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――レオンの入団式の日。
ユウリは入団式で初めて彼の姿を目にした。
黒髪に黒い瞳、長身のその彼の体格はラーサーにとてもよく似ていた。
入団式はユウリの時と同じ様に宣誓文をレオンが読み上げた後、
ランディール王より王立騎士団の一員を表す紋様が刻まれた指輪が授与された。
そして、その後の入団祝いのパーティーの席でアドルフと居たユウリはクレマンからレオンを紹介された。
「レオン=ヴェイユです。宜しくお願いします」
アドルフを真っ直ぐに見つめた彼の眼光にユウリはゾクリとした。
「宜しく、レオン」
しかし、アドルフはまったく動じる様子もなく、笑顔で握手さえ交わしている。
ユウリはその横で「宜しくお願いします……」と小さな声で言うのが精一杯だった。
そんな彼女にレオンは口端を少しだけ吊り上げ、
「宜しくね」
軽く言うと、クレマンと共に王立魔道士隊副隊長のミシェルの所へと行った。
(あの眼……どこかで……)
ユウリはレオンの鋭い眼光に微かに憶えがあった。
それは何処かとても恐ろしく、無意識に思い出す事を拒絶していた。
それから数日間――、
レオンがこの城に入ってからずっと嫌な予感がしていたユウリは、
全ての魔術よりも強力だと言われている召喚魔法について調べていた。
神獣を召喚する事が出来るその魔法は以前、母親から教えて貰った事はあったが、
まだ一度もこの召喚魔法を成功させた事がなかった。
「ハァ……」
夕食を摂った後、遅くまで魔道室で召喚魔法の練習をしていたユウリは未だ成功させる事が出来ず、
深い溜め息を漏らした。
(どうすれば……)
確か母親からは普通の魔法とは違い、詠唱などはせず、ただ念じればいいと教わった。
実際、母親も詠唱していた様子はなかった。
「……ユウリ?」
不意に呼ばれた声にユウリはハッとして、振り向くと魔道室の入口にレオンが立っていた。
「ユウリ……だよな?」
レオンはユウリが本来の姿をしているからか、少し戸惑っているようだった。
「……はい」
「これは驚いたな……ユウリって、有翼人なのか? それとも……」
レオンの言いたい事はわかっていた。
まるで魔族のような髪色と瞳……しかし、背中には色こそは違えど有翼人と同じ翼を持っている。
「有翼人と魔族の混血です」
ユウリは今さら隠す必要もないし、隠したところでどうにでもなるものでもないと思い、正直に答えた。
「魔族……?」
レオンの眉が少しだけ動いた。
「父が魔族で母が有翼人なんです」
ユウリがそう答えると、
「ふーん……それで、今もご両親はご健在なのか?」
レオンは手を顎に当てながら興味深そうに訊いた。
「……いいえ……八年前に亡くなりました」
「八年前……? そうか……」
すると、レオンはまたあの鋭い眼光でユウリを見つめた。
ユウリはその眼差しにビクリとした。
「すまない、悪い事を訊いたな」
レオンはにやりと笑うと踵を返し、魔道室を後にした。
そして、その夜――。
日付が変わり、まだ眠りが浅かったユウリは部屋のドアが開く小さな音で目が覚めた。
「……う、ん?」
薄っすらと目を開けると、少しだけ開いているドアの隙間から差し込む廊下の灯りに照らされ、
ベッドに近付いて来る人影が見えた。
「っ!?」
ユウリは咄嗟に上体を起こし、その人物を確認しようと目を凝らした。
しかし、その人物は素早くユウリに覆いかぶさった。
「きゃ……っ!?」
ユウリは短い悲鳴を上げた。
「っ?」
ユウリが微かに発した声でジョルジュも目を覚ました。
「静かにしろ」
その人物は低い声でそう言うと大きな手でユウリの口を塞いだ。
すると、廊下から「ユウリ?」と声が聞こえた。
「チッ!」
ユウリの体の自由を奪っている人物は舌打ちをした。
「ユウリ? どうかしたのか?」
廊下にいる人物はユウリの部屋の前に立った。
「んん……っ、ん……っ、ん……」
ユウリはなんとか逃げ出そうと必死でもがいた。
「ユウリ? 入るぞ?」
廊下にいる人物は部屋の中から聞こえる微かな呻き声と物音を不審に思い、
大きくドアを開けた。
そして、それと同時にユウリは自分の上に覆いかぶさっている人物の姿に驚いた。
「くそっ! 邪魔が入ったか!」
ユウリに覆いかぶさっている人物――、
レオンはそう言うと素早く短剣をユウリの喉元に突き付けた。
「ユウリッ!?」
部屋に入ってきた人物――、
ラーサーは目の前の光景に目を疑った。
「……」
ユウリは声も出せず瞠目していた。
それはただ短剣を突き付けられているというだけではなく、ラーサーが入って来た事で
大きく開かれたドアから差し込んでくる灯りに映し出されたレオンの姿――、
自分と同じ銀髪、そして紅い瞳……、背中には魔族の象徴である蝙蝠のような漆黒の翼……。
その姿に驚きを隠せないでいた。
「レオン、お前……っ!?」
そしてそれはラーサーも同じだった。
「噂でこの城に魔族らしき魔道士がいると聞いて態々潜り込んで見たが……お前だっだとは。
しかも、あの時のガキだったなんて」
レオンは相変わらずユウリの喉元に短剣を突き付けたまま、薄ら笑いを浮かべて言った。
「……」
ユウリはレオンが言った“あの時”という言葉で思い出せなかった事を思い出した。
(そうだ……っ! この眼……あの時の……っ!)
“あの時”とは八年前、ユウリの家族が襲われたあの日の事だった。
母親に連れられて家の外に出る直前、家族を襲った魔族の姿が見えた。
そしてその時、とても冷酷な眼をした人物にまだ幼かったユウリは
言葉に言い現せられない程の恐怖を覚えた。
「剣は何処にある?」
レオンは冷ややかな眼で言った。
「……知らないわ」
ユウリは僅かに首を横に振った。
「嘘を吐け……言え、剣は何処にある?」
レオンはユウリの手首を押さえつけている腕の力を更に強くした。
「……っ!?」
ユウリが苦痛に顔を歪め、声にならない声を上げた。
「レオン、やめろっ! ユウリを放せっ!」
ラーサーは剣のグリップに手を掛けながら叫んだ。
ジョルジュは止まり木に留まったまま様子を窺っている。
「もう一度訊く、剣は何処にあるんだ?」
レオンはラーサーやジョルジュにも気を止める様子もない。
「……っ、知ら、ない……」
ユウリは手首の痛みと恐怖でそう言うのがやっとだった。
「フン、意外に強情な娘だな」
レオンはそう言うと突き付けていた短剣を更に喉元に近づけた。
短剣の剣先が僅かにユウリの喉を掠める。
「う……っ」
「ユウリッ!」
ラーサーはユウリの喉から滲み出た血を目にし、思わず駆け寄ろうとした。
「動くなっ!」
しかし、レオンがそれを制した。
ラーサーはその声に反応し、足を止めて唇を噛み締めた。
「剣の在り処さえ言えば命だけは助けてやる」
レオンは相変わらず冷酷な眼でユウリに言い放つと、
「これが最後だ、剣は何処にある?」
と、より一層低い声で言った。
ユウリはギュッと目を瞑った。
「……」
ラーサーは無言のままレオンに組み敷かれているユウリの顔を見つめ、
「……レオン……やめろ……」
少し掠れた声で言った。
そして、右足を微かに前に出した。
「動くなと言っただろっ!」
レオンはラーサーに視線を移した。
すると、その瞬間ジョルジュが翼を大きく広げ、短剣を持っているレオンの右手を目掛けて体当たりした。
……カシャーンッ!――。
レオンが持っていた短剣は乾いた音を立てて床に落ちた。
ユウリはその一瞬の隙をついてレオンを突き飛ばし、ラーサーの元に駆け寄った。
「ユウリッ!」
ラーサーは倒れ込むように飛び込んで来た彼女の体を両腕で受け止めた。
ジョルジュはユウリがラーサーの腕の中にいる事を確認すると、レオンから離れた。
「フ……ッ、俺から逃げられるとでも思っているのか?」
レオンはゆっくりと短剣を拾い上げると不気味な笑みを浮かべた。
ラーサーは剣を鞘から抜き、身構えながらユウリを後ろへとやった。
廊下の灯りだけが照らす薄暗い部屋の中、ラーサーは目を凝らしながらレオンの出方を待った。
しかし、レオンは相変わらず薄ら笑いを浮かべている。
「ユウリ、どうかしたのか?」
ラーサーとレオンが睨み合う中、異変に気が付いたクレマンとアドルフがユウリの部屋の前に来た。
そしてレオンの姿を見るなり絶句した。
レオンはクレマンとアドルフに視線をやるとククっと喉を鳴らして不気味に微笑んだ。
それはまるで見物客が増えた事を喜んでいるかのように見えた。
「……ユウリ、動けるか?」
ラーサーはレオンを睨みつけたまま背中で震えているユウリに声を掛けた。
「……は、い……」
ユウリは今にも消えそうなほど小さな声で答えた。
その様子を見ていたレオンはククッと笑い、
「俺からは逃げられない……それと邪魔をする奴は……」
その言葉と同時に姿を消し、
「容赦なく消す!」
次の瞬間――、
レオンはラーサーの背後に現れ、その背中に短剣を突き立てた。
「っ!?」
ラーサーは一瞬のその出来事に驚き、激しい痛みを感じて床に崩れ落ちた。
「「ラーサー様っ!?」」
「「ラーサーッ!!」」
ユウリとジョルジュ、クレマンとアドルフの悲痛な叫び声が廊下に響いた。
ラーサーの周りは見る見る赤い血で染まっていった。
「ラーサー様……っ! ラーサー様っ!」
ユウリは顔面蒼白でラーサーの名を叫ぶように呼び続けた。
しかし、ラーサーはピクリとも動かない。
「これでわかっただろう? 人一人消す事なんか俺にとっては造作もない事。
まぁ……それはお前も八年前に身に沁みてわかっている事だろう?」
レオンは床に座り込みラーサーの名を呼び続けているユウリを口の端を吊り上げながら見下ろした。