!?」
ユウリは悲鳴を上げながら咄嗟に身を屈めた。
だが、その炎は先程レヴィアタンによって張られたベールに吸い込まれるように消えていった。
「……え?」
ユウリは何もダメージがない事を不思議に思いながらも恐る恐る顔を上げた。
すると、ラーサーやクレマン、アドルフ達に目掛けて何度も何度も指先から炎を放っているレオンの姿が目に入った。
しかし、その全てが水のベールに吸い込まれていく。
アドルフはレオンにお返しとばかりに目晦ましの術をかけ、魔法が発動すると共にクレマンが抜刀して斬り掛かった。
ユウリはレオンの意識が二人に向いている間に素早く杖を翳し、癒しの力でラーサーの深い傷を治した。
「……ユウ、リ……」
微かに息があったラーサーは傷口が段々と塞がっていくにつれ、徐々に意識を取り戻した。
その間もレヴィアタンは水の炎を口から吐き出して牽制し、レオンは目晦ましの術に掛かっているにも拘らず、
クレマンの剣をなんとかかわし続けていた。
「くそ……アイ、ツ……ッ」
ラーサーはまだ完全には塞がっていない傷を抱えたまま再び剣を手にして立ち上がると、レオンを睨み付けた。
「ラーサー様、まだ傷が……」
ユウリの制止も聞かず……いや、耳に届いていないラーサーはレオンの意識が
完全にレヴィアタンとクレマンに向いている隙に素早くカットインで斬り込み、
その左胸を剣で一突きにした。
「く……っ!」
ラーサーが剣を抜き取るとレオンはその場に崩れ落ちた。
同時にまだ塞がり切っていない傷口から血が流れ続けていたラーサーの意識も遠のいた。
彼の体がぐらりと大きく傾き、床に崩れ落ちる寸前――、
レヴィアタンが後ろからその体を受け止めて癒しの力でラーサーの背中の傷を一瞬にして塞ぎ、
そっと床に横たわらせた。
「久しぶりだな、クララ」
レヴィアタンはユウリに視線を向けた。
しかし、レヴィアタンが口にしたその名はユウリとは別の人物だった。
「……いや、違う……そなたは、クララではないな?」
レヴィアタンは自分の記憶の中にいる“クララ”の姿と少し違う姿をしているユウリに怪訝な顔をした。
「はい、クララは私の母です」
ユウリはレヴィアタンを真っ直ぐに見つめた。
「そなたの母……? そうか……なるほど、道理でクララに良く似ている筈だ」
レヴィアタンは少しだけ目を細めた。
そして、血が滲んでいるユウリの喉元の傷を綺麗に塞いだ。
「そなたがその杖を持っているという事は……クララはもうこの世にはいないという事だな?」
「……はい」
「そうか……それで、そなたの名は?」
「ユウリと申します」
「ユウリか……」
レヴィアタンはユウリの姿をじっと見据え、まだ目を閉じたまま床に倒れているラーサーを一瞥した後、
「……では、新たなる力の継承者よ、また会おう」
そう言うと、その碧く透き通った体を大きく宙にうねらせながら碧いクリスタルの中へと
水が沁み込んでいくように消えていった――。
「ラーサー様っ」
ユウリはレヴィアタンが消えた後、レオンの傍らに倒れているラーサーに駆け寄った。
「……ん……」
ユウリの声にすぐに反応したラーサーは目を開けると、
「ユウリ……無事、か……?」
自分の体よりも先にユウリを気遣い、体を起こした。
「はい、ラーサー様も大丈夫ですか? どこか痛む所は?」
「いや、大丈夫だ」
ラーサーは首を横に振ってユウリに安心しろと言わんばかりに微笑んだ。
その様子を見ていたクレマンとアドルフ、ジョルジュは安堵の表情を浮かべた。
「人を呼んで参ります」
ジョルジュはそう言うとレオンの亡骸を運び出して貰う為、兵士を呼びに行った。
「まさか、コイツが魔族だったなんて……。しかし、なぜユウリを襲ったんだ?」
クレマンはラーサーのすぐ傍に倒れているレオンに視線をやった。
「私にもあまりよくわからないのですが、彼は剣を捜していたようです」
「「「剣?」」」
「はい、私に短剣を突き付けながら『剣は何処だ?』と言っていました」
「……それでそのレオンが捜していた剣というのは、どういった物なんだ?」
今まであらゆる剣を見てきたクレマンがその特徴を訊ねる。
「それはわかりません……」
ユウリは小さく首を横に振って答えた。
「ただ……八年前、レオンとその仲間の魔族が私の家族を襲ったのは
父から剣を奪う為だったんじゃないかと思うんです」
「お父上から剣を?」
「はい、でも父が持っていた剣と言えば普通の剣だけでしたし、
母も剣は持っていなかったので私には何の事か……」
「そうか……」
「でも、もう一つ気になる事があって……、レオンは私がレヴィアタンを召喚したのを見て
『まさかお前が……』って言ったんです」
「召喚……? そういえば……っ、あの碧い竜は……君が召喚したのかっ?」
ラーサーはまだ朦朧とする意識の中で見たレヴィアタンの姿を思い出した。
「は、はい……」
「召喚魔法か……初めて見た。
もしかしたらレオンもそれで『まさかお前が……』って言ったのかもしれないな?
『まさかお前が召喚魔法を使えるなんて』と言いたかったのかもしれない」
「そうかもしれないな。
私も実際に召喚魔法をこの目で見たのは初めてだ」
ラーサーの言葉に頷くアドルフ。
「アドルフ様もですか?」
長い間、王立魔道士隊の隊長として多くの魔道士達を導き、
また城にいる誰よりも多くの魔法を目にしている彼なら何度か目にしていてもおかしくはない。
ラーサーは意外そうな顔をした。
「自分の姿を幻影で分身として映し出すといった似たような術は見た事はあるが……、
それにしてもレヴィアタンを召喚出来るとは……もしや、ユウリのお母上は……」
……と、アドルフが何かを言い掛けた時、
「こ、これはっ?」
ジョルジュと共に数人の兵士が部屋の中に入って来た。
レオンの亡骸が運び出される中、
「……」
ラーサーはそれを見つめ、何かを考えているように黙り込んだ――。
◆ ◆ ◆
それから数日後の事――。
ユウリはあのレオンの一件以来、眠れない日々を過ごしていた。
ベッドの中で目を閉じるとレオンに短剣を突き付けられた時の光景がチラつき眠りに就く事が出来ず、
今ではレオンの姿も恐ろしい戦闘の痕も全て跡形もなくなった筈なのだが、
自分の部屋の中で起こった出来事が忘れられないでいた。
「……ユウリ、大丈夫か?」
ベッドの中、ゆっくりと目を開けたユウリにラーサーが声を掛けた。
「……」
ユウリはラーサーの姿を認めると少し不思議そうな顔をしながら天井や壁、部屋の中を見回した。
(私の部屋……)
「最近、ずっと眠れなかったのか?」
ラーサーはユウリの顔を心配そうに覗き込んだ。
ユウリはラーサーの言葉でなんとなく状況を把握出来た。
あの事件から数日……ろくに睡眠を摂る事が出来なかったユウリは食欲も落ちていた。
そんな状態でずっと魔道室に篭っていた為、無理が祟って倒れたのだ。
ラーサーは何か言いたそうな顔でしばらくユウリを見つめていた。
そして、ユウリの体を静かに起こしてやり、冷たい水を一口飲ませてやると
「……俺の部屋と換ろう」
優しく言った。
「部屋の造りが同じだから、意味はないかもしれないけれど……、
レオンが死んだこの部屋は君にとって辛過ぎるだろう?
もっと早くそうするべきだった……すまない、君が倒れるまで気付いてやれなかったなんて……」
「ラーサー様……」
ユウリは眠れないでいた理由を何も言わなくても感じ取ってくれたラーサーをじっと見つめた。
「それと……これからは俺が守るから」
ラーサーはユウリの頬にそっと手を当てて見つめ返した。
「……っ」
頬に触れたラーサーの温かい掌の感触と言葉に僅かにピクリとするユウリ。
「どんな事があっても、どんな事をしても……必ずユウリを守ってみせる。
この間のように簡単にやられたりはしない。
だから、もう心配するな……何も不安に思う事はない」
「……ラーサー様……」
ユウリは静かに涙を流し始めた。
ラーサーはその涙を優しく指で拭いながら
「絶対、守ってみせるから……」
ユウリを抱き寄せ耳元に囁いた――。